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愛し方の違い、世界の見え方(百合と薔薇。付き合ってない男女。恋人の戸籍上の旦那の恋人と)

一つ前のお話の、それぞれのパートナーたちのお話。

「あら」

「やあ、美里さん。御無沙汰」

 道でバッタリ、恋人の戸籍上の旦那の恋人・三峯みつみねさんに会った。

「これから、うち来るところ?」

「そう。三峯さんは?」

「お気に入りの茶葉が切れててね。買いに出たんだ」

 ──こうして言葉にしてみると、すごい関係性だなと思う。

 何かとんでもなく複雑な事情がありそうな。

 実際は何もなくて、ただ我らの恋人たちが、お家の事情で偽装結婚をしているだけなんだけども。

 白い結婚だから、我々も嫉妬するはずもなく。何なら二人の家に入り浸って子育て(実子ではなく、姪を引き取った形)を手伝ったりもして早数十年。もはや名前の付けられない家族みたいになっていた。

「美里さんがここにいるってことは、もう朱美あけみさんは家に着いてるかな」

「多分ね。私、ジムに寄って来たから」

 並んで歩き始める。

 朱美の戸籍上の旦那である雅孝まさたかさんは、垂れ目に眼鏡、染めたことの無い短髪(昔は黒、今は白で、やっぱり染めてない)と、わかりやすく知的な優男だけれど、この三峯さんは、昔からちょっと遊び人風の優男だ。

 染めた髪(今も、オレンジがかった茶色にしている)、派手な色のシャツや上着。それが、ちっとも浮かずに似合ってしまう甘めの顔。

 皺が増えても甘いままなのだから、この人には一生渋みは付かないのかも知れない。

「ジムねえ……何で、わざわざそんな辛いことするの?」

「身体を健康に保ちたいからよ」

「散歩じゃ駄目なの?」

「……三峯さんの散歩は、散歩じゃない気もするけどね」

 ──放っておくと、ひとりで何キロでも歩いて行ってしまうんだ。

 前に、雅孝さんがそう言っていた。

 ほんの少し、寂しそうな瞳で。

「そうかなぁ。雅孝もそう言うよ」

 三峯さんは、のんびり言った。

 この人の眼に、ちゃんとあの人の寂しげな瞳は映っているのだろうかとたまに気になってしまう。

 そんなお節介はしないけどさ。

 と。

「あら」

 通りかかったパン屋さんのウィンドウ。私は、目を輝かせた。

「朱美の好きなパンだわ」

 窓にオススメと飾られていたのは、紅茶のメロンパンだった。

「パン……?」

「寄ってもいい?」

「いいよー」

 喜び勇んでパン屋に入る。

「ねえ」

「なあに?」

「いつもそうやって、朱美さんの好きなものを探してるの?」

 私がトレイとトングを取ると、三峯さんも同じようにそれらを取った。

 店内には、甘く香ばしい薫りが満ち満ちている。バターと小麦の焼ける匂い。

「そうよ。いつも、アンテナを張り巡らせてるの」

「ふうん……」

 変わってるねぇ、と三峯さんが間延びした声で言った。

「僕はねぇ、普段は雅孝のことを考えないようにしてるんだ。一人で居るときはね」

「そうなの?」

 紅茶のメロンパンを取りながら、私は言った。

「そうだよぉ。だって、いつも考えてたら飽きちゃうでしょう?」

 三峯さんが、歌うように続ける。

「僕は、雅孝に飽きたくないんだ。あれだけ僕の心にフィットする人間はこの世に二人と居ないってわかってるから。だから、考えないように、考えないように、頭を空っぽにして、目の前のことしか見ないようにしてる」

「ふぅん……」

 カチカチ、とトングを鳴らして、私は頷いた。

「するとねぇ」

「?」

「不思議なんだけど」

 三峯さんのトングが、チョコクロワッサンを取る。

「こうして、いつの間にか雅孝の好きなものが、目の前にやって来るんだ。それをね、透かさず手に入れる」

 ぽて、とトレイにチョコクロワッサンが載った。

 見目のバランスが良く、チョコレートも貧相ではないが零れることもなくきちんと詰まっている。

 ちょこなんとトレイに載るその様が、不思議と彼の人を連想させた。

「……素敵ね」

「でしょう?」

 少し得意げに笑う三峯さんに、

「色んな愛し方があるわね」

 私はそう言った。

 彼は「そうなんだ」と言って、

「だからこの世界って、果てが無く面白いよね」

 また笑った。

 水族館の水槽を、ただ無心で見上げ続ける少年の顔だった。いい顔だ。

 私は、この不思議な関係性から得られるものを、何だかんだ愛していると、改めて気付かされた。


 END.




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