忘れてくれてもいいの、倖せならば(百合と薔薇。娘の旅立ち)
一つ前のお話のその後。佳蓮ちゃんの親御さんたちの日常ワンシーン。
雅孝お父さんと朱美お母さん(佳蓮ちゃんとの実際の血縁関係は伯父伯母。白い結婚の偽装夫婦で今は別居中だけど仲良し)、それぞれの同性のパートナー(三峯さんと美里さん)がお話ししています。視点は、朱美さん。
「あぁぁあぁあん……寂しい!」
美里が、リビングテーブルに突っ伏して叫んだ。
佳蓮の結婚式のあと。
何だか物寂しい気持ちがして、そんな私たちを雅孝さんたちが家に呼んでくれた。
昔は、私も住んでいた家。
あなたと佳蓮の実家になりたいんです、と雅孝さんたちがそのまま住んでくれている。
「外国に行ったわけでも無し、会おうと思ったらすぐ会えるよ?」
三峯さんが、美里の横にそっと紅茶を置きながら言った。
「そうだけど! それはそうなんだけど!」
美里がガバッと顔を上げる。
「でも、何かこう、違うのよ! 感慨が!」
「……まあ、わかるけど」
三峯さんは肩を竦めつつ、うなずいた。
「でも、親としてはトノくんみたいな優しい人が旦那さんで安心なの」
私は、ここへ寄る前に買ったドーナツの箱を、そっと美里の前に置く。
「そうだね。ちゃんと任せられる」
雅孝さんと三峯さんが、床に置いたふかふかクッションの上に座った。
「それなのよ」
「何がそれなの、美里?」
私も紅茶を片手に、美里の隣に座る。
「優しくって! ちょっと頼りなさそうにも見えるけど、実際はしっかり佳蓮のこと見てて! 旦那としては非の打ち所の無いトコ! そこがより一層気に食わない!」
「そうなの?」
「……だって」
私が美里の顔を覗き込むと、
「反対、出来ないじゃない」
彼女は唇を尖らして、つまらなそうな顔をしていた。
子どものころから見て来た顔。拗ねたときの顔だ。
「美里……」
あの子の結婚が決まってからというもの、「いいんじゃないの」と言いつつ、ときたま覗かせていた顔。実はそこまで反対だったのか、と私が目を丸くすると「違うの」と美里は慌てて首を横へ振る。
「違うのよ。反対はしたいけど、佳蓮に不幸になって欲しいわけじゃないの! 絶対倖せになって欲しいの! だから、トノくんが旦那さんなのは私も大賛成なの!」
支離滅裂なことを言う美里に、私と雅孝さんは顔を見合わせる。
けれど、
「……でも、気持ちわかるよ」
「三峯さん」
三峯さんは、静かに同意を示した。自分のマグカップを見つめながら。
「佳蓮は、いつだって僕らの真ん中に居た。可愛くって、放ってほけなくて。……僕らに、『親』みたいな気持ちを抱かせてくれた」
そのマグカップは、佳蓮が三峯さんにプレゼントしたもの。いつかの誕生日。あの子ったら、一時間もお店で迷って。
白地に、ブルーのラインがスッと一本入ったシンプルなマグカップ。
「だから、寂しいんだよね。ぽっかり、真ん中が空いちゃって」
三峯さんが、箱からドーナツを取り出した。それは、黄色の砂糖粒がまぶされたチョコレートドーナツで、佳蓮の大好物だ。
けれど、ココナツのかかったものも食べたい佳蓮は、いつもその二つを、三峯さんと半分こして食べていた。
二種類食べられてお得だねって言う三峯さんを、嬉しそうに見上げていたっけ。
三峯さんの瞳の中には、そんな幼い佳蓮がまだ映っている気がした。
「~~~~」
「僕たちの佳蓮が、誰か一人の佳蓮になっちゃったのが」
いや、もともと僕たちのでも、実際は誰のものでもないんだけどさ。
三峯さんが苦笑して、ドーナツをいつも通り半分こに割った。
「そう、そう、そうなんだよねぇぇえぇえぇ」
美里は深いため息を吐くと、温かな紅茶に口をつけた。
そして、ほう、ともう一つ息を吐いて。
「でも倖せには絶対なって欲しい。ずっと倖せで居て欲しい。そのために、私たちのことなんか忘れてたっていいって気持ちも本当なの」
顔を上げた。その瞳の強さは確かで、言葉の真意なんて疑うべくもなかった。
もともと疑う気なんて無いけれど。
それくらい、美里の顔は私と同じ、母親のそれだった。
「……あの子も、私たちも倖せものですね」
「そうですね」
こんな私を、親にしてくれた宝物に感謝を。
そして、私たちの宝物を、私たちと同じように慈しんでくれる愛しい人たちにも感謝を。
末永く、皆が倖せでありますようにと、私は誰にともなく祈った。
END.




