048 僕と、兄上の従者
今話は、いつもより具体的に「R15」描写があります。
ご注意下さい。
★★★
兄上の新たな従者としてパインが抜擢されたという話は、すぐに王宮中の話題となった。
「おお、これはこれは。なんとまぁ、リンデン王子に相応しい人選ではないですか。このような俗な小男しか付けられないなどと、陛下が如何に、リンデン王子に何の期待も抱いていないか、その事が如実に現れておりますな。やはり、次の王はアコナイト殿下に決まったようなものですな」
「フン! 使用人いち、女にだらしないと有名な小男じゃないか。こんな、ぞくぶつしかそば付きにされなかった、リンデン兄上の顔をわらいに来た。この私みずからがわざわざ足をはこんでやったんだ。かんしゃしろ!」
パインが兄上に挨拶をした翌日。時間差で現れて、言うだけ言って帰っていった爺孫のコンビが……。ヒマなのかな?
一緒に聞く事になったパインは、
「グリム侯爵とはよく、メイドの件でかち合いになるんですよね。男の嫉妬というものですから、気にしなくていいですよ、アレは。……殿下は、今まで接近する機会がなかなか得られなかったんですけど、聞きしに勝る育ちっぷりですねー。報告は私の方から上げておきます」
などと言って、ひょうひょうと受け流していた。
あの二人が速攻で言いに来るくらい、王宮内のパインは、悪いイミで有名みたい。
でも、パインの真価は、なかなか奥が深かった!
ちなみに、カクタスの息子だけあって、パインは風属性魔法の扱いに優れている。ごくごく自然に、音をもらさない風の結界を張るから、大変助かっている。助かりすぎて、最近会話がキワドくなる一方だ。
ローズ嬢が遠く離れた空の下にいる事を嘆く兄上に、僕がそれなりの返事で相手をしていた。それは、僕とグラスにとってつかの間の平穏と言ってよい時間。……兄上の願望リストが、どんどん過激な方向に増えているのに目をつむればだけど。当のローズ嬢が、手の届く範囲にいないうちは大丈夫。だよね?
でも、まだ兄上をつかみきれていないパインは、繰り返し同じようにしゃべる兄上を、ちょっと面倒に思ったのかもしれない。
「どうでしょう? 一度、後腐れのない女性と関係でも……」
と、十四歳の誕生日を控えた第一王子に、トンでもない事を勧めてきた。グラスが顔をしかめて、パインに声をかけようとした、その時……。
結果だけ言えば、兄上の逆鱗に吐息を吹きかけたパインは、泣かされた。けっこう本気で。そうしたら手をついて、「この私が屈伏させられるとは!」とか何とか言い出した。
お願いだ。僕のいない所でやって。僕は『調教王子』とかそんな単語は聞きたくないよ!?
★★★
父上の誕生祝いの催しまであと数日と迫った、ある日の事。パインが【鑑定】を必要として、しばしの時間グラスを借りたいと言ってきた。パイン曰く、
「いいカンジで釣れそうなんですよねー。私の経験上、間違いない」
との事で、いろいろあって兄上達とパインの得意技を見学する流れになった。……なんで僕まで。
グラスの先導でやって来たのは、使用人達の居住区だった。小さい頃のかくれんぼの時でも来た事がなかった場所に、僕はキョーミシンシン。あちこちをキョロキョロと見回してしまった。だって、なんか今いる辺りは特に分かりにくいし。……気のせいかな? 今、何だかイヤなニオイがしたような。
グラス、兄上、僕の順番で入った部屋は、イメージした使用人の部屋よりも広かった。大人が三人で寝られそうな大きなベッドに、テーブルが一つにイスが六脚。本棚に衣装ダンスにチェスト、ついたてなんかもある。さらに、他にも部屋があるのか、奥にもう一つ扉が見えた。
グラスは続き部屋の扉の前にイスを三脚運び、それから扉とイスを隠すようについたてを設置する。
「こちらにお掛け下さい。飲食物もお出しできませんし、話もできません。ご不便をおかけ致しますが、しばしの間ご容赦下さいませ」
グラスの指示で、ついたての陰に隠れたイスに三人で座った。ベッドに近い一番はじっこがグラスで、兄上、僕の順番だね。
ついたては木製で、けっこう細かい彫刻が施されている。またうまい具合に、覗けるような小さい穴がいくつもあった。兄上は彫刻を所々なぞりながら、感心したような声を出す。
「気配が伝わりにくくなる魔法陣が、上手に隠されているね。よくできているよ」
僕が「へぇ……」って思ってその模様を見ていると、妙に響く足音が聞こえてきた。
「来たようです。床に細工がしてあって、特定のタイルを踏むと、この部屋に音が伝わるようになっています」
その細工を知っていて、意図的に鳴らす“影”は、待ち人のパインだという事だね。僕達はそれから一言も口を開かずに、ただ到着を待った。
「さ、どーぞ。入って入って、ココちゃん」
「へぇ……。広いのね」
いつもよりさらに軽いノリのパインは、一人のメイドを連れて部屋に入って来た。
パインに『ココちゃん』と呼ばれたメイドは、金髪に赤い瞳で、二十歳は過ぎているかな? 手に持ったバスケットにかけられた布は、騎士団で使われる物だ。
えーっと、騎士団の食堂で見た事があるような、ないような……。思い出そうとしている僕の手の甲を、兄上がちょいちょいとつついてきたのでそっちの方を見ると、兄上が一つうなずいた。騎士団の食堂で住みこみで働く二十代のココちゃんね。わかった。……相変わらず、兄上には僕の考えが筒抜けなのね。
僕と兄上がメイドの身元の確認をどーにかこーにかしているうちに、パインとココの二人はベッドの上に座りこむ。お互いに抱き合ったり、手や耳元にキスしたりイチャイチャし始めた。僕が見ていていいものなのかな、コレ?
「それで、ボクに頼みたい事って何なのかな? 魅力的なココちゃんのおネガイなら、何だって叶えちゃうよ、ボクは」
パインはココの肩を抱いて、耳元にキスをしながら目的の言葉を誘い出す。
「いいの? そんなに難しい話じゃないのよ」
ココはパインの呼びかけに対して、「待ってました!」と言わんばかりに目を輝かせて、バスケットを手元に引き寄せる。布をよけて、中から取り出したのはどうやらお茶の缶のようだ。
「これなんだけど。父の商会から今度売り出す予定のお茶なの。王族の方々に愛飲……ううん、一度だけでも口にして頂いて、『おいしい』って認めて頂けたらいいの。それだけで、売り上げが天と地ほど変わるんだから。パインのお父様は陛下の侍従でしょう。一度だけでいいの。どうにか陛下に召し上がって頂けないかしら?」
「へぇ、見せて見せて。……缶はすごいオシャレだね。これ、飲んでみていい? 今この部屋で」
「――だ、ダメよ! 数が限られているの。その……貴重な茶葉だって、聞い……たし。と、とにかく、陛下に一番に飲んで頂きたいの」
「ココ……」
瞳も声も溺れたように定まらず、体全部で「不審です!」と叫んでいるようなココを、目を細めたパインは片腕だけで抱きしめる。
その際、パインは右手に持っていたお茶の缶を後ろ手で――手首のスナップだけで投げてきた! グラスが片手で受け取るのと、彼女の目と耳をごまかすために、パインがココの耳元で「チュッ!」とキスをするのは、ほぼ同時。……ちょっとだけカッコいいとか思ってしまった、僕。
グラスはしっかりと手袋をはめた手で、慎重に缶のふたを開ける。それから、中の茶葉を兄上と二人で順番に覗きこんだ。
「ココ。わかっているとは思うけど、陛下の口に入る物は、大体決まった商会から仕入れた品なんだ。たとえ私の父が陛下の侍従でも、そう簡単にはいかないよ」
「パイン、そこを何とかならないかしら? 今、父の商会の経営が思わしくなくて。このままでは、何もかも手放さなくてはいけなくなっちゃうの。あなただけが頼りなのよ。お願い、お礼なら何だってするわ」
ココは言いながらパインに抱きついて、さらにはパインの右手をつかんで自分の胸元に導く。
「ね、お願い、パイン。私、私……あなたになら何をされたっていいの……」
「ああ……。ココ!」
パインは感極まったように、ココを両腕でギュウっと抱きしめる。お互いに目を見つめあって、ゆっくりと顔を近づける二人を見ている僕の横で、兄上とグラスは【鑑定】を終えたようだった。
「その女は“黒”だ。パイン」
まるで地獄の底からの使者のような、低い低い声を発したグラス。
「――え?」
パインにしがみついていたココは、いるとは思ってなかっただろう第三者の声に、まぬけな顔になった。
「ああっ! 何という事なんだ、ココ……」
「えっ、えっ? パイン、待って。誰か他にいるの?」
「聞いてくれ、ココ! 何という悲劇なのだろうか」
「待って! 聞いて、パイン! このっ……!? はなせっ……!」
パインは悲痛な表情を浮かべて、ギュウギュウギュウギュウと執拗なほどにココを腕にからめ捕る。逃げ出そうと、ココは必死にもがいているけど、びくともしていない。
「ああ、ココ! ボクの胸はキミを思って今にも張り裂けそうだ! こんな、こんな……。――この低度で馬脚を顕す女にオトされると。そう見なされている俺は、屈辱的に哀しいよ」
まるで舞台上の俳優のように、大げさに言葉をぶつけるパイン。と、突然。人が変わったような口調になってココの頭部を両手ではさむと、視線だけで相手を殺せそうな目で、彼女をにらむ。
ココが「ヒッ!」と怯えた様子を見せた、その刹那。
――ゴキャッ! っと、聞こえてはいけない類の音がして、ついたての向こう側は、シン、と静かになった。
「オイ。パイン……」
「ダイジョーブ、大丈夫。わざと大きな音を鳴らしたのはサービスで、生きてるから」
「誰に対する何のサービスだ。まったく……」
さっきまでの揉め事はまるでなかったかのように、気安い言葉を交わし合うグラスとパイン。
イスから立ち上がったグラスがついたてを壁際に寄せると、意識のないココを荷物のように肩にかついだパインが目に入った。
「正直、この低度のハニーだと、雇い主から重要な情報を貰っている事は、ほとんど期待できないんですけどねー」
言いながら、もう一つの扉に手をかけて開け放つパイン。……。本の挿し絵で見た事があるような、拷問器具がたっぷりつまっている部屋について、触れてはいけない。
「でも案外、『つい物陰から見ちゃったんですぅー』みたいな情報が侮れなかったりするんで。念の為、アレコレ聞く事にしているんです。あ! ここから先は流石にまだお見せできないので、お部屋に戻っていて頂けますか?」
当然だ。僕はもう(自分の部屋に)帰りたい。
「それと、申し訳ございません、リンデン王子。二〜三日は“お料理”に集中したいので、お世話ができません。グラス義兄さん。リンデン王子の事を、どうかお願いします」
「義兄さん?」
「……私の妻が、パインの姉なのです」
グラスが結婚していたのを改めて聞いて、驚いたのはいいんだけど。いいんだけど……。パインの近親者と知って、僕は自然と一歩下がった。
「私はこの男とは全然違いますから。その反応は少々傷付きます」
「ごめん、グラス。つい……」
僕とグラスがやり取りをしていた間、何かを考えている風だった兄上は、顔を上げてパインに視線を向ける。
「パイン。私は構わないんだけど……」
「ど?」
「せっかくだからね。材料が採れない時期があって、作られなくなった“薬品の類”の資料が、禁書庫に保管されていたんだ。再現したモノがあるから、試してみてくれる?」
兄上は小首を傾げて、上目遣いで微笑んだ。「どーいったたぐいのモノ」なのか、詳しく触れてはいけない。
パインは、かわいらしい仕草で告げられた兄上の言葉に、一瞬だけ虚をつかれたような表情になるが、すぐに呑みこんでニヤリと笑った。
「りょーかいでーす」
「グラスに預けるから。後で感想を聞かせてね。あ、ちゃんと解毒剤も用意したから、安心して?」
ああもう、『解毒剤』言っちゃった、兄上。
僕と兄上とグラスは、パインとココがもう一つの扉の向こうに消えるのを見送る事なく、使用人達の居住区を立ち去ったのだった。
★★★
簡単な朝食をとったあと、グラスの指示を受けた侍女に手伝ってもらいながら、今日の催しのための衣装を身につける。身だしなみを時間ギリギリまで確認してから、兄上と僕に用意された控え室に、グラスと入った。
僕がグラスに淹れてもらったお茶を飲んでいると、少しして兄上とパインも控え室にやって来たので、挨拶を交わす。
兄上はパインが用意したお茶に口をつけると、ふと思いついたかのように言葉を発した。
「そういえば、例のアレ。効果はどうだったの?」
「いやー、なかなかどうして、効き目は絶大でしたよ。一応、家族に見守ってもらいながら、私も試したんですけど。【(毒)無効】のスキル持ちでも、苦痛でのたうち回りましたから」
チラリとパインに視線を向けると、心なしか、げっそりしているように見える。話す声も、ちょっと掠れていた。
「後程、使用後の感想などを報告書にまとめて提出致しますね。他にもございましたらお申し付け下さい。モルモットの確保には事欠きませんので」
ニッコリ笑うパインと、それを受けて満足そうに微笑む兄上。
「……僕はね、グラス。仕える側も、仕えられる側も、気が合わないよりは合った方がいいと思う。思うんだけどね。相性が良すぎるのも、これまた別の問題だと感じるんだ」
「上には報告を致しますが。恐らくは、あのままでしょう……」
「だよねー」
言ってはみたものの、僕も何がどうこうなる事を、期待しているわけじゃない。兄上とパインの未知数な主従が、この先ナニをやらかすのか、想像もつかないよ。学園は城よりも警備が手薄……って事は、ひょっとして見て止める人がいないってコトじゃないの!?
「グラスぅ……」
途方に暮れた気持ちになりながら、僕はグラスにお茶のおかわりを頼むのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
パインの“釣り(比喩)”風景をメインにお送りしました。
炸裂! 『ハニートラップ・カウンター』です。
なお、釣り上げたハニーちゃんの“お料理”風景は諸事情により『ヒ・ミ・ツ』にせさせて頂きます。ご容赦下さいませ。
仕事のフォローを何かとしてくれて、親切で紳士的に振る舞うし、話をしてみるとかなり気さくなのでモテます。
よって作中のように「あんなのオトすのなんて楽勝じゃない?」と、噂だけでパインを見誤ったトラップなハニーちゃんは痛い目に……遭いました。
純粋に好意を寄せてくれるシロウトさんや、権力者(例:グリム侯爵)に愛人にされそうになって泣きついてきたようなメイドさんには、情報網を駆使して、縁談を世話したり、地方へ働き口を斡旋したりしてます。




