第1話 「聖女扱い? いいえ、紳士です」
なろう初投稿作品となります。
気に入って頂けたら幸いです。
「た、助けてください!」
屋敷の庭に、男が転がり込んできた。
腕の中には、血まみれの少女。
「魔物が……村が……娘を……!」
芝生に血が滴る。
深緑が、じわりと赤に侵されていく。
――ああ。
「……色味が合わない」
「は?」
側にいた銀髪のメイドが眉をひそめた。
「これでは僕の庭が台無しです」
僕は少女の額に指を当てる。
「治癒」
淡い光が広がる。
血が消え、裂けた皮膚が閉じ、失われた色が戻る。
少女が、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ?」
男が膝から崩れ落ち、感極まった声で叫ぶ。
「せ、聖女様……!」
「違います」
僕は即答する。
「紳士です」
その瞬間――森が唸った。
現れたのは、ねじれた角を持つ巨大な鹿の魔物。
血の臭いをまとい、こちらを睨みつけている。
「原因はアレかと」
メイドが無表情で指差す。
「野生動物は困りますな」
そう言って僕は手をかざす。
「結界」
淡い膜が空間を覆う。
「――浄化」
一閃。
光が走り、魔物は音もなく霧散した。
その光景に唖然とする人々。
やがて、次々と跪く。
「ありがとうございます……!
聖女様……!」
「だから違います」
僕はため息をついた。
「害獣駆除と景観維持です」
メイドがこめかみを押さえる。
「……意味が分かりません」
――当然だ。
僕にも分からない。
なぜ僕が、こんなことをしているのか。
ただ一つ、確かなことは……
ゆっくりと僕は視線を落とす。
視線の先にある小さく、美しく作られた手。
滑らかに動く関節。
「……完璧だ」
この身体だけは。
――すべてが理想通り。
今から三日前、前世の僕は死んだ。
理由?
事務処理ミスだ。
白い空間。
目の前には、いかにも女神という存在が立っていた。
「あー、ごめん。間違えて殺したわ」
「……軽くないですか?」
「大丈夫大丈夫。聖女として転生させるから」
軽い。命が軽い。
だが、提示されたその能力は本物だった。
回復、結界、浄化、聖女としての能力が付与される。
問題は――
「身体の希望は?」
――そこだった。
僕は語った。
三日三晩、熱く語り尽くした。
理想の骨格とは?
理想の関節について。
理想の質感へのこだわり。
芸術としての“身体”理論と法則。
「……やっぱチェンジで」
「は?」
「あなた、キモい」
「この三日分の想いは?」
「じゃ、次の案件あるから」
「え?」
「あなたの処理、後回しでいいでしょ?
どうせ、急ぎじゃないし。」
そう言って、僕から完全に興味を失ったように書類へ視線を戻す。
――ああ。
これは“人”として見られていない。
そして僕は、女神が言うところの産廃処分待ちになった。
暗闇。
時間の感覚が、ゆっくりと溶けていく。
思考が鈍る。
意識が削れていく。
このまま消えるのだと、理解する。
――嫌だ。
せめて……せめて一度くらい。
あの理想を、この手で触れてみたかった。
指先の感覚も曖昧になっていく。
その時だった。
ぱち、ぱち、と。
場違いな拍手が、すぐ傍で鳴った。
「いやー、ええ趣味しとるやん」
突如暗闇に現れたのは、狐顔の胡散臭い男。
「ボク、ロキ。悪神やってんねん。」
その男は、まさに胡散臭さ全開だった。
「キミ、このままやと“ゴミとして消される”で?」
軽い口調。
だが、その言葉は妙に現実的だった。
「なぁ、もったいないと思わへん?」
赤い瞳が、じっとこちらを覗き込む。
「その執着、その歪み、その美意識。
全部、ちゃんと“使えば武器になる”んやで?
せやから、ボクと取引せえへん?」
条件は一つ。
「好きに生きること。」
代わりに――
「その身体への想い、叶えたる」
僕の答えは決まっていた。
どうせ百年後に消えるなら――
理想の身体で、一瞬でも生きた方がいい。
「やります」
即答。
「種族はオートマタやけどな?」
「最高です!」
「……引くわ」
気づけば、森の中。
そしてこの身体。
――理想そのもの。
「……尊い」
「ご主人様」
振り向けば、銀髪のメイド。
「屋敷、完成しております」
森の奥には、巨大な屋敷。
「初回特典?です」
雑だ。
だがそれが良い。
屋敷に着き、割り当てられた自室に通される。
部屋の姿見の前。
僕は手を開き、閉じる。
関節が滑らかに動く。
「……素晴らしい」
三十分経過。
「神は居た……雑だけど……」
三時間経過。
ずっと控えていたノルンが、眉をひそめ聞いてくる。
「……変態?」
「はい」
「気持ち悪い」
「ご褒美です」
――即答。
ノルンは一瞬だけ沈黙した。
「……訂正します」
「ん?」
「想定以上に気持ち悪いです」
「ありがとうございます!」
銀髪メイドのノルン。
その言葉は辛辣。
だが、僕にとってはご褒美だ。
「……紳士ですから」
「ガチで引きます」
自室から出て、最初に案内されたのは――。
「ご主人様、こちらが書庫です」
いつの間にか居たメイドの有紗が、颯爽と案内してくれる。
彼女は……ノルンとは違い、二十歳くらいで控えめながらも、しっかりと主張する胸部装甲を持っていた。
……実に良いものをお持ちだ。
僕が紳士として評価をしていると、何故かノルンはすぐに僕と距離をとり、壁際で冷めた目で僕をみつめる。
「駄目だこの変態。」
「……そんな目で見るなよ、興奮するだろう?」
そう言って鼻息を荒くする僕。
ノルンは僕に、嫌いな虫でも見る様な視線を向けて来たが、有紗を見てその表情を緩める。
「有紗、ご覧の通り。
新しいゴミ虫がご主人様となりました。」
「了解いたしました。
ゴミ虫様、家事全般担当の有紗です。
ノルン共々、よろしくお願いいたします。」
和やかに微笑んでいる。
だが、視線は完全に害虫を見るそれだった。
「僕、ご主人さま――」
「「はい、ゴミ虫さま。」」
即答。
声が揃っている。
連携が怖い。
その後、五分ほど床に額を擦りつけた結果、なんとか呼称は戻った。
でも、尊厳は戻らなかった。
まあいい、そんなもの元から無いしね。
その後、僕は元気いっぱいに移動を開始する。
応接室、キッチン。
すべてを確認した。
すべてが――
「完璧だ……」
そして夕刻。
庭にて有紗に白湯を差し出される。
「なぜ?」
「精密部品対策です」
「……あ、僕オートマタか」
その時だった。
「助けてください!」
――そして現在へ繋がる。
すべてが終わった後。
人々は感謝し続ける。
だが僕は、興味がない。
「世界を救う義理はない」
ただ――
「この美しさを守るだけさ」
「……やってることは聖女ですよ?」
「違います、紳士です」
即答。
ノルンは小さく息を吐く。
「……本当に、そうなんですか?」
「僕がやったのは、野生動物対策と景観維持だよ」
迷いのない声。
ノルンはしばらく黙っていた。
そして、視線を森へ向ける。
さっきまで瘴気に満ちていた空気は、澄み切っている。
庭で人々は何度もこちらに頭を下げている。
その光景を確認してから、ノルンは僕に向き直る。
「……理解不能」
いつも通りの冷たい声。
だが。
「ですが……」
ほんの僅か、声の調子が変わる。
「屋敷の主としては、合格です」
意外な言葉に、僕はきょとんとする。
「え?」
「庭は守られ、『ついでに』人々も守られました。
結果は最適です」
いつもの無表情。
だが、ほんの少しだけ――
目が、逸れていない。
まっすぐこちらを見ている。
「……ふむ」
僕は腕を組む。
「当然。
僕の体はこの世で一番尊い存在ですから。」
「意味が分かりません」
即座に返す。
だが今度は、ほんのわずか。
その口元が、ほんのわずかに緩んだ。
一瞬だけ。
次の瞬間には、元通りの冷徹な顔に戻っていた。
「では、そろそろ食事の時間です。
奇行は後にしてください」
「了解さ」
僕は素直に従う。
人々の祈りはまだ続いている。
屋敷の空気は穏やかだ。
世界を救う義理はない。
人々も好きにすれば良い。
僕も、理想の造形美を追求するだけさ。
空を見上げる。
どこかで、あの悪神が笑っている気がした。
――まあいい。
どうせなら。
この身体で、この世界を。
“美しく”してやろうじゃないか。
……そのはずだった。




