ツイてない雨の日が(百合。真面目×自由人)
電車に乗り込み、ドア横にもたれる。仕事帰りの身体が重い。早く帰って、のんびりしたい……。そんなことを考えながらスマホを見ていたら、何やら不穏な音を耳にした。
車窓を叩くぱらぱら音。
スマホから顔を上げる。
窓に付いた無数の水滴。雨。
みるみる内に水滴は増えていき、聞こえる音も、ぱらぱらから、ばらばらと、どんどん派手な音になっていく。
(うーん。本格的に降ってきましたねぇ)
遠くの空では、何やら雲が光って見えた。これはしばらく降り続けるか。
(私としたことが、折り畳み傘まで忘れてしまうなんて)
不覚、と腕を組み、昨日の会話を思い出した。
『今日、雨降らなくて良かったね』
おでかけの帰り道、ミイさんがそう言った。
『本当に。念のために折り畳みを持って来たんですけど、完全に無駄骨でした』
『仕事鞄に入れ直すの、忘れないようにね』
『大丈夫ですよ。帰ったらすぐしまいます』
余裕綽々の笑みで、私はそう返したものの。
(……完全に忘れてましたねぇ)
せっかく、ミイさんが忠告してくれたのに。まったくもって不覚だ。
先程の雷の影響か、雨音がいよいよ激しくなって来た。
(ああ、でも)
改めて窓の外を見て、思う。
(ミイさんは、傘入れっぱなしって言ってったっけ)
なら、彼女は濡れない。……良かった。
そのことに、私は深い安堵を感じていた。
本当に、胸のあたりがふわりと緩んだ感覚だった。
それがあまりに心地好く、己の失態まで何となく軽くなった気がした。
(……ミイさんが居て、本当に良かったなあ)
──自分が濡れても、その人が濡れないなら辛くない。
アンラッキーなことが起こっても、何となく大丈夫な気がして来る。
(そう思えるのは、とてもラッキーなことですよね)
うんうん、と一人頷いていたら、電車が最寄り駅のホームに滑り込んでいた。
アナウンスのあと扉が開き、他の方たちと一緒にホームへ降りた。
むわっと湿気がまとわりつき、雨の匂いが濃く鼻をつく。
急ぎ足の人波に合わせ、足早に改札へ向かう。
(さて、気を取り直して。コンビニで買って帰るか、走って帰るか、覚悟を決めますか!)
いっそ晴れやかな気持ちで前を向いた。
すると。
改札の向こう側。
愛しい恋人の姿を見た。
「ミイさん!」
思わず声を上げ、慌てて改札を出る。
「おかえり」
人混みから抜け出した私を見て、ミイさんが小さく微笑んだ。
「ただいま帰りました、なんですけど、どうして」
「んー?」
ミイさんは、手に持っていた折り畳み傘を振り振り言う。
「何か今日、馨くん傘忘れてそうだなーと思ったから」
待ってた、と言い、彼女がブイサインをした。何処か得意げな顔。
「ミイさん……」
「驚かせたくて、メッセ送らなかったの。成功だね」
流石にもう一本遅かったら送るつもりだったけど、と肩を竦めてから。
「嬉しかった?」
ミイさんが小首を傾げる。
私の口角が、答えるより先に上がる。
「はい、とっても」
あなたが無事なだけで倖せなのに。こんな予想外の喜びまで貰えるなんて。
「私は、ツイてるなって思いました」
「傘、忘れてるのに?」
可笑しな馨くん、と笑いながら、ミイさんがこちらに手を差し出した。
その手を取った私は、きっと先程よりも更ににこにこと笑みを深めていると確信する。
「傘は、私が持ちましょう」
「頼んだ」
帰ったら、温かなココアを入れましょう。そこにマシュマロも浮かべて。
その予定もあまりに楽しくて。
ああツイてる、ともう一度思った。
END.




