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076 僕達の夕食会⑨ 〜未来の総料理長の一皿〜



 ★★★



 フォレスト王家・直属の諜報《ちょうほう》組織、“影”の第五の家――『裏《ウラ》のジョイス』。伯爵位を賜《たまわ》るジョイス家・当主が代々の区長を務めるインスティン区は、王都の娼館の実に七割近くを抱えているそうな。

 そういった土地柄からか。国内最大規模の産院や病院の運営を、ジョイス家が全面的にサポート。産院の規模が大きいから、出産取扱い件数が多くなったのか。取扱い件数が元々多かったから、規模が大きくなったのか。果たしてどっちなのだろう?


 『水のモーム』や回復術師団とも深い連携を取り、長い年月《としつき》に渡る症例資料の蓄積や技術の向上などで、中央大陸でも知られた施設となったそうだ。フォレスト王国内の民や貴族はもちろん。他国の王候貴族や大商人がわざわざやって来て、インスティン区の医療施設を頼る事もあるんだって。

 貴族などの場合は、ジョイス家が経営するお産対応に特化したホテルを、フロア一面や一棟まるごと貸し出すらしい。王宮使用人に勝るとも劣らない仕事をする専任スタッフが付くし、出産後の育児相談に対応してくれる窓口もあるとか。


 ……ちなみにこれは、僕が成人年齢に達した後で教えてもらった情報なのだけれど。同じような事情から、『性病』の治療に関しても近隣国随一の歴史と実績があるそうで。

 某・帝国や某・神聖国のおエライさん方は完治した記念に、インスティン区でも最高級の娼館である『天国と地獄』の離れを借りきって、お大尽《だいじん》サマ遊びをする習性があるとかないとか。


「いや〜。俺も一度だけヤってみて、スゲェ楽しかったですよ。ローレル王子もいっぺんいかがスか? 初めての記念にでもぜ――痛《イ》っ!?」


 そう不用意に口にした『パ』のつくチャラいヒトが、いつの間にかオカン化していた『グ』のつく“影”の副頭に、ギリギリ締め上げられたりなんて一幕も。

 パイン、正直コメントに困るんだケド。



 ★★★



 ジョイス家はインスティン区内で、かなり大きな学園を運営しているようだ。国立のシード学園にはさすがに及ばないようだけど、平民に門戸を開いた学舎《まなびや》としては、王都で最大規模らしい。


 そもそも、『裏のジョイス』が学園経営に乗り出したきっかけはというと。『水のモーム』や回復術師団からの要請を受けて、助産師・治癒師《ちゆし》・薬師を養成する教育機関を設立する事になったから。

 潤沢《じゅんたく》な資金があるのは誰の目にも明らかに映っていただろうし、ジョイス家の単独でも問題なく開校できるだろうと。日頃からやっかんでいた他の貴族家がこれ幸いと声高に押し付け、ジョイス家も二つ返事で了承したようなのだ。

 各地の『白の精霊殿』の分殿に併設されている診療所は、地方にいく程に不人気であり、医療従事者の人手不足や後継者問題に悩まされていた。その解決策としてあれこれとテコ入れする為に、学園の発展と変遷《へんせん》に添うかたちで、国家資格制度や教育カリキュラムなどを徐々に定めていったそうな。


 『白の精霊殿』分殿に備わっているのは、何も診療所だけではない。平民のほとんどが読み書きや簡単な計算を学ぶ、『テラコヤ』なるものもある。

 学習意欲が高く将来有望な子供を、診療所や分殿の職員がスカウト。本人や家族が希望すれば、インスティン区の学園への推薦状が授けられる。受け取った者は、試験に臨《のぞ》まなくても入学ができるのだって。更には王都までの旅費や生活する為の一時金などの援助も、ジョイス家から行われるって話だよ。


 成績優秀者は学費免除。卒業後は出身地に戻ったり地方への赴任に応じるなどの条件を満たせば、食事付きの寮費も無料。入学時にギルドに仮登録となるので、学園内や産院・病院の雑務や手伝いをこなせば多少なりとも給料がもらえる。それを生活費に充《あ》てて、なんとかやり繰りをしてる生徒が多いんだって。

 たとえ、トップクラスの成績は取れなかったとしても。国家資格の試験に合格後はギルドに登録して働き、給与から天引きという形をとれば費用を賄《まかな》えると。推薦状を持たない王都の子供達も、この学園に入学してるってさ。


 ★


 時を前後して。ジョイス伯爵家の主導により学園に新設されたのは、兵士訓練科と総合科。もちろん学園の生徒として、入学後は区内の寮を利用できる。こちらの学科は入学資格も学費も、高いものを求められる訳ではないようだ。


 兵士訓練科はそのままずばり。卒業後は王都内の各区や国内の各領地の警備兵として、就職先を得るらしい。

 訓練の一環として「インスティン区や王都内の見回り」、「王都郊外の魔物討伐」等がある。それらに参加をした場合、報奨《ほうしょう》がきちんと出るんだって。学びながら給料をもらえる学園として、家の跡を継げない若者なんかが、自薦他薦を問わず入校を目指すようなのだ。

 しかもそれだけでなく。駆け出し冒険者が訓練を兼ねてや、装備を整える資金を貯める為に入学する事もあるのだって。地力が上がってその分魔物をたくさん倒せば結局は国の為になるのだから、特に兵士にならなくても良いらしい。


 この兵士訓練科に入学する時の条件として、「有事の際は、ジョイス伯爵家か王宮の指揮下に入る事」が義務付けられている。これはある意味で、一介の区長が平時に持つ事が許される兵力を超えているのだが。他の貴族が同じようにやろうと思ってもなかなかマネできない、王家が容認しているからこその裏技だろう。


 余談だけど。ジョイス伯爵家は『ハーモニー山脈』産の貴重な素材の売買を、王家から委ねられている唯一の販売代理商を営んでいる。インスティン区内を流れる川の向こうに倉庫街を持ち、そこへ高値で取り引きされる物資を保管しているそうだ。

 その倉庫街に向かう唯一の橋の手前に、兵士訓練科の校舎や訓練場や寮が存在する。生徒達は全く意図せずに、ただ学園の施設で訓練に打ち込むだけで鉄壁の警備についている事になるのだ。

 例え生徒の中に裏切り者がいて盗み出す計画を立てたとしても、数百人はいる学園関係者の全てを出し抜くのは容易ではないだろう。講師や生徒として複数の“影”が紛れ込んで、目を光らせているようだし。よけいにね。

 ……一見すると、押し付けられたように見える学園事業だけど。転んでもただでは起きないというか、上手い事利用しているんだなぁ。と、僕は改めて感心してしまったよ。


 ★


 総合科は、シード学園の王宮使用人育成コースに通じるものがあるらしい。インスティン区内のホテルで働くスタッフや、産院・病院で治療の補助を行う助手の養成機関を兼ねているって話だ。

 もちろん。家屋敷に奉公に上がる使用人の育成も行っている。評価が高い卒業生は大人気で、勤め先には困らないそうだよ。

 またやはり土地柄からか。大人を対象とした短期の、『乳母になるためのマナー教室』なんてものも開催しているらしい。


 総合科も他の科と同じように。成績優秀者や卒業後の就職先によって学費や寮費を免除する仕組みがあり、アルバイト紹介の窓口もあるってさ。


 ★


 インスティン区にあるこれらの科を備えた学園は、才能ある若者の就労を手助けすると共に、地方との医療格差や不均衡《ふきんこう》を無くす為に今や不可欠な存在となっている。

 また領地を持たず王宮への仕官や区長としての仕事をこなし、王都内に屋敷を構えて生活している貴族などは。自ら鍛える手間や費用を惜しんで、インスティン区の卒業生を警備兵や使用人として雇い入れる場合が多い。

 つまり、何だかんだいって。王都内にも地方にも“影”の息のかかった人材を送り込むチャンスや手立ては、それこそ幾らでも作れるという事だろう。

 乳母なんかの場合だと、子供の成長後もメイドとして仕える場合もあると聞くし。その気になれば、次世代を担う人物の人格形成にも関われるわけだ。


 更には日頃から、区内での色事《イロゴト》や賭事なんかのスキャンダルを握ったりだとか……。正直、味方で良かった。本当に心の底からそう思う。


 しかも、まだそれだけでは終わらない。ジョイス家とインスティン区の何がスゴいのかというと。吸い上げる金額が大きければ、負担する金額も大きい――と、見せかけて。表沙汰にならない宙に浮かせた金額をガッツリ確保している事だろう。そのお金はもちろん“影”の存在を把握している陛下や王族の知るところであり、それらが“影”の活動資金に充てられているんだって。


 インスティン区内を対象とした宿泊業・飲食業・商業・貸し金業・賭場・娼館のギルド。また王都内が対象の辻馬車・乳母紹介・使用人斡旋ギルドの管理に一族で携わっている。

 また区で運営している孤児院や託児所内で預かっている子供の中から、貴族の庶子が発見される事例がままあり、その子達の養子縁組の仲介。という名の“影”へのスカウト。


 他には、インスティン区内には国内外の諜報組織のアジトが幾つも存在している為、それらの監視なんかも『裏のジョイス』の管轄だってさ。



 ★★★



「パイン。ずいぶんと詳しいんだね」


「えー、あー。『里』での基礎訓練を受けた後に、インスティン区で修行してましたから。正直、生家のファーガス伯爵家より過ごした時間が長いんで。もはや庭ですね。まー、それだけじゃない縁やらゆかりやらもあったりなんかして……」


 歯切れの悪いパインは、視線をあちこちにさ迷わせつつモゴモゴと口ごもる。パインの何やら煮え切らない態度に、僕が首を傾《かし》げながら彼を見ていると。


「パインさんは、いずれジョイス伯爵家へ婿入りするんでしたよね。あれ? 違いましたっけ?」


 いつの間にかそばにやって来ていたセドロが、パインに確認するように話しかけてきた。手には金属のトレーを持っており、その中には黒い部分を削りとって形成した亜竜の赤身の肉が二つ並べられている。


「追加のお肉の量は、これくらいで宜しいでしょうか?」


「うん。これでお願い。えっと、こっちのお肉は?」


「せっかくですので。ローレル王子以外の皆さま方にも一切れずつ召し上がって頂こうと、準備をしました」


 僕の疑問にハキハキと答えるセドロの言葉に、小さく「ぐふう!」というパンジーの呻《うめ》き声が響く。それから「姉との実力差を、皆様の前でまざまざと見せつけようなんて。セドロっ、恐ろしい子……」とかぶちぶち文句を呟く声も聞こえてきた。まぁ、その件に関しては。セドロに任せてと提案してきたのは、パンジーの方だからね。


 セドロはワゴンの前に戻ると、溶岩プレートに魔力を流し始める。いよいよ焼いていくみたい。

 僕はワクワクした気持ちでセドロの手元に視線を向けつつ、口ではどーしても気になった事をパインに尋ねてみた。


「パイン。さっきの婿入りって。え!? パインって、ひょっとして婚約者いるの?」


「い・ま・す・よー。将来は飛びっきりの美女になるんだろうなっていう、正直、俺にはもったいないくらいの令嬢が」


 パインは語りだしこそ照れ隠しの為か、ちょっとつっけんどんな態度だったけど。正々堂々と認める事にしたのか、途中からは真っ直ぐに僕の目を見て話してくれた。え、いや、だって。そんなの初耳だったんだけど。


「え、いいの? パイン。だ、だって。コ……コココ……この間だってさぁ……」


 パインがつい先日“釣り”上げたココちゃんの名前を出していいか迷ったから、僕の口から出たのは変な風な言葉になってしまった。声も何だか裏返っちゃったし、ちょっと恥ずかしい。

 え、だってパインって浮気性……いやあれは“釣り”? でも昔だっていろんな人とイチャイチャしてて、浮き名をいっぱい流してるって有名で……。えぇ〜!? パインでいいっていうのは――


「どんな人?」


「あら。ローレル王子は今日、その方とお会いしておりましたわよ。私《わたくし》との後に、ダンスを踊ったご令嬢ですわ」


「え!? オーキッド嬢とのダンスの後!? えっと、確か……確か……。ジョイス伯爵家の、アマリリス嬢? ――そう! 僕よりちょっとだけお姉さん」


 オーキッド嬢に言われて、舞踏会でのダンスを僕はだんだんと思い出していく。パインに「人となりは、私が保証致しますよ」ってすすめられたから、挨拶をしてダンスを踊ったんだよね。って、アレ?


「パイン?」


 そう。舞踏会の第二会場の招待客で、僕よりちょっとだけ年上って事はさ。えっと、つまり、何て言えばいいの? パインってそっちの……


「親同士が取り決めて見合いをした、典型的な政略結婚ですよ。言っておきますけれど、ローレル王子。年の離れた幼妻を娶《めと》るという点に関しましては、私の事をとやかく言えないお立場ですから。ねぇ? バーチ殿」


「確かに」


 僕のギワクのまなざしに、パインは取り立てて慌てる事なく正論で返してきた。「ククク……」と笑うバーチの声に、夕方のお見合い肖像画のやり取りを思い出す。確かに。政略結婚となると、小さい子が好きだとか嫌いだとか言ってられなかったね。


「私《わたくし》も、少しお話をしましたの。アマリリス様は、『私の婚約者の方は、長く独身でいる方が任務に打ち込めますから』とおっしゃっていて。――できた方ですのね」


 オーキッド嬢の誉め言葉に、パインは穏やかに微笑むかたちで応えた。何かいつもよりも、パインの纏《まと》う空気が優しくて嬉しそうだ。


 当代のジョイス伯爵の実子は、女性ばかりが四人。従って、伯爵位を継ぐ誰かが婿を取らねばならない。“影”の第五の家、『裏のジョイス』としてもそうだけど。さっき聞いた話だと、インスティン区は様々な観点からいっても要衝《ようしょう》であるのは間違いない。その分だけ、扱いも一筋縄ではいかないだろう。

 長として運営していくにはやはり、区の特徴や内情に精通している方がいい。そこで白羽の矢が立ったのが“影”の頭領の息子・パインであり、彼を婿とした娘を跡継ぎにすると決まったそうだ。

 四人姉妹のうち年齢的に釣り合う令嬢もいたらしいけど、彼女にはすでに心に決めた人がいたとかで。唯一パインの婚約者として名乗りを上げたのが、末娘のアマリリス嬢なのだという。


 ……インスティン区の区長は、『天国と地獄』と系列の娼館のオーナーでもある。その件についてある事ない事言ってくる輩《やから》は、それこそどこにでもいるのだろう。ごく一般的な感性を持つ貴族令嬢には、その現実はなかなか厳しいに違いない。

 一見すると、姉達の恋路を応援する健気《ケナゲ》な妹のアマリリス嬢。だが実際は。なかば逃げるように他家に嫁ごうという姉達を「暗部を背負う覚悟がない」とバッサリ切り捨て、婿となるパインがどのような事をしているのかをおおよそわかった上で、その任務を後押ししているのだ。

 ……オーキッド嬢の言った通り、パインの婚約者はできた女性なのだろう。



 ★★★



 僕が、そんな事をつらつらと考えていると。パンジーが「さ、思い切ってやっちゃいなさい。セドロ」としゃべる声が聞こえてきた。「いよいよだ」と思った僕は、ワゴンの方へと向き直る。


 ――ジュ!! ジュワッ! ジュー……


 二枚のお肉を熱々の溶岩プレートの上に次々とのせてから、焦げ茶色の塩をふるセドロ。んー、肉をのせた時の音が違うな。何かプレートの温度がより高い感じ。肉やプレートに手をかざして魔力を流す行為も、パンジーがやっていた時より……何だかせわしないような気がする。いやあれはひょっとして、微調整を行っているのか?

 さっきとは逆転して、パンジーもセドロから学ぼうとしているのか。弟の一挙一動をものすごく真剣に見つめていた。「肉を焼く」って、一言で言うと簡単なようだけど。見た目の感じだけでも、こんなに違うんだ。今のセドロの動きは、何だかまるで楽団の指揮者のようにも見える。


 お肉の一枚はそのまま。もう一枚はセドロ自らが、プレートの上で一口大に切り分けていった。グラスが僕の元に、付け合わせの野菜と共に盛り付けられた一皿を。他の皆には、やはりセドロ自身が一口サイズの肉を配り歩く。

 僕は「肉の柔らかさは、パンジーが焼いたのとそう変わりがないかな」と思いながら、手にしたナイフとフォークで亜竜のローストを切り分けた。別に、そうしなければならない理由はないけれど。何となく皆と示し合わせたように一斉に、セドロが調理の仕上げをした肉を口に入れた。


『……』


 部屋の中は再び、水を打ったような静けさに包まれる。何ていうか、その……。本当においしい物を食べた時は、言葉も出ない。舌先から伝わる塩加減が絶妙で、噛むごとに広がる脂の味を引き立てている。

 僕もだけど。しばし皆でうっとりとした後はやはり示し合わせたように、お肉を食べた全員で目を見合わせた。

 あ。出されたお皿を平らげてからずっと、目を閉じっぱなしだった兄上。近くにやって来たセドロの気配にうっすらと目を開けて、条件反射的に追加のお肉を食べていたけれど。今は、はっきりとわかる程に「起きた」って感じ。


「……言えばいいじゃないですかー」


 どういう評価を下されるのかもうすでに分かっている風なパンジーは、口を尖《とが》らせて拗《す》ねたように言葉を漏らした。


「えっと……。セドロの焼いたお肉の方が、おいしいです」


 まぁ、そもそものきっかけであるおかわりをした僕が、代表で感想を口にする。気まずさをごまかすわけじゃないけれども、しゃべった後すぐに二口目の肉を頬張った。うん。圧倒的とまでは言わないけど、セドロが仕上げの調理をした亜竜の方がうまい!

 二皿目だというのに、僕がもりもり食べ進めていると。何人かがうらやましそうに、こちらを見つめてきていた。シルヴェスター公爵やオーキッド嬢はお腹を押さえて、「もう入らない」と言う風に苦笑して首を横に振っているけどね。


「はぁ〜。もー、そう言われる事は分かっていましたよ。セドロの才能と力は、私もよく知っています。『自分より美味しい料理を作れる子供達の事が、羨《うらや》ましくて誇らしい』と嘆く父の気持ちが私も分かるなー。セドロ――自分の作った料理を食べて満足そうな表情を浮かべる方々の姿を見て、嬉しそうに微笑む弟の事を――愛してる」


「僕もだよ、姉さん。食べる方へ向けての細やかな気配りや、思い切って僕に任せてくれる大胆さ。尊敬する先達《せんだつ》として、常に学ばせてもらっています。ありがとう」


 いわゆる『バツ技能』スキル持ちの二人のお父さんだってパンジーだって、セドロに対してもっと嫉妬してもおかしくはないのに。何だかんだあっても、深い部分では仲の良い家族なんだろうなぁ。……うん。何かちょっとほっこりして、ますますおいしく感じてきたかも。ギスギス空気の中で作られた料理なんて、たぶんきっとおいしくない。


「まー。明日はメインの食材に触らせてもらえるかっていえば、多分難しいと思うけど。勉強にはなるから、頑張んなさい」


「はい。明日は地属性の亜竜と、風属性の翼竜。『二種類の亜竜のロースト』だよね。雑用でも何でも、厨房に入れてもらえるだけでも楽しみ」


 二人の会話に、亜竜を切り分けていた僕の手が止まる。モグモグモグモグ……ごっくん。僕は、思わずといった感じで呟いていた。


「ロースト? 亜竜の? 明日も?」


「え!? あー、あはははは。何というか、まぁその。陛下の誕生祝いの催しは、数日間に渡って行われるじゃないですか。中でも一番大きい、正式な晩餐会《ばんさんかい》は明日のものなんです。包み隠さずぶっちゃけてしまえば。今日のこの夕食会の献立って、ほとんど明日使う食材の確認やメニューの試作なんですよー」


 パンジーはやや焦り気味に、厨房の舞台裏について捲《まく》し立てる。明日のローストの味付けには『ハーモニー山脈』産のハーブや塩は本当に隠し味程度で、今夜ソースの仕込みをしているとか。貴重な青いキノコを食べられるのは、この夕食会の参加者くらいだとか。陛下にとって重要な節目の行事の時には、必ず翼竜をメニューに組み込むとか。

 他にもパンジーの口から次々と流れてくる情報に、僕は耳を傾ける。どれもこれも、僕が初めて知る事実ばかりだ。そういえば翼竜を食べる時の父上はいつも、親の仇《かたき》でも見るように苦々しい表情をしていたっけな。

 ローストという調理法は同じでも「全然違う一皿になるのなら楽しみ」と思いつつ、ある単語が頭の片隅に引っかかる。


「試作……。えっと、それってひょっとして。本来の調理法ではなかったって事? 魚料理も?」


「あれはあれでアリっていうか。――料理として合格ラインを十分に満たしていると判断したから、こちらも皆様へ提供致しました。どの辺りに不満な点などを感じられたのでしょうか? 宜しければお聞かせ下さいませ」


 ついポロっと、ギモンに思った事が口から飛び出してしまった。僕の言葉を耳にしたパンジーは、「スッ」と表情や姿勢を改める。そして思わずこちらがビビってしまう程に、真摯《しんし》な態度で不備を問い質《ただ》してきた。

 彼女の勢いに押されてしまった僕は、とっさに取り繕うとか、当たり障りのない言葉に置き換えるなんて気配りを、すっぽりと頭のどこかに追いやってしまう。ただありのままに、パンジーに伝える事になってしまった。


「えっと……。『こぉんなんじゃアテクシの魅力がちいーっとも伝わらないじゃない。んっもうぉう、プンプン』って、アテクシさん? フルフルさん? の声でお魚さんがしゃべった。あれ? しゃべったのはパインか」


 僕は思わず、パインの仕草ごと“声”のマネをしてしまう。やってしまった後で我にかえり、「人間追いつめられればできるもんだな……」何て事を僕が考えていると。


「フ〜ル〜フ〜ル〜ゥ!?」


 パンジーが額に青筋を浮かべながら、地を這《は》うような雄叫《おたけ》びを上げたのだった。





 読んで下さって、ありがとうございます。



 『テラコヤ』 → 寺子屋


 これは分かりやすい。元・日本人の転生ドラゴンが導入。


 『裏のジョイス』だけ、情報量が多っ!




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