080 僕達の夕食会⑬ 〜二種のオムレット チーズクリームとベリーのソース〜
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僕の目の前に、恭しくデザートのお皿が置かれた。メインとなるのはクレープで巻かれたオムレットで、生クリームとマロンのペースト、チーズクリームとベリーのソースの二つの味がある。半円形のオムレットを更に二等分した物がひと切れずつお皿に乗っていて、どちらの味もほどよい量で食べられるだろう。
オムレットのサイドを彩るのは、たくさんの種類のフルーツ。ツヤキラなカクテルを中心に、飾り切りされた品々が見映えよく盛り付けられている。あえて酸味が強めの果物が少量加わっているのは、味に変化をつけられるようにかな。トッピングとして添えられたミントの葉っぱだって、その気になれば食べられるもんね。
デザート全体のアクセントとして、見逃せない存在もあるよ。炒った木の実を細かく刻んでカラメルでコーティングしたスティックは、カリカリとした食感とほろ苦い後味。薄く切ったチーズを焼いて焦げ目を付けた添え物は、塩気の補充に。甘い物としょっぱい物を交互に食べると、止まらなくなるよね!
グラスの淹れてくれたお茶をお供に味わえば、デザートはもう完璧。しかもしかも、僕用にはトクベツにカスタードクリーム増量だし。半円形のオムレットを半分に切り分けた関係から、兄上のぶんのお皿もカスタードクリームが多めのものだ。
兄上と僕のぶんのお皿を運んで来てくれたパンジーと目が合うと、彼女は「たくさん召し上がって下さいねー」と微笑んでくれた。うーふーふーふーふー。どれから食べようかなー。やー、やっぱりオムレットでしょ。じゃー、どっちの味から食べよっかなー?
そんなふうに、僕がアタマの中でテンション高めに考えていると。向かいの席に着いてる兄上の肩を、パインが優しく揺り動かす。兄上はとうとう、配膳のために使用人達が周囲を動き回っていても、目を開けなくなってしまった。起きてー。兄上、起きてくださーい。たぶん、ローズ嬢の名でも出せばイッパツなんだろうけど。それは最後の最後の手段にしたほうがいいだろう。
あ、起きた。兄上は「パッ……チリ」と薄く目を開けると、状況を把握するためにだろうか、しばしぼんやりとする。ふと、前に置かれたデザートの皿に目をとめると、やはり「ボー……」っとしたままではあるがスプーンを手に取った。そして、パンジーがこれみよがしにトッピングした、赤と黄色の大粒なジュエルベリーをすくってパクリと口に入れる。……兄上って、ほんとブレないよね。
皆がなんとなく注目をしている中、兄上はモグモグと口を動かしている。「コクン」とのみこむような動作をみせた後、スプーンを置きつつ指をクイクイと動かしてパインを呼ぶ兄上。指示を聞くために耳を近付けたパインに何事かをささやくと、兄上は腕を組んで再びまぶたを閉じてしまった。ありゃ。兄上ってば、せっかくのデザート、もう食べないの?
僕が「もったいないなぁ〜」なんて思っていると。兄上の食べかけのお皿をパインが持ち上げて、僕の前に置いてくれた。おっとぉ! それってば、つまり……
「どうぞ。リンデン王子が、ローレル王子に召し上がって頂きたいとのことです」
「いいの!?」
わーい! 食べる、食べる。ありがとー、兄上。さっそくデザート用のナイフとフォークを手に取った僕は、手前のオムレットからまず口にした。
玉子の風味がするクレープやカスタードクリームに、ふんわりしっとりなスポンジケーキ。どっしりと強い甘味のマロンペーストに比べると、やや控えめな甘さの生クリームに、なんだか「ほっ」と癒される。
「おいひい」
パンジーとセドロに笑顔で感想を伝えると、兄上を除く全員に微笑ましいものを見る顔を向けられた。この部屋の中で最年少のオーキッド嬢にも。アレ? そのことに思い至ると、さすがにちょっとはしゃぎ過ぎて恥ずかしいかも、僕。
うん。でも、悪いことばかりではない。僕の「おいしい!」というリアクションがいい宣伝になって、皆もデザートを口に運んでそれぞれ笑顔になったのだから。
一皿目を速攻で完食した僕は、グラスにお皿を移しかえてもらう。この時の彼の表情がちょっと気になったので、「どうしたの?」と問うように首を傾げる僕。
「その……。いつもより、かなりたくさんお召し上がりになっているので。お腹が痛くなったりはしていませんか? ローレル王子」
「ううん。全然問題ないよ。大丈夫。むしろまだまだ食べられそうな気がする。」
僕がそう、なんてことのないように答えると。グラスは眉を曇らせて、ますます心配そうな顔になってしまった。
「もー。ローレル王子のこととなったら途端に心配性になるんだから、グラス副頭はー。大丈夫なんじゃないですかー。一足早い成長期かもしれないですよ。年頃になったフォレストの男は、ものスッゴクご飯をたくさん食べるって。そういうお約束なんですよー」
デザートに関しての一通りの作業を終えて、用具類をフキンで拭ったりしながらこちらの様子も見ていたらしいパンジーの声が響く。
「そうなの? パンジー?」
「そうなんですよー。私がシード学園在学中に、ヘーゼル団長も先輩として通っていたんです。午前中と午後、それぞれ十人前ぐらい食事を平らげて、それでもことあるごとに『ハラへったー』ってボヤいているところ見ましたもん」
「じゅう……えっと、一日に二十人前?」
パンジーが教えてくれた学生時代のヘーゼル叔父上に、僕が呆れた声を出していると。「間食も入れると、もっと食べてたでしょーねー」と、更に情報が追加された。スゴいな!? えー、さすがに何十人前とか、僕はムリだよ!? ……今は。いや案外、今夜ならいけちゃうかも……?
「ふふ……。陛下も学生の頃は、たくさんお召し上がりになられていたそうですよ。そのぶん身長がグングンと伸びましたし、体を動かして鍛えられたので今のように逞しい体つきになられましたな。リンデン王子のように、魔法が得意な方々は例外といたしまして。フォレスト王家の男は、大体そのような成長を遂げられるようです。ローレル王子も、いずれ陛下方のように成長されるのでしょうね」
果たして、今日の僕なら何人前を食べられるのか? を、考えていると。穏やかでありながら、なんだか眩しいものを見るように僕のほうに顔を向けてきたシルヴェスター公爵が、優しく語りかけてくる。そうか。父上も叔父上も、学生の時にもりもり食べて大きくなったのかー。やがては僕も、そうなるの? なにやら楽しそうな未来を想像しながら、僕はカップに残っていたお茶を飲み干した。
ちょっと思いついて、シルヴェスター公爵家の男性使用人におかわりのお茶を用意してもらう。一口飲んで感じたことは、砂糖も蜜も加えられた様子がないのに、ほんのりと甘くておいしい。グラスの淹れたお茶みたいに全体的なバランスがとてもいいのだけれど、使用人として積み重ねた年月と経験のぶん彼のほうが勝っている感じ。円熟味ってやつ? グラスも将来こんなふうに、もっともっとおいしいお茶を淹れられるようになるのかな? それがとっても楽しみだし、変わらず僕に仕えてくれたらいいなって思いながら、僕は二皿目のデザートに手をつけ始めたのだった。
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夕食会の会場にまったりと穏やかな空気が流れる中、皆でデザートのおいしさに舌鼓を打つ。シルヴェスター公爵とバーチは、スパークリングワインの盃も順調に重ねていっているようだけどね。
自身の部下に更なるお酒のおかわりを求めながら、公爵が歴史の授業を再開するために口を開く。
「鍛冶師の九番目の男児――『テンセイシャ』となった彼の行動がきっかけとなり、開拓団はいよいよ本格的に移動を開始しました。『ダンソウの谷の神殿』と『サトミヤ』との間に、新たな村を造ろうと開発に着手したのです。この集落は、王都である『サトミヤ』の住人に新鮮な野菜を提供する農村の一つとして、今も存在していますよ」
村造りの最初の一歩として重要なのは、まず土地の選定からだ。水源の確保や、強力な魔物の有無なんかを考慮しなくてはいけない。
無事に場所が決まったら、作業は次の段階へと移る。『白の精霊』の加護――ホワイトドラゴンの鱗を用いて儀式を行い、魔物の現界を抑える結界を張って、ようやく開拓団の人々が定住し始めた。
家を増やし道を踏み固め周辺を徐々に開墾していって……そうして、少しずつ収穫が増えていった頃。とある一つの、重大な事件が起こったのだという。
「集落と『サトミヤ』との間のあたりに一体のドラゴンが落ちてきて、そのまま突如として暴れ出したというのです」
「は? えっと、ドラゴンって、あのドラゴン?」
「それは確かにドラゴンだったのですか? 魔物としての『竜』ではなくて?」
重々しく言葉を発したシルヴェスター公爵に、僕は「?」でいっぱいの質問をし、オーキッド嬢は確認を取るように丁寧に問いかける。僕達の疑問に、公爵は眉間に皺を寄せながらも答えてくれた。
降ってきたのは間違いなくドラゴンであり、当時、大陸中央の地に居を構えていた個体だったのだという。
ヒトとしての過去世を持ち、人語を解し、ヒトの姿も取れて、なおかつ世界に対してのお役目を担うのがドラゴンだ。しかるべき理由もなく闇雲にヒトの暮らしを壊すなんてことは、本来ならば行わないし許されてもいない。では、一体なぜそんな暴挙に出てしまったのか。それは――
「今でこそ拓かれている大陸中央の地は当時、鬱蒼とした『ハーモニー大樹海』の一部だったそうです。そしてその辺りには、中央大陸では最大規模のハイエルフ達の居住区があって、それなりの人数が暮らしていたと。ハイエルフとはドラゴンとエルフの間くらいの実力を持つ種族で、莫大な魔力量と高度な魔法技能を誇る長命種です。彼らは総じてプライドが高く、神々と、ホワイトドラゴンこと『白の精霊』様の存在は自分達の上に在るべき尊き方として認めていたのですが、それ以外のモノは全て下に見ていました。世界に対してのお役目を果たしている、ドラゴン達もです。これは、ドラゴンと一口で言っても実力は様々であり、『魔法が得意ではない』と公言しているドラゴンよりも、実力で勝るハイエルフがいるからだそうで。大陸中央の地に住んでいたハイエルフ達は、今のアドベント神聖国の住人達のように、『白の精霊』様を慕い・焦がれ・一方的に神聖視していたとのこと。――だから、どうしても許せなかったのでしょうなぁ。自分達よりも下等な存在でありながら『白の精霊』様と友誼を結び、お役目の補助を任され頼りにされていたフォレストの始祖が。ハイエルフ達は筆舌に尽くし難い嫉妬のあまり、決して許されざる行為に手を染めました。百年以上の歳月を費やして瘴気を糧とした呪いを構築すると、大陸中央に居を構えていたドラゴンに干渉し、フォレストの始祖を狙って『サトミヤ』や『“影”の里』を襲撃させようとしたのです」
スパークリングワインの入った盃をテーブルに置いた公爵は、手を組むと「ここから先は私の先祖が『白の精霊』様より聞いた話で、推測も混ざっておりますが」と前置きをした上で、遠く昔の物語を語って聞かせてくれたのだった。
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世界に対してのお役目を持つドラゴンが、なんらかの要因により務めを放棄して『魔物としての竜』に堕ちた場合。その個体は『魔竜』と呼ばれ、ホワイトドラゴンをはじめ、全てのドラゴンが全力を挙げて討ち果たさなければならない存在になるのだという。
ハイエルフの呪いを受けてしまったドラゴンは、その時点では完全に堕ちたわけではなかったようだ。神々より任されて大陸を守護する『白の精霊』の意に反して、自分が仇なすことなどあってはならないと。ハイエルフ達の仕掛けた呪いに抵抗しているからこそ、『サトミヤ』と開拓団の村の間に落ちて悶え苦しむように暴れていたのだ。
フォレストの始祖がいるならばあの場所だろうと、『サトミヤ』を襲う指示を呪いを通じて送り続けるハイエルフ達。必死に抗い、『サトミヤ』から離れようとするドラゴン。その、ドラゴンが『サトミヤ』に背を向けて動き出した先に存在したのが、徐々に人口も増えて大きく成長し続けている開拓団の村だった。
『魔竜』――事件発生当時の人々にとっては、ドラゴンや呪いという事情はわからない。飛翔タイプの大型の魔物である単なる『竜』として認識――の突然の襲来に、人々がとれる行動はそれほどない。とにかく、より結界が強固な『ダンソウの谷の神殿』方面へ避難することが最優先となる。そして、住人を逃がすほんの僅かな時間でも稼ごうと立ち上がったのが、『テンセイシャ』の男と彼を慕う従業員達だった。
各々『タンシャ』に騎乗して、大型魔物の周囲を攪乱するように駆け回る男達。堕ちきっていないドラゴンは、『タンシャ』に騎乗しているヒト達が、本来ならば敵対すべきものではないとわかっていた。しかし。「障害を排除しろ」というハイエルフの指示に対して、抵抗せずにのっかって動いたほうが呪いの働きかけが減り、かろうじて保てていた自我を完全に塗り潰されずにすむことから、南方へ誘導しようというヒト達の思惑に沿って移動をするドラゴン。
ちょこまかと走り回る『タンシャ』に騎乗した男達は、少しずつではあるが確実に、『サトミヤ』や開拓村から大型魔物を引き離すことに成功する。だがそれは、『竜』の鋭い爪で、凶悪な顎で、全てを滅するかのように猛威をふるうブレスで、一人、また一人と欠けていく仲間達と引き替えに得た距離でもあった。
開拓団の避難の時間を少しでも稼げるように、大型魔物をなるべく遠くの地に引っ張っていけるように。一人でも多くの仲間を生き残らせるべく、自らも立回りをしつつ指揮を執っていた『テンセイシャ』。とうとう、彼と彼の騎乗する『タンシャ』だけになってしまうと、男は一つの大きな賭けに出た。
乗っている人がいない状態だと「シンカンセン並み」のスピードで走るという『タンシャ』に、騎乗者が耐えられる限界の速さで駆けてもらい、ある場所を目指す。
『テンセイシャ』の男は考えた。ダンジョンの勢力圏内に大型魔物を引き込み、ダンジョン内の魔物と協力して半殺しにできれば、ダンジョンマスターの手下になる可能性がある。
彼のもくろみは、思いの外うまくいった。途中までではあるが。
大型魔物は男の挑発に乗って翼を広げて飛び上がるも、『サトミヤ』方面へではなく男を追いかけて飛行する。道中、まるで遊ばれているかのように繰り出される大型魔物の体当たり。『タンシャ』は騎乗している相棒をきっちりと庇いつつ、逆に体当たりの衝撃を利用するようにあえて吹っ飛ばされては移動距離を伸ばす。そしてなんとか、文字通り死に物狂いの勢いで男達はダンジョンへと到着。大型魔物も狙い通りに引き付けて、決戦の舞台を整えることに成功する。
友達となったダンジョンマスターと協力を取り合って、大型魔物をダンジョンの支配下に置こうと『テンセイシャ』は必死に闘った。だが――。
『魔竜』へと堕ちそうになっているドラゴンを通じて、ダンジョンマスターにまで呪いの影響が出始めたことで、状況が一変する。
かろうじて自我を保てていたドラゴンは、徐々に呪いに囚われていくダンジョンマスターの姿を目の当たりにし、「このままでは、自分もこのダンジョンも、傲岸不遜で嫉妬深いハイエルフどもの手に落ち、この大陸をどれほど乱すことになるのかわからない」と危惧を抱く。なんとしてもそれは避けねばならないと、ダンジョンマスターを『テンセイシャ』ごと呑み込まんと、ドラゴンは大口を開くのであった。
読んで下さって、ありがとうございます。
★ プチ用語解説
シンカンセン……新幹線
魔物の『タンシャ』は、マックスで時速三百キロくらいで走ることも可能。騎乗者がいたら時速百キロほどか。
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