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084 僕達の夕食会⑰ 〜追加のデザートは、桃色リンゴとアップルティー〜



 ★★★



 ――ガチャン!


「リンデン王子!?」


 パンジーがれてくれたハーブティーだけど。兄上がおネムだったために、手付かずのままなんとなく置かれていたティーカップ。そこに中のハーブティーで顔を洗うがごとく、頭から突っ込むように倒れた兄上。

 そば近くに控えていたパインが、慌ててカップを持ち上げて遠ざけつつ、もう片方の腕で兄上を支える。なんとか、ギリギリセーフでおでこをぶつけるのを回避した形だ。パイン、よくやった。「っぶねぇ〜」って呟きと今の顔は、王宮使用人としてあるまじき言動だけど。まぁ、ヨシとしよう。


「あにうえ〜。起きてくださーい。兄上ー」


「……。寝てない。寝てないよ」


 それはムリがないですか、兄上。パンジーが苦笑しながら、「えー」って言っているけど。僕も同じ気持ちです。えー?

 グラスがトレイを手に二人の元に向かったので、パインが右手に持っていたカップの乗ったソーサーをそのトレイの上に置く。


「あー、えー。リンデン王子。わたくしめがお茶をお淹れしましょうか? それとも……」


 パインがマクローリン公爵家の、あの! ものスゴい味のお茶を淹れた護衛のほうをチラリと見て、なにか言葉を続けようとするもゴニョゴニョと口ごもる。ナニを提案しようとしているのかは察するが、あまりにあんまりなコトだから、そんな風にパインがためらうのはわかるよ。目はもう、この上なくバッチリと覚めるだろうけどね!


「――いい。お茶よりも、魔力回復薬があったら出してほしい。パイン」


 うん。兄上って、【危険察知】のスキル持ってたっけ? ってくらい食い気味にパインの言葉をさえぎったな。やっぱりあの【舌への暴虐ぼうぎゃく】味は、兄上だってイヤだよね。って、魔力回復薬?

 兄上の要望に反応を示したパインは、すぐさま『アイテムボックス』あたりから取り出したのであろう薬をテーブルの上に置く。また、シルヴェスター公爵も兄上の言葉を耳にして、お付きの男性使用人に指示を出す。彼は「こちらもどうぞ」と一声かけてから、兄上と僕の前に、食前にも提供された魔力回復薬のビンを置いた。えっと……、僕も飲まなきゃいけないのかしら?


 支え続けていたパインの腕を自ら外した兄上は上体を起こすと、手で魔力回復薬のビンをもてあそびながら、「ふー……」と息を吐き出した。


「寝てないよ。話はずっと聞こえていたし。ただ会食の途中から……、いずこかに引っ張られているような感覚が続いていてね。抵抗することに集中していたんだ」


「!? コワイこと言わないでくださいよ、兄上! ひっぱられるって、ドコに!?」


 気だるい仕草で、大したことではないと言わんばかりにたんたんと語る兄上だけど。口にした内容はとんでもない! 僕は、恐怖にぶるりと震えた。

 ふと兄上は、ちょっとビクついている僕にピタリと目を合わせると、「ジー……」っと、穴があいてしまうんじゃないかってくらい見つめてくるし……。コワイ……。


 そうして、僕の目にちょっぴり涙が浮かび上がった頃。兄上は再び「フー……」と大きく息を吐き出すと、パインが渡した魔力回復薬のほうからくぴりくぴりと飲み始めた。


「私としては、ローレルのほうになんの影響も出ていない風なのが不思議なんだけどね。たぶんだけど、日中に行った大広間の儀式と城内の魔力バランスの調整のせいで、私が今このような状態になっていると思うんだ。ローレルは本当になんともない?」


 兄上からの問いかけに、僕はおでこやらほっぺたやら自分のあちこちを触りながら考える。引っぱられる感じ……は、ない。全く感じないよ。魔力の枯渇こかつも、薬が必要ってほどでは全然ないな。兄上のようにおネムでもないしー。……あ! 僕はパッと両手をお腹にあてる。あんなにたくさん食べたら、いつもなら「ポッコリ」としちゃうのに。これは一体、どうしたことなのだろう? 普段よりも、ぺったん……?


「……しいて言うなら、お腹が空いてきた。かも?」


 首をかしげつつ、僕は兄上に答えを返した。そのとたん、部屋の中のあちらこちらで様々な反応が沸き上がる。

 兄上・バーチ・オーキッド嬢は目を見開き、僕のことをマジマジと見つめてきた。シルヴェスター公爵は「おやおや」とあきれたように呟きつつも、心配顔。あ、その表情を浮かべているのはパイン達もだ。と、そこに。いっちばん大げさに驚いてみせたグラスが、僕のすぐそばに迫ってきて矢継ぎ早に言葉をかけてくる。


「ローレル様、大丈夫ですか? ご無理をなさっていませんか? 普段に比べてかなりの量を召し上がっておいでです。そのうちお腹の痛みを訴えられるのではないか、私としては気が気ではありません。本当に、本当に。体調の変化は他にございませんか?」


「グラス。落ち着いて。ローレルもとりあえず、魔力回復薬を飲んでごらん? たまにあるんだよね。魔力枯渇でめまいや吐き気・倦怠感けんたいかんよりも、空腹感を強く感じて日頃の比じゃなく食べ続けてしまう症状が出ることが。そういう場合は、どういう理屈なのか分からないけれど。食べたはしから魔力に変換しているんじゃないかってくらい、特にお腹の不調をきたすようなことにはならないから。グラスも、そこまでの心配はしなくても大丈夫。その薬を飲んだら、今の食欲も少しは落ち着くんじゃないかな」


 グラスの「全身で心配をしています!」な剣幕に、面喰らってしまった僕。アワアワとしていると、まるで助け船を出すかのような兄上の言葉。

 僕が、「そっかぁ、こんな魔力枯渇の症状もあるのか」と感心していると。テーブルの上に置かれていた魔力回復薬のビンをササッと開封して、僕の手にギュッと握らせてきたグラス。かいがいしいな。飲めということだね。僕がビンに口をつけて傾けると、視界のすみに笑顔のパンジーの姿が入った。


「グラス副頭〜。オカンか。セドロー、スポンジケーキ何枚残ってる? ――三枚? ああ、じゃあイケるイケる。ローレル王子ー! 今から追加のデザートを、ちゃちゃっとご用意致しますねー。しかもー。今回はなんと! とーっておきなスペシャル食材を大放出。その食材はー……、コチラ!」


 パンジーの、威勢のいい掛け声の直後。彼女の手の中には、ピンク色の丸い物体が……。


「えっと、桃?」


「ブッブー、違いまーす。色合いとかは非常によく似ているんですが。こんなナリをしたリンゴなんですよー、これがまた」


 見た目は本当に、さっき食べた桃の皮みたいな色をしている。それなのにリンゴだとはビックリした。僕は初めて見たよ。だけど。僕やテーブルに着いているメンバー以上に驚きの表情をしているのは、“影”の面々。パインなんかは「マジか。思いきったな〜」と、驚嘆きょうたんすらしていた。


 パンジーが、思いきって今このタイミングで提供することにしたのは、『ハーモニー山脈』内でしか収穫できない稀少な果実なんだって。ちなみに。翼竜のローストの味付けに使われたハーブソルトと同じく、この桃色リンゴもパンジーの私物らしい。

 元々は中央大陸の北東部が原産で、僕も普段食べているような、なんてことないフツーのリンゴだったそうな。ただ『白の精霊』が特においしかったと感じた実の種をとっておいて、『ハーモニー山脈』内の自分の寝床の近くに植え付けたところ。ホワイトドラゴンの魔力を間近で吸収しまくったためにか、独自の進化をなし遂げてしまったらしい。

 まるで、『ハーモニー山脈』に降り積もる雪のような。あるいは、『白の精霊』ことホワイトドラゴンのウロコのような。皮の表面が真っ白のリンゴに。その、中央大陸を守護する『白の精霊』のお気に入りの白い果実は、食すと最上級のものを超えるほどの魔力回復効果が出るようになったんだって。

 昔の優れた魔法の使い手が多かった時代でさえ、総魔力量に自信のないものが口にした場合。イッパツで魔力酔いを引き起こして昏倒こんとうしたのだという。

 そのままじゃヒト達には毒だとして、普通のリンゴの実と掛け合わせてほどよい品種を生み出そうとする計画が持ち上がる。『“影”の里』ではかなり長い年月をかけて、今でも試行錯誤を続けているそうな。

 しかし、『白の精霊』の寝床以外で栽培を始めてみて発覚した大いなる問題があって、なかなか思うような成果が上がらない。白いリンゴの特性なのかなんなのか。改良を進めている品種の木でも、周囲の生態系を破壊しかねないほどの魔力吸収能力を発揮するために、間違っても『ハーモニー山脈』以外に持ち出して栽培なんかできないシロモノなのだという。

 研究用の苗木の数を下手に増やすと、『里』の結界に悪影響を及ぼしかねない。苗木の本数を絞って、かつ魔法陣を用いて木の周囲の魔力を薄くしてみたところ。実をつけないどころか、花さえも咲かなくなってしまった。その他にも色々とあったため、ここ二百年ばかりは改良も停滞気味。唯一、と言っていいくらいの成果といえば――。


「『里』からそう遠く離れていない位置に、魔力溜まりができているのが発見されたそうでしてー。このまま放っておいて育ったら、ダンジョンができるかもしれない。そうなったら『里』もただでは済まないと、対応を『白の精霊』様も交えて共議したそうなんですよ。で、物は試しと改良中の苗木を植えてみるかーって。そうしたらいいカンジに拮抗きっこうして、唯一『里』の住人でも収穫できる魔力回復リンゴの木となってまーす。もー、コレはとっておきですよー。色もギリギリ。この実よりも皮の色が白っぽいリンゴは、食べて平気なのはリンデン王子くらいかもしれませんねー」


 パンジーは一通り桃色リンゴについて語ると、弟のセドロに「皮むいてー。種は一つも漏らさず回収してね」と手渡した。しかも、ただ単に皮をむくだけじゃない。むきとった皮を水と共に小鍋に入れてお湯を沸かし、リンゴの風味を移したお茶を淹れてと指示を追加したのだ。おおぉー、それはなんかスゴそう。そのお茶でも、魔力回復薬に匹敵しそうだよね。


 一度は片付けてしまったワゴンの上。パンジーは必要な道具を並べると、さっきはオムレットにしたスポンジケーキを一枚取り出して置く。シロップをハケで塗ってしっとりさせると、カスタードクリームを薄くのばしてから、セドロが皮をむいたリンゴの実を一口大の薄切りにして散らす。その上に生クリームを軽くのせてから、二枚目のスポンジ。シロップ・ベリーソース・一口大のリンゴ・チーズクリームの順の後に、三枚目のスポンジを重ねる。全体をパレットを使いながら生クリームでコーティングした後、絞り袋を使ってデコレーション。トッピングは、やはりリンゴとキラキラなジュエルベリーだ。すごいや! あっという間にホールケーキが完成しちゃった。

 パンジーは料理用の刃渡りの長いナイフで、きれいにケーキを切り分ける。半分の半分……だから四分のい一、だっけ? とにかく、それくらいの量を一枚の皿の上にのせると、パイン経由で兄上の元へ。残りの全部は、一枚の皿に盛り付けて僕の目の前に! うはは、すごーい! 配膳を頼まれたグラスは、軽く抵抗をしていたけれどね。


 シルヴェスター公爵・バーチ・オーキッド嬢には、セドロの淹れたお茶と一緒に、一口大のリンゴが三切れほど器に入れられて提供された。

 さー、本日なん個目かもうわからないけれど、このスイーツもいっただきまーす。フォークを手に取った僕は、興味があったのでリンゴだけをまず口に入れた。見ると、兄上を含めて皆も同じようにしている。


「ふむ。効果が高い魔力回復薬のように甘味が強いが、果物らしく酸味もきちんとあって。食べると元気が出る味ですな」


「クリームにもケーキにも合っていて。おいしいよ、パンジー」


 シルヴェスター公爵が代表してリンゴのみの感想を述べている間に、僕はケーキをパクパクと口に運んでからパンジーにお礼を言った。


「あー、良かったです。お茶もどうぞー。セドロが淹れるとカクベツなんですよー」


 笑顔のパンジーがウインクを一つしながら、飲み物もどうぞとすすめる。照れて恐縮している様子のセドロを横目にしながら、じゃあさっそくとカップに口をつけて――


「……スゴイ。……おいしい」


 これまた、本日何度目かの「水をうったように部屋が静まりかえる」現象を経て、僕がセドロの手がけた飲食物の感想をしゃべる。これは、このお茶は本当にすごいや。香りもいいし、しっかりと甘い。なによりも、澄んでいる。いや、ちゃんと味はあるよ。ほどよいリンゴの風味も素晴らしい。……飲んで、心と体が浄化されるようなお茶は初めてだ。さすがセドロ。【舌への暴虐】茶とは、対極の存在といっていいだろう。


 兄上も、セドロの用意したお茶を一口飲んだ後。しきりに首を傾げながら、いったんカップを戻す。それからすぐにシルヴェスター公爵からの魔力回復薬を一気に飲み干すと、お茶とリンゴをそれぞれ見つめ始めた。良かった、兄上。どうやら【鑑定】をできるくらいに、元気が戻りつつある様子。合間に赤と黄色のジュエルベリーを食べて気力をチャージしていたのが、兄上らしいっちゃらしいけど。……ブレないな。


 そんな兄上を観察しながら、僕がケーキを楽しんでいると。ふいに、手元で「カチン」と音が鳴った。なんだろうと思いながら下を見ると……おや? いつの間にかケーキが全部なくなっていたぞ。あれ〜?



 ★★★ 



 ……見てる。グラスが全身全霊で「心配です」と、めちゃめちゃ僕のことを見ている。僕はビミョーにその視線から逃げつつ、大人しくフォークを皿へと置いた。

 同じように「少し心配です」と言いたげな表情を浮かべるセドロがお茶のおかわりを注いでくれたので、それで満足しようと魔力回復効果の見込める飲み物を少しずつ口にしていく。

 さすがに今日の僕は食べ過ぎているよね? 少しヤバいかなって思ってもいるけど、実はまだまだ食べられそうなんだよなー。手を当てる。僕のお腹はぺたんこなままなんだよ。ケーキはドコへ消えた!?


 僕が自分のお腹をおさえて「うーん」と考えこんでいると、ふいに頭をなでられる感覚が。顔を上げてパッと振り向くと、苦笑いを漏らすシルヴェスター公爵と目が合った。


「先程リンデン王子がおっしゃったことは、あながち間違いではないのかもしれませんな。陛下の誕生祝いのもよおしは、数日間に渡って行われますが。これは、明日がこよみの上で重要な日であり、元々は人々に『白の精霊殿』にもうでるように促されて始まった、冬の祭りと無関係ではありません。今夜から明日にかけて、『白の精霊殿』ではなんらかの儀式を行うようです。その儀式の間中、『殿』はライトアップされるのですよ」


 公爵は僕の頭をなでながらそこまでを口にすると、手を下ろして兄上のほうに視線を向ける。公爵に見つめられた兄上はというと。僕の背後にある窓を眺めてしばし考えてから、一つうなずいて口を開く。


「確かに。どこかへ引っ張られるような感覚を覚え始めたのは、『白の精霊殿』のほうが明るくなったなと思った直後からでした。――聞いてない」


 シルヴェスター公爵の問いかけに答えていた兄上はふと動きを止めると、おもむろにテーブルに突っ伏した。そうすることで僕の位置からでも見えやすくなった兄上の後ろ髪――を一つに結わえていた『世界樹の髪飾り』は、「伝えてないからね!」と、なんだか得意気に「ピコッ!」と葉っぱを動かした。ああ、うん。確信犯なんだね、キミは。


 なまじ意思の疎通がはかれるからって、いいように踊らされた気が、しなくもない。そんなチョッピリしょっぱい気持ちを紛らわせようと、気分転換にライトアップされているらしい『白の精霊殿』を見るために、僕は窓のほうを振り返る。


「――っ!!」


「ローレル様?」


 僕がわずかに息をんで肩を揺らしたのを、グラスは見逃さなかったらしい。僕の様子をしっかりと見定めるようにしながら、僕だけの従者は心配そうに名を呼びかけてきた。

 僕はグラスに答えようと、窓を見つめたまま口を開く。


「あ……えっと。今、窓の外から誰かがのぞいていたような気がして。つい……」


『!?』





 読んで下さって、ありがとうございます。



 さて、次話は


『085 僕達の夕食会⑱ 〜寄生されていた公爵家〜』


 を、近日中に投稿予定。

 お楽しみに。




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