第七話 参議・羽柴(冷泉)秀吉爆誕と、柴田勝家「話が違うぞ!」事件
第一章:京都が震えた日
天正十年(一五八二年)九月。京都・近衛邸。
「参議……? 秀吉が公家なりして……従三位・参議じゃとおおおおっ!?」
織田家の筆頭家老・柴田勝家(権六)の叫び声が、京の旅籠に響き渡った。
勝家は激怒のあまり、手にした湯呑みを握り潰した。熱湯が手に降り注ぐが、そんな痛みを忘れるほどの衝撃であった。
「正気か近衛様! 光秀を追討するわけでもなく、上様の後継者を決めるわけでもなく、なぜ百姓出身の秀吉になど従三位・参議の位を下賜されるのだ!?」
目の前で青ざめている公家が、オロオロと扇子を振った。
「し、仕方なかろう柴田殿! 羽柴殿は坂本城の光秀殿の仲介(?)を得たと言って、驚くべき量の金・銀を朝廷に寄進したのじゃ! さらに『三木合戦で播磨の領地(細川庄)に下向していたところを別所家に攻められ、滅ぼされた下冷泉家(当主:冷泉為純は従三位・参議であった)を復興させてほしい』と申したのでおじゃる……悔しいが朝廷には、公家衆には金が無い……反対する者もおったが、殆どの者は金に目がくらんだのじゃ・・更に上冷泉家が細川庄を返還すると言われて大乗り気となり羽柴殿を養子にして下冷泉家当主となる事を認めると・・・麻呂にも止めようが無かったのでおじゃる!!」
「猿に知恵を授けたのか・・・光秀ぇぇぇぇぇっ! またお前かぁぁぁっ!!」
勝家は天を仰いで咆哮した。
勝家は信長の三男・織田信孝を擁立し、「信長公の仇討ち」と「織田家の伝統」を盾にして秀吉を追い詰める計画であった。
だが、秀吉は織田家の家臣という枠組みを完全に無視し、朝廷にすり寄り公家なりし、「参議」に就任するというウルトラ C を繰り出してきたのだ。
いまや秀吉に歯向かうことは、「織田家の跡目争い」ではなく「朝廷に対する謀反」を意味する。
「……待てよ」
勝家はハッと気づき、側近の膝をついた
「秀吉が公家となり従三位・参議になったということは……わしは奴より官位が低い… 『猿』と呼んでいたあの男に、頭を下げねばならんのか……!?」
「理論上はそうなるでおじゃる……」
「ウギャアアアアアッ!! 死にたい! わしが死にたいわ!!」
織田家最強の猛将・柴田勝家は、あまりの理不尽さにゴロゴロと畳の上を転がり回るのであった。
第二章:家康、狸の冷や汗と「光秀ストッパー」
同月。京都・徳川屋敷。
徳川家康は、爪を噛みながら報告を聞いていた。
「……羽柴殿が公家となり従三位・参議か」
「ははっ。朝廷工作は見事というほかございません。これにより、柴田勝家殿も織田信孝様も、羽柴殿に手出しができなくなりました」
本多正信がニヤリと笑った。
「内府様(家康)。羽柴殿は織田家家臣の枠組みから外れて自立しましたぞ。いかがなさいますか? これで織田家家臣同士での権力争いではなくなります。三河へ引き上げますか?」
「バカ者!」
家康は即座に一蹴した。
「秀吉の奴、光秀殿に知恵を借りたな……? あのような策、猿が一人で思いつくはずがない!」
家康は冷や汗を拭った。
(光秀殿……貴殿は本当に恐ろしい男だ。全財産を捨てて『死に損ない』を装いながら、裏で秀吉を操り、一瞬で天下の勢力図を塗り替えおった……!)
家康の中で、光秀はもはや「神謀鬼算の軍師」として完全に定着していた。
「正信。坂本城へ使者を送れ。『光秀殿への感謝の品』として、三河の上等な木綿と、駿河の最高級の茶葉を山ほど届けさせよ」
「は? 光秀殿に、でございますか?」
「当たり前だ!」
家康は真顔で言った。
「光秀殿の機嫌を損ねてみろ! 今度は秀吉に『家康を滅ぼせ』と助言しかねん! あのお方は『死にたがっている』のだぞ!? 命の惜しくない人間ほど恐ろしいものはこの世にないのだ!」
こうして徳川家康もまた、光秀の「死にたがりオーラ」に完全に恐怖し、怒涛の贈物攻撃を開始するのであった。
第三章:坂本城に届く、謎の「感謝状」と「和解の証」
「……なんだこれは」
十月中旬。近江・坂本城。
光秀の前に積み上げられたのは、全国から届いた豪華絢爛な寄進物と感謝状の山であった。
* **羽柴秀吉より**:「光秀殿のおかげで公家になり参議になれました! 天下の相談役として、毎月給付金を差し上げます!」
* **徳川家康より**:「光秀殿の深謀遠慮に敬服いたします。三河・遠江の特産品をお届けいたします」
* **柴田勝家より**:「……光秀殿。秀吉を参議にしたお知恵、誠に見事(悔しいが)。我が越前の蟹を送るので、どうか秀吉に『勝家をいじめるな』と言ってくれ」
* **織田信雄・信孝より**:「父(信長)の件はもう怒っていません。どうか我らの家臣を『こいつらは父とは違う、安心しろ』と説得してください」
光秀は手紙の山を前に、完全にフリーズしていた。
「……なぁ、利三」
「ははっ!」
斎藤利三が誇らしげに胸を張った。
「殿! ついに天下の大名たちが、殿の『力』にひれ伏しましたぞ! 上様(信長)を討ち、羽柴を公家なり参議に押し上げ、柴田・徳川を従わせる……! まさに殿こそが、陰の天下人にございます!」
「ちがーーーーーうっ!!」
光秀は手紙の山をぶちまけた。
「わしはそんなこと一言も言っていない! 秀吉には『お前が公家にでもなれば静かになるだろ』と適当に言っただけだ! 勝家殿に蟹を貰う筋合いもなければ、上様のお坊ちゃんたちに懐かれる覚えもない!」
「ですが殿、結果として戦は一回も起きておりません!」
利三は目を輝かせた。
「史実(?)では山崎で万の兵が死に、賤ヶ岳で柴田は敗れ越前が焼き払われるはずだったのでしょう? それが今や、大名たちが争う代わりに『殿への贈り物の豪華さ』で競い合っております! これぞ真の平和にございます!」
「贈り物の豪華さで競うなっ!!」
光秀は頭を抱えた。
全財産を捨て、明智家を解散し、死に装束を着て本能寺の跡地で腹を切るはずだった。
それがどうだ。今や坂本城は全国からの贈り物で溢れ返り、光秀の金蔵には金が勝手に流れ込んできていた。
第四章:第1回「天下の相談役会議」
十一月。京都・二条城。
光秀の「もう来ないからな!」という拒絶も虚しく、朝廷と秀吉、家康、勝家の強力な要望により、第1回「天下の相談役会議」が開催されることとなった。
上座には、何とも言えない顔をした光秀。
その左右に、参議・羽柴(冷泉)秀吉、徳川家康、柴田勝家。
かつて信長のもとで命を削っていた男たちが、いまや「光秀の顔色を伺う」ために集結していた。
「えー……」
光秀は重い口を開いた。
「わしはただの『死に損ない』だ。だから手短に済ませる。秀吉、お前は参議として朝廷を支えよ。勝家殿、越前でおとなしくしておれ。家康殿、三河で静かに暮らせ。以上だ。帰る」
光秀が立ち上がろうとすると、三人が同時に「待ってくだされ!」と叫んだ。
「光秀殿!」秀吉が縋りつく。
「光秀殿!」勝家が身を乗り出す。
「光秀殿!」家康が退路を塞ぐ。
光秀は天を仰いだ。
(……ああ、上様。あなたはこんな面倒くさい奴らを相手に、毎日毎日怒鳴り散らしていたのですね……)
(あなたを討った罰が……『この面倒くさい奴らの愚痴を永遠に聞き続ける』という地獄だとは思いませんでした……)
光秀は深いため息をつき、再びドカッと座り直した。三人がそれぞれの相談事(面倒事)を話し出す。
光秀の「適当で投げやりな裁定」が、複雑に絡み合った戦国時代の利権を鮮やかに解きほぐしていく。
第五章:あとは野となれ山となれ、その先にあるもの
会議が終わり、二条城の庭で夜風に当たる光秀。
夜空には、あの『本能寺の変』の夜と同じように美しい月が浮かんでいた。
(……わしの計画は、どこで狂ったのだろうな)
光秀は苦笑した。
正夢を見て、滅びの未来を恐れ、自暴自棄になって起こした『本能寺の変』。
だが、すべてを捨てて「開き直った」瞬間から、この戦国の世は光秀の予測を遥かに超えて、思わぬ方向へと転がり始めた。
「殿」
ふわりと優しい香りと共に、煕子が隣に立った。
「月が綺麗ですね、殿」
「ああ……そうだな、煕子」
「皆様、とても楽しそうでございましたよ。秀吉様も、勝家様も、家康様も……殿の一言に救われたようなお顔をしておられました」
「救った覚えはない。ただの愚痴処理だ」
光秀はそっぽを向いたが、その表情はどこか柔らかかった。
「……煕子」
「はい」
「わしはな……もう少しだけ、生きてみようと思う」
「ええ」
「死に装束は……まあ、押し入れの奥にでも仕舞っておけ。カビが生えないように、たまに虫干しでもしてな」
煕子は花が咲くように微笑んだ。
「はい、殿。喜んで」
滅びの未来をぶち壊し、野望を捨て、ただの『死に損ない』となった明智光秀。
彼が引き起こした「世紀の大暴走」は、誰も死なない、誰も予想しなかった、奇妙で温かい「新しい戦国時代」を創り上げたのだった。




