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この幸福を噛み締める(歳の差百合。年上×年下。どちらも成人済)

 楽しい予定があれば、どんな面倒くさいことも乗り切れる。

 ……という力技が効かないときも、まあ普通にある。

(つかれた……)

 満員電車から吐き出されると同時に、自分の口から特大のため息が漏れた。

 身体はバッキバキ。足も重い。けれど神経は妙に尖っていて、まだ緊張状態にある。

(ったく、覚えてろ。あの〇〇〇〇〇〇〇〇!)

 口に出したら即アウトな悪態を、心の中だけでついた。

 よろよろとホームから改札階へ向かうエスカレーターに乗る。

(ああ、ダメだダメだ。今絶対酷い顔してる。こんな顔であの子に会うわけにはいかないのよ)

 せっかくの待ち合わせデートだ。晩ご飯を食べて、レイトショーを観て、一緒の家に帰る。

 最高の予定じゃないか。いい気分で始めたい。

 息を吸って吐いて、落ち着いて。……無理。この人混みで深呼吸は、逆効果だ。

 またもため息と肩が落ちる。

(心配かけたくないんだけどなぁ……)

 何せこちらはかなり年上だ。いつでも余裕ぶって、格好付けていたい。

 いつまでも、彼女の中の『憧れ』の地位を得ていたい。

(なーんて、この考え自体が格好悪いわ)

 何度吐いたか知れないため息を更に吐くと同時に、エスカレーターから降りた。

 顔を上げ、改札の向こうを窺うと。

(あ)

 正面の柱前に、彼女が居た。彼女もこちらを見付けて、

「──!」

 パッと顔を輝かせた。

 本当に、距離があっても分かるくらい。

 蕾がポンッと花開くみたいに、彼女の顔に笑みが広がった。

「っ」

 そのあまりに嬉しそうな表情に、息が詰まる。胸が弾む。

(──ああ)

 じわじわと勝手に口角が上がり、足がすいすい前へと進む。

桐子とうこさん!」

 彼女の声に、愛しさが胸からせり上がって止められなかった。

芽瑠めるちゃん」

「! わ、わわ!」

 思わず、伸ばした手で彼女を抱き寄せた。

「ど、ど……!」

 どうしたんですか? と尋ねたいけどドキドキして言葉にならない、と言った様子の彼女に笑いが零れる。

 本当に。

(ずるいよ)

 その笑顔はさ。

 自然と元気に、ごきげんになっちゃうから。

「……ごめんごめん。可愛すぎて、つい抱き締めちゃった」

「え!」

 身体を放し、にっこりと笑いかけた。頬を染め、目を丸くしている彼女がたまらなく愛らしい。

「さ、ご飯食べに行こっか?」

 私たちの熱い再会に、ちらほらと視線が投げかけられている。

 ……ごめんね、この子の可愛い顔は私だけのものだから。

 勢いのままに彼女の手を引き、視線から逃れるようにその場を後にする。

「と、桐子さん、あの、何かあったりしました……?」

 戸惑いながら彼女が問うた。その問いに、私は首を振る。

「なーんも?」

 自分の姿を見て、あんなに嬉しそうに……倖せそうに笑ってくれる人が居る。

 この幸福を、何となくまだ密やかに噛みしめて居たかった。


 END.


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