068 僕達の夕食会① 〜シルヴェスター公爵からの、パンチのきいた食前の飲み物〜
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シルヴェスター公爵家は代々の宰相を輩出し、フォレスト王国の頭脳とも言われている。
現当主の紺色の髪を見た小さい頃の僕は「頭がよさそうな人だな」と思ったし、実際にものすごく優秀な方らしい。時たま見かける場合の物腰はとっても柔らかくて、僕や兄上と顔を合わせた時は「ニコニコ」と微笑んでくれるんだ。
ただもちろん、一国の宰相が単に優しいだけで済むわけがない。赤茶色の瞳は、内にあった苛烈さの現れか。ハデなおじさんの目の上のこぶとして、確かな存在感を発揮していたらしい。そう――「いた」だ。
僕はこれから会う予定のシルヴェスター公爵の事を考えながら、かつて兄上によってもたらされた情報を思い浮かべる。
「現在、宰相を勤めているシルヴェスター公爵が、そろそろ息子に後を譲りたいと準備を進め始めていたんだ。ただね……。宰相補佐をしていた長男が、王都内で暴漢に襲われて死亡。領地の運営に携わっていた次男を急ぎ呼び寄せるも、道中で賊の襲撃を受けて死亡。留学中だった三男は、帰国の途で船が難破して消息不明。子供達の相次ぐ凶報にシルヴェスター婦人が倒れて、回復しないまま死亡。唯一の望みの綱だった長男の妻とまだ幼い孫は、亡くなったシルヴェスター婦人に代わって領地管理の采配をしようと公爵領への移動中、馬車の事故でやはり死亡」
……どんな顔をして会えばいいのだろうか? 宰相から僕を指名しての用件に心当たりもないし。ああ、何だか緊張してきちゃった。今日はこんなのばっかりなんだけど。
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外務のマクローリンからのお見合い肖像画に関する話を一通り終えた僕達は、夕食の用意がされている客室へと移動した。
やっぱり今日も、ニコニコとした笑顔で出迎えてくれたシルヴェスター公爵。だけどかつての敏腕宰相の面影は今はない。髪の毛のほとんどが真っ白になり、十キロ……いやひょっとしたら二十キロ近く体重が落ちて、やつれていると言ってもいいくらいだ。一気に十歳以上も老けてしまったように見える。
兄上、僕と挨拶をした後。バーチが公爵の前で膝をついて彼の手を取った。
「葬儀の際には参列出来なくて申し訳ありませんでした、公爵」
「なんの。バーチ殿には大切なお役目がおありでしたでしょう。遠くの地から死者を慰める為の花を手配してもらえただけで、じゅうぶんです。今日の陛下へのお祝いも、大変立派でしたね。優秀な若者が育っている事は、私も喜ばしいですよ」
公爵の深い深い微笑みに、バーチはくしゃりと泣き出しそうな笑顔になってから、握りしめていた手に自らの額を押し当てる。
「私が優秀だと言うのなら、それは競いあえる友人達がいたからだ。共に学び共に鍛え、国と陛下の為に生きようと誓いあったご子息達がいたから……私はっ……!」
言葉につまったバーチの手を公爵も握り返し、肩を叩き頭をなでる。
「お立ちなさい。誓いは誓いとして、失われるものではない。どうか息子達の分まで国の為に生きてほしい」
「……はい。公爵、もちろんです」
そう口にはするけれど、バーチはなかなか立ち上がれないでいた。その間シルヴェスター公爵は彼を慰め、互いに支えあうように手を握っている。
……そうか。公爵の息子達とバーチは同年代で、友人であり良きライバルでもあったのだろう。
肩を震わせてすすり泣く声をあげるバーチを、僕達はただじっと見守った。扇子で口元を覆ったオーキッド嬢も、今は神妙な表情を浮かべている。
これまでように笑顔でないマクローリン兄妹に、僕はちょっとだけ驚いたけど。今この場では貴族の仮面で武装しなくてもよいって、判断した部分もあるのかな?
ようやくバーチが落ち着き、全員が椅子に座った後で公爵はおもむろに口を開いた。
ちなみに席は、シルヴェスター公爵の提案を兄上が了承してちょっと変則的。
テーブルの真ん中に公爵。彼の左側に僕で、右手側にオーキッド嬢。僕の向かい側に兄上、彼女の対面にバーチだ。これは、子供である僕やオーキッド嬢とは顔を近付けあって親密に話ができるし、兄上やバーチが相手なら目と目をしっかりと合わせて語りあえるようにだろう。
「いやはや、お見苦しい姿を晒して申し訳ございません。この年になって喪う存在が多過ぎた。かなり、堪えましてな……」
僕は公爵の表情や吐き出された息から、「彼自身こそが今にも儚くなってしまうのではないか」と感じてドキリとしてしまう。
シルヴェスター公爵の言葉に兄上は小さく「いえ」と答えた。僕は「問題ないです。気にしてませんよ」と伝えるつもりで首を横に振るので精一杯。
やや目の赤くなったバーチとオーキッド嬢も、許しあうように穏やかに微笑んで公爵の方へ顔を向けた。
そんな僕達の仕草を見回した公爵は一つうなずいてから、手で合図を出す。濃紺のシルヴェスター公爵家の制服を身につけた五十歳くらいの男性使用人が、それを受けて動き出した。
「宰相のお役目を陛下へ返上し、療養も兼ねて領地にて腰を据える事に致しました。となるとどうしても中央とは距離が出来てしまいます。その前にお伝えしておきたいと思いましてな。――まずお近づきのしるしにこちらを。食前の飲み物としてご笑納下さい」
公爵が言い終わるのとほぼ同時に、シルヴェスター家の使用人の手によって、兄上の前に一つのビンが音もなく置かれる。それは今日の日中に、兄上も僕も十本以上ガブ飲みした魔力回復薬そのものだった。
……先制パンチ。
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兄上がややひきつった笑みを浮かべて、魔力回復薬のビンを見ている。皆でそんな兄上を観察している間に、テーブルをぐるりと移動したシルヴェスター公爵家の使用人が僕・公爵・オーキッド嬢・バーチの順に同じビンを配っていった。
当然の事ながら、夕食会の食前の飲み物に魔力回復薬を配る習慣なんてものはない。大人はお酒、子供は果実水かハーブ水だ。
僕はビンを前にして、昼間の魔力酔いを思い出して「んげ〜〜」って顔をしてしまう。
マクローリン兄妹はシルヴェスター公爵の真意を図りかねて、訝しげな笑顔のまま固まっていた。
全員が公爵の表情を窺う。シルヴェスター公爵は「ニッコニッコ」という笑顔になって、兄上の方を見る。公爵の視線の先へ追従するバーチとオーキッド嬢。受けて立つ兄上。
……公爵よ、あなたもですか。あなたもなんですね。皆で『笑顔でにらめっこ』。僕だけ仲間外れでちょっとさみしい。いやだからといって加わる気も、勝てる見込みすらないんだけどね。
均衡を破ったのは、シルヴェスター公爵だった。兄上への視線を逸らさずに、手元で魔力回復薬のビンの封を開けるとイッキにその中身を呷る。わお! 公爵の外見や物腰に反してなかなかワイルドだ。まあ、食前酒の代わりに魔力回復薬のビンが出された場合の作法なんて、ないんだけれども。
マクローリン兄妹が彼の振舞いにやや呆気にとられていると、飲み干したビンをテーブルの上に置いた公爵が言葉を発した。
「午前中の、大広間で披露した魔法は素晴らしかったですね。リンデン王子?」
先制に続いた次の攻撃も、シルヴェスター公爵によってきれいに決められる。
兄上はそっと追及の視線から顔を背けると、気まずい表情のままビンの封を開けて薬を一気飲みした。
そんな兄上の様子にバーチは目を瞠り、オーキッド嬢は眦を上げた笑顔になる。
「……まぁ! 午前の催しを終えた後、何かが変だと感じていたら。リンデン王子のあの魔法が関わっていたと、そういう事ですの」
彼女はそう言うや否や、開封した魔力回復薬を「グイッ」と呷った。オーキッド嬢も潔いというか、何だか男らしいね。
どうにか合点が行ったようなバーチも薬を飲んだので、僕もそれに続く。あー。コレ昼の物より甘味が強いから、実はかなりの高級品なんじゃないかな?
「昼餐会での食後のお茶も、魔力回復薬の原料を用いたハーブティーでしたね。フォレスト王国内では珍しい種類の茶葉を、結構な量なのにも関わらず咄嗟に用意できるのはリンデン王子くらいだろうと。以前より把握しておりましたから、すぐにピンときました」
「ああ、あのお茶ですの。少々クセが強いなとは思っていましたけれど。口に合わなかったみたいで、残している子供達がたくさんいましたわ」
「そういえばそうかもしれないね。陛下の御前だからと、我慢して飲んでいる風な貴族達がチラホラといたな。アコナイト殿下も飲み残しておられたようだし。まあ私は普段からあれ以上のお茶を飲み慣れているから、全く気にならなかったけどな」
兄上の急ごしらえの手配を見破り、しかも温室で何を行っていたのかを知っていたシルヴェスター公爵は、さすが宰相といったところだろう。オーキッド嬢やバーチの言葉から、ハーブティーを摂取した量が少なかったので、アコナイトや小さい子達があんなにおねむだったのだなと予想がついた。
……バーチ。バーチも味覚に関するスキルが生えているんじゃないの、もう。
僕はハーブティーの方は飲んでいないけど。【舌への暴虐】茶並みや、それ以上の味って事はあり得ないだろう。もしそうだったら倒れる人が続出して、提供した兄上も今頃捕まっていたかもしれない。
よくよく考えてみたら。マクローリン公爵家の護衛である彼が大鍋でスープでも作って、それを晩餐会のメニューとして出されたら、とんでもない大惨事になるんじゃないの? 【鑑定】でも毒は入ってないって出るんでしょ。毒味役の人を抱え込む事ができたら、陛下だってアブナイよ。
そんな事をつらつらと考えていた僕だけど。ふとある事が気になったので、オーキッド嬢の方を見て声をかけた。
「オーキッド嬢は今平気そうに見えるけど、どうやって乗りきったの? 異変を感じてはいたんだよね」
「ええ。午前の催しの終わり頃には、まぶたを開けていられないくらい眠たくてしょうがなかったですわ。ですので私、昼食の前に庭園に出ましたの」
「私も両親と外に出たら妹と鉢合わせしましてね。マクローリン家は地属性の魔法の使い手が多く、また力を落とさない為に伴侶にも地属性魔力を持つ者を優先的に選ぶ。私達家族はこう――大地に両手をつけて魔力を回復したり、体内の魔力のバランスを整えたりできるのですよ」
バーチの言葉に、彼とオーキッド嬢はテーブルに両手をついて見本を示してくれる。え゛。マクローリン公爵家の人々が寒空の下、外に出てうずくまって顔を突き合わせてたの? 昼餐会の前に? わぁ……想像するとなんかシュール。僕が兄上達と走り回っていた間にも、いろいろあったんだなぁ。
僕は「謝った方がいいんじゃないですか?」という意味を込めて兄上を見る。その時、視界の端の方でオーキッド嬢がしきりに首をひねっている姿をとらえたので、そちらへと視線を移した。
彼女はまるで、その手にある土の粒を確かめるかのように指先をこすり合わせたり、手を開いたり閉じたりを数度繰り返している。
「……そう言えば、地面の状態がいつもとは違いましたわね。魔力の回復が今日はとても早かったですわ」
「それはそうでしょう。リンデン王子が午前中に披露したあの魔法は、ハーモニー山脈からの“魔力”や“気”を引き込んで、このフォレスト王国の地を中心に流すもの。大地を活性化させる為の儀式なのです。――宰相位を退く直前になって、いつかはこの目で見たいと思っていた景色に立ち合えるとは。望外の喜びでした」
オーキッド嬢の疑問を含んだ言葉に、シルヴェスター公爵が明快に答える。……って、ちょっと待って。
「公爵! シルヴェスター公爵家にはあの大広間の仕掛けと儀式について、効果も含めて今も伝わっているのですか?」
僕も気になった事を、兄上が身を乗り出すようにして公爵に問いかけた。
読んで下さって、ありがとうございます。
また、本年も引き続き宜しくお願いします。




