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086 僕達の夕食会⑲ 〜ミスルトゥを 飾りましょう?〜



 ★★★



 三男から届いた手紙についてや、それを目にした妻が倒れてしまったことを知ったシルヴェスター公爵は、信頼のできる腕利きの護衛を三男の迎えとして派遣した。その移動方法は、転移魔法陣の利用。海を越えた他の大陸への転移は、いかにシルヴェスター公爵家といえど気軽には使えない手段なのである。


 僕は前に授業で聞いた、転移魔法陣についての緒注意について思い出していく。

 各国の首都にある『白の精霊殿・本殿』。また各・領地の領都など、それなり以上の規模の『白の精霊殿・分殿』や『神殿』に設置されている施設で、起動には多大な魔力を使う。ただしそれは生物を転移させる場合であって、書簡などの小さな無生物はさほど魔力を必要としない。よって文書だけなら、国内の各地や国交のある国同士は、定期便として割りと頻繁《ひんぱん》にやり取りをしている。

 ヒトや生き物の移動には、出発地と転移先の双方の許可が必須。

 転移は、出発地側の魔力を主に使うことになるのだが。海を挟んで他の大陸に移動する距離となると、『殿』周辺の生態系に影響を及ぼすことが考えられる。なので、利用をする者が十分な量の魔力を用意できない場合には、転移の許可が下りないことも。

 国内にしろ国外にしろ、現代のほとんどのヒトは自分だけの魔力では到底まかなえない。そのため転移を補助する専用アイテムとして、周辺の余剰《よじょう》魔力を集めて貯蔵しておける『オーブ』が存在する。転移魔法陣を利用するには莫大な料金がかかるのだが、このほとんどは『オーブ』の借賃・使用料でもある。自力で魔力や『オーブ』が用意できれば、話は別だろうけどね。

 国や地域によっては、『オーブ』に魔力を溜めることができるスポットが少なかったりして、自国での緊急時以外は転移魔方陣をほとんど使わせないというところも。


 フォレスト王国では『ハーモニー山脈』内の『里』で常に魔力をチャージしていて、多数の『オーブ』をストックしているってさ。“影”達はもちろん、外交でも必要とあれば王宮から支給というかたちで利用。

 また、シルヴェスター公爵家のように。のっぴきならない事情があって申請をした貴族家には、王家が『オーブ』を特別に貸与《たいよ》することもあるのだって。


 ★


 そうして、転移魔法陣によって他の大陸に渡ったシルヴェスター公爵家の護衛の男。彼は転移先の『殿』に到着後、脇目も振らず三男の留学先を目指した。だが。辿《たど》り着いた学園で三男はすでに船に乗ったと聞かされて、行き違いになってしまったことに歯噛みする。

 三男自身も、よほど急いで帰国の途についたようだ。


「おそらくは、こちらに戻ってくることはない。置いていく荷は、皆で好きなように分けてくれ」


 そう学友達に言い残し、けっこうな量の私物をそのままにして学園を去っていったのだという。

  ただ三男は、一国の宰相を父親にもつ公爵家の子息だ。置いていった品々は、どれもこれも一級品ばかり。学友達は、もらうにしても気後《きおく》れしてしまっていて、三男の私物は全く手付かずのままだった。なので「公爵家から迎えが来たのならちょうどいい、可能な限り持ち帰って友人の手元に戻して欲しい」と、護衛は学友達から要請を受ける。

 彼は、本心ではすぐにでも三男の後を追いかけたかった。だが、大海原を航行中の船に乗り付ける手立てがなかったため、ひとまず、学園内の寮で三男が過ごしていた部屋を見せてもらうことにしたのだという。


 案内をされた部屋は私物などもきちんと整理され、生徒が不在となっても、掃除は欠かさずに行われていた様子であった。学期の途中に入学してくる生徒でもいれば別だが、仮にいたとしても寮にはまだ空き部屋もあったため、すぐに片付ける必要性もない。

 三男が入学時に十分な額の寄付金を受け取っていたし、下手なことをしでかして国際問題にでも発展してはコトだと。「時機を見てシルヴェスター公爵家に問い合わせを行う予定でした」と説明をする学園の職員。案内役の人間に相づちを打ちながら、護衛は部屋の中をざっと見て回ったそうだ。

 と、そこで彼を待ち受けていたのは――。


「特になんの気負《きお》いもなく。護衛の者は、作り付けのクローゼットの扉を開けたとのこと。その時。突然、内側の物が溢れてなだれこんできたそうです。驚きつつも確認したところ、それは隙間いっぱいに詰め込まれたミスルトゥの葉であったと――」


 僕達は揃って、グラスが持ち抱えている得体が知れない植物に目をやった。僕自身がそうだけど。だんだんと恐怖のようなものが沸き上がってきて、それが各々の表情に表れている。


 公爵家から派遣された護衛はもちろん、学園の職員も学友達も、予期せぬ出来事に驚きの色に染まった。いつ・誰が・どのように、ミスルトゥの葉をクローゼットに詰めたのか。掃除を担当した老婦を呼びつけて、問い質《ただ》したところ。


「その日の午前中に清掃をした時には、なんともなかった。この部屋には、取り扱いに注意を払わなければならない物が置いてある。なので、掃除の前と後は施錠されるし、勝手に持ち出したりしないか私も部屋も検査を受ける」


 そういった旨の供述をして、立ち合ってチェックをした職員の裏付けも取れた。午前中の段階では、ミスルトゥの葉は影も形もなかったと。

 護衛の男は正直、全てを問答無用で焼き払ってしまいたかった。だが、なにが手がかりになるかわからないために、ミスルトゥの葉を一枚残らず拾い集めることに。そして、学園側に「後で調査の人員を送ることになるだろうから、それまでは現状を維持していて欲しい」と頼み、ミスルトゥの葉を手にフォレスト王国に取って返した。

 帰国した護衛の報告を受けた公爵達が、「なんとかして、三男がいる船に合流できないか」と協議を始めた矢先。三男の乗っていた客船が、消息を絶ったとの一報が――。


 ★


 元々、年齢的な要因もあって、近年は体調を崩しがちだったシルヴェスター公爵婦人。公爵が息子に跡を譲ろうとしたのも妻の健康状態をおもんばかり、領地で海でも眺めながらゆったりとした時を共に過ごそうと考えたからだった。

 しかし。婦人は、三男からの手紙の同封物にショックを受けたのを機に床に就《つ》き、見る見るうちに衰弱していってしまう。そこへ更に追討ちをかけるようにもたらされた、船が難破したという知らせ。

 もはや、自力で起き上がることもできなくなっていた婦人。


「自分の命と引き替えにしてもいい。ただただ、子供が無事に帰ってきてほしい」


 彼女は病床でそう祈りを捧げ、そのまま眠るように息を引き取ったのだった。


 立て続けに起こった出来事に、公爵をはじめとして遺《のこ》された家族や使用人達は、葬儀の手配や弔問客の対応などに忙殺されることになる。普段は人の出入りのない部屋の掃除などが、後回しになってしまったりとか。ま、それは仕方がないことだと僕も思う。


 スコーは、亡くなってしまった婦人の部屋に花を手向《たむ》けている公爵の姿を見て、あることを思い出す。

 シルヴェスター公爵家には『肖像画の間』と呼ばれる、ご先祖様達の絵を飾っている部屋が存在するのだという。そこは公爵一家が、墓参りと同じような感覚で日々の出来事を報告したりとかする場所なのだそう。

 その『肖像画の間』に。生前の婦人が花を供《そな》えて長男と次男の訃《ふ》を報告し、更には公爵家の守護を願っていたのだ。


「大変お恥ずかしい話なのですが。奥様が倒れられてしまってから『肖像画の間』に立ち入る者がおらず、花を供えた花瓶も手付かずのままなのではないかと思い至《いた》りました。その事実を旦那様に告げたところ、『祖霊への詫《わ》びと報告を兼ねて』共に『肖像画の間』に向かうことになったのです。部屋に着いて、扉を開けて中を見ましたところ――。まるで、奥様の供えた花は自分が枯らしてやったんだと言わんばかりに、花瓶に居すわるミスルトゥの枝葉が……」


 ここまでくると。シルヴェスター公爵がなぜあんなにも取り乱したのか、イヤでもわかる。部屋の中の誰もが、ミスルトゥを嫌悪の情のこもった目付きで見ていた。



 ★★★



 シルヴェスター公爵家の領地は、もちろんその高い爵位に見合うようにフォレスト王国の要衝《ようしょう》である。最も有名なのは、学術の研究及び教育の最高機関である大学があること。

 王都『サトミヤ』にある国立シード学園が、貴族の子弟の交流や、将来王宮に仕官する者達のための職業訓練校的な側面があるのに対し。大学はより専門的に学ぶ場所……教師や研究者になるためには通う必要がある学校? よくわかんないけど。僕は、ゼッタイに進学する気持ちにはならないだろうし。とにもかくにも。『学術のシルヴェスター』のお膝元にあるこの大学は、国内外にその名が轟《とどろ》く施設のようだ。


 それ以外にも、国内に関しての話をするのならば。海に面したシルヴェスター公爵領は、製塩を主産業としている。フォレスト王国内で一年間に消費される塩の約六割を、毎年製造しているんだって。

 ちなみに。残りの約二割ほどを生産しているのは、やはり海に面しているランドルフ公爵領。ランドルフ公爵家の主産業は、魔道具研究のために必要だったから始めた海洋貿易だ。

 シルヴェスター公爵領が製塩を六割に抑えているのは、独占が過ぎるのは危険だと自他共に認めているから。それと、ランドルフ公爵領の保険や救済のため。魔道具研究は、費用ばかりかかって必ず儲《もう》けられるとは限らないし。海洋貿易は万が一にも船が沈んじゃったりしたら、大損失だからね。

 更に残りの二割は、国内の各地から細々と産出。山中の岩塩やダンジョン、またある種の植物系の魔物から得られるみたい。多少の輸入もあるみたいだけどね。あとは『ハーモニー山脈』産の岩塩も、ちょっとだけ。


 塩って、僕達が生きていくためには必須な物でしょ。それで考えると、シルヴェスター公爵家も治める領地もめちゃくちゃ重要じゃないかって僕は思う。


 ★


 シルヴェスター公爵家の本家の者達という、上に立つ人物が次々にいなくなってしまい、領地のほうでも動揺が広がったのは想像に難くない。許されるのであれば、公爵自身がすぐに駆け付けたい気持ちもあったのだろう。しかし、一国の宰相位に就いている立場では、おいそれとは動けない。

 唯一の望みの綱であったのは、たった一人の孫と公爵家に嫁いできてくれた長男の嫁。彼女が、その孫を連れて領地に向かうと申し出た時。国にとって重要な場所である領地の今を託したいという気持ちと、これ以上なにかあってはまずいので安全なところで保護されていてほしいという気持ちが、公爵の中でせめぎ合ったそうだ。


 何度かの話し合いの結果、二人を向かわせることにしたのだが。決め手となったのは、孫の言葉だったという。


「おばあちゃんが、おいのり、していたから。おじちゃん(公爵の三男)を、ボクが海までむかえにいく」


 父親(公爵の長男)が買い与えたぬいぐるみをギュッと抱きしめて、たどたどしく喋《しゃべ》る孫をいじらしく思った公爵達。孫はまだ幼いなりにも、なにかしら役に立ちたいと思っているのかもしれない。公爵はそう感じ取った。


 王都の屋敷は、宰相の指示を仰《あお》ぐ部下や事件を調査する騎士達、更には弔問客とひっきりなしに人が出入りしている。皆が皆とても忙しくしていて、幼い孫を十分にかまってやれないでいた。シルヴェスター公爵は孫のためにも、今は環境を変えたほうがいいのかもしれないと考える。そしてしっかりと護衛を手配した上で、大切な家族を送り出した。

 長男の嫁と孫は、大事をとって転移魔法陣を利用したこともあって、領地には無事に到着する。そして現地の文官達と協力を取り合って、領地運営に奔走《ほんそう》し始めたのだそう。


 大きな問題はなかった。しばしの間は。


 ある日、「公爵の三男と同じ船に乗っていて他国の船に救助された者が、この国の港に辿り着いて保護を求めている」という噂が流れてきた。長男の嫁はすぐに、王都のシルヴェスター公爵へ報告の文書を送る。「確認のために人員を派遣しました。私は領都で経過を見守り、続報は速やかに知らせます」と。

 それなのに、何故か……。乗ってはいないはずの長男の嫁と孫が、調査のために港へ向かった馬車の車内にいて。あまつさえその馬車が、本来ならば通るはずのない道の崖から転落。――全員が、帰らぬ人となってしまったのだ。


 次男の時と同じように、現場から目ぼしいものは全て回収。王都へと運ばれた上で、念入りな捜査がなされた。


「ミスルトゥは、この現場にもあったのです。一つは、馬車の車輪の軸の一ヶ所に絡み付くように。そして、もう一つ。坊っちゃまが抱きかかえていたぬいぐるみの腹部に、不自然な縫い目があったのでほどいたところ。中からやはり、ミスルトゥの葉が――」


 もう、なんて言うかさ。寒気がする。グラスが手に持った洗面器の中のミスルトゥが、本当に得体の知れないモノのような気がしてならないよ。さっき僕が感じた「窓の外から誰かがのぞいている」という感覚も、あんがい勘違いではなかったのかもしれない。そんな気にさせられるよ……。



 ★★★



 皆で夕食を楽しんでいた部屋は、本日なん度目かわからない水を打ったような静けさに包まれる。ただし。今までのようなおいしい物を食べた感動とは、だいぶ後味が違うけどね。


「ミスルトゥに関しての話は、今初めて耳にしました。どうしてこれまで公《おおやけ》になさらなかったのですか?」


 マクローリン公爵家の嫡男《ちゃくなん》のバーチが、新たに配られた赤ワインに口をつけつつ、部屋の中の面々を見渡しながら問いかける。そうだね。兄上と僕はもちろん、“影”達の誰一人として「すでに知っている内容の話」という反応は示さなかった。シルヴェスター公爵家が見舞われた一連の出来事に関して、ミスルトゥはかなり重要なモノなんじゃないの。でもその情報の共有が、今までされていないっていうのはさ。どうなんだろうね。


 バーチから質問をされたシルヴェスター公爵は顔を上げると、スコーに飲み物のおかわりを求める。スコーが、公爵とバーチにそれぞれワインを注いでいる間。シルヴェスター公爵は、難問を前に考え込むような表情をしながら静かに語り出した。


「ただ、事件の現場や縁《ゆかり》のある傍《そば》近くに、特定の植物があっただけなのです。一体誰がミスルトゥを残したのか。屋敷に出入りする者を一通り調べさせましだが、影も形も捉《とら》えられない。何者かの気配や、前後に誰かが動いた痕跡すらもない。一連の不可解な現象を、どう受け止めればいいのか? 私も、陛下や皆様に告げるべきなのか迷っておりました。正体を僅《わず》かにでも拾えたならば、『御前招集』をかけて注意喚起を促《うなが》したのですが……」


 シルヴェスター公爵が口にした『御前招集』とは。フォレスト王家・四つの公爵家・“影”の五つの家が集まる、地下会議のことなんだって。参加するのも招集をかけられるのも、各家の当主や本家の者達、または各家が抱える組織の幹部くらい。その存在も話し合う内容も、当然トップシークレット。兄上はそう遠くないうちに参加することになるだろうし……ということは僕も、かな?


 王妃は、参加する権利がなければ存在すら知らされていなくて。母上は父上に嫁いでからは、欠かさずに出席。アコナイトは今の状態では、やはりナイショのままらしい。いいのかな? 皇太子に指名されたというのに。過去には、ざっくばらんな脳筋すぎる王も知らないままで生涯を終えたそうだから。まぁ、いいのか。


 次の『御前招集』は、陛下《ちちうえ》の誕生祝いの催《もよお》しが全部終わった後に開かれる予定なんだって。今なら、主だったメンバーも王都にいるのだろうし。シルヴェスター公爵にはぜひともその場で、「ミスルトゥに気をつけろ」って声を大にして言ってほしい。だってやっぱり、とってもとってもヘンなんだもん。


「――ああ。『御前招集』の場で情報を公開して、口止めもお願いする予定ではありましたが。この会に参加の皆様には告げても問題なく。いえ、バーチ殿には特に言っておかなければならない」


 そこまでを喋ったシルヴェスター公爵のほうを、訝《いぶか》しげな表情を浮かべながら見たバーチ。彼は、少しだけ首を傾《かし》げることで話の続きを促す。

 シルヴェスター公爵は、ワインを呷《あお》って大きく息を吐き出した後。比較的に、たんたんとした調子で語り出した。


 乗っていた客船が消息不明となったために、行方不明の扱いとなったシルヴェスター公爵の三男。彼は、実はもうすでに死亡が確定しているのだという。これは『白の精霊殿』に【詳細鑑定】を依頼して確かめたのだから、事実なのだそうだ。あんまり広く知られていないが、血縁者や家族が申請をすれば確認がとれるのだって。

 更に三男の場合は、他大陸に留学するということで。あらかじめ「万が一の場合は【詳細鑑定】の結果を家族に開示してもいい」旨の内容も含む遺書と、髪を一房残して国を出発したのだそう。


 この世界では、死後にアンデッドになるのを防ぐために、全ての大陸で亡骸は火葬される決まりだ。一般的には、『白の精霊殿』や各地の『神殿』の一角で荼毘《だび》に付すのだが。専用の魔法陣を用いて、【浄化】の魔法を唱えながら火葬すると骨も残らない。

 だから。どんなに高貴な生まれだろうと、墓所は一族の共同で。両手で持てる宝石箱くらいのスペースに、遺髪と、生前愛用した品を一つか二つ納めて蓋に名を刻んだ物が個人のお墓となる。

 フォレスト王家の墓所は、王宮の敷地内のはじっこに存在。また、その周辺には。フォレスト家の初代との関わりが強いとして、各・公爵家の王都での墓所が点在する。遺髪だから、それぞれの領地の墓所と分けて弔《とむら》うことも、負担が少ないのだね。


 謀叛《むほん》を起こして、取り潰しになったセガール公爵家の墓所は。王宮の敷地からは撤去されて、『ダンソウの谷の神殿』に運ばれたんだって。身寄りがなくて誰もお参り来ない者達の遺品と一纏めに、合祀《ごうし》されているという。


 ★


 シルヴェスター公爵は語る。婦人の遺髪を王都『サトミヤ』の墓所に納めるタイミングで、三男の髪も同時に納めることにしたそうだ。婦人が死の間際まで気にかけていたし、二人一緒のほうが死後にその魂が迷わなくていいだろうとの思いから。

 実際には更なるゴタゴタがあって。長男の嫁と孫も、同じタイミングで墓碑銘《ぼひめい》を刻むことになったのだが……。


 愛する者達の墓を封じ、墓守に保守を頼んだ後。墓所を去る前にもう一度手を合わせようと、墓標の並ぶ部屋に入ったところで、公爵達は足を止めた。止めざろうを得なかったそうな。


「いやはや。とっても親切などなたかが、供え物をしてくれたようでして。私の大切な家族のぶんの、ミスルトゥを。ご丁寧に。わざわざ可愛らしいリボンまでかけられておりましたよ」


 ミスルトゥ、またもやか!


 シルヴェスター公爵は、度重なるミスルトゥに開き直ったのか。ついさっきまでは、あからさまに視線を逸《そ》らしていたのに。今回の墓所のエピソードを話す時は銀の盃を片手に、グラスの手元の洗面器に向かってイヤミったらしい言葉をかける。


「墓所に関しては、あまり頻繁《ひんぱん》に出入りする類《たぐい》の建物ではないために、出入口は一ヶ所。隠し通路も一応あるようなのですが、それは王城からの脱出用で出口のみ。しかも、墓標の間に出るものではありません。あの時。シルヴェスター公爵家の墓所にいたのは限られた人員で、誰一人としてミスルトゥを置く動きなどは見せなかった。不可解でならないのですよ、私も……」


 消え入りそうな細い声を呟いて、再び俯《うつむ》いてしまったシルヴェスター公爵。おかわりとして注がれたワインで唇を湿らせると、今度は「口止め」に関しての話をし始めた。


 公爵が口止めをお願いすると言ったのは、「三男の死亡が確定している」という事実をだ。シルヴェスター公爵家に直系の跡取りがいない現状。親類・縁者などからの売りこみが、うっとうしいほどに寄せられているのだという。

 ただし、どの人物も。国内の製塩を大きく握るシルヴェスター公爵領を任せるのには、野心を隠さなかったり小者すぎたりで不足なのだそう。今はまだ「三男の生還を信じている」というスタンスで、公爵は跡取りの話をあしらっているってさ。

 公爵家の墓所に入れるのは、内情を知ることを許されたよっぽど親しい人物だけ。一般の弔問客が訪れるのは、基本的に屋敷のほうだからね。





 読んで下さって、ありがとうございます。



 さて、次話は


『087 僕達の夕食会⑳ 〜オシオキには 暴虐のワインを〜』


 を、近日中に投稿予定。

 お楽しみに。


 ……サブタイトルが、盛大なネタバレをしている件について。




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