顔が好きって言われたら(百合。恋人とその姪っ子と三人暮らし)
午後十時。
今日はさくっと帰れた。ラッキーだ。
嬉しかったので、コンビニに寄る。定期テスト前に、これだけ早く帰れるのは珍しい。
まあテスト前にみんながたくさん質問しに来てくれるのは、いいことだからね。帰りが遅くなるのも悪くは無い。塾講師冥利に尽きると言いますか。
それはそれとして、早く帰れるのも、やっぱり嬉しい。お気に入りのお菓子をいくつか買って、意気揚々と外へ出た。
その瞬間、
「うわキッモ」
そんな言葉が耳を刺す。
声のした方を反射で見た。
「やっべ、こっち見た」
「バーカ、声でけぇんだよ」
コンビニ前にたむろしている、恐らく高校生のお子ちゃま三人が、こそこそとそれでいてあからさまにこちらを見て笑っている。
私の、顔の火傷痕を見て。
あー、ね。
私は特に何も言葉を返さず、かと言ってシュンとするでも怒るでも無く。淡々かつ堂々とそのまま真っ直ぐ前を向いて、敷地を出て行った。
後ろでけたたましい笑い声がしたけど、もちろん振り返りはしなかった。
コンビニからだいぶん離れたところで、大きく息を吐く。
(何か、久々だな。ああいうの)
もっとうんと若い……それこそあのお子ちゃまたちと同い年ぐらいの頃にはよくあったけど。
(最近話すのは、可愛い可愛い教え子ちゃんたちとか、常連になってるお店の店員さんたちとかばっかりだったからなぁ)
あとは一緒に住んでる櫻子と小牧ちゃん。この二人は殆ど家族みたいなものだから、例外として。
ああいう反応を喰らうのは、本当に久しぶりだった。
忘れてた。人って、悪意で嗤う存在だった。
平和ボケしてたなー、と反省する。
(気ぃ抜けてたわ。帽子も被らず出歩くなんて)
鞄の底に埋まっていた帽子を引っ張り出し、頭に載せる。
一応、スーツに合わせて買ったキャスケット帽なので可笑しくはないはずだ。が、それでも夜に被っていると怪しいよなあと思う。
あと単純に今の季節だとむし暑い。
けど、我慢だ。
(人の顔見て嗤う奴なんて、碌でも無いけどさ)
『その顔をこっちに見せないで! 不愉快なの!』
『みんなそう思ってるのよ! 誰も言わないだけで!』
あのヒステリックな母の言うことにも一理あると、そう脳と身体に染み込んでいるものだから。
隠した方がラクだと思ってしまう。
もはや傷付くとかは無いが、何というか面倒くさかった。
ラクだけど面倒くさいって何なんだろう。でもそうとしか言えない。
やれやれと思わず首を振ったそのときだ。
「あ」
私は、向こうからやって来る人影に気が付いた。
それが、誰なのかも。
「さーたん……!」
私は思わず声を上げ、手を振った。
その人影も、私の呼びかけに反応し、手を振り返してくれる。心が弾む。頬が勝手に緩んでしまう。
一瞬、小牧ちゃんは大丈夫か? と思ったが、お友達の家へお泊りに行っていることを思い出した(今日は華金というやつだ)。
私はたまらず、彼女のもとへと駆け寄った。
「どうしたの」
「せっかくだから迎えに来た」
目の前まで来た私を見て、櫻子は眉を顰める。
そして。
「わっ!?」
いきなり帽子をむんずと掴み、乱暴に取り去った。
「何なになに」
「邪魔だから」
しれっと言って、帽子を勝手にエコバッグの方へねじ込んで来る。
「馬鹿みたいに笑った顔が見たくてやってるのに。これじゃお前の顔が見れないだろーが」
邪魔くさいモンしやがって、と言われ、己の口角が上がっていくのを感じた。
じわじわと胸に広がる温もり。
……嬉しい。
「へえ、さーたん、私の顔好きなんだ?」
「好きじゃなかったら恋人になってない」
「言うねえ」
「お前も私の顔、好きだろーが」
「うん、それはもちろん」
嬉しい嬉しい嬉しい、嬉しい。
そっか。
私の顔、好きなんだ。
そっかそっか。
知ってたけど、ふぅん。そっか。
目元も口元も、ゆるっゆるに緩んじゃう。
「えへへへー」
「くっつくな、暑い」
「えー、ちょっとだけ、お願い!」
「……ったく、家に着くまでな」
「やったー」
ぎゅっと組んだ腕に身を寄せる。
嫌そうなのは言葉だけで、逆に彼女からも寄り添ってくれた。
暑いけど、不快じゃない。
嬉しさで心がいっぱいに満たされて。
さっきの笑い声は、遠く何処かへ流れて行った。
END.




