047 僕と兄上と、パイン
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兄上の曰く、『普段は影の薄い側室を演じている』母上の本気に触れた部屋は、すっかり母上に主導権を握られていた。
そこへ、腹心の侍女プラムが、皿に取り分けて母上の前に差し出したのは、王族でも気軽には食べられないとっておきの逸品。『ダンソウの谷』のそば、『コンジキの平原』特産のジュエルベリーのタルトだ。
ジュエルベリーはその名のとおり、色とりどりの宝石みたいにキラキラ輝いている木の実で、とってもキレイ。『ダンソウの谷』『コンジキの平原』共に王領ではあるけれど、谷の神殿に住まうブラックドラゴンが本当の支配者のようなもので、日頃の立ち入りは厳しく制限されている。
そのまま食べてもおいしいジュエルベリーは、お酒や薬にも加工されるので、嗜好品としても価値が高い。
王都の孤児や一人親家庭の子供達。また、各地の神殿の転移魔法陣を使って集まった、家計を助けたい子供達に摘み取らせるのが、春から初夏にかけての恒例らしい。
行き帰りの移動手段の手配や食事の提供は国が費用を出して、道中や採取中の魔物討伐などの警備は、兵士達が訓練もかねて行う。社会福祉の一環、だと兄上に聞いた。ドラゴンが「子供達の為になら利用を許す」とも言っているらしいしね。
摘み取った実を、商人が高値で買い取るから、各地の孤児院の運営が安定するし、事情がある家庭の子も暮らしていけるようになるって、回復術師団のおじいちゃん達から聞いた。
地方の孤児院出身のグラスは子供の頃に参加して、一人親の子供達と摘み取り競争をしながら話をしたようだ。いい商人に当たれば、ジュエルベリーの買い取り額が半年分もの家賃になるから必死そうだった、と補足して教えてくれた。
余談だけど、グラスはこのジュエルベリーの摘み取りで地方から出てきた時、前任の草から“影”にスカウトされたんだって。【鑑定】のスキルは、子供に引き継がれて生まれるとは限らないし、貴重だから放っておかれなかったんだね。
★
ルビーやアメジストのような実をすくって口にした母上が、ほころぶような笑顔で呟いた。
「おいしいわね」
「ようございました。生の実は、今年もそろそろ終わりとなるでしょう」
母上の言葉に答えたプラムが、僕や兄上の前にもジュエルベリーのタルトを並べてくれた。父上にだけは、黒や茶色の実を煮て固めたゼリーだ。僕には苦いと感じるそれを、父上はじっくり味わうように食べ始める。
父上の様子を慈しむように見ていた母上は、「まだ伝えていない事があった」と、思い出したように言葉をつむいだ。
「先ほどの話の続きだけど。カーティス公爵家は警備の強化の為に、屋敷に手を入れるのですって。その間、カメリアは子供達と領地で過ごすと言っていたわ。半年後からは妃教育も本格的に始まるのでしょうし、いい機会ではないかしらね」
兄上は母上の話を耳にしながら、これまで入手した屋敷の情報が意味をなさなくなる事に苦い顔をして、ローズ嬢と数ヶ月間は会えなくなる事に絶望の表情となり、それから、あごに手を当てて何かを真剣な顔つきで考えている。
少しして、グラスの方を見た兄上が口を開こうとした直前、遮るかのように声をかけたのはカクタスだった。
「リンデン王子。あの双子の事でしたら、一旦下げますので」
「何故!?」
「せっかく貴族の血をひいているのです。この先堂々と王城内で勤められるよう、十四歳になったら学園に通わせます。その準備段階として、最低限の知識・教養・貴族としての振る舞いを身に付けさせなければなりません。護衛に関しては別の者を派遣します。ただし、情報を流す予定はございません。その点はご理解下さいますように」
カクタスの言葉に、「納得できない! いや、してなるものか」と言いたげに息を吐いて、ソファーの背もたれに投げ出すように体を預ける兄上。「何か他の手はないのか」考えようとし始めたのか、天井を見上げる。
「あ」
が、すぐに何かを思い付いたのか、兄上はガバッと起き上がり、父上とカクタスへ交互に目を向けた。
「学園と言えば、私も次の春には入学の予定です。寮へ連れて行く使用人の選定をお願いします。【鑑定】ができるグラスは安全の為、今後もローレルの側にいてもらうつもりですので」
兄上の言葉に、僕と兄上以外のみんなは納得したようにうなずく。
「ご希望などはございますか?」
「うーん……。【鑑定】は自分で使えるからいいとして。男性で。そうだなぁ……、いざという時には躊躇わずに“お片付け”できる事」
“影”達の頭領として、兄上の要望を知っておこうと質問したカクタス。兄上の『躊躇わずお片付け』の言葉を聞いた辺りでは、「それくらい大抵の者ができます」と言わんばかりにうなずいた。
「ナニを」ためらわずに行うのか、聞いてはいけない。
「もちろん始ま……ゴホン! お片付けの後は完璧ないんめ……」
「始末」とか「隠滅」とか、ほぼ言っちゃってます、兄上。「ナニを」とか、やはり聞いてはいけない。
「う゛う゛ん! あー、とにかく“お掃除”の類が全般的に得意な男性。あとはそうだなぁ……、とにかくついてきてもらわないと。私の言動に寛容で、柔軟に対応できて、前向きに協力……いや、私と気が合えばいいかな」
「ナニを」前向きに協力させるつもりなんですか、兄上? って、ローズ嬢に関してですよね。それを堂々と求めるのも、僕は問題だと思うんですが。それ以上に、『兄上と気の合う“影”』を要求するのも、そんな人材が実際にいる可能性を考えるのもキケンだと思います。その辺はいかがお考えでしょうか、兄上?
兄上のあげる条件を聞いて、ヘーゼル叔父上はもちろん、カクタスも額に手を当てて、ものすごい顔になっている。
「……お前のそんな顔を皆の前で見るのは久しぶりだな、カクタス」
「申し訳ございません。失礼を致しました、陛下。……少々お時間を頂けますでしょうか、リンデン王子。候補が決まりましたら後程向かわせますので」
「頼むね」
いつかグラスが僕達の元にやって来た直前のように、兄上はカクタスに笑顔を向けたのだった。
★★★
今年最後のジュエルベリーを味わった、さらに数日後。
僕が次の近衛騎士団団長を目指す事を知った剣の師匠達は、稽古の内容をより厳しいものにし始めた。おかげで打ち身やすり傷が前よりも増えたので、訓練の後に回復術師団に顔を出すのが日課になりつつある。
よく利用するのは回復術師団の本部の建物の奥、相談役の長老術師の個室だ。治療も調薬も研究も、なんでもかんでもやるみたいで、部屋中物で溢れかえっている。最近の兄上は、よくこの部屋に入り浸っているので、兄上に治療をしてもらう僕も、自然とここで過ごす事が増えていた。
「イッ!? イタタタタタ……、痛い痛い!」
「よいですかな、リンデン王子。回復魔法に込める魔力を、ほんの、ちょこーっと、いじるだけで、このように苦痛を与える事ができますのじゃ。さ、やってみなされ」
「はい、師匠」
「ちょっ……!? 兄上まっ……っっっいったーー!!」
……回復術師団の長老術師が、兄上にロクな事を教えない。兄上も! 「はい、師匠」じゃなくて止めてくれよ!
「ホホ……、ローレル王子。これは初歩も初歩の拷問ですぞ。陛下をお守りする存在として、敵に自らその身を差し出す。そんな事が必要な場面がくるやもしれません。捕虜となったその時に、これしきの痛みで声を上げるようでは、いけませんぞ」
「あああ兄上! 兄上の方がかなり痛いんだけど!?」
「うん。木属性の【毒】魔法も併用しているからね」
「ギャーーー!?」
「ホホ……、リンデン王子はウラの才能もありそうですな」
「イダダダダダ……! グラス! 兄上を止めてよ」
「何故ですか? ローレル王子。我々(“影”)の中ではよく見られる光景ですので、その必要を感じませんが」
敵ではないはずなのに、味方でもない! この人達の常識が僕にはコワイよ!?
「大丈夫だよ、ローレル。証拠は残さないようにするから」
僕が、「それのドコが大丈夫なの!?」と叫ぶ前に、兄上は痛くするのを止めてくれた。僕はつかまれていた腕を振り切って、「ふー、ふー」と息をかける。
「傷自体はちゃんと治っているだろう? これで一通りは治療したかな。師匠。質問ですが、逆はないんですか?」
「逆と言いますと?」
「苦痛ではなく、快感や快楽を与えるものです。飴と鞭で、両方できた方がいいでしょう」
「おお、調教の手段は幾つもございますぞ。できれば成人してからと思うておりましたが、こちらが把握していない場所で覚えられるのも、都合が悪い。どれ。幾つか入門編のヤツを伝授致しましょうかの」
「ソレはできれば僕のいないトコでお願いします!?」
兄上の師匠は「ホホ……」と笑いながら部屋を出て行く。聞いちゃいねー。
「……おお! 珍しいな、お前さんがこんな所に来るなんて」
「リンデン王子に挨拶をしに来たんだよ、お祖父様。こちらにいるはずだと」
「おお。中にいらっしゃいますぞ」
ついさっき出て行ったばかりの長老術師は、すぐに戻って来た。フワリ、と部屋の中に吹きこんできた風と、一人の若者を連れて。
部屋に入って来た使用人の見た目は、二十代の中頃くらいかな? エメラルドグリーンのツンツンした髪に、黒にも見える緑色の瞳。背は、中背ってやつだけど、どことなく小柄な印象から、似たような誰かを最近見た? いや、前にもどこかで……
「へえ……」
小さく呟いた兄上の方に目を向けると、その瞳が一瞬だけ銀色に光ったように見えた。
「カクタスの息子か」
「はい。父に言われて、リンデン王子にご挨拶に参りました」
「まさかお前がリンデン王子に付くのか!?」
「何を考えておるんじゃ、カクタスの奴は」
グラスが珍しく感情をあらわにして男に詰め寄り、兄上の師匠も呆れたような声を出して首を振っている。
僕が、グラス達がどうしてそこまで反応するのかわからなくて、キョロキョロと事の成り行きを見守っていると、彼と目が合って、ニコリと笑われた。
「お久しぶりです。ローレル王子。ローレル王子の恋のカタチは、見つけられましたか?」
「あ!」
そうだ、どこかで見た事があると思ったら! 昔、廊下の片隅で見ていた使用人達の逢い引き。そのほとんど全てと言ってもいいくらい、男の方は彼だった。相手の女は毎回のように違っていたのに。
何回目かにその事に気がついて、「彼はスゴいなー」なんて思っていたら、いつの間にか背後を取られていた。何をしていたのか問い質されたのをきっかけに、ちょっとだけ話をするようになったっけ。僕が恋のカタチを集めるのを止めてからは、会わなくなったんだよね。
ある時、彼とキスをしていたメイドが他の男と抱き合っているのを見て、その事を隠しきれなくて、相手の男の事をしゃべっちゃった。メイドの事を怒るかと身構えたら、ニンマリとした笑顔を浮かべられて、ちょっぴり引いた。
……そうだ。その後で夕食に混ぜられた毒に、兄上と二人で「今回の毒もマズイ。おかわり」なんて言いながら飲みこんでいた時――青い顔で震えていたのは、あのメイドと、抱き合っていた方の男だった。……あれ以来、二人の姿を城で見た事はない。
僕は、『カクタスの息子』の方を改めて見てみる。
「“影”?」
「ええ、そうです。その節はご協力をして頂いて、感謝しておりますよ、ローレル王子」
僕と目線を合わせるように姿勢を低くした彼は、そう言うと不敵に微笑むのだった。
★
「キミの事は何と呼べばいいのかな?」
僕達の話が一段落したようだと判断したのか、兄上は、彼にそう問いかけた。
「はい。改めまして、パイン(松)と呼んで下さい。属性は、メインが『風』でサブが『闇』。特技は“釣り”です。私みたいなのを東の大陸風に表現すると、“ホスト系チャラ男”と言うようです。本日ただ今より、お試しでリンデン王子の従者になりますので、宜しくお願い致します」
僕には“ホスト系チャラ男”が何の事を言うのか、わからないけれど。個性を消して気配を消して主に仕えるのを好しとする王宮の使用人には、あまりいないタイプだ。言葉遣いも兄上への礼も変ではないはずなのに、不思議と軽く感じるのはなぜだろうか?
「『お試し』というのは?」
「父曰く、『相性は未知数』だと言う事で。リンデン王子のお許しがあれば、学園卒業までを目処に、お仕えする予定です。ただどちらにしろ、『リンデン王子には慣れておくように』と」
『ああ……』
この部屋にいた、パイン以外の言葉が重なった。うん。ものすごく納得した。
カクタスの子供は何人かいると聞いたし、パインが次の頭領とは限らないけど、幹部となる事は確かだろう。“影”達の全権は、ゆくゆくは兄上に委ねられるのだから、『慣れておけ』というのは分かる。
「そう。ではさっそく、今日から宜しくね。ちなみに今の時間は、苦痛と快楽を用いた調教の、研究と実践についてだけど」
「あ! 何故私がリンデン王子付きに推薦されたのか、今の一言で氷解しました。その分野に関しましては、“影”達の中でも私は最上位です。疑問・覚醒、何なりとお応え致します。お任せ下さい」
……カクタスの人員配置能力はさすがのようだ。というか、僕のいない所で始めて下さい。今スグ出て行くから、ちょっ!? 待ってってば!!
読んで下さって、ありがとうございます。
気が付けばリンデンは十三歳。そろそろ学園入学準備号(?)
寮に連れていく使用人の描写をどこかに入れるかなー。どこかって、ちょうど今の辺りだよねー。
どうする?
……。
……。……。
……。……。……。
なんか涌いた!?
六月に入ってから爆誕した。
パインは『松』の英語読み。『ナップル』の方ではありません。
自称“ホスト系チャラ男”といっても、王宮住み込みの使用人です。他の方々よりは浮き名を流していると言うだけで、キャラが立つほどの突飛な言動はしていないです。
彼の特技、“釣り(比喩)”の撒き餌。彼自身は“影”の中で、烏賊釣り漁船の集魚灯みたいな役割です。
次回
『僕と兄上と、ヒ・ミ・ツのパインちゃん』(嘘題)
初稿は上がっているので、近日中に投稿します。
……残念かもしれないお知らせです。女性は出ます。体を張った系女子ですが。あ、『R15』です。
お楽しみに。




