あなたが居たから、ここまで来れたって。私はもう知ってるよ(百合と薔薇。その娘)
一つ前のお話の、美里さんと佳蓮ちゃん。
おとうさんとおあかさん(血縁的には伯父伯母)は白い結婚の偽装夫婦だけど仲良し、それぞれ同性のパートナーが居て、そちらの二人も娘の佳蓮ちゃんにとっては親同然で、みんな大好きという関係性。
友だちと遊んだ帰り。
ふと思い立って、母の家に寄った。
母と、母の恋人の美里さんの住む家。
私の、第二の実家だ。
「あれ、おかあさんは?」
出迎えてくれたのは、美里さんだった。
「買い物中。たぶん、すぐ帰って来ると思うよ」
「そっか」
リビングに通され、私はそのままソファーにどっかり座った。
深緑のソファーは、私の身体を頼もしく受け止めてくれる。
「何飲むー?」
「アイスココア~」
「はいはい」
キッチンから、冷蔵庫をバタンバタンと開け閉めする音。
そよ、と風吹く方を見れば、窓が薄く開いていた。
レースのカーテンが微かにそよぐ。窓辺には、おかあさんの大切に育てている観葉植物たち。すくすく真っ直ぐ、健やかに伸びていて、緑の葉っぱがつやつやしていた。
「あー、楽。自分で飲み物用意しなくていいの楽~」
「トノくんは?」
「してくれるけど、その間に私も別のことしたりしなきゃだからさ」
はい、と渡されたアイスココアを、グッと煽る。
赤い小花柄のグラスは、レトロ可愛い。
「あー……」
私が大袈裟に息を吐くと、「おっさんか」と美里さんが笑った。
隣に座った彼女の手にも、ココアの入ったグラス。
美里さんのグラスは、色違いの青だった。
「美里さんと二人っきりって何気に久しぶり?」
「そうね」
美里さんが、小首を傾げる。
「アンタが就職して一人暮らしを始めたころは、よく二人でお茶したよね」
「ホントね~」
当時、仕事の辛さと一人暮らしの寂しさとで、私の情緒はしっちゃかめっちゃかだった。
だから、おかあさんに隠れて美里さんに泣き付いていた。
「あのときはお世話になりました」
「いいのよ。私が世話したいだけだから」
私が背筋を正してお礼を言えば、美里さんは鷹揚に笑うだけだった。
「美里さんって、我儘言いやすい」
「私が我儘だからね」
したいことは何だってしちゃうからね、と笑って言ったあと。
「……アンタ、あのころよく言ってたよね。『実家におとうさんとおかあさんと、三峯さんと美里さんと四人で住んで欲しかったんだ』って」
美里さんが、懐かしむ顔をした。
「言ったねぇ」
私は、自分の幼さを思い出して苦笑する。
「無理だってわかってることを、敢えて言いたかったんだよね。かと言って、本当にその通りしろだとか、それぞれ恋人と住むのやめてとかは、全然思ってなかったんだよね」
あの当時は、辛さと寂しさとが引き金になって、色んな感情がぐっちゃぐっちゃに入り混じってそこにあった。
お互いの倖せを祈る気持ちが根底にありながらも、まだまだ幼い自分が駄々をこねている。そのことに対して、大人になったと思い込んだ自分が辟易している。
そんな感じで。
「言うだけで、満足だったの」
けど、おとうさんとおかあさんは優しいから。
根は頑固で、決めたことは意地でもやり通す人たちだけど、でも優しいから。
それじゃあと言って、本当に今の暮らしを撤回しそうで怖かった。
「わかるよ」
その点、美里さんは違った。
私が『言いたいだけ』なのか、本当に心からそうして欲しいのか。
見極めてくれる。
私の言うことなんて、聞くだけでも罪悪感とか、鬱陶しさとか、きっと感じるだろうに、それでもただ言わせてくれて、ただ聴いてくれた。
いつもそうだから、安心する。
おかあさんが、この人に惚れ抜いているのがわかる気がする。
「朱美は、真面目だからね。そこが、いいところなんだけど」
「そうなの。そこが、イラッとするところでもあるけど、やっぱりいいところなんだよね」
おかあさんの真面目さが、私をここまで大きくしてくれた。
私の心は、いつだって『産みの親に存在を無かったことにされた』事実によって、グラつく危険と隣り合わせだった。
そうならなかった、あるいは、その被害が最小限に食い止められたのは、あの真面目さが、底からぐんっと支えてくれたお蔭だ。
今は、ちゃんとそれを理解している。
「ちゃんとわかってくれてて、嬉しいわ」
「おかあさんたちの娘だからね」
私がウィンクすると、美里さんもウィンクを返してくれた。
昔、二人で練習したときと同じように。
パチンと立派に。
「ただいまー」
「帰って来たわ」
美里さんが、花のように笑う。
おかえり~、と言いながら玄関へ向かうその背中に、
「やっぱり、『親』って偉大だよね」
私は感謝の気持ちでそう呟いた。
END.




