先は分からずとも今は確かに(百合。幼馴染高校生。朝子×星音)
一つ前のお話の、朝子さんサイドのお話。
梅雨晴れのある日。
星音に誘われ、学校帰り、海に立ち寄った。
風の強い日だった所為か、波は高く、人影はまばらだった。
それでも、いやだからこそか。
「こういう日の海は、いいなあ」
星音はご機嫌だった。
……人の居ない海が、こいつの好きな海だ。それは、幼稚園の頃から変わらない。
「知ってる」
私がそう言えば、星音がふわりと微笑んだ。
その嬉しそうな笑顔に、胸がグッと締め付けられる。
小さくとも美しい光がきらりと瞬くような、そんな笑顔だ。
西日煌めく波間を、眩しそうに見つめるその横顔こそが、私には眩しい。
(……まだ明るい空に、一番星を見付けたときみたいだ)
自分が、真っ先に見付けたのだと。
得意に思っているのは、でもきっと私だけじゃない。
最近、そのことについてよく考える。
星音の抜けるように白い肌も、笑うと途端に人懐こい雰囲気が滲み出るところも、地味な雰囲気の中に時折ハッと息を呑む美しい瞬間があることも。
きっと、私以外の人間も気付き始めている。
……だから本当は。お前は、別に私の手を取らなくても良かったんだ。
お前をもっと倖せに出来る誰かが、お前に手を伸ばすこともあるだろう。
そのとき、私はお前の手を放せるだろうか。
愛しいと想うこの気持ちを、呪いに落とさず、倖せであれと願うままにしておくことは出来るだろうか。
「ねえ、朝子……」
楽しそうにこちらを振り向く笑顔に、胸が、より締め付けられた。
好きだ。お前を、好きだと思う。
その笑顔を、ずっと向けられていたい、一番に向けられていたいと、ただただ願ってしまう。
お前をいつか手放さなきゃいけない時が、来るかも知れないのに。
何の覚悟も出来ずにいるのだ。
「朝子、あの」
何か言いたげなお前の胸元を見て、ふと思考が現実に返って来た。
スカーフがほどけかかっている。
「スカーフ。ほどけかけてる」
「あ、本当だ」
手を伸ばして、それを直してやる。
……まだ、こうして一番傍に居ることは許されている。変な感傷に飲まれるな。
そんなことを続けて考えていたら。
「! 星音?」
彼女の手が私の袖を摘まんだ。そして、言った。
「……私、ここに居るよ?」
私は、思わず手を止める。
「ずっと、朝子の近くに居るよ」
今まで考えていたことは、まったく口にしたことは無かったのに。
まったく、変なところで敏いやつだ。
「……ん」
先の事はわからない。だから、『ずっと近くに』なんて、あてに出来るかわからない言葉だ。
しかし、自分の口角が上がるのを止められなかった。
袖を摘まむ彼女の手を掬い取り、繋ぐ。
今は。
とにかく今は、こうして近くに居るのは確かだから。
「あっちまで行ってみるか」
「うん。帰りに、アイス屋寄って帰ろうよ」
「混んでなければ」
「うん、混んでなかったら」
その倖せは、素直に享受しようと、思った。
END.




