第八話 平和になりすぎた戦国時代と、奥州からの「光秀推し」暴走
第一章:お歳暮バトルと坂本城の増築工事
天正十一年(一五八三年)正月。近江・坂本城。
「殿! 越前の柴田勝家様より、巨大な『越前ガニ』が届きましたぞ!」
「殿! 徳川家康様より、『駿河の最高級みかん一万個』と『三河木綿の敷布団』が到着いたしました!」
「殿! 参議・羽柴秀吉様からは純金製の茶器セットと黄金の鯉が送られてきております!」
坂本城の広間は、足の踏み場もないほどのお歳暮と特産品の山で埋め尽くされていた。
光秀はコタツに深々と潜り込み、みかんを剥きながら死んだような目で広間を見渡した。
「……なぁ、秀満」
「ははっ!」
明智秀満が手帳を片手に駆け寄ってきた。
「城の金蔵が爆発しそうだ。入らん。庭に積んであるみかんも、放置すれば腐る。どうにかしろ」
「ご安心ください! すでに城の隣に『お歳暮専用第3倉庫』の建設を開始しております! 大工たちも『光秀様のお歳暮倉庫を建てられるなんて誉れだ』と張り切っておりますぞ!」
「いらん!! なぜお歳暮のために城を増築せねばならんのだ!」
光秀は頭を抱えた。
全財産を捨てて「死に損ない」になったはずなのに、いまや日本一の総資産を(勝手に送られてくるブツによって)保有する謎の存在と化していた。
「そもそもだな……わしは参議(秀吉)にも内府(家康)にも『物は送るな』と何度も文を書いているだろうが!」
「殿、それが裏目に出ております」
斎藤利三が申し訳なさそうに言った。
「『光秀殿は無欲ゆえに謙遜されておられる。もっと豪華なものを送らねば真意が伝わらん』と、大名たちが勘違いして余計に加熱しておるのです。特に奥州の伊達家が……」
「伊達……? 奥州の伊達輝宗殿か?」
「いえ……息子の、伊達政宗殿にございます」
第二章:奥州の暴走暴れん坊、坂本城へ推し活参上
「光秀殿ぉぉぉぉぉっ! 生の光秀殿に会いに参ったぞーーーっ!!」
坂本城の門前で、ド派手な黒漆塗りの甲冑を着た若者が大声を張り上げていた。
右目に眼帯を着用し、背中には謎の巨大な幟を背負っている。そこには達筆でこう書かれていた。
**『生涯光秀推し』**
光秀は廊下からその光景を眺め、頭痛に耐えるようにこめかみを押さえた。
「……あれが、噂の伊達政宗か」
「はい。奥州より昼夜を分かたず馬を飛ばし、わずか数日で坂本城へ乗り込んできたとのこと。『光秀殿の手紙のおかげで眼帯を付ける決意が固まりました!』と興奮しております」
政宗は光秀の姿を認めると、猛ダッシュで廊下に駆け上がり、光秀の前でバッとひざまずいた。
「伊達藤次郎政宗 奥州より推参! 本能寺にて天下の暴君・織田信長を討ち果たし、全財産を投げ打って天下の平和を打ち立てた伝説の智将・明智光秀殿! お会いできて光栄の至りにございます!」
「……政宗殿。遠いところをご苦労。だがわしは『伝説の智将』などではない。ただの死に損ないだ。手紙も適当に書いただけで……」
「ははは! またまたご謙遜を!」
政宗は目を輝かせた。
「『自分を死に損ないと偽り、物欲を捨てて天下を陰から操る』……これぞ真の覇者にございます! 我ら奥州の者も、光秀殿の生き様に痺れまくっております!」
「そのように言うな。恥ずかしい」
「光秀殿! これをお受け取りください!」
政宗がドヤ顔で差し出したのは、奥州特産の『巨大な干し肉』と『手製のド派手な陣羽織』であった。陣羽織には金色で『野となれ山となれ』と刺繍されている。
「……これ、わしに着ろと言うのか?」
「はい! 光秀殿の座右の銘をあしらいました! これを着て京の街を歩けば、大名どもは恐怖と尊敬で失禁すること間違いなしにございます!」
「着るかそんな服!!」
光秀は陣羽織を政宗の顔面に投げ返した。
第三章:真田昌幸の「謀略」が全不発に終わる件
同月。信濃・上田城。
「……おかしい」
表裏比興の者(表と裏をコロコロ変える曲者)として恐れられる真田昌幸は、囲碁の盤面を見つめながら唸っていた。
「わしは北条と徳川と上杉を天秤にかけ、互いを戦わせて真田家の生き残りを図る完璧な陰謀を巡らせていたはずだ……。なぜ誰も戦を始めんのだ……?」
息子の真田信幸と信繁が、呆れた顔で父を見た
「父上……北条家は光秀様の手紙を深読みして『小田原城から一歩も出ない』と決め込んでおります。上杉景勝様も『光秀殿が平和を望んでおられるのに、無用な戦は義に反する』と越後でおとなしくしております」
「そして徳川様は……」と信繁が付け加えた。
「『光秀殿にお歳暮を送る仕事で忙しい』と、信濃への侵攻を完全に止めております」
「ぬああああああっ!!」
真田昌幸は碁盤をひっくり返した。
「なんなのだあの明智光秀という男は! 謀略の天才であるこのわしが、入り込む隙間が全くないではないか! 誰かが戦をしてくれないと、わしの『天才的な裏切り』が披露できないだろ!!」
「父上、時代は変わったのです」
信幸が静かに言った。
「いまや大名たちの評価基準は『戦の強さ』ではなく『光秀様への気の利いたお歳暮を送れるか』になっております。我が真田家も、裏切りなど考えているヒマがあれば、信濃特産の干し椎茸(当時は高級品)を坂本城へ送るべきかと……」
「わしが……この真田昌幸が……お歳暮で天下と戦えと言うのか……!?」
昌幸は悔し涙を流しながら、膝を叩いた。
「……よし! 信繁! 今すぐ最高級の干し椎茸を用意しろ! 光秀殿の胃袋を掴むのだ!!」
「結局送るんですね、父上……」
天才謀略家・真田昌幸すらも、光秀を中心とする「平和すぎるお歳暮エコシステム」に取り込まれていくのであった。
第四章:第2回「天下の相談役会議」〜お悩み相談室〜
二月。京都・二条城。
大好評(?)につき開催された第2回「天下の相談役会議」。
参加者は、参議・秀吉、徳川家康、柴田勝家、そしてオブザーバーとして特別参加した伊達政宗と真田昌幸。
上座の光秀は、コタツ(二条城に特注で持ち込んだ)に入りながら、だるそうに書類を眺めていた。
「……で? 今日の議題はなんだ」
秀吉が真っ先に手を挙げた。
「光秀殿! 参議として朝廷権限で全国の検地(土地の調査)を行いたいのですが、勝家殿が『秀吉の家臣に我が領地を調べられるのは不愉快だ』と反対してきまして……」
「当たり前だろ猿!」勝家が怒鳴る。「お前がわしの財産を把握して、後で重税を課す気なのはお見通しだ!」
光秀はみかんを一口食べ、淡々と言った。
「勝家殿」
「は、はいっ!」
「検地を拒否したら、お前の領地の特産品(越前ガニ)の特選品公認を取り消すぞ」
「えっ!? 特選品からの取り消し!?」
「秀吉、お前もだ。検地を口実に勝家殿の領地に手を出したら、参議の職を剥奪して『ただの猿』に戻すよう朝廷に文を書く」
「ぐぬぬっ!? それは困る!」
光秀の「一瞬で急所を突く脅し(※本人は面倒だから適当に言っているだけ)」により、検地問題はわずか3秒で解決した。
続いて、真田昌幸が身を乗り出した。
「光秀殿! 我が真田家と徳川殿の間で、沼田領の帰属を巡って争いが起きており……」
「干し椎茸」
「はい?」
「昌幸殿、貴殿が送ってきた干し椎茸は美味かった。沼田の件は、真田家が徳川家に『干し椎茸優先購入権』を与えることで手を打て。家康殿、いいな?」
家康は即座に頷いた。
「光秀殿がおっしゃるなら! 沼田など譲りましょう! その代わり昌幸殿、毎年うまい干し椎茸を優先して当家に売ってもらうぞ!」
「え……? 沼田領の件、干し椎茸で解決した……?」
昌幸はポカンと口を開けた。
命がけの外交交渉や裏切りを覚悟していた沼田問題が、光秀の「干し椎茸が美味かった」の一言で平和裏に手打ちとなったのだ
最後に奥州の暴れん坊、伊達政宗が叫んだ。
「光秀殿! それがしにも何か助言をいただきたい! 奥州で暴れ足りなくてウズウズしております!」
光秀は政宗を冷ややかな目で見つめた。
「政宗殿」
「はいっ!」
「貴殿はまず……その痛い陣羽織を着るのをやめろ。そして奥州で美味しい干し肉でも作って送ってこい。話はそれからだ」
「ははーっ! 痛い陣羽織をやめて干し肉の開発に専念いたしますっ!!」
政宗は感動のあまり涙を流して平伏した。
第五章:戦のない世界で
会議が終わり、全員が笑顔で「お歳暮の品定め」をしながら去っていく二条城の庭。
光秀はコタツから抜け出し、冷たい冬の空気を吸い込んだ。
「……ハァ。どいつもこいつも、バカばかりだ」
光秀はぽつりと呟いたが、その声に以前のような毒や絶望はなかった。
史実であれば、秀吉と勝家は賤ヶ岳で激突し、勝家は城に火を放って自害していたはずだ。
真田は徳川と血で血を洗う上田合戦を繰り広げ、伊達政宗は奥州を血の海に変えていたはずだった。
それが今、男たちは「光秀へ何を送るか」「どうやって平和に領地を整えるか」で揉めている。
「殿」
煕子が温かいお茶を持って、光秀の隣にそっと寄り添った。
「みな様、本当に嬉しそうなお顔で国へお帰りになりましたね」
「……ただのバカ騒ぎだ。わしは何もしていない」
「ふふっ。何もしないことで、皆様の争う理由を奪ってしまわれたのですね。やっぱり殿は、天下の知恵者でございます」
光秀はお茶を受け取り、ふっと息を吹きかけてすすった。
「知恵者ではないさ。ただ……誰も死なない方が、お茶もうまいというだけだ」
雪がちらつき始めた京の町。
しかし、光秀の周りには、戦国時代とは思えないほど温かく、奇妙で、平和な時間が流れていた。




