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【電子書籍化】愛するつもりはない、ですか。それは全然構わないのですが……それならお酒を造ってもいいですか?   作者: しんこせい


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マーカス

「ふむふむ……基本的なやり方はポットスチルと同じと見ていいんでしょうか?」


「そうね、ポットスチルで行っていた蒸留を、連続式蒸留器の中で連続して行っていくイメージね。前に説明した蒸気が上がっていく流れを何度も繰り返していくことで純度の高いアルコールを造り出すの」


 連続式蒸留器はこの塔の中が、いくつもの区画に区切られている。

 そしてそれぞれの区画の中で蒸留を行っていくのだ。

 一塔目のてっぺんまでアルコールを伴う蒸気が向かった段階で熱い蒸気を二塔目の下に送り、そして二塔目のてっぺんまで向かった段階で冷やして液化させアルコールを取り出す。


「連続式蒸留器がポットスチルと比べて優れている点は二つあるわ」


 一つ目はその名の通り、とにかく連続して蒸留を行うことが出来る点。

 繰り返し蒸留を行うことでアルコールの純度はどんどんと上がっていき、よりクリアでアルコール度数の高い蒸留酒を生み出すことができる。


 そして二つ目は、連続式蒸留器は原料となるもろみを連続して投入ができるという点だ。 連続式蒸留器においてはもろみがある程度下の区画までいけば、蒸留が終わるのを待つことなくもろみを追加で投入していくことができる。


 そのため人員をしっかりと確保することができれば継続して蒸留を行い続けることができ、結果として大量に蒸留酒を生み出すことができるようになるのだ。


「すごいじゃないですか! それだけ聞いたらこっちの連続式蒸留器の方が優れてるように聞こえるんですけど……」


「……まあ、生産量だけを考えればそうかもしれないわね」


 その言い方からもわかるように、連続式蒸留器はこと生産量を見れば優れた生産方法だ。

 実際問題単式蒸留の何倍もの蒸留酒を作成することが可能であり、更に生産される蒸留酒の度数も単式蒸留よりも高くなるためボトリングできる本数も多くなる。

 ではなぜヴァイオレッタがこれを造ろうとしていなかったかというと……


「連続式蒸留器を使うと味がクリアで均質的になっちゃうのよ。私が造ろうとしなかったのもそれが理由」


 その理由は味にあった。

 連続式蒸留器は繰り返し蒸留を行うため、原酒の個性が薄れてしまう。


 連続式蒸留器で造れるお酒には甲類焼酎の他にウオッカやグレーンウイスキーなどが上げられる。そのどれもが味自体はシンプルで、主役と言うよりサブ的な役割として使われることが多いお酒達だ。


 プレミアム焼酎が皆乙類であったり、ヴァイオレッタが大好きであるウイスキーがシングルモルトウイスキーであることからもわかるように、素材の味や原酒の個性のことを考えると、やはりポットスチルを使ってじっくりと生産した方がいいものが造れるのだ。


「けど、背に腹は代えられないわ。それに、カフェ式ならまだ許せる! カフェ式で造ったグレーンウイスキーは美味しいもの!」


 そこがヴァイオレッタが許せるギリギリのラインであった。

 元々いずれ連続式蒸留器は造るつもりであったのだ。

 ウイスキーを造っていくのであれば、連続式蒸留器で造るグレーンウイスキーを避けて通れない。

 だったらそのタイミングが前倒しになっただけだと切り替えれば良いだけの話だ。


(ヴァイオレッタ様……俺、頑張ります!)


 彼女の葛藤を見たマーカスは、ヴァイオレッタの職人魂を見て再び奮起する。

 さすが職人から認められる女ヴァイオレッタである。


「連続式蒸留器はポットスチルより高い加工技術が必要になるわ。焼酎で手に入れたお金はジャブジャブ使って高級素材も使って良いから、頑張って仕上げてちょうだい! 大丈夫、あなたならできるわ!」


 そう言ってグッと拳を握るヴァイオレッタを見て、マーカスは緊張の面持ちでこくりと頷く。

 この連続式の作成難易度は、ポットスチルと比べて明らかに高い。


 この器具は、要は小さなポットスチルをいくつも連結させているようなものだ。

 各蒸留器をもろみを下に落としながら、蒸気を逃さぬよう高い密閉性を保つ必要がある。 蒸気を留めながらもろみを通すやり方を見つけるまでには、大量の試行錯誤が必要となるだろう。


 だがヴァイオレッタがこちらへ向ける信頼の眼差しを見たマーカスに、断るという選択肢は存在していなかった。


 ――元々マーカスは、うだつの上がらない職人だった。

 工房こそ持っているものの、現在の彼には弟子は一人もいない。


 銅というのは非常に地味な、縁の下の力持ちのような金属だ。

 比較的加工はしやすいもののその稀少性は金や銀には負け、錫と合わせて青銅を造ってもその純粋な耐久度は鉄に劣るため武器に使うのも難しい。

 金貨ともなればありがたみがあるが、生活に根付いた銅貨のことを良く思っている人間はいない。


 マーカスは貴族家からの依頼で造るアクセサリーなどの細工品や燭台などの細々とした調度品などを造る、加工職人だった。

 彼が加工する銅はいつも、主役になることはない。


 なぜならアクセサリーも銅単体で造るものではなく、銅で出来た土台の上に宝飾品を乗せるのが基本だった。


 長いこと銅を弄り続け愛着も持っているマーカスだったが、彼は銅という金属が日の目を見ることはないと思っていた。


 だからかつて一度仕事をしただけのマイネンシュトシュ公爵にいきなり呼び出された時はとにかく驚いたし、ヴァイオレッタに銅で巨大な蒸留器を造って欲しいと言われた時は心が躍った。


 100%純然たる銅でこんなに大きなものを造ったのは、マーカスにとって初めての経験だ。

 こいつで作り上げたお酒は、今貴族社交界で持っているだけでステータスになるような下にも置かない扱いを受けているらしい。

 実際にポットスチルを作り上げたマーカスとしても鼻が高い。


(銅以外を使っても構わないか。……いろいろと試してみるしかないだろうな)


 どうやらヴァイオレッタはこの連続式蒸留器に関してはさほど知識がないらしく、ポットスチルと比べれば知識も断片的だった。

 だがそこは専門家である自分が補えばいいだけのこと。

 専門は銅の加工だが、無論それ以外の金属に関しての知見もある。


「了解しました、頑張ります!」


 できるかどうかを気にする段階は既に超えている。

 絶対にやりきるという固い意思だけがそこにあった。


 腐りかけていた自分を引き上げてくれたヴァイオレッタに、なんとしても報いてみせる。 マーカスの目は決意の炎に燃えていた。


 こうしてヴァイオレッタとマーカスは新たにカフェ式連続式蒸留器の作成に入る。

 そしてそれから半月という短い期間で、マーカスはなんと連続式蒸留器の試作を造ることに成功したのであった――。

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