そこは忘れない(同棲百合。社会人同士)
朝。
「わー! やばい遅れる〜!」
恋人が、起きた瞬間から叫びながらバタバタしている。
洗面所に行ったり、自室に戻ったり。
今日が早出なのを忘れて、いつも通り起きてしまったらしい。
「だからアラームの時間は大丈夫かって、昨日聞いたのに」
朝食のパンを食べつつ、私はそう言った。ちなみに、私は普段通りの出勤なので余裕だ。
「ちゃんとかけてるって思ったんだよ〜!」
洗面所から、叫び声で応えが返ってくる。
(まったく。そそっかしいんだから)
しかしがんばって用意をしている彼女は偉い。
今日は、彼女の好きなコロッケ屋でコロッケを買って帰ろうか。
私がそんなことを考えているとは露知らず、彼女は私の前に滑り出て来ると、バッと両腕を広げた。
「どう!? ちゃんと社会人コス完成してる!? 擬態出来てる!?」
「出来てる出来てる」
スーツを社会人コスプレって言うな。
しかし、科白はさておき、急いだ割に身だしなみはきちんと整えられている。
良かった良かった。
「じゃあ行ってきまー……っと!」
部屋を出ようとした彼女が、急ブレーキをかけたように止まり、回れ右。
そして、何事かと見守る私のところまで駆け寄ってくると。
「行ってきます!」
ちゅ!
と。私の頬にキスをした。
「へへへ、忘れるとこだった!」
にかっと笑う顔は、小憎たらしいくらいに爽やかで可愛い。
「……いいから早く行きなよ」
私は熱い頬を隠すように顔を逸らした。
「じゃ、そっちも気を付けてねー!」
今度こそバタバタと出ていく恋人に、手を振りながら。
(……そそっかしいくせに、こういうことはちゃんと押さえるんだから)
そこがたまらなく好き、と思ってしまった自分に苦笑した。
今晩は、間違いなくコロッケだ。
END.




