戦友よ、いつまでも倖せであれ(百合と薔薇。結婚しているが恋人同士では無い男女。ヘテロマンス)
あれは、何十年前のことだったか。
「私、好きな人が居るんです」
見合いの席。
あとは若い人たちだけで、というお決まりの科白で庭に放り出された。
共に放り出されたその女性が、自分たちだけになった途端、そう切り出した。
「好きな人が」
「ええ。好きな人が」
澄ました顔で、彼女は頷いた。
見合いの定番・振袖では無かったけれど、綺麗な桜色の、上品なワンピースを身に付けていた。
「その人と、結婚を?」
「したいけれど、無理でしょうね」
彼女は肩を竦め、池の鯉に視線を落とした。
ここまで自分に興味を持たれないと、いっそ清々しかった。
僕も、別に彼女を見たいわけではないので。
「ご家族に反対されてるので?」
「一緒になりたいと言ったことはないですが、まあ、言ったら反対すると思います」
相手は女性ですから。
きっぱりと言った彼女の横顔を、まじまじと見た。
スッと鼻筋の通った綺麗な女性だと、やっと気が付いた。意志の強い眼差しは、本当に掛け値なしに美しかった。
しかし、そのどれも、僕の中では『恋』や『性欲』に結びつかない。
ただ美術品に感じる気持ちと同じ温度で、そう感じただけだ。
けれど、それはそれで良いものだと、そのとき初めて実感した。
「そうですか」
僕は、嬉しくなって微笑んだ。
強い彼女を気に入った。
「実は、僕もなんです」
だから初めて打ち明けた。
「好きな人が居ます」
彼女が、初めて僕を見た。
「……ご家族には?」
「言ったことはありません。きっと反対されるでしょうから」
あなたと同じ理由です、と告げれば、彼女もそっと微笑んだ。
「似た者同士ですね、私たち」
「ええ、本当に」
「……申し訳ありません。お名前をもう一度窺ってもよろしいですか?」
「雅孝と言います。こちらも申し訳ありませんが、お聞きしても?」
「朱美です」
それから、二人で池の鯉を見つめていた。
悠々と泳ぐ鯉は、囚われているはずなのに、何故か優雅に、自由に見えた。
※
「雅孝さん、来ました」
「ああ、朱美さん。こんにちは」
「三峯さんは、おでかけ中ですか?」
「ええ、お茶が切れたので、買いに行ってくれてます。……美里さんは、お元気ですか?」
「とても元気ですよ。今日も、ジムで走ってからこちらに来ると」
「流石ですねぇ」
僕たちは、あのあと結婚した。世に言う偽装結婚という奴だったが、妹の子を引き取り、共に育て上げた僕たちは、多分仲良しだと思う。
戦友という言葉が、きっと一番似合う。
子ども(血縁的には姪だが)が成人、就職して、僕たちはそれぞれ好きな人と住むことにした。
周りには、「友人とルームシェアをしてみたい、死ぬ前にやりたいことをすべてやってみたい」と言えば、案外と意見は通った。
僕が前年に一度倒れたこと、朱美さんの身体がもともと弱かったことなどもあって、文句が言いづらかったのかも知れない。あるいは、皆うすうす気が付いていたのかも知れない。
そのへんはまあ、何でも良い。
「楽しいですか」
朱美さんが、僕を真っ直ぐに見て聞いた。
「楽しいです」
僕も彼女を真っ直ぐ見返して答えた。
「朱美さんは?」
彼女は、ゆったりと微笑んだ。
「とても」
僕も微笑んだ。
「良かった」
僕らは今、好きな人も、心強い友も、しっかりとこの手に握り締めて生きている。
END.




