085 僕達の夕食会⑱ 〜寄生されていた公爵家〜
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シルヴェスター公爵と兄上のやり取りが気になった僕は、『白の精霊殿』に面した背後の窓を見ようと振り返る。その時。僕の席からかろうじて見える位置で、ナニかが動いた。ヒトっぽいものが身を引いたようにとらえてしまった僕は、思わず「誰かがのぞいてる?」と口にしてしまう。
可能性として一番ありそうなのは、建物にはわせた蔓性の植物。小さい頃はよく見間違えて、怯えて怖がったりしたんだよな〜。今回もきっとそう。……と、言い切れない。どこか、違和感を覚えたのは確かだけれど。今はもう見えないし。窓の外に動きもない。うん。この年齢になっても勘違いしてビビってるなんて思われたら、恥ずかしい。
僕が「でも、気のせいだったかも」と皆に告げようとする前に、部屋の中の空気は劇的に変わってしまう。“影”のメンバーと両公爵家の使用人達が、ただちに警戒態勢を敷いてしまったのだ。
グラスとパインの二名が、僕がなにかを見た窓の両サイドに付く。互いに目配せをした後で、パインが窓をそっと開けた。……。冬の夜だというのに、冷気はちっとも部屋の中に流れてこない。どうやら万が一に備えて、パインがちゃんと『風属性』の結界を張っているみたいだね。
しばしの間をおいて。特になにも起こらないということがわかると、グラスとパインの二人は、窓から顔を出して外の様子を窺い始める。するとすぐに、「あ」とグラスが声を発した。
「ローレル様。ご安心下さい。恐らくは植物を見間違いになられたのでしょう。人の頭ほどのサイズの、ミスルトゥ(ヤドリギ)が……」
――ダンッッ!!
突如として響いた大きな物音。グラスの話し声を遮るような衝撃に、僕の体はビクーンって跳ねる。ビ、びビビ、ビックリしたぁ〜。見ると、さっきの大きな音を出したのはシルヴェスター公爵のようで。叩き付けたのだと思われる右手の握りこぶしが、テーブルの上でブルブルと震えている。だ、大丈夫かな? 一体どうしてしまったんだろうか?
顔面が蒼白となった公爵は目を見開き、「ギリッ……!」と音が聞こえそうなほど歯を食い縛っている。彼のその様子は、なにか激しいもの――いやあるいは、涙のようにもろいものを必死になって堪えている姿に見えた。
「――ッ! スコー! スコー! スコォォ!! アレをっっ! 刈り取れ! ズタズタに引き裂いてしまえ! いや、全部燃やしてしまえ!! そうすれば……そうすれば、良かったのか――? 放ってはおくな。目につくアレは全部! 完全に! 処分しろ!!」
「はい。旦那様」
これまでの穏やかな様子が一変した、シルヴェスター公爵。彼は、銀の盃を掴むと中のワインを一気に呷り、自らの部下の名を叫んでヒステリックに指示を飛ばす。その間、彼の両手の中に捕らわれた銀器は。時に行き場のない憎しみを当たり散らすように、握り潰さんとばかりに力をこめられたり。また時には、かじかんだ指先や心を温める唯一の希望がごとく、取りすがるように抱き締められたりしていた。
二つ返事で応じたシルヴェスター公爵家の男性使用人のスコーは、さっそく主人の望みを叶えようと視線を巡らせる。スコー自身が行うために、グラスとパインに場を譲ってもらいたいからか。または、王宮の敷地内の植物を公爵家の使用人で手折っていいのかの確認か。二重の意味で許可を得るためにだろうが、スコーは「宜しいでしょうか?」と丁寧な態度で声をかけた。
それを受けて、互いに目を見合せるグラスとパイン。先に結論を出して、口を開いたのはグラスだった。
「……パインが、あれを切り落として下さい」
「え゛っ!? いや〜、副頭もご存じでしょ。ワタクシメは、空気を大きくカタマリで扱うことは得意なんですけれども。カッターとかランスとか。刃のようにして(風属性の魔法を)発動させるのはめっぽう苦手としてるの。……へし折ればイケるかな?」
窓から身を乗り出して、ああだこうだ口にしている男二人。パインはそんなに簡単に、自分の得手・不得手を喋ってしまっていいのだろうか? 前に訓練の時に言っていたけどさ。【エア・ハンマー】や【エア・インパクト】なんかは得意だって。
彼が一番に信頼してよく使っているのは、対象の周りの空気を薄くして窒息寸前で気絶させる魔法。それを聞いた時には、チャラい? 人当たりの柔らかいパインが見せた恐い部分に、ちょっぴりビビったけどね。
僕が、パインについてのことをつらつらと思い出していると。「私が」という渋い声が部屋の中に響いた。
「私が、『風属性』の魔法で切り落とします。確実に処分しろとのことなので、パインさんが受け止めて下さい」
そんな申し出をしてきたのは、マクローリン公爵家の護衛(兄)。彼の場合は、物を切り落とすのは苦手ではないみたい。それが普通だよな。『風属性魔法』の使い手って、空気を刃のように操作して攻撃するのが一般的だし。
パインの父親のカクタスだってそうだよ。カクタスにいたっては。風に煽られた陛下の髪の中から枝毛を発見し、その一本だけを魔法で正確にカットするなんて離れワザを、僕もこの目で見たことがあるよ。パインのようなタイプのほうが、世間では珍しいんだと思う。
話が纏まったらしい。マクローリン家の護衛の彼が、宿主にされている大木の枝からミスルトゥの部分を【エア・カッター】で切り離し、それをパインの【エア・クッション】でキャッチする。
グラスが自分の『アイテムボックス』から取り出した洗面器にミスルトゥを収めるべく、両手で抱えて待機中だ。あの洗面器って、主に僕や兄上が毒を摂取した時に使う用だよな。ま、むしろちょうどいいのか。
作業自体は難なく終了したようだ。ほどなくして窓が閉じられて、三人の男達が窓際から離れる。
グラスが手にしている洗面器の中には、この季節でも枯れる様子のない黄緑色の葉が密集して球状になった植物。なるほど。僕が、「誰かがのぞいている」と勘違いしてしまったのはこれのせいかと思った。洗面器にピッタリと収まったサイズで、ちょうどヒトの頭の大きさとおんなじくらいなんだもん。
ミスルトゥに対してあれほどまでに取り乱し、処分を望んでいるのはシルヴェスター公爵だ。「如何致しましょうか?」と、声に出さずとも問いかけるように佇むグラス。それをそっと横目で見やった公爵は、恨むような恐れるような表情を浮かべながら、ポツリと呟いた。
「ミスルトゥには、お気をつけなされ」
部屋の空気が固まって、僕を押し潰さんと迫るかのような、重々しい呪詛。そのたった一言だけを告げると、両手で銀の盃をギュッと握り、顔を俯かせて黙りこんでしまう公爵。
誰もが言葉を発することができずに、互いに顔を見合せる。シルヴェスター公爵に、「気を付けろ」と言われても。一体ミスルトゥのなにがどうしたのかがサッパリわからないから、気を付けようがない。でも、かんじんの公爵には、聞くに聞けない雰囲気だしな……。
シルヴェスター公爵の纏うものに引きずりこまれるように、硬直してしまった空気の中。動き出したのは、シルヴェスター公爵の腹心の使用人・スコーだった。
彼は飲み物が纏めて置かれていた壁際のテーブルへ行くと、迷いのない手つきで一本のワインボトルを手に取って開封する。そして未使用の銀の盃に赤ワインを注ぐと、シルヴェスター公爵とバーチにそれぞれ配り歩いた。
どこかぼんやりとしたシルヴェスター公爵だったが、新たなワインを一口、ゆっくりとした仕草で口に含む。公爵は、どこか懐かしむような痛ましいような顔つきになったと思ったら、盃をテーブルに置いて、両手で顔を覆ってしまう。そして、「ハァー……」と。苦く心を刺す後悔や、幸せだった過去を惜しむ気持ちを全部ない交ぜにしたような吐息を漏らすと、小さく、絞りだすように言葉を発した。
「……スコー。私の代わりに、どうか……」
「はい。では僭越ながら私めの口から、皆様にご説明をしたいと思います。立て続けの不幸に見舞われたシルヴェスター公爵家の、内外に付き纏った――不可解な現象を」
主人である公爵に受け答えをした後の、全身は寂しそうなのに目だけは強くギラついたスコーの佇まいに。僕は思わず、「ゴクリ」とツバを飲み込んだ。
力なくうなだれる主人の傍らで静かに語り出したスコー。彼の話は、ミスルトゥの存在を知って激変したシルヴェスター公爵の態度に、部屋の中の全員が納得するだけの、まさに不可解な悲劇と言っても過言ではなかった。
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シルヴェスター公爵家の悲劇――。
最初は、父親の跡を継いで次の宰相となる予定の長男だった。バーチの友人でもあった彼は、勤勉で実直。国のために身を粉にして働くこともいとわない男で、より一層の安定した政治を望む陛下の片腕となるには申し分のない人物だった。
事件のあった当日。王宮とは目と鼻の先にある屋敷で朝食を摂っていた長男は、「帰宅は遅くなるかもしれないが、夕食は家で食べる」と告げて出仕。母親である公爵婦人や長男の妻と子供、また公爵家の王都・本邸に勤める使用人達は、そのつもりで手配などをしつつ一日を過ごしていた。しかし。日が傾いてきた時刻になって、予定を変更する旨の伝言が届く。大まかな内容としては、普段はそれほど付き合いのない貴族と会うということらしかった。
後に調べてわかったそうだが。『使用するとスキルが体得できる貴重なアイテム』を販売したい商人がいると耳にして、是非とも自分の子供のために手に入れたいと、長男から接触をはかったとのことだった。
シルヴェスター公爵家の馬車ではなく、仲介した貴族の馬車で商人が滞在しているインスティン区のホテルへと移動する。だが目的地へと辿り着く前に、一行は襲撃を受けることに。
ここで、「インスティン区は庭」と豪語するパインからも補足説明があった。
インスティン区は、まだ『サトミヤ』の規模が小さかった大昔はスラムだったこともある土地で。現在は貴族達の家屋敷のある地域と、裕福な平民達の住まいとのちょうど境目にあたるのだという。火災などが起こった場合の避難場所として、広大な公園が設けられているのだが。その辺は、夜間あまり人気がない。
シルヴェスター公爵の長男が、護衛・御者・仲介役の貴族もろとも襲われたのは、行く予定だったホテルを通り過ぎた公園のそば。実行犯はインスティン区にアジトを構える、カネしだいで汚れ仕事を請け負う闇ギルドのメンバー。『貴重なアイテムを売りたい商人』は、確かに滞在していたそうなのだが。事件の前に取引を終えて、王都『サトミヤ』を離れてしまっていた。
――と。ここまで簡単に聞いただけでも、疑問点がいくつも湧いてくる。だが、スコーが口にした「不可解な現象」は、そのような次元に留まらなかった。本来ならあるべきものが無くなっていて、「何故?」というものが現場に残されていたのだという。えっと……それって???
「旦那様と一緒に、変わり果てた若様と対面致しました。若様のご遺体からは、右の手首より先が失われていて。後に生け捕りにされた犯人達を取り調べた結果、公爵家の跡取りに引き継がれる指輪ごと持ち去られたそうです。この指輪は元々、フォレスト王家より賜った魔道具でもあったので、襲撃の主目的だった可能性もあります。残念ながら現在に至るまで、若様の右手も、指輪も、持ち去った実行犯の一人も行方知らずのまま。――当時のその段階では些末なことと、深く取り合わなかったのですが。若様の所持品を検めたところ、上着のポケットの中に見慣れない植物の葉が入っておりました。詳しく【鑑定】をしてもらった結果、ミスルトゥ(ヤドリギ)であることがわかったのです」
スコーのその言葉を聞いて。部屋の中のほとんどの人間が、グラスの持つ洗面器に収まったミスルトゥに目を向ける。この植物の葉が、偶然ポケットに入るってことは考えられないだろうなぁ……。
長男の訃報を受けて。シルヴェスター公爵家の領地にいた次男は馬車を手配し、急ぎ王都へと移動する。しかし、次男は『サトミヤ』の土を踏むことはなかった。道中で賊の襲撃を受けて、帰らぬ人になったのだという。
一報を受けて、シルヴェスター公爵はもちろん陛下もただ事ではないと、【転移】ができる魔術師団員を派遣。次男と同行していたメンバー・馬車・馬の亡骸も含めて、現場にあった目につくものを王都まで運ばせて調査を指示。
ちなみに賊は、その地域で少し前から噂になっていた一団で。襲った目的は「金目の物が目当てだった」と自供はしたが、次男達は特に身ぐるみをはがされるなんて扱いは受けていなかったそうな。
「騎士団や回復術師団の方々が調べられた後で、旦那様と奥様、そして私も同行して対面致しました。その――」
一瞬、言い淀むスコー。彼は軽く頭を振ってから、沈痛な面持ちで再び言葉を続ける。
今度は、次男の遺体の口の中から、ミスルトゥの葉が見つかったのだという。
僕を含めたほとんどのメンバーが、再びグラスの手元に注目する。長男の一件だけなら、確かに「そういうこともあるか」と掘り下げて考えたりはしなかったのだろう。だが長男に続いて次男もとなると、話は違ってくる。
長男が亡くなった段階で、シルヴェスター公爵婦人が他国へ留学中の三男へ、手紙を出して知らせていたらしい。まあ、それはそうだろう。そして三男からの返信が、次男の訃報にショックを受けている最中の婦人の元へ届いた。次男の身に降りかかったことも連絡しなければならないのかと、涙を流しながら手紙を開封した婦人。彼女は、中を見て、便箋を手に取るよりも前に悲鳴を上げて大いに取り乱したのだという。
「公爵家に届いた封筒には、『留学を切り上げて、急ぎ帰国する』と認められた便箋と共に、ミスルトゥの葉が同封されておりました」
誰かが「ゴクリ」と息を呑んだ気配が伝わった中で、僕達はまたグラスの手元を見た。洗面器の中で、妙な圧を発しながら鎮座するミスルトゥ。……えっと。コレって、一体全体なんだというの?
読んで下さって、ありがとうございます。
さて、次話は
『086 僕達の夕食会⑲ 〜ミスルトゥを 飾りましょう?〜』
を、近日中……、いえ! 明日の夜に投稿予定。
お楽しみに。




