ぐるぐる?
工房に戻った3人は、やっと開放された様子で作業部屋の椅子に腰を降ろすと飲み物を口にした。バタバタとしていたのでお昼もろくに食べられなかったのだ。
テレビをつけながら(こないだ壊してしまったので、小さいテレビをまた買っていた)君香が夕飯の出前を注文した。
平成元年、、世はまさにバブル真っ盛りでテレビ業界にもたくさんお金があった時代。
企業戦士と呼ばれる人々は深夜までの作業も厭わず。『働き方改革』などという言葉など全くない時代。SOra工房も毎日仕事に追われ今日も残業を余儀なくされていた。
『この後2~3年でバブルがはじけてしまう』なんて誰も想像だにしていなかった、それがこの当時の日本である。
テレビでMHKニュースが始まった。佳奈にとっては自分が関わった模型がテレビに映るという初めての体験だった。
新幹線の事故は関心の高いニュースなので、番組が始まってすぐにそのコーナーがやってきた。
女性アナウンサーがひとしきり事故のあらましを伝えると新幹線の模型が登場し、鉄道の車両に詳しい専門家がそれを見ながら解説を始めた。
佳奈はとても嬉しい気持ちになった。ものづくりの喜びの1つを感じたようだった。
来海と君香はもう慣れっこなのか、さっき頼んだ出前が届いたのでそれを食べ始めていた。
新幹線事故のパートが終わったので佳奈も落ち着いて食事をとる準備をはじめた。
テレビでは次のニュースが流れていた。
『今日未明、東京都世田谷区桜新町で住宅二棟を焼く火災が発生しました。火はすでに消されましたが焼け跡からその住居に住んでいたと思われる男性の遺体が発見されました。男性は”新谷幹夫”さん48歳とみられ……』
そのニュースを聞くなり、来海は愕然とした。そして急に血の気が引いた顔になり震える唇で「新谷さん……まさか……」と声にした。
君香がびっくりして「知ってる方なんですか?」と聞いた。
「あぁ、関東圏では数少ない”整”の使い手だった人だ」来海は信じられないという表情で電話機の方へ向かうと、ある番号へ電話をかけた。
***
次の日、午前中の仕事を終え、お昼休みになった途端、来海はテクテクと工房を出てお隣の一軒家へと向かった。
今で言う”奥渋”(渋谷の奥の方)には当時まだまだ古い民家がたくさん残っていて、お隣のおばあさんの家も古い佇まいで、二階建ての一軒家。築40年くらいは経っていた。
門扉を抜けるとすぐに玄関の扉があって、そこのチャイムを来海が鳴らした。ビー。
「あら、潤さん!よかったわ!入って入って!」中から出てきたおばあさんは来海を見るなり嬉しそうに家へと招いた。「おじゃましますー」来海は慣れたように中へ入っていった。
”柿の葉茶ぐるぐる”と言うのはおばあさんが勝手に名付けている名前だ。健康のために飲んでいる柿の葉茶を来海の”整”の力でぐるぐるとかき回してもらう、すると柿の葉の成分が際立って飲んだおばあさんの体調がとても良くなるのだとか。
おばあさんが台所から熱い柿の葉茶を入れて持ってきた。来海は柿の葉茶がそんなに得意ではなかったので、おばあさんの分1杯だけ、、来海にはコーヒーを持ってきてくれた。
来海は柿の葉茶を前にして指を立て少しばかり整の呪文を唱えると指をくるくると回した。
実際のお茶の中に指を入れている訳ではないのだが、お茶もなぜかくるくるとかき混ぜられてゆく。
おそらく柿の葉に宿る精霊が活動しているということなのだろう。ひとしきりそれを行なうとおばあさんが柿の葉茶を口にする。
「あぁ、ありがとうね」そう言いながらお茶うけの羊羹を来海に勧める。
「いただきます」来海はコーヒーを飲みながら羊羹を口に入れた。
おばあさんはふーふーとしながらお茶をすすり、来海にこう言った
「で、、こないだの新幹線の事故は”乱”の仕業なんだろ?」
それを聞いて、少し驚いたように来海が答えた「はぁ、、たぶんそうだと思います」
おばあさんは自分の腰をさすりながら、「潤さん。あんたの母さんと一緒に戦った昭和の戦い……あの”乱”との戦いで受けたここの傷が疼くんだよ、最近特にね」
おばあさんは腰をさするのをやめて来海の方をジッと見つめた。
「あの時、あんたの母さん『清美』さんが命をかけてやっつけた敵。。。たぶんその子供たちが動き始めたんだろう」
来海の羊羹を咀嚼する口の動きが止まり、おばあさんを見つめる。
「子供?……子供がいたんですか?」
おばあさんはゆっくりと立ち上がり、茶箪笥のところに歩いてゆくと、引き出しから封筒を取り出してきた。
机にそれを置くと、「くれぐれも注意して見るんだよ、彼らは名前にすら”乱”の言葉を封じ込めている。気を許していると見るだけでも影響を受けてしまうよ」
来海はコクリと頷くとゆっくりと封筒の中にあるメモを見た。
おばあさんがそれをゆっくりと解説した
戦後しばらく経って、あんたの母さん”清美さん”と知り合った私は彼女から”整”というものがあると知らされた。
はじめは半信半疑だったんだけど、清美さんのそばでそれを見ているうちに「本当にあるんだ!」とわかって、、自分もその修行を始めた。
清美さんほどの力は持てなかったけれど、彼女の役に立てるよういろいろと立ち振舞ったんだ。
潤さんも知っての通り、安保闘争やら学生運動なんかが盛んだった昭和60年くらいに”あの女”が現れた、
そう『夜巳名児耶』
私が調べたところによると、第二次世界大戦で焼かれてしまった土地に棲んでいた神々が、怨念となって彼女の身体に宿ってしまったという事らしい。夜巳名児耶は究極の神降ろし体質だったんだね。
彼女はその美貌もあって、軍人や財閥の権力者なんかと繋がって、それぞれ父親の違う子供を4人産んでいる。
私が調べられたのは子供達が20歳になるくらいまでで、それ以降はなにをやっているのかまったくわからない。
それぞれの名前がそこに書いてある。
長男 『夜巳耶汰偈』
次男 『夜巳武迅』
長女 『夜巳苦奴蘭』
三男 『夜巳幻子』
***
「4人もいるのか」来海はついそう口にした。
「もちろん、全員が”乱”の使い手って訳じゃないだろうけど」おばあさんはそう言うと柿の葉茶を飲み干した。そして「もう、私は力になれないからねぇ」とつぶやいた。
来海は、そんなおばあさんにゆっくりと頭を下げた。




