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083 僕達の夕食会⑯ 〜冷たい飲み物と 古《いにしえ》の詩《うた》〜



 ★★★



 僕達が夕食を楽しんでいるこの部屋は、空調の魔道具の他にも、赤々と炎が燃えている暖炉によって暖められている。パンジーが淹《い》れてくれたお腹の働きを助けるハーブティーを飲んだ今の僕には、ちょっとばかり暑い。僕が「ほっぺたが熱を持っているな」と思いながら、少しでも涼を求めて手の甲をあてていると。パンジーが、僕とオーキッド嬢のために冷たい飲み物を用意してくれた。

 普段からよく飲んでいる果実水に、『火のマッケイ』レシピのシロップが少量加えられている。シロップが混ぜられているのが温かいハーブティーではないからか、今度のは飲んでお腹がポカポカすることはなかった。むしろ「スッ」とするというか、ひんやりとしていて僕のほてりも段々と薄れていく。

 そのことに「ホッ」としたのは、なにも僕だけじゃなかったようで。同じくシロップ入りの果実水を飲んだオーキッド嬢と僕は、顔を見合せて互いに笑みを浮かべあった。うん。良かった、良かった。熱でも出たんじゃないかって、僕ちょっと心配になったもん。


 僕とオーキッド嬢だけの頬《ほほ》が真っ赤になったのは、二人共がまだ子供だから、かな? シルヴェスター公爵はケロッとした様子でワインのおかわりを注いでもらうと、盃に指を添えたままで口を開く。


「まぁ、フォレストが王家として立ったのは、なるべくしてなったと言えるでしょうなぁ。正直に申し上げましょう。家単位で、国内で最も力を持っているのは、主力産業である食糧生産で群を抜いて実力を発揮しているカーティス家です。そのカーティスが無条件で膝を折るのが、フォレスト王家。フォレストの始祖の血と魔力を引く王族が『白の精霊』の指示の元に、国内各地の『殿』で瘴気《しょうき》の浄化や魔物の現界《げんかい》を抑える結界補強の儀式を行いますが。これは、『フースイ』の強化にも繋がります。『ハーモニー山脈』からの豊富な魔力と“気”が流れ込むことになるので、儀式を済ませた地の周辺は、向こう十年ほどは豊穣《ほうじょう》が約束されることになる。大変に勤勉で実直な『戦闘農民のカーティス』ですが、働き者だというだけでずっと豊作であり続ける農業などはないと知っています。『白の精霊』より信頼を得ているフォレストがいて、なおかつこの地だからこそということをよくわかっている。カーティスがフォレストを王として戴《いただ》く。この両家のそれぞれの性質が変わらずに昵懇《じっこん》の間柄である限り、フォレスト王国は安泰《あんたい》でいられることでしょう」


 ここでシルヴェスター公爵が、古い古い、建国の前後の時代の詩を読み上げてくれた。公爵が若い頃に興味を持って、むさぼるように調べて辿《たど》ったこの世界やフォレスト王国の歴史。それら目を通した資料の中でも印象に残り、「ついつい丸暗記をしてしまいました」と公爵は笑う。



  カーティスは 作るだけ

  セガールを 護衛に立たせ 作るだけ

  作りに作って たまった物を

  どうしようかと悩む カーティス

  マクローリンに 丸投げだ


  任されたるは マクローリン

  マクローリンは 売るだけだ

  言葉巧みに 売りさばく

  代金として受け取った魔道具が

  なんだかよくは わからない

  調べとけよと ランドルフに

  マクローリンは 押っつける


  作ったもの 売ったもの 調べたもの

  記録を取ってと 泣きつけば

  じゃあよろしく と

  笑顔で言われた シルヴェスター

  そんな彼らを 木陰で見守るフォレストは

  白の精霊様を 酒と食事で おもてなし



 ……。語り出しからして、もう。えっと、あの、あれだ。フォレストと各・公爵家の関係を、とってもよく言い表しているよね。密かに“影”の存在も匂わされてるし。


「えっと。聞く限り、シルヴェスターが割を食うというか。尻拭いをさせられて、大変そうというか。他が好き放題に自由過ぎるというか」


 フォレストのご先祖様も重要なことを担《にな》っているように見えて、ただ飲み食いしているだけなんじゃ……という考えが僕の頭をよぎる。バーチとオーキッド嬢も、それぞれがシルヴェスター公爵から視線を逸《そ》らしていることから、やはり自分達の祖先の振舞いについて思うところがあるようだ。


 シルヴェスター公爵は「わかってくれましたか」とでも言うような嬉しそうな笑みを浮かべると、僕の頭を優しくナデナデとなで始める。


「ローレル王子は陛下に似て大変に活動的でありながらも、生母のアザレア様のように周囲への思いやりに溢《あふ》れた面も持ち合わせていらっしゃる。リンデン王子ともども、アザレア様の薫陶《くんとう》を受けておられるようで将来が非常に楽しみだ」


 僕の頭の上から手を下ろした公爵はワインを一口呑んだ後、今度は母上を中心にちょっとしたエピソードを披露し始めた。



 ★★★



 さっきの話で出た、国内各地の『白の精霊殿』で儀式を行うのは、今は陛下《ちちうえ》がやっているのだって。時々、王都を留守にするのはそれのせいかと僕は思い当たる。

 母上は、一緒に行く時とそうでない時があるのだけれど。母上が同行する場合は……えっと……、その周囲がキナ臭いことがあるんだとか。

 むやみに税を徴収していたりだとか、領主の一族の誰かが領民に乱暴をはたらいていたり。

 そういう噂のある土地には母上が陛下に付き従うかたちで現地に出向き、“影”達と共に情報を収集。結果を宰相であるシルヴェスター公爵に上げて、大鉈《おおなた》を振るったこともあるのだという。


 母上はかつて、国立シード学園・文官コースに在籍していて、当時は「彼女あり」と言われるほどの才媛《さいえん》だったそう。首席での卒業も、可能なほどだったんだって。

 ただ実際には、首席での卒業は叶わなかったようだけど。

 それというのも。先代国王陛下であったお祖父様が、自身の病気を理由に退位を宣言。急ぎ父上の戴冠《たいかん》に向けて、準備が進められることとなった。ただ。もしもの時に王に代わって政治を預かることも考えられる妻の座は、婚約者であったランドルフ公爵の娘が翼竜との相討ちの果てに亡くなってしまったために、候補者の再選考を行っている段階で。

 ……ハデなおじさん、ことグリム侯爵がさんざん引っ掻《か》き回したせいで、そうとう難航したようなのだ。

 えーっと。退位の宣言が出された時、父上はシード学園の最終学年の十七歳。母上は十六歳になったばかりで、グリム侯爵の娘は……十四歳かぁ。こればっかりはしょうがないよな。結婚できるのは、平民だろうと貴族だろうと王族だろうと、成人年齢の十五歳以上って決まっているんだもん。


 業を煮やした父上が、まだ学生であった母上を力業《ちからわざ》で皇太子妃に。


「私が最も信頼のできる女性はアザレアだ。どうか、学園に通いながらでもいいから、私の妻となってほしい」


 みたいなことを、父上が言ったとか言わないとか。

 父上の皇太子妃は、母上一人だったけど。王に即位するタイミングで、高位貴族家から娘を娶《めと》って王妃に据《す》えると言って、貴族達をムリヤリ納得させたみたい。


 戴冠と成婚を、同時に行っても良かったんだろうけどね。でも、王の妻にベラドンナ嬢――グリム侯爵の娘が一人だけだと不安だったんだろう。あの、ハデなおじさんのことだもん。自分の娘より後に父上が側室を娶るのは、なんだかんだ難癖を付けて大反対をしそうだし。


 母上は当初、結婚後も学園に通いつつ国政について学ぶつもりだったようだ。王妃は自分ではないと、決まっていたからね。ヘタに王宮で王の妻としての振舞いについて学んだりしたら、「王妃狙いか」とかなんとかうるさく嫌がらせを受けたかもしれない。だけどまぁ。結婚して早々に、兄上がお腹に宿っていることがわかったために、離宮にて大人しく父上の公務――主に書類仕事のお手伝いをしていたんだって。


 ちなみにコレは、今も続いているそう。短かった皇太子妃時代に、可能な限りの権力を使って信頼のおける文官達を集めると、母上の直属の部署を立ち上げたのだ。

 王と王妃と自分自身の書類の大方をさばき、最悪、王と王妃は署名だけすればコトが済むような、それくらいのノリで母上が政務を把握しているのだって。


 王妃・ベラドンナは、母上が全てのお膳立てを整えた書類の仕上げだけの公務で、いたって満足みたい。と、言うのも。元々グリム侯爵が王家に嫁がせた上で、自分が政治に好き放題口出しすることを目的に、父親に従順な娘であるように育てられた存在だから。

 賢《さか》しいとは無縁の、一歩間違えれば周りの顔色に流されやすい王妃。自称『脳筋王』で、「執務は得手《えて》ではない」と言って憚《はばか》らない陛下と共に王妃のぶんも、母上がウラでキッチリ手綱を締めているようだ。


 在学中の妊娠・出産だったので、シード学園を休学せざろう得なかった母上。でも、それはそれで良かったんだと思う。病床にあったお祖父様は、初孫であり王国の第一王子の誕生にことのほか喜び、穏やかに息を引き取ったという話だから。

 先代・国王の国葬。父上と他の女性との結婚と国王即位。母上自身も側室という身分への変化と、離宮から王の住まいへの引っ越し。

 などなどと目まぐるしく環境が変わり、ようやく一息ついて「さぁ、再び学園に通いましょう」と決意したタイミングで、今度は僕が母上のお腹の中に……。

 復学を完全に諦めたものの、「実力的には申し分ない」と判断した学園長の特別の計らいで、母上の卒業が認められたのだという。ただ、卒業式には出席できなかったし、首席かどうかはひどく曖昧《あいまい》になってしまったんだけどね。



 ★★★



 けっこう長い時間、食事とお喋《しゃべ》りを楽しんでいた僕達。一通りの話を終えたためにか会話が途切れて、暖炉の中の薪《まき》がぱちぱちと燃える音が部屋に響く。

 僕はふと、前々から抱いていた疑問について聞くなら今だと思って口を開いた。


「えっと……。『軍務のセガール』は、どうして?」


 これまでの話題からして触れそうだったのに、全然そちらの方向には流れていかない。あえて避けているのかもしれないけれど。

 案の定、僕が質問を投げかけた部屋の中は、先程よりもいっそう静かになってしまった。


 僕は、シルヴェスター公爵の顔を見る。いや、部屋の中の誰も彼も。セガール公爵が謀叛《むほん》を起こしたのは、僕や兄上のお祖父様が国王であった頃。シルヴェスター公爵とお付きの男性使用人は共に五十歳を越えていて、当時を知る、歴史の生き証人と言っていいだろう。


 誰かに問われる可能性は、考慮していたのかもしれない。シルヴェスター公爵の顔から笑みが消え失せ、敏腕《びんわん》宰相と言うに相応しい引き締まった表情が浮かび上がる。そして、苦悩そのもののような息を深く長く吐き出してから、ぴたりと正面を見据えて当時のことを語り出す。


「これと言った原因を上げるとするならば、所領の位置が悪かったとしか。フォレスト王国の東隣の地域は、中央大陸でも特に荒《すさ》んだ性質を持つ人々が寄り集まっています。向こうから仕掛けてくる小競り合いはしょっちゅうで、セガールの軍事力は長いことずっと、彼らに対しての防壁であり続けた」


 東からの侵略に対しては、断固として立ちはだかったセガールではあるが。命を繋ぐためにフォレスト王国へと亡命してきた、無辜《むこ》の民が国境を越えることに関しては、ある程度の黙認をしていた。

 これは、世界的に見て。冒険者などが国家間を移動することがおおむね認められているからと、フォレスト王国と東隣の国との間で、亡命者に関しての取り決めが特に交わされていないことに起因する。東隣の地域も大陸中央の地域並みに政権交代や国家の滅亡が多く、国交を樹立できるほど国として成熟するヒマがないのだ。

 ただ。国があろうとなかろうとその土地に暮らす人々はいるし、そこでは立ち行かないからと、より豊かに過ごせそうな場所があれば新天地を目指そうというのはわかる。国防を担うセガール領は、亡命者達の受け入れ窓口でもあった。


 そうして長い年月をかけて、東方に縁《ゆかり》のある者達がセガール公爵領を足掛かりに、フォレスト王国内に根を張り巡らしていったのであろう。セガール本家の者や重臣達は、さすがにフォレスト王国内の貴族と婚姻を結ぶが。領民や末席の下臣《かしん》達は、その限りではない。

 東の地域からの回し者達は少しずつ、でも確実に浸潤《しんじゅん》し、セガール公爵家のあり方に影響を及ぼしていった。


「セガール公爵家、最後の当主となった男の名をヘンプ・セガールと言いまして。優秀な兄が三人もいた彼は、おおよそ当主の座に着くとは考えられない立場のはずでした。ただ何故か――まるで、我がシルヴェスター公爵家のように――病や怪我や不幸事が原因で後継者が次々と交代となり、兄達ほどしっかりとした教育を受けてこなかったヘンプが、セガール公爵家を継いだのです」


 この場合の教育とは。シルヴェスター公爵が夕食会の席でいろいろと教えてくれた、『白の精霊』とフォレストの始祖との関係や、フォレスト王国が建国するまでのいきさつだったりの話だ。

 後に調べてわかったそうなのだが。いずれ分家にでも婿入りさせて家臣となる予定だったヘンプは、セガール公爵家内であまり重要視されておらず、教育などにそこまで力を入れてもらえなかったようだ。側仕えの人選もしかり。幼少時からの教育係や使用人達は、東の地域となんらかの関わりがある縁者ばかりだったのだそう。


「セガール公爵家の後継者として指名を受けたヘンプは、表面上は祖先らと同じように国によく仕えていまました。折に触れて、引っ掛かることは多々ありましたが……」


 シルヴェスター公爵はそう呟くと、いくつかの例を挙げていく。

 ヘンプが王宮に仕官して、軍務大臣の補佐となってしばらくした頃。先代国王である僕のお祖父様の婚姻と、東の隣国が絡むトラブルが起こる。ヘンプは「主導した父のことを、息子として恥じている」と声明を出すと、父親本人や側近達に有無を言わせずに隠居に追いやり、半ば強引にセガール公爵家の当主となった。

 その後。トラブルが拡大した果てに東の国との間に戦争が勃発《ぼっぱつ》。数年間に渡って複数回、攻めてきた隣国を国境付近で迎え撃つことに。


 ヘンプ・セガールは、当時、妻も婚約者もいない状態だったお祖父様に、「国難に直面している今こそ士気を鼓舞《こぶ》するために、軍部との結び付きを強めるべきです」と進言。自分の娘を嫁がせて、もくろみ通り王妃とすることに成功する。この、王族と婚姻を結ぶというたぐいの積極性は、それまでのセガール公爵家ではあえてしてこなかったことのはずなのだが……。


「私は、今でも解せないのですよ。先代国王のバッカイ様と、セガール公爵の娘『最初の王妃・マグノリア』との間に『第一王子・ミケーリア』も生まれて、順風満帆。そのまま、ミケーリアが次の王になるのを、ただ待てばいいものを。ヘンプはある時期を境に、『隣国を攻め滅ぼして、東の地域を丸ごと支配下に置きましょう』と王に直訴するようになりました。陛下が断固としてその案を突っぱねると、『力があるくせにそれを振るわないとは、なんと弱腰な』と陰で漏らして、周囲から警戒の眼差しを向けられることに。恐らくは東国の間者《かんじゃ》どもに、『両国を統一した上で、貴方が王になればよい』とでも唆《そそのか》されたのでしょうが。実際に反旗を翻《ひるがえ》すなどと。――ヘンプ・セガールの奴めが宗旨を変えたのは、側室として後《のち》の王妃となるアドーニス様が、バッカイ様と結婚したからだったか? いや、第二王子のパーシモン様がお生まれになり……。いや、いや。初めてのお披露目の席でお姿を拝見した際に、ヘンプの奴めがパーシモン様の紫碧の髪色に、異常なほどの反応を示して以降だったか……」


 言葉にしながら、なにかに気がついた様子のシルヴェスター公爵。彼の小さな独り言を拾った僕は、パッと公爵の顔を見た。

 シルヴェスター公爵は、「聞かれてしまいましたか、不確かなことを」と言いたげなバツが悪そうな笑みを浮かべると、ごまかすようにワインを口に含む。そして、なにかを考え込むような、心に留め置くことを纏《まと》めたような顔でコクコクとお酒を呑み干すと盃を置いて、また話だした。


「先代国王・バッカイ様の若かりし頃のご活躍に関しては、お芝居で学ぶとよいでしょう。明日の公演が楽しみですね」


 そう、笑顔で締めくくったシルヴェスター公爵。明日、明日かぁ。数日間に渡って行われる陛下《ちちうえ》の誕生祝いの催し。夜は一番大きな正式な晩餐会《ばんさんかい》だけど、日中は舞台鑑賞なんだよね。前に一度観たことがある演目だけど、今日のシルヴェスター公爵の話を聞いた後だと、また違った見方ができそうで。うん、今から僕も楽しみ! もちろん、もちろん。晩餐のお料理


 ――ガチャン!


 もっ!? って、兄上!?


「リンデン王子!!」


 突如として、前のめりに倒れた兄上。驚く僕の耳に、焦って腕を伸ばすパインの叫び声が響いてきたのだった。





 読んで下さって、ありがとうございます。


 ★ プチ補足


 リンデンやローレル達の祖父、先代国王・バッカイは、リンデン誕生のおおよそ一年後に崩御しました。

 死因は病死。その病気も、正統な祭祀《さいし》継承者ではなかったために、儀式の負担が確実に身体を蝕《むしば》んだため。国内外の戦争や内乱での瘴気汚染が、拍車を掛けたかたちです。

 歴代王の中では、割りと短命なお方でした。


 ★


 さて、次話は


『084 僕達の夕食会⑰ 〜追加のデザートは、桃色リンゴとアップルティー〜』


 を、近日中に投稿予定。

 お楽しみに。




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