私なりの『アイラブユー』(百合。真面目×自由人。高校時代)
『きみがすき』
そのタイトルを見て、私は改めて絵を見、そしてその場で泣いた。
今思い出しても恥ずかしいけど、ぼろぼろと大泣きをした。
高校最後の文化祭。美術室で催されていた美術部の展示。
ミイさん渾身の一枚は、何と贅沢にもパネル一枚まるまる使って飾られていた。
絵のサイズ自体は大きくないから、普通だったら誰かと共有するはずなのに。
きっと、他の部員さんたちにもこれが傑作であることが伝わったのだろうと思う。
ミイさんは、基本的に抽象画を描くことが多い。
だから、それももちろん抽象画だった。
柔らかい黄色やオレンジを基調とした水彩が、カンバス一面に広がっている。
時折走るピンクや緑、水色の線が、ハッと息を呑むほどに鮮やかだ。
そんな色彩の真ん中で、微笑む一人の人間が居る。
しっかりとした輪郭で描かれているわけではなく、ただぼんやりと色の組み合わせで浮かび上がっているだけの人物。
それでも、わかる。
その人物が、あまりに倖せそうに微笑んでいるのが。
目は無くなるくらい細められ、口角はめいっぱい上がっている。
きっと、視線の先に居る人が……作者のことが、好きで好きでたまらないのだろう。一緒に居るのが倖せで、息も出来ないくらいなのだろう。
そうわからせてくるほどの勢いが、この絵にはあった。
そして。
それと同時に、この絵はこちらに訴えて来る。
作者が、この真ん中の人物をどれだけ好いているのかを。
春めいた温かな色彩がその人物を包んでいる。
優しく、明るく。勢いがあるのに、何処か優しさも感じられる筆致で。
春の緑の匂いが、花の香りが、立ち上って来るかのよう。
美術室特有の、ツンと来る絵具の匂いが、この絵を前にすると、春の香りで上書きされる。そんな気がした。
『きみがすき』
タイトルに込められたものが、私を揺さぶる。
私にはわかった。
この人物が、誰なのか。
「馨くん」
名前を呼ばれ、振り返る。
「ふふっ、すごい顔」
文化祭も終わりに近付いて、もう美術室に人は殆ど居ない。
「あ、ごめん。ハンカチ持ってないや」
そう言って彼女は、躊躇いなく袖口で私の涙を拭いた。
「ミイさん」
彼女は、自分の好きなように動く。行きたいところへ行き、食べたいものを食べ、会いたい人に会う。これだけ縛られた高校生活ですらそうなのだから、卒業したらどうなるだろう。
不安で不安で仕方なかった。
私は彼女を好きで好きでたまらなく、一緒に居られたらそれだけで倖せだけど、彼女はどうなのだろう。
恋人というだけで、彼女を縛り付けてはいないか。そもそもそこまで重要視もされていないか。それはそれで悲しいことではないのか。いや、そんなことを思うなんて驕っているのではないか……。
色々な感情がごちゃ混ぜになって、どうにかなりそうだった。
格好悪いことは自覚しているから、こんなぐるぐるとした思考や感情は隠しているつもりだったけど。
「あなたには、お見通しなんですね」
「んー? 何が?」
「……。この絵」
「好き? 馨くん」
「好きです。大好きです」
「そう。それなら良かった」
ミイさんが、にっこり笑う。無邪気な子どもが笑ったときみたいに、大きな笑顔だった。
「私も、この絵が好き」
彼女が、絵と私を交互に見て言った。
「馨くんに気に入ってもらえたなら、一番嬉しい」
手を伸ばし、彼女の手を取る。ギュッと握り返されて、それだけで胸がいっぱいになる。
「でも、このモチーフは、もっともっと上手く描ける気もしてるんだよ」
ミイさんが、目を細め言った。
「だから、次の大作も絶対見てね」
「もちろんです。必ず見たいです」
ミイさんのおねだりに、私は食い気味に応える。
「ふふ。お願いだよ」
可笑しそうに笑う彼女の声が、私の耳にいつまでも優しく響いていた。
END.




