ニューメイクとプレッツェル
人間とは罪な生き物だ。
なかったものを手に入れて欲を満たせば、また新たな欲が出てきてしまう。
ヴァイオレッタは今正に、自身の煩悩と戦っていた。
「さて、どうすべきかしらね……」
バーボンを作ることに成功したヴァイオレッタは、けれど現状にまったく満足はしていない。
次にどんなウイスキーを作るかと考えた時にまず脳裏に浮かんだのは、アイザックにも話していたシェリー樽熟成のウイスキーであった。
自身が前世で愛飲していたこのウイスキーの特徴は、なんといってもとろっとした甘み。
マンゴーや黄桃を思わせるねっとり系の果実の甘みはうっとりとするほどに美味しいものであり、疲れた時にはシェリー樽熟成のウイスキーを飲んで自分を癒やしてあげることも多かった。
「でもとりあえずこっちは後回しね」
自分に言い聞かながら、ヴァイオレッタは自身で作成したウイスキー造りロードマップを眺める。
そしてその下側にあるシェリー樽熟成ウイスキーの欄を括弧でくくった。
こちらの優先度は下げなければならない。
なぜならマイネンシュトシュ公爵領では、ブドウが産出しないためワイン産業がないからだ。
シェリー樽熟成のウイスキーを作るためには、
蒸留器でワインを蒸留しブランデーを生産→熟成→ワインにブランデーを入れることでシェリー酒を作成→熟成→シェリー酒を入れていた樽を使ってウイスキーを熟成
という、とてつもなく長い工程と大量のワインが必要になる。
いちいち運ばれてくるワインでそれらをやるのは非効率だ。
それにどうせやるならワインにもしっかりとこだわりたいため、別のタイミングで本腰を入れてやりたい。
幸いなことにマイネンシュトシュ公爵領は大麦やライ麦、コーンなどは問題なく取れる寒冷地帯だ。
既にバーボンの生産に成功している。
大事なのは選択と集中、リソースは有限だ。
「よし、それならさっそくバーボン造りを、もっと本腰をいれてやっていきましょうか!」
ヴァイオレッタはロードマップの上側、そこから一本の線が出ているバーボンの欄に勢いよく丸をつける。
まずはバーボンの生産に集中しよう。
本格的にバーボンを作るのであれば、やらなければいけないことはまだまだある。
これから忙しくなるわよ、とヴァイオレッタは腕をまくり、蒸留器の置かれてある工房へと向かうのだった……。
現在ヴァイオレッタが作っているバーボンは、100%大麦によって作られている。
そのため味わいは前世におけるバーボンで考えると、やや甘みよりドライさが増えているような形になっている。
前世のバーボンの主原料は大麦にライ麦、そしてコーンだ。
そこでまずヴァイオレッタは、ライ麦とコーンを使ったもろみを作っていくことにした。
「マーカス、お願いできるかしら?」
「もちろんです!」
何度も動かして慣れた様子のマーカスが魔道具の電源を入れ、ポットスチルが唸りを上げる。
ちなみに動き始めたポットスチルの隣には、少し前に出来上がった新たなポットスチルが並んでいる。
ウイスキーを作るためには二度の蒸留が必要。
わざわざ中身を取り出してから蒸留をかけるのは面倒なので、前世でもウイスキーの蒸留所ではこうして初留用と再留用、二つのポットスチルが用意されていた。
すいすいと蒸留器を動かしていく彼に合わせてヴァイオレッタも確認をしながら進めていけば、あっという間にニューメイクが出来上がった。
「これがライ麦とコーンを使って造ったニューメイクですか。見た目は変わらないように見えますが……」
二人の前には、二種類のニューメイクが並んでいる。
蒸留したてなので当然ながら透明で、原材料は違っていても見た目はまったく変わらないように見える。
まずはライ麦を使って造った方を飲んでみる。
「んんっ、これは……ちょっとスパイシーね」
同じく大麦のニューメイクも取り出してみて飲み比べてみると、同じ麦でもずいぶんと違うことがわかる。
度数はそう変わらないはずなのだが、ライ麦を使った方が明らかに刺激が強く感じる。
大麦の場合後味には麦のやわらかな甘みが残るのだが、ライ麦の後に残るのは甘みというよりはキレ……ビールを飲んだ後の余韻と言えばわかりやすいだろうか。
続いてコーンのニューメイクを飲んでみる。
「これは……」
「美味しいわね!」
コーンのニューメイクは、他二つと比べて明らかに甘く、クセがなかった。
ニューメイク特有の酵母由来と思しき乳酸菌飲料のような味もあり、まるでデザートでも食べているような感覚だ。
少し水を入れてアルコール度数を下げて飲んでみれば、その余韻は自分も好きで良く飲んでいるコーン茶のそれだった。
そしてこの味わいはヴァイオレッタが好きだったバーボンにも感じられた甘みだ。
「とりあえずまずは大麦だけで造ってるけど……将来的にはコーン比率を上げていきたいわね」
「たしかに、そっちの方が間違いなく飲みやすくなるでしょうね」
前世におけるバーボンには、コーン比率を51%以上にするという定義づけがあった。
内側を焼いた新樽という個性の強いものを使っているからこそ、なるべくウイスキー自体の味わいをプレーンにした方がいい、ということなのだろう。
たしかにその方が、最終的な味わいもまとまるようになるはずだ。
今は熟成が若いから気にならないが、将来的に長期熟成をしけば樽とモルトの個性が喧嘩をしかねない。
(また新たな発見があったわね……これからしばらくの間はもろみにライ麦やコーンも入れて、原酒自体はクリーンな味わいを目指していこうかしら)
彼女のロードマップの最終地点にあるのは大麦麦芽……モルトのみで造られる、モルトウイスキーである。
だがバーボンに限って言えば、何も原料をモルトにこだわる必要はないかもしれない。
その方が美味しくなるのであれば、やり方は柔軟に変えて良いだろう。
ヴァイオレッタはまずは新たに造ったそれぞれのニューメイクをチャーした新樽に入れていく。
そして次に大麦・ライ麦・コーンの比率を変えた五種類ほどのニューメイクを造り、それらを別々の樽へと入れていく。
こうして馴染ませてから、どの比率が一番美味しくなるかを確かめるつもりだ。
樽のそれぞれに再びインナーステープを沈めて封をしたところで準備は完了。
結果が出る二ヶ月後が楽しみだ。
当然ながらヴァイオレッタもバーボンを造ることなど初めてだ。
探り探りの部分も多いが、最終的に美味しいバーボンが造れればそれでいい。
明るく前を向くヴァイオレッタの目はキラキラと輝いていた――。
せっかくできたライ麦とコーンのニューメイク。
これを使わないのはもったいない。
というわけでヴァイオレッタはできあがったニューメイクを、先日帰ってきてから猛烈な勢いで政務をこなしているアイザックと一緒に飲むことにした。
「アイザック様っていつ休んでいるんですか?」
「今だな。基本は業務をこなしているが、寝る間は休んでいるぞ」
(それって起きている間はずっと働いているということでは……)
傍から見ていて、アイザックは信じられないほどに忙しい。
家令のカビアから聞いてみたところ、外に出ている間は基本的に戦地におり軍を率いて王国北方を守り続けており、そちらが小康状態になったところで家に帰ってきてからは猛烈な勢いで政務を行うという二拠点生活を送っているらしい。
二拠点のうちの一つが戦地というのは、南部の海辺で外敵が小規模な海賊くらいしかいなかったベルヘイム侯爵領に暮らしていたヴァイオレッタからすると、まったく想像のつかないことだった。
こんな荒んだ暮らしをしていたら、表情筋が死んでしまうのも無理なからぬことかもしれない。
契約結婚とはいえ一応書類上は夫でもあるので、これからも健全な夫婦関係を続ける(好き放題生きる)ために心安まる時間の一つでも作ってあげるのも悪くないだろう。
ただ一緒に飲むだけでは芸がない。
夕飯までにはまだ少し時間があるということで、三時のおやつを作ってから向かうことにした。
「ライ麦のニューメイクに合うお菓子は……プレッツェルでも作りましょうか」
ヴァイオレッタは何にするか考えて、ドイツの代表的なパンであるプレッツェルを作っていくことにした。
おつまみでありながらある程度腹持ちもいいので、これならアルコールを摂っても夕食まで空腹にならずに済むだろう。
プレッツェルの作り方は非常に簡単だ。
まずは用意した小麦粉と水と酵母を混ぜ合わせ、ひたすら捏ねていく。
今回はライ麦のニューメイクによく合うように、小麦粉の中に五分の一ほどライ麦も入れさせてもらった。
こねこねしていくと粉っぽさがなくなりダマが消えるので、そこにバターを入れて更に混ぜる。
生地が滑らかになったなと思ったらそのまま放置。
生地を三十分程度発酵させたら、そのまま魔導オーブンでこんがりと焼いていく。
上からパラパラと塩を振れば、それで完成だ。
ただヴァイオレッタが前世で食べていたような、こんがりしたまっ茶色のテカテカプレッツェルにはならなかった。
重曹を使えばもっと綺麗な仕上がりになったのだろうが、この世界には重曹が存在していない。
味見で食べてみると、問題なくカリカリに仕上がってくれている。
少しライ麦を入れすぎたかとも思ったが、少し麦感が強めなくらいでさほどぼそぼそにならずに済んだので十分美味しくできあがってくれた。
「コーンのニューメイクに合う方のおつまみは……やっぱりこれよね」
そう言うとヴァイオレッタはフライパンの中にあるものを入れ、そのままアイザックの執務室へと持っていく。
どうやら来ることは事前に伝わっていたらしく、いつもこんもりと書類が積もっている机の上はコンパクトにまとめられていた。
「アイザック様、実は先日、新しいウイスキーの赤ちゃんができあがったんです」
「前に言っていたやつか?」
「あ、それとは違うやつです」
「違うやつなのか……(困惑)」
シェリー樽熟成のウイスキーを造り始めたと勘違いしていた様子のアイザックに、新たに造ることに成功したライ麦とコーンのニューメイクを取り出す。
「それぞれ材料が違うんです。なんだかわかりますか?」
「こっちは……ふむ、後味がやや渋くキツいな。ライ麦あたりか? そしてこっちは飲み口がやわらかい……コーンだな」
(なんでわかるのこの人……)
冗談のつもりで言ったのにきっちりとブラインドテイスティングされ、見事正解を言い当てられてしまった。
どうやらアイザックはわかりやすい甘さのあるコーンではなく、ライ麦で作った方が気に入ったらしい。
ニューメイクはバーボンなどと比べれば明らかにアルコール感が強いのだが、まったく気にした様子もなくグビグビと飲み始めている。
果たしてこの調子で夕食までもつのだろうか……もつんだろうな、とアイザックの酒好きっぷりは自分以上かもしれないとヴァイオレッタは戦慄してしまう。
「今日は晩ご飯の前なので、お菓子を作ってきました。まずは素朴な方から行きますね」
そう言ってヴァイオレッタはまずはプレッツェルを差し出す。
彼女はしっかりと形にもこだわるタイプなので、生地をねじって一般的なプレッツェルの形にしてある。
出す間に少し冷めたので火魔法で軽く表面を炙ると、部屋の中にこんがりとした良い匂いが漂ってきた。
「相変わらず器用な……これは、パンか?」
「堅焼きのパンで、プレッツェルといいます」
「ふむ……見たことがない形をしているな」
アイザックが結び目のようになったプレッツェルを手に取り、そして大きな口を開けて食べる。
カリッといい音を鳴り、アイザックは何も言わず咀嚼してから、飲み込んだ。
「普段食べているのは白パンだが……堅焼きのパンもこんなに美味しいのだな。塩気が効いているのも嬉しい」
「ライ麦のニューメイクに合わせるために、ライ麦を混ぜているんです」
「なるほど、香ばしさの理由はそれか……あむっ」
プレッツェルを食べたアイザックが、ソーダ割りにしたニューメイクで流し込む。
ちなみに蒸留酒のソーダ割りをアイザックはかなり気に入ったようで、つい先日アイザックは公爵家に炭酸水を作る魔道具を購入していたりする。
「ライ麦由来の香ばしさが、炒ったようなふすまの苦みと香ばしさを残すニューメイクによく合っていて……実に美味い」
ソーダ割りを一息で飲み干したアイザックは、目ざとくヴァイオレッタが持っているフライパンの方を見る。
ヴァイオレッタはその鋭い視線を見て一瞬ハッとするが、ただおつまみを探しているだけの酔っ払いだとすぐに気を取り直した。
「となるとそれは、コーンのニューメイクに合わせたおつまみということか?」
「はい、こちらはまだ調理していないので今から調理します。見ていて楽しいので、一緒にやろうかなと思って」
「楽しい……?」
そう言うとヴァイオレッタはフライパンにのっていた蓋を取る。
そこに入っていたのは……大量の小さなとうもろこしの粒。
そう、ヴァイオレッタがコーンのニューメイク用に用意したおつまみは……皆大好き、ポップコーンである!
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