新しい扉の開いた音を聞いた気がした(百合。僕っ娘先輩×私っ娘後輩。有田×白山。成人済)
我が家のリビングにて。
興じていた対戦ゲームを一度休み、それぞれ好きなことをしていたときのこと。
白山はスマホで小説を読み、僕も漫画を読んでいた。しかし少々小腹が空いたので、キッチンからお試しで買ったお菓子を取って来た。
片手で食べられるという羊羹だ。
常々気になっていたものの推し羊羹の手前、何となく買わなかったそれを、昨日ついに買ってみたのだ。
本当に片手で食べられるのか?
手は汚れないのか?
いざ、実食!
端っこを咥え、押せと指示されたところをぐにゅりと押す。
「!」
思わず目を見開いた。
「え、これ美味っ」
羊羹が口の中に踊り来る感触の面白さも、小豆の風味と甘みをしっかり感じる羊羹自身の美味しさも、どれも想像以上に良い。
僕の声に、小説を読んでいた白山も顔を上げた。
「お試しで買った羊羹ですか?」
「そう。思ったより美味いし、感触が楽しい」
「へー」
彼女は、興味ありげにこちらの手元を見ている。
「ハクも食べる?」
「良いんですか? いただきます」
と言いながらも、白山は動かず。こちら側に顔を寄せるだけで、手を出そうともしない。
こいつ、まさか。
「……食べさせろって言ってる?」
片手で食べられるものを?
「だって私、今両手が塞がってますし」
「スマホで読書は、両手が塞がってるに入らなくない?」
「手、汚したくないんですよ」
「汚れないって触れ込みよ、これ」
「私が、初手で上手く食べられると?」
「……『奇跡の白山』だからなあ」
彼女は何故か、切れやすい・開けやすい・取れやすいなどの文言を悉く裏切る(彼女曰く「私ではなく向こうが裏切る」)ときがある。
いつもではなく、普段は出来るのに「ここぞ」というときに裏切るのだ。
それを我々文芸部員は『奇跡』と呼び、貴びはしないが、「ここぞ」というときは彼女の手にそれら対象品を渡さないということを徹底して来た。
懐かしい話である。
まあ僕にとっては特に懐かしい話でもなく、ほぼ日常なのだが。
「仕方ないなあ」
僕は新しいものを出すと、彼女の口元へ差し出した。
「こっち咥えて。緩くね」
「はい」
素直に端っこを咥える白山。
心に何かが過ぎったが、深追いはしない。
「行くよ~」
ぐぐっと指定された部分を押すと、
「!」
彼女の目が見開かれた。
美味しさか。羊羹が口の中へと飛び込んで来た驚きか。
「美味しい?」
白山が、緩く頷く。見開かれた目が、今度は細められている。美味しいらしい。
(なんか)
端っこを咥え、羊羹を吸い、美味しそうな表情を浮かべる彼女を見ていると。
(ちゅうちゅう吸う猫のおやつみてぇ)
脳裏に、有名なCMソングが流れる。
ちうちうとおやつを吸う子猫と、目の前の白山が重なる。
夢中で羊羹を味わっている(ように見える)様が、本当に。
(……可愛い)
幼気なものに対する愛おしさと、直接この指先を舐らせているような倒錯感とで、僕は、自分の中の奇妙な扉が開いていくのを感じた。
「うん、美味しかったです」
名残惜し気に唇をぺろりと舐める白山を見ながら、僕は、
「またあげるね」
次も同様に食べさせようと決意した。
END.




