いつまでもここに居る(同棲百合? 座敷童とふたりぐらし。座敷童視点)
己のはじまりを、しっかりと憶えているわけではない。
けれど、あの人間たちの気配が美しかったことは憶えている。
まるで、湧き出る清水のように透き通った気配だった。
彼らが居るこの家は、それがゆえに心地が好かった。
笑みを絶やさず、朗らかにくるくると立ち働く彼らの姿は、見ていて気持ちが良かった。
あるとき、自分が特定の《光の粒》を引き寄せられることに気が付いた。
その《光の粒》を引き寄せると、彼らはとても喜んだ。
正しくは、《光の粒》が彼らの気配に溶け込むと、彼らにとって喜ばしいことが起きるのだった。
善いお客がたくさん来たり……彼らは料理を供する商売をしていた……、良い食材が安く手に入ったり、あとは、そうだ。《彼女》の病が癒えたこともあった。
自分の姿を視ることが出来、自分に一等優しく、一等清らかだった《彼女》。
自分は、《彼女》がとても好きだった。
そして、《光の粒》が、彼ら彼女らの清しい気配と交じり、更に眩く柔らかに輝く様もまた、自分はとても……そう、とても好いていた。
けれど、それも今は昔の話。
彼らの気配は、いつの間にか濁っていった。
《光の粒》も、濁りの中ではあまり長く輝かない。
一等愛した《彼女》も去った。
潮時だ。
あとは消えるか、遷るか、どうするか。
己に宛がわれた座敷で、つらつらと、うたた寝がてら考えていたら。
『……君は、誰?』
清水が、湧いた。
《彼女》とよく似た面差しの、しかし何処か少年らしくもある少女。彼女が、この閉ざされがちな座敷の襖を開けたのだ。
濁った気配の中で、彼女だけが清冽に眩しく輝いていた。
彼女と初めて会った日から、自分と彼女はずっと親しく暮らして来た。
彼女には、たくさんの遊びを伝授した。
折り紙、双六、囲碁、将棋。
おはじき、手毬に、万華鏡。
『君は、何でも知ってるね』
彼女はいつも、楽しそうに共に遊んでくれた。
この座敷に祀られ、自分以外の子どもを知らぬ玩具たちが喜びに震えるのを幾度も感じた。
彼女から教わることも多かった。
クレヨン、絵具に色鉛筆。
たくさんの紙に、色んな絵。
あちらこちら、様々な国の昔の話。
ああでも、やっぱり一番は。
『それでね、土星の輪っかはね……』
夜空の話、星の話だ。
彼女は、夜空の星が好きだった。
星座にまつわる昔話。星そのものの話を、よく語って聞かせてくれた。
図鑑も、いっぱい見せてくれた。
『嬉しいな。誰も、星の話は聞いてくれないから』
彼女は、いつもそう言って寂しそうにする。
──家族とも、クラスのみんなとも、上手く話せない。
そう言っては、眉を下げ「だめだよね」と言うのだ。
そんな彼女に、首を傾げた。
そんなの、当然だよ。
だって、君と彼らは『違う』んだもの。
澄んだ水と、濁った水。
ただそれだけの違いだよ。
けれど、彼女はそんなことをいつまでも哀しんでいて、それが不思議で少し辛かった。
あるとき。
『……僕、家を出るんだ』
彼女が言った。強張った顔は蒼褪めていて、それなのに、眼だけがしっかりと輝いていた。
『もう会えなくなるかも』
清水の気配が、一層濃くなる。
──いいね。
頷いて、彼女の手を取った。
ちょうどいい。
ふたりで、ここを出よう。
消えるか、遷るか、どうするか。
……決まった。
自分の清水。
自分の居場所。
彼女と共に、遷るとしよう。
「ただいま~」
『!』
今日も、この『座敷』で彼女を待つ。
たった一部屋の、小さくて、けれど心地好いこの『座敷』。
いつのまにか赤に染まった着物は、浮足立つ心と共に、眩しい白に戻っていた。
一等愛する彼女と共に、今度はずっと共に居る。
END.
ふたりが元居たお家は、古くから料亭を営むお家でした




