さよなら、初恋のひと(百合と薔薇とその娘。娘の結婚式)
一つ前お話の三峯さんと、雅孝さんと朱美ちゃんの子どもさん(血縁上は姪っ子ちゃん)のお話ですが、このお話単体でも読めます。
「やあやあ、綺麗な花嫁さんだ」
「三峯さん!」
花嫁控え室に颯爽と入って来たのは、三峯さんだった。
お父さんもお母さんも、友だちも居ない、一瞬の隙間みたいな、奇跡の時間。
血縁上は何の所縁も無い人だけど、私にとっては家族同然、何なら、家族よりちょっぴり特別な人。
「あーんなにちっちゃかった佳蓮が、お嫁に行っちゃうなんてね」
「ふふ、逃がした魚は大きかったでしょ」
三峯さんは、私の初恋の人だ。
いつも派手な服を着ているのに全然浮いてなくて、甘い顔立ちが素敵で。
歳を取った今ですら、まだ渋さよりも甘さが目立つ。
不思議な人。
「悪いが、俺には既に超でかい人魚が居るからね」
「言うよねぇ」
三峯さんは、私のお父さん(血縁的には伯父さん)の恋人だ(私のお父さんとお母さんにはそれぞれ同性のパートナーが居て、私にとってはその人たちも家族であり親なのだ)。
お父さんは、本当に趣味が良いと思う。
「……ねえ、トノくんは見た?」
私は、夫になる人の名前を言った。
「見たよ、遠目にね」
「驚きなの、全然三峯さんに似てないのよ」
私が心底惚れ抜いて、人生を共にすると決意するだろう相手は、絶対三峯さんに似た人だと信じて疑わなかった。
彼と逢うまでは。
「そうだね、驚いたよ」
三峯さんが、肩を竦める。
「あれだけ、僕に似たイケメンと結婚するんだ! って力説してたのにねぇ」
「寂しい?」
「……少しね」
彼が、口の端をそっと上げて笑った。
これは本音だなとわかって、ちょっと嬉しくなる。
「でもね」
「うん」
「私にすこぶる甘いところは、本当によく似てるの」
「ほう」
「私を甘やかすときの蕩ける眼が、同じなんだ」
二人とも、優しく、柔らかく、目元が綻ぶ。
とろりと、まるでチョコレートが口の中で甘く蕩けるみたく。
愛しいって想ってくれているのが、とってもよくわかる。
「それは」
三峯さんが片眉を上げ、
「良かった」
次に目元を綻ばせた。
「信じてやることが出来るね」
「親みたいなこと言うのね」
「親みたいなものだからね」
三峯さんはそう言って、ぽんぽん、と私の肩を叩く。
幼いころと同じように。
「私、倖せになるからね」
「ああ」
「絶対だから」
「わかってるよ、佳蓮は言ったら絶対守り通す子だから」
──でもね。
そう言って、三峯さんは膝を折った。
私よりも低い視線になって、私を見上げて言う。
「どうしても辛くなったら、帰っておいで。雅孝はもちろん、僕も待ってる。当然、朱美さんと美里さんも、いつでも君を迎えると思う」
「うん、知ってる」
それは、昔からの三峯さんの癖。
いつだって、私と近い視線であろうとしてくれた彼の優しさ。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気を付けて」
廊下の向こうから声がする。
こちらに向かって来る声だ。
その声を避けるように、三峯さんは入って来たときと同じように颯爽と出て行った。
さようなら、今まで一番愛しかった人よ。
私の特別な家族よ。
私は、そっと、自分の胸に手を当てた。
END.




