079 僕達の夕食会⑫ 〜二種のオムレット 生クリームとマロンペースト〜
★★★
「コワイよ!?」
シルヴェスター公爵の昔語りを途中で遮るように、僕は思わず叫んでしまった。なんでさっき泣いていた三才児が、賊の駆逐に向かおうとするのさ!? 草刈鎌っていう武器のチョイスがまたオソロシイ……。
ただ公爵の話を聞いて驚いたのは、おネムの兄上以外には僕だけで。他の面々は、「さもありなん」と納得したように頷くばかりだった。えー? 普通じゃないって思ったのは、僕だけ? えー……。
「あー、三才にしてソレとは、薫陶を受けまくっていますねー。カーティス領の農村には、孤児や各地のスラムで燻っているのやら他国からの難民なんかが食べていくために集まるんです。小作人として丸一年、地道に農作業に従事すれば正式な農民として認められて、独立した家や農地が持てるようになるって触れ込みでして。でもそれってー、裏を返すと丸一年もあれば『戦闘農民のカーティス』に染まりきるってことなんですよねー。有名な話ですよー。『カーティス戦闘農民あるある』ってジョーク集が、巷で出回ってたりしてますし」
料理用のパレットナイフを手に持ったパンジーが、焼き上げたクレープの上にカスタードクリームを均一に塗り広げつつ、また新たなネタを投下してきた。その彼女の言葉がきっかけとなって、シルヴェスター公爵やバーチ達も『戦闘農民のカーティス』についてひとしきり話が弾む。
流れで、バーチは僕のほうを見ると、次のようなことを口にし始めた。
「ローレル王子の将来に関わる内容といたしまして、これは覚えておいたほうがよろしいかと。我がフォレスト王国の歩兵に、兵法らしい兵法はほとんど存在しません。申し訳程度に伝わる常勝法といたしましては、ただ『カーティスを味方につけろ』くらいなものですね」
無事にカーティス公爵家を自軍に引き入れた際の、押さえるべきポイントとしては。同じ農村出身の気心の知れた者達を、最低でも二人ずつ各・小隊に振り分けること。そして合戦の前に、彼らの心をくすぐる言葉を大将が発すればいいそうな。過去、実際にあった例としては
「今日、この戦場で、戦の全てを終わらせるぞ! さすれば、種蒔きに間に合うであろう」
とか、
「麦の刈り入れに、戻りたいかー! 捕虜は、目の前にあり。確保ーっ!!」
などを叫んだようだ。そうしてカーティスの『戦闘農民スピリット』がビンビンに刺激されると、瞬く間に全体に伝播・感染。全軍が【強攻】状態に陥ったタイミングで、突撃。後は生け捕りにされる敵方の雑兵を一瞥しつつ、指揮官クラスを別枠で捕縛または討伐するだけの作業となるらしい。
正直「えー?」ってカンジなんだけど。実際にコレだけで全戦全勝。フォレスト王国の歴史上、『戦闘農民のカーティス』を味方につけた側は、ただの一度も負けナシなんだって。
敵対をした場合。あらかじめ困難は覚悟の上で、罠を仕掛けたり他国の兵法を用いて作戦を立てたりと、手を尽くそうとした痕跡は歴史に散見される。が、しかし。スイッチ入っちゃった『戦闘農民』達は、「イロイロとオカシイ。アリエナイ」ナニかで立ちはだかるモノをことごとく喰い破り、勝利と報奨と捕虜を手中に収めては、ホクホク顔で農作業へと帰還していくのだという。
フォレスト王国内には、真っ当な兵法は存在しないし他国の戦法も通用しない。また『戦闘農民』という特殊なイキモノがいない場合は、フォレスト王国内での必勝法も他国では全くイミをなさないってさ。
将来は騎士として国防にも関わることになる僕は、天井の模様をぼんやりと眺めながら「それはそうだろうな」なんてしみじみと思うのだった。
★★★
セドロが、円形のスポンジケーキの真ん中に浅く切れ目を入れる。あれはきっと、半分に折り畳みやすくするためだろう。シロップをハケで染み込ませた後、ややゆるめにかき混ぜられたクリームを乗せて薄く延ばす。それから更に、袋に入れられたペーストをケーキの半面に散らすように絞り出していく。色からすると、なんらかの木の実? 栗とかかな?
弟がそっと二つに折り畳んだオムレットを受け取ると、片面にカスタードクリームを塗ったクレープで丁寧に包み込むパンジー。ケーキの型とクレープを焼いたフライパンのサイズを、あらかじめ合わせていたのだろう。ぴったりに仕上がっている。
僕の席から見ていてもふんわりしっとりとしたオムレットに、クレープについたまだら模様の焼き色がアクセントになっていて。うふふふふ……おいしそうだなぁ。
僕が、デザートの準備を進めている料理人の姉弟に見とれていると。視界の端のほうで、シルヴェスター公爵家の男性使用人が動いているのが見えたので、そちらへ振り向く。すると、ワインを注ぎ終えられた銀の盃を手に取った公爵とバッチリ目が合った。
シルヴェスター公爵は、まるで「話の続きをしても宜しいですかな?」とでも言うように微笑んでいる。彼のその笑顔を目にして、今度は僕のほうから質問をしてやろうと息を吸い込んだ。聞きたいことはたくさんあるけれども、まずはコレからだろうな。
「どうして、カーティスの人々は、そんな風になっちゃっちゃっているのですか?」
と、あえておどけた言い回しで聞いてみる。すると直ぐに、部屋のあちこちから吹き出すような声が上がった。
「うっわっ!? あー……。もー、コレはローレル王子のにしちゃいますからねー」
タイミングが良かったのか、あるいは悪かったのか。もったりとしたカスタードクリームを扱っていたパンジーは、吹き出した弾みでクレープにドバッと乗っけ過ぎちゃったようだ。
彼女はブツブツと呟きながら、ある程度の量のクリームをパレットですくい取ってボールに回収する。それから僕のほうを見て苦笑を浮かべると、それまでの他のクレープよりかは厚めにカスタードクリームを塗り広げてくれた。僕の分のオムレットとして。いやいや。僕としては大歓迎だよ、パンジー。
デザートを楽しみに待つ僕は、たぶんだけど、だらしのない笑みを浮かべているように周りからは見えたのだろう。
元々「ククク……」と含み笑いを漏らしていたバーチは、僕のほうを見るとお腹を押さえてますます声を上げる。笑い上戸の気がありそうなバーチはお酒をたくさん呑んでいることもあって、とっても楽しそうだ。でもさすがに、ひとしきり笑った頃を見計らったオーキッド嬢が、苦笑しながら「お兄様」とたしなめたことで落ち着いたみたいだけどね。
部屋の中の空気がまったりと緩み、話し声も笑い声も止んだ一瞬の隙を縫うように、シルヴェスター公爵が僕の問いに答えようと声を響かせる。
「はてさて。カーティスの耕した地に住まう人々が、何故カーティスなのか。残念ながら、はっきりと『こうだ』と断言できる原因などは解っておりません。ただ、一つだけ。カーティス公爵家の方々が口にする仮説……と言うには少々弱いですが、まぁ、家訓のような主張があるようでして。曰く、『祖先へ倣え』と。この祖先が誰のことを指しているのかが、またはっきりとしていないのが現状のようですな。複数の候補がおります故に。カーティスもフォレストに負けず劣らず、歴史のある家です。家系図を辿っていくと、フォレストの始祖が『ハーモニー山脈』に造られた『里』で暮らし始めて以降の頃まで遡る。そのあたりに生まれた一人の男が、家訓のような主張の示す祖先の最有力候補であり、『戦闘農民のカーティス』誕生物語の重要な鍵を握っていたようです。彼に関しては、こうも伝わっておりますな。――曰く、『テンセイシャ』であったと」
「『テンセイシャ』……」
シルヴェスター公爵の語ってくれた言葉の中で、僕は気になった単語を小さく繰り返す。なんだっけ? 前に確か授業でその意味に触れたんだけど。うーん……えーっと……。
それから僕はウンウン悩みながら、どうにか『テンセイシャ』について学んだことを思い出していくのだった。
★★★
僕達の暮らすこの世界では、生まれ変わりは当たり前のこととして受け止められている。なんてったって大陸を守護する『白の精霊』や、神々からお役目を与えられたドラゴン達がそうらしいから。
寿命があるのは『器』としての肉体で、『死』は新しい『器』に宿るために必要な経過と同義なのだという。大抵の場合、新しい『器』で過ごすのに不都合だとして『前の生での記憶』は封じられるのだそうな。ただしごくごく稀にだが、なんらかの拍子に『前世の記憶』を取り戻す者がいる。その者達は『テンセイシャ』と呼ばれ、ドラゴン達と同じく世界に対してなんらかの役割を果たし、後の世で英雄や救世主として語り継がれることもあるという。……全員が全員そうじゃないらしいけどね。中には、英雄として活躍できるほどの素質や才能を私利私欲のためだけに使ったりとか。また『前世のジョーシキ』などをやたらと振りかざして世の中を徒に乱し、時の王やドラゴンによって処刑される場合もままあるようだ。
僕がそんなことをつらつらと考えていると、耳にシルヴェスター公爵の穏やかな声が届き始める。
「今のカーティス公爵家の始祖となった者達は、『ダンソウの谷の神殿』から『サトミヤ』の『白の精霊殿』への合流を目指して開拓し始めた一団にいたとのこと。家長はたいそう腕のよい鍛冶師で、『火』と『土』の属性の上位精霊に気に入られ、彼らからの持ちかけにより個人で精霊と契約したようです。エルフではないヒト種で二属性の上位精霊と契約とは当時としても稀有な存在であり、そのせいもあってこの鍛冶師の一家は、開拓団の中でも一目置かれていたようでした。よほど精霊達に愛されていたのでしょうなぁ。カーティスの血筋に多い、紅色の髪に琥珀色の瞳。これらの特徴は、【精霊憑き】ではなくとも精霊達が自発的にカーティスの直系を守護していて、その影響からだと言われています。本日、皇太子殿下との婚約が発表になりましたローズ嬢も、カーティスの血が色濃く現れておりますな」
シルヴェスター公爵の話の途中で、「バチリ!」と音がしそうなほど目をかっ開いた人物が約一名……。言わずと知れた兄上だ。ローズ嬢の名前に即座に反応した兄上は、普段よりどこかボンヤリとした瞳で部屋の中を見回した後に、僕が見てもわかるくらいに肩を落とす。
話題に上がったってだけで、ローズ嬢はここにはいません。今この部屋にいるメンバーにはすでにバレているから今さらかもしれないけれど、もう少し取り繕ったほうがいいと思いますよ。
兄上は、僕のそんな思いに「いや、わかってはいるんだけどね」というような視線をよこしてくるが、とろりと重く垂れ下がる瞼に抗えないらしく、再び目を閉じてしまった。
パインが額に手をあてて「ご主人サマ……」と唸り、パンジーは「あーあ」と苦笑い。オーキッド嬢が口元を覆っている扇子の向こうで呆れたような吐息を漏らしていると、「どうしたものでしょうなぁ……」とシルヴェスター公爵の思案に暮れる声がポツリと落ちた。
父上もヘーゼル叔父上も、似たような言葉を頭痛を堪えるように口にしていたけど。ね、僕もそう思う。どうしよう? 兄上、ホントどうしよう。
会話の途切れたタイミングに合わせた……わけではないだろうけれど。ここで使用人達にも動きがあった。デザートの用意を進めていたパンジーとセドロの作業も、いよいよ大詰めの段階のようだ。
それを確認したグラスが、道具類の置いてある壁際に移動して茶器を手に取る。「ポン!」と小気味良い音がしたので、そちらのほうを見ると。シルヴェスター公爵家の男性使用人が、デザートに合わせたしゅわしゅわワインのボトルを開封したところだった。
彼らの動きを見守っていたシルヴェスター公爵だったが、話すべき内容が纏まったのか、一つ大きく息を吐き出した後に口を開く。
「仕方がないのかもしれませんなぁ。フォレストとカーティスは、切っても切れない縁がありますが故に。――続きをお話いたしましょう。上位精霊と友誼を結び契約を交わした鍛冶師には、妻との間に男女合わせて十人の子供がいたそうです。その中の一人。九番目の男児が、長じて後に英雄として称えられるほどの活躍をしたと」
魔力の頒布異常という世界的危機が終息に向かい、魔物の脅威が減ったとヒト達がようやく実感できた頃。『ダンソウの谷の神殿』に身を寄せ合っていた人々は、ひとまず今の王都である『サトミヤ』の『白の精霊殿』との合流を模索し始めたのだという。
周辺の魔力不足による起動不全を恐れ、長らく封鎖していた転移魔法陣のある部屋を解放しての調整中。なんらかの要因により事故が発生してしまい、巻き込まれた一人の少年の呼吸も心臓も止まってしまったのだって。ただ、半日ほど経過した頃。悲しみに暮れる家族が見つめる中で、彼は突如として息を吹き返す。そしてその後の調べで、少年は『テンセイシャ』であるとの【鑑定】結果が出たのだという。
『テンセイシャ』となった後の彼の活躍を簡単に語ってくれたシルヴェスター公爵は、「より詳細にお知りになりたければ、カーティスに尋ねるとよろしいでしょう」と、一言添えてくれた。
★★★
ちなみに。後日、ホーリーとじっくり顔を合わせる機会があったから、さっそく聞いてみたんだ。そしたらさ、さすがはカーティス公爵家の跡取りであるホーリー。先祖伝来のエピソードをシルヴェスター公爵の話よりももっと詳しく、色々と教えてくれたよ。
鍛冶師の九番目の男児は、生まれつき体が弱く大人しい性格の持ち主だったらしい。転移魔法陣の起動実験中の事故というのも。複数の子供達が「忍びこんで遊ぼう」と誘ってくるのを断り切れずになんとなく一緒に行動するが、案の定、大人達に見つかって叱られてしまう。散り散りに逃げ出していく他の子達。少年はその動きについては行けず、一人どん臭く陣の上に取り残されることに。そしてその時に発生した、転移魔法陣の不具合の犠牲になってしまったのだって。……そうなんだ。それを聞くと、なんだかチョッピリ切ないね。
体が弱く大人しい性格だった少年は、『テンセイシャ』となった後はもう、本当に何から何まで別人になってしまったみたい。
『神殿』という安全が保障された場所から、一度たりとも出たことがなかった少年。彼は家族に『トッコーフク』という名の防具や『クギバット』という一瞬のメイス? のような鈍器を用意してもらうと、一人で魔物と『タイマンをはりに』出歩くようになったそうな。うん。体も健康になったし魔力も増大したし、魔物に立ち向かう度胸も実際に討伐できてしまう戦闘能力もある。本当に、『テンセイシャ』になる前とは別人になってしまったようだ。
戦闘での勝利数を積み重ねて、実力をメキメキ伸ばし続ける少年。騎乗できる魔物を手下にして『タンシャ』と名付けると更に行動範囲を広げ、『ボーソーゾク』であったスキルを活かして道なき道をとんでもないスピードで爆走。……『タンシャ』って、あのアドベント神聖国からのお見合い肖像画に描かれていた魔物? 個体名なのか種族名なのか、どっちなのかな?
それから少年は、途中で見つけたダンジョンで『同じ世界出身のダンジョンマスター』と友達になると、ダンジョンの糧となる魔物の死体を外部で討伐して提供することに。その代わりとして、元の世界での食事やこちらで暮らしていくのに便利な道具を入手できたんだって。それらの中には、貴重品である『アイテムボックス』もあったそうな。魔物を引きずって運ぶには、限界があるからねー。
『アイテムボックス』を手に入れたことがきっかけとなって、大容量輸送の手立てを確保した『テンセイシャ』の少年は、元の世界で就いていた職業をまねっこして運送をメインとした商売を開始。
開拓団の中には、彼の漢気に惚れた人もちらほら現れたみたい。テイムや繁殖によって仲間にした『タンシャ』に騎乗できるようになったら、次はダンジョンに潜って『アイテムボックス』を手に入れるという研修を経て、晴れて彼の従業員に。チームを組んで動けるようになると、より遠くの地を目指せるようになったのだった。
道中の安全のため、魔物がいたら見敵必殺。『テンセイシャ』の少年の怒濤の勢いというかノリの伝播は、今の『戦闘農民のカーティス』に通じるものがあるらしい。
各地に点在する『殿』との交流の輪を少しずつ広げていった過程で――まだカーティスという家名を名乗ってはいなかったが――彼や彼の血縁や子孫が、後のフォレスト王国の指導者的立場に相応しいと認識される下地が、確実に育まれていったようなのだ。
……はぁー、すごいな。そんな話を聞くと、カーティスがフォレスト王家に次ぐ家になったのも、わかるような気がするね。
読んで下さって、ありがとうございます。
☆
明けまして、おめでとうございます。
昨年中は、大変お世話になりました。(一話分だけですが……)
今年は、よろしくお願いします。
★ プチ用語解説
テンセイシャ……転生者。
トッコーフク……特攻服。
クギバット……釘バット。
タンシャ……単車。
ボーソーゾク……暴走族。
★
前話について。
私は投稿後に読者向けの画面でも読み直して、チェックをするのですが。
ラストのセリフ――
『賊という 害獣どもは、ひと欠片も 残さずに、肥料にしてやる』
からの! (後書き)『皆様、よいお年を!』は、正直「あっ(察し)……、やらかした」感が半端ない。
もうちょっと、なんか、ほらアレとか、やりようが。ねぇ……。2018年、唯一の更新だったというのに。
それでいくと、新年イッパツめのセリフが
「コワイよ!?」
なのも、どうなのかしら? あと、プチ用語解説も。ナニを書いているのかね?




