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067 僕の学ぶ、ドラゴンとココロ



 ★★★



 僕と同じようにうなずきながら、バーニス嬢の描かれた絵の梱包《こんぽう》作業を見守っていた兄上は、バーチの方に顔を向けて口を開く。


「あの地の国も、そろそろ滅ぶ頃合いでしょうか?」


「そういう印象を受けました。周期的にもそうですし、時間の問題でしょう」


 兄上とバーチのやり取りに僕が目をぱちくりとしていると、笑顔になった二人が詳しく説明をしてくれた。……何かそういう表情をしていると、兄上とバーチって似てる? こう、「イイ性格」をしていそうなトコロとか。優秀な人ってどこか通じ合う部分があるのかしら。

 思えば今日この時間で、マクローリン兄妹とはかなり打ち解けただろう。「国の為・王家の為」に同じ方を向いて役割を果たしてくれている彼らが、兄上や僕の味方になってくれるなら、やっぱり心強いや。


「アドベント神聖国のある土地は『ハーモニー山脈』の東にあって、大陸のほぼ中央部にあたる。そのせいかわからないけれど、常に『白の精霊』を神聖視した人々が寄り集まるんだ。一説によると『白の精霊』自身は、そういう宗教組織において祀《まつ》り上げられる扱いを不快に思っていて、距離を置いているって話だけどね」


「信仰はいいと思うのです。ドラゴン様達を尊敬する心と態度は大切ですし。ただ組織になってしまうと、いつか暴走しますね」


 教主の補佐という実際の暴走に振り回されたバーチの声には、やるせない思いや疲れがにじみ出ている。

 彼のそんなセリフを聞いた後、兄上は厳重に封印されたアドベント神聖国からのお見合い肖像画をトントンと叩きながら、苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「今はアドベント神聖国という国名だけど。過去に何度となくやらかして自滅しているんだよ、あの土地の住人は」


「やらかすって、例えばどんな事をですか? 兄上」


 兄上の方を見上げて、僕はそう問いかける。すると兄上は、僕の頭にもたれかかるよう「コツン」と自身の頭をあててきた。優しく、そっとだったけどね。

 ……兄上もだいぶ疲れてきているのかな。僕は兄上をなるべく動かさないように気を付けて手を伸ばし、頭を支えるように添えてみた。


「ん。ありがとう、ローレル。そうだね、いつだったかは『白の精霊殿』の職員人事に盛んに口出しをしたらしい。宗教とは別なのにね」


 少々お疲れ気味な兄上に配慮してか、バーチが兄上と一瞬目を合わせるようにしてから補足説明の為に口を開く。


「各国の首都に『白の精霊殿』が有りますが。いえ、精霊殿の力によって魔物が発生しなくなるから、人々が暮らせる都市になる。我がフォレスト王国もそうですが『白の精霊殿』は国政とは別の存在で、殿の職員も独自に採用しているのですよ」


「言う事を聞かないと増税や立ち退き要求などの弾圧を加え、仕舞いには職員を皆殺しにしたらしい。それから、当時の教主にとって都合のよい人物を送り込んで、『白の精霊殿』を乗っ取ったんだ。ただこれは当然ながら『白の精霊殿』への完全なる敵対行為と見なされ、ホワイトドラゴンの逆鱗《げきりん》に触れた。『白の精霊』は、当時の大陸中央の宗教国を守護しない事を宣言。集落や都市を守っていた結界は消え去り、いつでもどこでも魔物が発生するようになる。夜寝ようとした時、ベッドの下に現界《げんかい》した魔物にすぐさま心臓を貫かれて絶命したりとかね。魔物被害で、国民の何割という人数が失われたって話が残っているよ」


 兄上の話に嫌な想像をしてしまい、僕はぶるりと身を震わせる。もし魔物が王宮内にも現れたら? しかもそれが、お手洗いやお風呂にいた時だったら? ……おぉ怖っ! 体も心も全然休まらないじゃないか。『白の精霊』の大陸を守護って、そういう部分も含まれるんだ。

 恐怖と驚きで固まった僕の頭を、今度はバーチがなでてなだめてくれた。


「その当時の国は、魔物被害などから生き残った国民が立ち上がって宗教指導者のほぼ全てを処刑。『白の精霊』に赦《ゆる》しを乞《こ》うて、何とか再び守護を得られるようになったそうです。そして、生き延びた人々の中から新たな宗派が誕生し、やがて宗教国家へと発展していく。大陸中央の地は、そんな事の繰り返しです」


「アドベント神聖国の一つ前の国は、『ドラゴンは邪悪なる存在だから、善良なる信徒は全てこれを駆逐《くちく》しなければならない』と、教主が触れを出したそうですわよ」


「は?」


 バーチに続いてオーキッド嬢がもたらした情報に、僕はまぬけな声を出して「ポカーン」となってしまう。

 えっと、いや、『ドラゴンを邪悪』って。『白の精霊』を神聖視している宗教なのに。『白の精霊』イコール、ホワイトドラゴンなのに邪悪!? それ言っちゃったらヤバいよ! アウトなやつでしょ。それくらい僕だってわかるよ。


「実はこれ、当時信仰されていた宗教の、当時の教主のつまらない嫉妬《しっと》が原因ですの。大陸中央部には、ドラゴンが住みかを構えるのに適した土地がないのですって。フォレスト王国とは違ってね」


 オーキッド嬢はそう言ってから、扇子をひろげて口元を覆う。目元なんかは呆れ果てた苦笑いだ。

 僕にしばしの間もたれかかったままだった兄上は体を起こし、困った笑みを浮かべて口を開く。


「歴史書にありましたね。フォレスト王国内に入り込んでドラゴン様達を討伐しようとした不逞《ふてい》の輩どもと、各地で大小様々なトラブルになったと。下手をしたら、完全なるとばっちりでフォレスト王国が滅びかねなかった」


「中央大陸の話ではございませんが。敵対する国同士がそれぞれ工作員を手配し、相手の国の『白の精霊殿』を攻撃してホワイトドラゴンに滅ぼして貰おうと、互いに画策しあった例もあるそうです。結果から申しますと双方共にホワイトドラゴンの怒りを買い、揃って国は崩壊しました」


 兄上のセリフの後、グラスが頭を軽く下げてから他の例を話してくれた。内容からおそらく、“影”達に注意事項として伝わっているのかもしれない。


「結局、アドベント神聖国の一つ前の国がどうなったかというと。都のど真ん中に『白の精霊』が人の姿で現れ、彼女を拝む信徒の前でドラゴンの姿に戻ったそうなんだ。教主の指示で一斉に攻撃が行われた事で、ホワイトドラゴンが激怒。過去の国々と同じように滅びの道を辿《たど》ったって。――繰り返しになるけれど、ドラゴン様達を決して敵に回してはいけないよ。わかった? ローレル」


「はい。わかりました。肝に銘《めい》じます、兄上」


 気を引きしめて答えた僕の言葉に、兄上や他の皆も笑顔でうなずいてくれる。そして――


『……』


 なんでだかわからないけれど、部屋の全員で大きく息を吐き出したのだった。

 あれ? 僕達は一体何の話をしていたんだっけ?


「えっと。僕はどうすればいいのですか? 僕一人の肖像画を描いてもらうのと授業を増やしてもらう以外、やる事はありますか? 婚約者は、いつまでに決めなきゃいけないのでしょう?」


「焦らないで大丈夫だよ。焦っちゃダメ、ローレル」


「ローレル王子の婚約者・候補に名乗りを上げている国々は、他にも複数ございます。しかし、肝心の候補者がまだ出揃っておりませんので。国同士の関わりがものをいう為に、ローレル王子の希望が必ず通る保証はできません。ただとりあえず、お相手の方々が十五歳の成人年齢に達するのは先の話ですから。まだまだじっくり腰を据えて選ぶ猶予《ゆうよ》はございます」


 兄上とバーチから順に語られた言葉に、ゆっくりとうなずく僕。

 オーキッド嬢は「パチリ」と扇子を鳴らした後、奥の壁に飾られている僕の肖像画を示しながら楽しそうにしゃべりだす。


「剣の訓練や乗馬など、ローレル王子がうちこめる場面で肖像画を描いていただきましょう。うまくいけば、年上で頼もしくてカッコいい王子様として、慕っていただけますわよ」


 彼女の言葉に僕は「ふんふん」と考える。それがいいかもしれない、小細工とかしないでさ。一番右端の絵のような笑顔で描いてもらおうかな。小さい女の子が相手なら、怖がらせたりしない方が印象が良さそうだし。


 ふと目に入ったのは、フェザー王国のスワン王女の姿。他の二枚の肖像画うんぬんでイロイロとあったから、彼女の澄んだ碧眼に僕の心が洗われていくようだ。


 僕の視線の先に気付いたのだろうバーチが近くにやって来て、やや申し訳なさそうに耳打ちをしてくる。


「お隣のフェザー王国は、今現在安定しています。他の二ヶ国が問題があり過ぎただけで。こちらの国は至って普通で問題なく、ローレル王子に勧める事ができます。ただ……」


 言葉を濁したバーチに、僕は気になって彼の方を振り向く。目を見合せたバーチは、やや困った笑顔を浮かべていた。


「スワン王女の兄に、ファルコン王子がいらっしゃいます。彼が、我が妹のオーキッドを望んでおりまして」


 僕がこの言葉を聞いて、オーキッド嬢の方にチラリと目を向けると。彼女は扇子で口元を覆って取り澄ましている風だ。一見するとだけどね。けれどよくよく見ると、どことなく嬉しそうに、照れたように微笑んでいるのがわかる。……ふむ。どうやらオーキッド嬢はまんざらでもないらしい。

 でも、そうか。僕とオーキッド嬢と二人共にフェザー王国と縁組みしてしまうのは、政略上あまり好ましいとはいえないのか。


 僕が、自力でその考えにたどり着いたのが嬉しいのか。いつものように心を読んだ兄上が、僕の頭をヨシヨシとなでてくれる。

 その心地好さにちょっとだけうっとりとした僕は、絵の中のスワン王女と目を見合せた。


「……そっか。残念だな」


 この時僕はほとんど無意識にそう思い、また知らぬ間に口に出していたらしい。兄上の手がピタリと止まった事も、皆がどことなく生あたたかい目で見ていたらしい事も気付かずに。


 僕はただ、これきりになるかもしれないスワン王女の碧い瞳を見つめていた。もちろん。その行為によって僕の心の中に生まれた、『なにか』に自覚なんてする事もなく。

 ただまっすぐに、肖像画の王女を目と心に焼き付けていただけだった。





 読んで下さって、ありがとうございます。



 ※ 注意 ※


 20161216 18時半過ぎ

 予告通り作品タイトルを変更しました。付随してあらすじも修正済み。


『初恋《ハツコイ》 × 貫徹《カンテツ》 〜生まれ変わっても、あなたの腕に帰ります!〜』


 と、ルビをふります。


 旧タイトル:『学食の階段から落ちたら 隠しキャラルート(強制)だった』


 は、かの有名な『雪国』の冒頭を意識して付けました。033話のサブタイトルとして、今後も存在し続ける事でしょう。


 新タイトルは『初志貫徹』をもじったものです。

 初恋を貫いたのはローズなのかリンデンなのか?

 タイトル変更のタイミング的に、ローレルやオーキッドに掛かっていなくもない。


 ★


 この世界での魔物の増え方は主に二通り。


・「生殖」によるもの。


・陽炎《かげろう》のように魔力が揺らぎ、空間に突然「涌き」出る。ダンジョンに多いが、結界によって守られた土地以外でも起こりうる。


『現界《げんかい》』……一説には別の世界の生き物である魔物が、世界を渡って現れる事。

 また現れた魔物が若干の時間を置いて、こちらの世界での活動が可能になった状態を指す。


 「ベッドの下に殺人鬼」ならぬ「テントの中に魔物」は、旅人や冒険者にとって鉄板の都市伝説。

 ただ現界にはある程度の広さが必要のようで、「石の中にいる……」例は報告されていない。


 ★


 というわけで、『お見合い肖像画』にかこつけた周辺国家事情と、ドラゴンをメインとした世界観の一部をお送りしました。


 また、少年ローレルにもほのかな変化が……。


 次からは数話に渡って夕食会――「現役の宰相であるシルヴェスター公爵を特別講師として送る、フォレスト王国内の情勢と公爵家の役割について」――です。


 ご覧の通り説明回になります。



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