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愛するつもりはない、ですか。それは全然構わないのですが……それならお酒を造ってもいいですか?【連載版】   作者: しんこせい


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9/9

披露宴にて 後編


「こちらが焼酎のストレートになります。大変強いお酒ですので、どうかご注意を……」


 セルブースから差し出されたお酒を、夫と一緒にのぞき込む。

 そこに入っていたのはまるで水のような……というか水にしか見えない、無色透明の液体だった。


「これが、焼酎か……」


「透明で、綺麗ね……」


 ボーエン子爵はそのままひとしきり眺めてから、目を閉じて集中しながらすんっと香りを嗅いだ。

 すると子爵は目を見開き、まるで欲しかったおもちゃを見つけた少年のように破顔した。





「おほっ、こいつは……すごいな!」


「マリアンヌもちょっと嗅いでみるといい」


「はい……っっ!? なっ、なんですかこれは!?」


 あんなに飲みやすかったのだから、きっと香りもいいに違いない……そう思って鼻を近づけたマリアンヌにやってきたのは、まるで鼻先を叩かれたかのような強烈な刺激だった。


 だがこのお酒はビールの4倍も強いのだ、考えてみればアルコールを強く感じるのは当然のことだった。


(薄めているからアルコールを感じないってことなのね……)


 紅茶割りをごくりと飲んでみれば、やはりまったくと言っていいほどにアルコールは感じなかった。

 そしてそんなマリアンヌの隣では、夫のボーネン子爵がゆっくりと焼酎の入ったグラスを傾けている。


「うおおっ、これは……美味い、美味すぎるぞ!」


「……本当に美味しいの?」


「ああ、この焼酎に使われているのは……麦だな。アルコールの刺激の奥に、麦の香ばしさが感じられる。こうして鼻から抜けていく息の香りもたまらん!」


 どうやら相当に気に入ったらしく、子爵は目を血走らせながら焼酎を飲み始めた。

 まったくはしたないと思い周囲を見渡してみれば、お酒好きな貴族達は皆似たようなことになっている。

 どうやらこの焼酎、お酒好きにはたまらない逸品らしい。


「それでいて、私みたいなお酒が苦手な人でも飲めるなんて……」


 くいっとグラスを傾けると、紅茶割りを一杯飲み干してしまった。

 なんて素晴らしいお酒なのだろうか、とマリアンヌは思わず唸らずにはいられなかった。


 万人受けするお酒……そんなお酒があればと思いながらも誰も開発することが出来ていなかったお酒をこの婚約のお披露目会というタイミングで出してくるなんて。


 さすがベルヘイム家のご息女と、マリアンヌにマイネンシュトシュ公爵領を侮る気は完全に消え失せていた。


「ふぅ……そうしたら私もおかわりを頼もうかしら」


 思い返してみれば、ビールをこんな風にしっかりと飲みきったことは一度もない。

 だがこの紅茶割りであれば、まだ飲むことができそうだった。


 給仕に聞いてみるとどうやら焼酎はどんなもので割っても美味しいらしく、中には甘いものもあるという。


「そしたらその甘いものをもらえるかしら?」


 少し待った後に給仕が出したのは、シュワシュワとした炭酸で割られた焼酎の炭酸割りだった。

 液体の色は少し白く濁っているが、香りを嗅いでみると柑橘系のフルーツの美味しそうな香りがやってくる。


 飲んでみると、まず最初にやってきたのは強い酸味。

 だが後を追いかけるように甘い味が口の中を満たし、飲み終えた後にはまたもう一口飲みたいと思っている自分がいる。


「これは……レモン?」


「はい、焼酎を丸しぼりしたレモンとシロップ、炭酸水で割ったレモンサワーといいます」


「レモン、サワー……」


 炭酸水も数度は飲んだことがあるが、こうしてじっくりと飲むのはずいぶんと久しぶりだった。

 キンキンに冷えた炭酸水と、柑橘と甘味の共演。

 紅茶割りも美味しかったが、甘さと酸っぱさを同時に楽しめるこのレモンサワーはそれ以上にごくごくと飲めてしまう。


「焼酎……すごいお酒だわ」


「マリアンヌ、どうやら今回の晩餐会のビュッフェは、焼酎に合わせたものになっているらしいぞ」


「それは……楽しみね、どんなものが出るのかしら」


 見ればどうやらワクワクしているのは自分達だけではないらしく、普段は食事もそこそこに歓談に移る貴族達が、皆ビュッフェから食事を取らせていた。


「とりあえず気になったものを一通り取っていきましょうか」


 今回は自家の使用人は連れていないため、自分達で食事を取り分けていく。

 小さなお皿に入っているものも多く、見ているだけでも楽しくなってくる。

 気になるものばかりだったので、ついついいろいろと取り過ぎてしまった。


「これが……焼き鳥」


 貴族家の料理でも鳥は良く供されることがある。

 だが出されるのは基本的には鳥の丸焼きか素揚げがほとんどだ。


 けれどマリアンヌが取ってきた焼き鳥はそれらとは違い、小さく食べやすいサイズに切られていた。


 鶏肉にはまんべんなく茶褐色のタレがかけられており、ほかほかと湯気と一緒に美味しそうな匂いを漂わせるそれがなんとも食欲をそそる。


「あむ……んん~~っっっ!?」


 焼き鳥をパクリと食べてみると、口の中に肉の旨味があふれ出す。


 ジューシーなもも肉だけを使っている肉はしっかりと噛み応えがあり、鮮度がいいからか噛み千切るとバツンと弾けるような音を立てた。


 噛めば噛むほど、肉汁が口の中いっぱいに広がっていく。

 焼かれて表面はカリッと香ばしく、そして中には肉の旨味が閉じ込められている。

 一口で二度美味しく、これほど美味しい鶏肉を食べるのは生まれて初めての経験だった。


「何このタレ……甘くて、しょっぱくて……とっても美味しいわ!」


 鶏肉も美味いが、それ以上に美味いのはやはり使われているタレだ。

 甘じょっぱいタレが鳥の香ばしさを一層引き立ててくれ、最後に飲み込むその瞬間まで口の中を幸せで包み込んでくれる。

 砂糖は使われているのだろうが、それ以外の材料はまったくわからない。

 一体何を使われているのか想像も付かないが……ただ一つ、これがとてつもなく美味しいということだけはたしかだった。

 

「こいつは……酒に合うぞ!」


 子爵は焼き鳥を食べ、そのままグビッと焼酎をストレートで飲んでいく。

 マリアンヌもそれに合わせ、焼き鳥を食べて少し甘みの残る口の中へレモンサワーを流し込んだ。


 すると甘く爽やかな味わいが、口の中に残っていた脂とタレを一瞬のうちにリセットしてくれる。

 そしてお酒を飲むことで食欲が刺激され、またお腹が減ってくる。

 良い香りを立てる焼き鳥の前で我慢することなど、マリアンヌにはできなかった。


「ふぅ……美味しゅうございました」


 焼き鳥を食べ終えるが、パーティーに供されている料理はまだまだたくさんある。

 気がつけば夫がマリアンヌがお盆に乗せていた料理まで食べ始めていたため、マリアンヌは中でも気になっていたものを死守するので精一杯だった。


 彼女の前にあるのは、牛すじの煮込み。


 牛肉の料理が出ることはあるが、基本的に牛肉というのは鶏肉と比べても更に固く食べづらいものというイメージが強かった。

 だが目の前のうっすらと脂を浮かせている牛肉は、まったく固そうに見えない。

 とろっと自重で下へと落ちていくその様子に、マリアンヌは視線を吸い込まれていた。


「……ごくり」


 フォークの先端で突き刺してみると、驚くほど簡単に通る。

 奥まで通りお皿に当たってようやく手応えを感じられた。


 引き上げようとすると、あまりにもやわらかすぎるせいでほろりと崩れてしまう。

 それならばとフォークの上に乗せ、そのままゆっくりと口に運ぶ。


「んんーーーーーっっ!! 美味しい! こんなにほろっほろのお肉を食べるのは生まれて初めてだわ!」


 一体どんな調理法をすればこうなるのか、口の中に入れた牛すじは驚くほどに柔らかかった。

 歯を使わずとも、舌で押せば切れてしまうのではないかと思ってしまうほどのやわらかさ。 噛むとじゅわりとやってくる脂の甘みは、本当にあの固い牛肉なのかと思ってしまうほどに優しく、それでいて力強かった。


 先ほどのみずみずしさすら感じる焼き鳥も溜まらなく美味しかったが、口の中でほろほろと崩れていくこの牛すじ煮込みもたまらない。

 そしてこの味が濃いめの牛すじを……レモンサワーで流し込む!


「くううっ……美味しいわ!」


 レモンサワーと牛すじは見事なほどによく合った。

 相性のいい料理と合わせることで、お酒はこんなにも美味しく感じられるものなのか。 

 マリアンヌは生まれて初めて、お酒を美味しいと口にする人達の気持ちを理解できた。


 まだお酒単体で美味しいと思えるほどではないが、こんなに美味しい食事と合わせていれば、いつか自分も夫のような酒好きになってしまうに違いない。

 そうなったらいつもは嫌でたまらなかった晩酌も、彼と一緒に楽しむことができるようになるだろうか。

 そんな風に考えて、不思議と胸が弾んでいる自分に気付く。

 お酒を飲むとストレスが軽減され、更には気分も昂揚する。


 マリアンヌはキラキラと目を輝かせながら焼酎を飲んでいる夫を見つめる。

 その姿が、以前結婚したばかりの力強かった姿と重なった。


「ねぇあなた、またあっちの料理を取りに行かない?」


「ああ、行こうか、マリアンヌ」


 彼の手を取る。

 以前と比べると節くれ立って皺が増え、年を重ねたその手が、なぜかいつにも増して頼もしいものに感じられる。


 またこんな風に、彼と一緒にお酒を楽しむことができたらと、マリアンヌは上機嫌に料理を取りに向かう。


 ――こうしてヴァイオレッタとアイザックの結婚披露宴は、大盛況のうちに終了した。

 風雅のあるパーティーを開き、新商品で驚きまで提供してくれたマイネンシュトシュ公爵家を侮る者は、もはや一人としていなかった。


 あの焼酎をうちにも売ってくれないか。

 そんな申し出がマイネンシュトシュ家に山ほどやってくるようになったのは、言うまでもないことである……。

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