第31話 「おかえり。」
静かな朝だった。
窓から差し込む光が、やけに柔らかい。
あの戦いから、どれくらい経ったのか、正確な日数はもう覚えていない。
「……んー」
僕は軽く伸びをする。
身体はまだ少し重いが、動かないほどじゃない。
部屋の中央。
簡素な机の上には、無数の部品が並んでいた。
金属に魔導回路。
そして――見慣れた、“素材”。
「……ほんと、無茶するよね」
僕は自分の左腕を見る……かつてのそれとは違い、作り物の腕。
それでも――
「まあ、いいか」
小さく笑う。
僕に後悔はなかった。
――当然、失ったものはあるし、もう戻らないものもある。
――例えば、“元の自分”とか左腕とか。
――例えば、“帰れるはずだった場所”とか。
でも。
「……約束、したしね」
僕は、ぽつりと呟き手を伸ばす。
最後の工程……慎重に、丁寧に、壊さないように。
――今度こそ、間違えないように。
そして……小さな身体が、机の上に横たわる。
まだ、動かないただの器。
生体部品と僕のスキルの産物。
見た目は愛らしい幼女の身体だった。
「……おはよう」
優しく、声をかけてみるが返事はない。
それでも――構わなかった。
指先で、そっとその頬に触れる……温もりはない。
――でも。
「大丈夫。
ちゃんと、迎えに来たよ?」
――その瞬間。
微かに、指が動いた。
「……っ」
息が止まる。
もう一度、確かめるように……ぴくり、と。
「……有紗?」
呼ぶ……返事はない。
けれど――瞼が震えた。
ゆっくりと……本当にゆっくりと。
その目が、開く。
まだ、焦点の合わない瞳が揺れている。
何も知らない、まっさらな目。
――それでも……確かに、“こちら”を見た。
「……」
言葉が出ない……ただ、見つめる。
その瞳の虹彩が、ゆっくりと形を持つ。
そして――小さな手が、伸びた。
ふらふらと頼りなく。
それでも、まっすぐに僕の髪を――掴む。
「……いった」
思わず、笑う。
僕は涙が出そうになるのを、無理やり飲み込む。
そのまま、顔が近づいてくる。
その距離、ゼロ。
息がかかるほどの距離で、小さな声が零れた。
「……あなた誰?」
ジッと見つめてくる小さな瞳。
「……まま?」
――世界が、止まる。
あの戦いも、あの絶望も、あの選択も……。
全部が、一瞬で遠くなる。
「……」
声が出ない……。
僕は代わりに――ぎゅっと、抱きしめた。
壊さないように……それでも、離さないように。
「……うん」
やっと声が出たけど、その声は少しだけ震えていた。
「そうだよ」
もう一度、抱きしめる。
「これからは――そういうことにしよっか?」
僕は軽く笑う――いつもの調子で。
「よろしくね、有紗?」
その声は、少しだけ――優しかった。
小さな手が、僕の服を掴む。
離さないように、確かめるように。
その温もりは――確かに、そこにあった。
――窓の外。
世界は、何も変わらない顔で続いている。
誰も、知らない。
ここで何が終わって、何が始まったのか。
それでも、この小さな部屋の中だけは――少しだけ。
本当に、少しだけ違っていた。
その頃、屋敷の庭では――。
いつも通り、ツェンの叫びが響いていた。
「まだ洗濯が終わっていないのですか、ツェン?」
「厨房の洗い物がまだ終わって無いっすよ、ツェン?」
「はい、喜んでぇえっ!」
有紗の代わりに屋敷を統括するノルンと、何故か隣で仁王立ちするサッシェが、必死に働くツェンを見ていた。
「……全く、王国軍の相手に魔物の駆除と、私たちは忙しいのです。
このぐらい、いい加減にさっさとやってください。」
「は、はぃいっ!」
(……クソッ……こんなことをしている場合じゃ――)
内心の不満を飲み込んで、笑顔で対応するツェンの顔を訝しげに見ていたノルンが口を開く。
「……何か不満そうですね?
有紗が居ないからと、少し腑抜けていませんか?」
「め、滅相もございませんです!」
(……何故、私はあの目に逆らえないんだ?)
ノルンの言葉に、冷や汗をかきながら慌てて否定するツェンを見て、サッシェがニヤつきながらノルンに話す。
「あ〜っ!
ノルンさん、ツェンが今反抗的な目をしたっすよ!
反抗期っす!
粛清っす!」
「……なっ?
キサマっ!」
(なんでコイツは、毎回毎回……)
「ふむ……再教育ですね」
「ちょっ、まっ!
さ、再教育だけはっ!」
(魔王様っ!
早く、早く助けてくださいっ!)
――外の世界がどうであれ。
今日も屋敷はいつも通りだった。
――一部を除く。
その頃――
世界はいつも通り、正義と正義で殺し合っていた。
誰も間違っていない。
だから、誰も止まらない。
そして本来ならば、その戦局を指揮しているはずの参謀は――
「私は、こんなことしてる場合ではないんだぁぁあっ!」
――けれど。
この世界には間違っていると知りながら、それでも手を伸ばした者がいる。
一度壊れたものを、もう一度繋ごうとした者がいる。
正しいかどうかではなく、“選んだ”者がいる。
――だから、きっとまだ。
この物語は終わらない。
あいつはまた、余計なことをする。
……きっと、止まらない。
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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
一度壊れたものを、もう一度繋ぐ物語。
ひとまず、ここで一区切りとなります。
この先を描くかどうかは、正直言ってまだ決めていませんが……あの紳士が止まるとは、あまり思えません。
続きなり、新作なりでまたどこかで、お会いしましょう。




