嬉しい悲鳴
ニューメイク改め焼酎のお披露目は、想像以上に上手くいった。
二人の結婚披露宴も兼ねて盛大にやって舐められないようにしようと、かなり気合いを入れたのが良かったのかもしれない。
前世知識で造花を作ってみたり、ホールの中で上手く人の流れの導線を作ったり、料理を細かいレシピまでコックに指定したり……と開催までにはかなりの手間暇がかかったが、それだけの甲斐はあったと言えるだろう。
だが正直を言えば、ヴァイオレッタは少し考えが足りていなかった。
一生懸命頑張るところまでは良かったが、上手くいきすぎるというところまで想像していなかったのだ。
「せ、生産が……全然追いつかないわ!」
「嬉しい悲鳴ってやつですねぇ」
ヴァイオレッタは現在、マーカスと一緒に蒸留漬けの日々を送っていた。
いくらウイスキーが好きすぎるヴァイオレッタであってももろみの香りを嗅ぎすぎてううっとなってしまうくらいに、何度も何度も酒を造っていたのだ。
――パーティーに招待した貴族達の、焼酎を求める声は想像以上に強かった。
彼らが求めた分も確保することが難しい状況で、更に彼らから話を聞いた貴族達やどこからか話を聞きつけた商人達などが興味を持って声をかけてくることでねずみ算式に注文が入り……完全にキャパがオーバーし、予約が相当先までパンパンになってしまっていた。
生産ができ次第瓶詰めをして送っているのだが、正直なところ生産量がまったく足りていない。
今までは一日一回ずつだったのだが、今では生産がまったく追いつかずに朝と夜に二回蒸留を行い、それでも全然足りていないという状態だった。
さすがに見かねたアイザックが増員をしてくれるという話にはなったので……近いうちにこの前世を彷彿とさせるブラック残業からは解放される予定ではあるが……正直なところ増員を行っても、蒸留回数があと一度増やせるかどうかという感じになるだろう。
ポットスチルの数を増やすという案もあるのだが、正直なところこの広がり方をしていてはあと一基二基増やしたところで生産量的には焼け石に水だろう。
そしてこのままだと、焼酎の生産に追われてウイスキーが造れない!
そもそもウイスキーが造りたくて始めた酒造なのに、そんなことになってはあまりにも本末転倒。
人員入れ替えでゆとりができると同時、ヴァイオレッタは温めていた腹案を進めていこうと固く決意した。
「熟成をしているニューメイクはさすがに出すわけにはいかないから……、あれに着手しなくちゃいけないわ」
「あれ、ですか?」
「ええ、私達がこれから造るのは、時代を変えた蒸留酒界の革命……連続式蒸留器を!」
以前も説明したが、焼酎には甲類と乙類という二種類が存在している。
この二つの違いについて、より詳細な説明をしていこう。
まず現在ヴァイオレッタ達が生産している乙類焼酎だが、これはウイスキーと同様ポットスチル……単式蒸留器によって造られたものとなっている。
では甲類焼酎は、一体何によって造られるか……その答えこそが現在ヴァイオレッタが製造をもくろんでいる、連続式蒸留器である。
「というわけでマーカスには、これを下にして連続式蒸留器を作ってほしいの」
あの焼酎漬けの日々から一週間後、やってきた人員に仕事を任せることができるようになったヴァイオレッタは、早速マーカスに自身で書き出した設計図を見せていた。
「これは、なんていうか……ポットスチルとは全然違いますね」
ヴァイオレッタが書いた設計図に記されているのは、ポットスチルとはまったく異なる角張った四角い蒸留器であった。
縦に細長い四角い蒸留器二本立っており、が真ん中のあたりで繋がり、アルファベットのHのような形になっている。
ヴァイオレッタは今回造ろうとしているのは、前世で主流であった多塔式連続式蒸留器ではなく、その一つ前の世代にあたる二塔による蒸留器……俗にカフェ式連続蒸留器と呼ばれるものである。
前世において、連続式蒸留器が出たのはおよそ18世紀頃のことと言われている。
最初は単純な仕組みであったものが時代を経るごとに効率化がなされていき、
単塔式連続式蒸留器→カフェ式連続蒸留器→多塔式連続式蒸留器
という形で発展していった。
なぜ一番造るのが簡単な単塔式ではなく真ん中のカフェ式を選んだのかというと……これは実は、完全にヴァイオレッタの趣味であった。
彼女が愛してやまない日本ウイスキーの父であるマッサンが、カフェ式連続蒸留器を好んでいたからという、ただそれだけの理由だ。
やはりヴァイオレッタは、あまり商売に向いていないのかもしれない。
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