066 僕と、肖像画の聖女
★★★
僕がバーニス嬢達の、「白い髪と金色に近い瞳」と『白の精霊』の関係についてあれこれ考えていると。バーチは僕の視線の先に気が付いたようで、絵の横に立って解説を始めてくれた。
「この方々の目の色は黄色です。髪も瞳の色も、魔道具によって変えられているのですよ。アドベント神聖国の上層部の人間は、ほぼ全員がそうです」
「え、そうなの!? じゃあバーニス嬢が本当は、白い髪でも黄色の目でもなかったりするの?」
「その可能性は十分に考えられます。だからこそ、誰が誰やらになりやすいのです」
バーチの言葉に、僕はまじまじと絵を見てしまう。え。こっちの肖像画も、叩いたら剥がれたりしちゃうのかしら。それはない?
ただ本人だけを描く肖像画って、お見合いではむしろしないものなのかな。
「せっかくですから、変装についての注意点にも触れておきましょう。髪や瞳の色を変える魔道具はその利便性や危険性から、敢えて貴重な材料を用いて複雑で難しい手順を踏んだ作り方しか知られていません。『簡易に作れるように改良を施す』また『金や銀の瞳に見える物を作ろうとしたり、実際に金や銀の瞳に変えて悪用をした場合』。何処からともなく風が吹き、その者の首と胴が泣き別れになると言われています。ホワイトドラゴンは“風”を司るドラゴンを手足として従え、日頃の伝達や粛清に向かわせるそうですから」
「その魔道具の作り方に関しては、資料で見た事があります。確か、製作の途中で何度か魔力を籠める必要があって。それが生半可な魔力量ではなかったと、記憶していたな」
バーチの説明を耳にした兄上が、腕を組んで思い出し思い出しそんな事を口にする。
と。そこでパインがつかつかと歩いていって、兄上の両肩をがっちり掴んだ。それから追及をするように兄上の顔を覗きこむと、やや責めるような声で話かける。
「さすがです。博識かつ驚異的な記憶力をお持ちでいらっしゃいますね。ま・さ・かとは思いますが。実際に作ったりなんかしちゃっていませんよね、ご主人サマ?」
「いや、材料が……」
「その言い方ですと、材料が揃ったら作れるみたいなんですケド」
「ん? んー……」
パインに問われた兄上は『世界樹の髪飾り』に手を伸ばしつつ、考えるそぶりを見せた。時々小さく呟いている事から、スキル【閲覧資格】に訊ねているみたい。
少しして、世界樹の葉っぱを指先でつまんだ兄上はキッパリと断言する。
「作れる。今の私ならね。ただし、私の持つ“水”と“木”の属性の物だけだ。材料としては“水”を司るドラゴンのウロコと、“木”を司るドラゴンのウロコが必須。あとはかろうじて、属性に派生されていない純粋な“魔力”を司るドラゴンのウロコなら可能。らしい。――ああ。あの白い髪色を出すのって、ホワイトドラゴンのウロコ。つまりは白鱗貨が必要なのか。それは貴重だし、高価にもなるなぁ」
兄上の言葉に、「フーン」なんて言いながらうなずいているのは僕だけ。
他の皆は額やら口元をひくひくと動かしながら、「また誘拐の危険性が跳ね上がった」とかモゴモゴ言って頭を抱えている。
「何? 欲しいの、パイン?」
「あー、我々の組織としてはあるに越した事はないんですけど。私自身は支給されているので」
パインはそこまで言うと、首に下げている鎖を引き出す。ペンダントにしていたそれは黒い指輪のようで、パインは右手の人差し指にはめてから魔力を流した。
「お、……おお!」
魔力に反応した人差し指の指輪から、黒い雫のようなものが一滴落ちる。それを吸い込んだパインの足元の影が、はっきりとわかるくらい濃くなったと思ったら「みょーん」と伸びて、体全部を覆ってしまった。それから影がパインの体に吸収されるように減っていき、再び姿が現れる。
ツンツンしたエメラルドグリーンの髪の毛に、黒にも見える濃い緑の瞳だったパインはそこにはいない。光の射さない暗闇のような黒髪とジェードグリーンの瞳を持った男が立っている。おー、すごい! だいぶ印象変わったな。
「王都随一の歓楽街、インスティン区では『地獄のカイン』の名で通っている姿です。ご主人様の従者になってからは全然ですけど。以前は定期的に客引きとかしつつ、情報収集をしてましたね」
「客引き?」
「あ、ハイ。エーッと……、どうしましょ。大人になったら一名様ご案なー……イッ! イタタタタタ、ちょっ、旦那様、イケません! お戯れはおよしになっ……テー!!」
僕が「客引き」の言葉に疑問を持ち、首を傾げて聞いてみると。パインのいつもの不敵な笑みが、ビシリと固まった。
何かを言いかけていたパインは頭のてっぺんをグラスに、顔面を兄上に掴まれる。それぞれ「ギリギリ」と締め付けられて悲鳴を上げた。一体何だというのだろう? まぁ、パインの声は元気だからいいか。
あれ? 僕のように知らない単語ではなかった風なオーキッド嬢は、バーチと『笑顔でにらめっこ』をしている。珍しいな。マクローリン公爵家の使用人達も、ジト目でオーキッド嬢を見ているから旗色悪いね、こりゃ。
二人ががりで攻撃を受けたパインは、痛みにうめいてしゃがみこんでいる。「アイタタ〜」と口にして頭をさすった後に、右手の指輪を外した。……元の色に戻る時は、特に何か変わった事が起こったりしないんだ。
「ねぇパイン。それ、僕が身に付けるとどうなるの?」
「あ、いえ。これは闇属性の魔力を増幅させる魔道具でもあるので。対応する属性魔力を持っていない場合は、何も起こらないですよ」
「そっかぁ。おもしろそうだから、ちょっと試してみたかったんだけど」
僕は、しゃがんだ事で手が届きやすくなったパインのツンツン髪を、つまんでネジネジしながらそう声を出す。
苦笑を浮かべたパインはそっと僕の手を取ると立ち上がり、絵の方を見て補足で説明をしてくれた。
「あの絵の方々のように、属性に関係なく発動するタイプの方が数も少ないですし、なかなか市場に出回らないですね。髪色を白、瞳を黄色に変える物は、出たとしても闇市でしょう。ご主人様のおっしゃった通り製作に魔力が必要なので、今は年に一つでも作られたらいい方だという話です。アドベント神聖国内で出世するには無くてはならない物らしいですし、奪いあいだそうですよ。教主の子供達に身に付けさせる為に、幹部をわざと処刑に追い込んでの剥奪もザラ。寵姫や子供同士も、この魔道具の為に殺しあいをするって話です」
パインもけっこう詳しいな。よほど有名な話なのかもしれないね。
と、ここでバーチが絵を示しながら、パインの言葉を引き継いで話をする。
「このように肖像画が描かれているという事は、バーニス嬢は教主から魔道具を与えられ、所持を保障されているとみていいですね。仮にも『聖女』だと認定をしたようですし」
「せいじょ?」
そういえば、さっきもそんな単語を聞いたような。僕が説明を求めて見回すと、目が合った兄上が教えてくれた。
「アドベント神聖国が認定する『聖女』は『白の精霊』にも等しいという触れ込みで、他者に『ドゲザ』での拝礼を強制するはた迷惑な存在。ちなみに、教主や他の聖女は『ドゲザ』の対象外。これまで聖女認定されたからといって、何か特別な力を発揮したという話は聞いた例がない。国外に嫁がせようというのなら、なおの事。教主の血を引き、見た目だけは白い髪と黄色の目をした息女だというだけだろう。――そういえば聞いていませんでしたね。バーニス嬢は何番目の息女なのですか? 確か数字が小さい方と縁組みさせるほど、先方の事を尊重している証だとか何とか」
兄上の問いかけを受けたバーチは「ニコリ」と微笑んだ後、ソファーの方へ歩いていってしまう。まだ残っていたのか。すっかり冷めきっているはずの【舌への暴虐】茶を「クイッ」と飲み干した。……す、すごいな。よくあんな事できるね。むせたりもしないなんて、僕にはたぶんムリだよ。
「……番目です」
『?』
バーチの呟きが部屋の奥へ届く事はなく、僕も含めて皆はよりいっそう耳を澄ます。
「バーニス嬢は第九息女というお話です。かろうじて一桁台ですし『聖女認定もしてやっている』のだから、それでも過分な縁組みだろうと。『低俗なフォレスト王国とレベルを合わせようとすると、いらない気苦労をさせられてしまう。この労には相応の貢物でもって応えるように』とも言っていましたね。私自身はその時点で、開戦に言及する権限は許されていませんでしたので。仕方なく本当に不本意ながら渋々と、絵を預かってほとんど無言で退出してきました」
少し離れた位置に立ったバーチは、僕達に背を向けてさっきより大きく息を吐き出した。何でだろう? 今の彼は単なる笑顔じゃ済まない、そんな表情をしている気がする。
「……さっきから聞いていて思ったけど。何だかアコナイトやハデなおじさんと似たような事ばっかり言ってるね」
「――ああ! そうですね。誰かを思い出すなと、内心で首をひねっていたんですけれど。そうか……『口だけ侯爵』だったか」
合点が行ったようなバーチは、ついでに溜まった鬱憤やもろもろも「ぱっ」と払ったようだ。カップをテーブルへ置くと、いくぶん軽くなった雰囲気でこちらに戻ってくる。
「第九息女、ですか……」
「ええ。第一息女は二名、第二息女も二名ほど確認しています。第九息女ならば、十名くらいはいそうですけどね」
兄上の意味ありげな呟きに、淡々と答えるバーチ。彼の言葉に、僕は「ブッ!」と吹き出してしまう。何かもう、どこまでもハチャメチャな国だな!
「如何なさいますか? ローレル王子。もしバーニス嬢を望むのであれば、今のうちですよ。リンデン王子ではないですけれど。幼子の内から手元で養育でもしない限り、恐らくはとんでもない『聖女様』が輿入れする事になるでしょう。ただフォレスト王国内に到着するバーニス嬢が、この絵と同一人物とは限りません。また里帰りをする度に、別人に摩り替えられない保証もないですけれどね」
「……」
バーチのセリフに、僕は無言で首を横に振り続けた。
「言葉にした方がいい? お断りします。関わりあいたくないです、アドベント神聖国ごと!」
「そうですか。こちらとしても安心しました。国同士の関わりは、お気になさらなくても宜しいですよ。元々、まともな国交を結べる教主の方が少ないですから。陛下も父も、断絶する気満々ですしね」
清々しい笑顔になったバーチが手を振ると、マクローリン公爵家の護衛とグラスがアドベント神聖国からの絵をとっとと外してしまう。メイドとパインも加わると、寄ってたかって厳重に肖像画を封印してしまった。うん。いい仕事だ。
『ドゲザ』を強制する『せいじょサマ』との縁は……ごめんなさい。結べません。僕にはムリ!!
読んで下さって、ありがとうございます。
ドゲザ……土下座
今まであまり触れていなかった、世界観の説明がここにきて大量に登場中。
外交のマクローリンとしてアドベント神聖国に赴く事は、一種の洗礼・通過儀礼・話のネタです。
作者の推し気味な、パインの人となりも徐々に明らかに。
王都随一の歓楽街・インスティン区。老舗の娼館『天国と地獄』で、パインは――魔道具を用いた上で『カイン』と名乗り――修行してました。
客引きというよりは、区内の誘導案内です。
未成年の男児を娼館に誘う行為は、インスティン区でも禁じられています。パインさん、およしなさい。




