連続式蒸留器
「すごい、本当にできてる……」
マーカスに呼び出されたヴァイオレッタが工房へとやってくると、今まで何もなかったスペースに、彼女よりも背の高い巨大な二本の塔が立っている。
そこにあるのは紛れもなく、彼女が蒸留所で見たことがあるカフェ式連続式蒸留器だった。 自分が基本的な原理と仕組みを説明しただけで、よくここまで再現ができたものだと感心してしまう。
「さすがマーカスね!」
「いやぁ、ハハハ……正直大変でした」
さすがに一人で造るのは難しかったらしく、マイネンシュトシュ公爵が増援でよこした職人達と共同で造ったらしいが、主要な部分に関しては全てマーカスが一人で造ったとのことだった。
自分が造ったものの自慢をしたくてたまらないのか、マーカスが目を輝かせながら連続式蒸留器を指さして説明をしてくれる。
ヴァイオレッタも興味があったので、真剣な表情で彼の話に聞き入った。
「まずもろみを通す部分と蒸気を通す部分ですが、これは蜂の巣のような形でいくつか内部に穴を空ける形にしました。蒸気は完全に密閉させなければ上に上がっていきますので、蒸気用の穴は空けておりません。若干力業にはなりますが、外側をタイラントライノの膠を使って完全に密閉させる形にしてあります」
強力な魔物の素材は、その分だけ高い靱性や耐久性を誇る。
金属だけでは密閉度と耐久性を両立させるのが難しいと考え、高級な魔物素材の膠を使う形で穴を塞いだようだ。
「そして連続式蒸留器はポットスチルと比べて銅の摩耗が早くなることが想像されたので、蒸留器全てを魔力銅で造っています」
「魔力銅?」
「簡単に言えば、長いこと魔力を浴び続けて変質した銅のことです。魔物が出現する魔境などで取ることができる、丈夫な銅と考えてくれればいいかと」
なるほど、そういうものもあるのね……と感心した様子でヴァイオレッタは連続式蒸留器をジッと見つめた。
ポットスチルを造る際には、前世知識があったので銅で造ればいいとばかり思い、指示を出していた。
けれどよくよく考えてみれば、ここは水源を引かずとも水が出てくる魔道具があるようなファンタジー世界だ。
そういった特殊な金属があることもきちんと想定しておくべきだった。
(ひょっとしたら、銅に限定しなくてもミスリルとかオリハルコンとか、そういった金属でポットスチルを造ってもいいのかしら……?)
とそこまで考えて、何もこれはポットスチルのことに限らないことに気付く。
ウイスキーに使う他の素材も同様のことが言えるかもしれない。
自分はウイスキーは大麦麦芽……モルトを使い、オーク材の樽を使って造るものだという固定観念があった。
だがもしかしたらこの世界にはウイスキーを造るのに最適な大麦があるかもしれないし、オーク材よりも樽材に適した木材がある可能性も考えられる。
もっと広い視野を持たなくちゃダメね……と自分の視野の狭さを戒めながら、マーカスの話に耳を傾ける。
どうやらマーカスは耐久性や密閉性の不足を、この世界のファンタジー金属やファンタジー素材で補ってみせたらしい。
その分通常のポットスチルと比べるととんでもないコストがかかっているらしいが……お金に関しては問題はない。
(何せ焼酎の価格、相当にぼったくったからね!)
焼酎自体この世界に存在しておらず自分達が初出しにしたお酒ということもあり、価格設定は相当に強気で行かせてもらった。
その値段はなんとボトル金貨五十枚。
これだけ強気でいけばそんなに頼む人もいないだろうと思っていたら、むしろ安いと買いが殺到してしまった。
こんな状況になるのなら、もっと強気でも良かったなと今になって若干後悔していたりする。
だがおかげで酒造業に関しては今までにかかっているコストなどを含めても既にかなりの黒字に転じている……はずだ。
詳しい数字の話はしていないので、アイザックに聞いてみないとわからないが。
かかった費用を聞くとたしかに結構なその額には驚いたが、その程度であれば連続式蒸留器を実際に稼働させてしまえばすぐにペイができるだろう。
「それじゃあ早速動かしていきましょうか!」
「はい、一応試運転もしましたので問題なく動くはずです!」
マーカスと一緒に連続式蒸留器を動かしていく。
上の部分の開口部には両開きになっているもろみの投入部分があり、まずはここにもろみを入れていく。
ポットスチルよりも大きな重低音を響かせながら、連続式蒸留器が動き出す。
ポタポタともろみが落ちる音が聞こえてきたら、そのまま更にもろみを入れていく。
ポットスチルでの蒸留一回分のもろみはあっという間に使い終え、ものすごい勢いでもろみがなくなっていく。
左側の塔から右側の塔へと管を通して蒸気が抜けていき、そして都合三回分のもろみを消費すると、エタノールが二塔目の最上部に到達し、冷却器にかけられて液化し始める。
あっという間に大量の蒸留酒が出来上がった。
「試運転をした時はあまり感じませんでしたが……実際に動かしてみると、すごいですね」
「しかも、今はこうして止めているけれど、もろみを投入し続けさえすれば稼働しっぱなしにもできるわ。連続式蒸留器が流行る理由もわかるわね……」
「流行る、ですか?」
「……ごめん、なんでもないわ。これは間違いなく流行るなと思っただけ」
思わず前世の話が飛び出してしまい、慌ててフォローを入れる。
ヴァイオレッタの前世において、連続式蒸留器はウイスキーの普及に大きな役目を果たした。
連続式蒸留器によって造られたウイスキーを、グレーンウイスキーと呼ぶ。
これは現在ヴァイオレッタが作成しているモルトウイスキーとは異なり、とにかくクセがなくシンプルで、大量生産ができるため価格を抑えられるウイスキーだ。
味の奥行きなどもない分ウイスキー好きからの評価は高くなかったが、クセがないというのが強みとなった。
それぞれにクセが強く単体では飲みづらいとされていたモルトウイスキーとクセのないグレーンウイスキー、この両者を掛け合わせる形でちょうどいい塩梅のウイスキー……ブレンデッドウイスキーを安価で製造できるようになったのだ。
最終的に前世において世間を席巻していた世界の売り上げランキングのトップを飾るウイスキー達は、基本的には全てブレンデッドウイスキーとなっている。
ヴァイオレッタはシングルモルトウイスキーの愛好家なので連続式蒸留器からできる蒸留酒にそこまで強い思い入れはないが、とにかくこいつを動かし続ければ要望された分の焼酎はきっちりと造ることができるようになるはずだ。
(でもこれで連続式蒸留器の作り方はわかるようになった……これなら単塔式とダブラーを使って、本格的なバーボン造りに移れるわね)
そしてこの知見は、ウイスキー造りにもしっかりと活かすことができる。
単塔式連続式蒸留器とダブラーと呼ばれる二つの連続式蒸留器を造ることができれば、本来と同じ製造方法でバーボンを造れることができるようになる。
「そうしたら飲んでみましょうか」
カフェ式連続式蒸留器から取り出したニューメイクであり焼酎を、二人でグラスに注いで飲んでみる。
「へぇ……悪くないわね」
その味はポットスチルから取り出すものと比べるとやや淡泊で、素材の麦の甘さは薄めだ。
だがその代わりに、まるで焙煎したコーヒーを思わせる強い香ばしさがやってくる。
ヴァイオレッタが好きだったカフェグレーンのウイスキーに近い味わいだ。
おそらくこれをある程度熟成させれば、樽の香味が移りコーヒーがカフェオレやバナナのようなやや甘味を伴うフレーバーに変わってくれるのだろう。
(そう考えると、カフェ式で造ってもらえて良かったわね)
思っていたよりずっと美味しい蒸留酒ができて、ヴァイオレッタは満足であった。
そしてこのお酒をどうやって食事に合わせようかと考えつつ、自分が言った無理難題を叶えてくれたマーカスに対し、きっちりと休みを取ったら次は単塔式蒸留器とダブラーの製造に移ってくれるようお願いをするのであった……。
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