049 僕と兄上と、国宝
当初の原稿より長くなってしまいました。誤字・脱字チェックをする度に書き足す事になる。そしたらまたチェックが必要に……(リピート)。
分割に向かない流れ――これ以上、控室ネタで引っ張るのもなんだかな――ですので、お付き合い下さい。
ちなみに今話も、陛下の誕生祝いの催しまで、たどり着きませんでした。
今回、某キャラクターの名前が初出となります。さりげなくスルーされないといいですが、気にしてみるといいかもしれません。
★★★
控室のテーブルの上には、お茶うけとして干した果物が何種類も置かれていた。中には、父上の誕生祝いの献上品のおこぼれもあったりして、この時期は珍しい物が食べられるから、嬉しかったりするんだ。
僕はパインのオススメに従って、輪切りのオレンジの砂糖漬けをお茶に入れて飲んでみる。温かいお茶に触れてオレンジの香りが溶け出したせいか、そのまま食べるよりも風味がより一層強くなった気がする。
「おいしい……!」
と言って、僕が笑顔を向けると、パインはまんざらでもない笑みを浮かべて、ちょっとだけ胸を張った。
「こちらもどうぞ」
次なる“パイン・セレクト”は、一房のブドウをまるごとそのまま干した物。蔓を編んだ篭に入れられていて、ブドウの葉を模した砂糖菓子が添えられているあたり、芸が細かい。
僕がふだん口にするのは、バラバラになった物やパンや焼き菓子に練りこんだ物だ。初めて見た形の干しブドウに興味をひかれた僕は、さっそく房に手を伸ばすと、一粒ちぎって口に入れる。いつも食べる物より、こっちの方が粒が大きくて甘味も強くておいしいや!
……何でパインが、さっきからかいがいしく僕にかまっているのかって? 兄上が干したジュエルベリーの器から、赤や黄色の実だけを選んで左の手のひらに乗せて、時々右の人差し指でつついたりしながら、思いつめたようにじっと見ているからだよ。
昔、ローズ嬢と一緒に食べた事があったのを、思い出してでもいるんだろう。兄上が「あーん」と言って食べさせようとした時は、ホーリーに止められていたけど。
「パイン……」
別に用事がある訳じゃない。僕は何となしに彼の名を呼んだ。それに対してパインは、右手の親指を「ビシィッ!」と立てて、白い歯を「キラーン☆」と光らせて笑顔で答える。
「ダイジョーブです。あの状態の時にはイジっちゃいけない。『触らぬ王子様に祟りなし』。ちゃんと学習できる生き物ですよ、私は」
「そう、よかった。兄上のフォロー、これからもよろしくね」
喜べばいいのか、哀れめばいいのか。すっかり“しつけ”済みのパインに兄上の学園生活を託すと、彼は浮かべた笑顔のまま固まってしまった。
いや本当、お願いね。何があっても、離れてしまう分の距離はどうにもならない。兄上を強くするのも弱味となるのも、ただローズ嬢だけだ。その事実を肝に銘じておかないと、兄上とは付き合っていけないよ。
僕が軸に付いた干しブドウをプチプチとちぎって、残さず食べ終えた頃。兄上は扉の方をチラリと見てから、手の上のジュエルベリーの実を全て口に含んだ。モグモグと噛みしめている兄上が左手スッとを差し出すと、跪いたパインがおしぼりで丁寧にその手を拭う。
パッと見は、言葉にしなくても主人の意を酌んで行動する優秀な使用人だ。父上とカクタスの間でもしょっちゅう目にする。でも、兄上とパインの場合だと違う風に見えるのは何でだろう?
パインは兄上の手をキレイにした後、更に身を屈めて乱れたローブの裾を直している。……ああ、もうすっかり兄上に調教されちゃって、パインったら。なんて言葉がわいて出てくる僕も、そうとう毒されてるよなぁ。
――コンコン。
っと、時間のようだ。僕はカップに残っていたお茶を飲み干して、グラスから渡されたおしぼりで手をきれいにしてから立ち上がる。……もちろん、僕は手を自分で拭くよ、兄上とは違うからね。騎士はある程度、自分の事は自分でできなくちゃいけないんだから。
僕と兄上の控室にやってきたのは、近衛騎士団団長であるヘーゼル叔父上を先頭に、魔術師団団長のランドルフ公爵、回復術師団団長のアルトマン侯爵、さらに護送の騎士達というそうそうたる面々。これから盛装の最後の仕上げ――いつもなら国庫に保管されている宝物を身につけるのだ。中には国宝もあるんだって!
今頃はアコナイトの控室で父上が――先代の皇太子殿下から次代の皇太子殿下へと――やはり伝来の宝物を授けているんだろうな。
僕と兄上が座っていたソファーではなく部屋の奥のテーブルに、護送の騎士達が布でおおわれたトレーや箱を次々と置いていく。ランドルフ公爵やアルトマン侯爵が、窓側で運んできた宝を確認し始めたから、兄上とパインは二人の近くへ歩いて行った。
「こっちへ来い、ローレル」
同じように、廊下側で確認をしていたヘーゼル叔父上に声をかけられて、僕はそちらへと向かう。後ろにはグラスが付いて来てくれた。
僕はヘーゼル叔父上の前に立つと、直接手渡される品々を一つずつ装備していく。帯・腕輪・指輪には、それぞれキラキラでゴージャスな宝石がいっぱい付いているし、どれもこれも貴重な魔道具でもあるのだ。それらを身に付けた後、僕は片膝立てで座り、両手で前髪をかき上げて後ろに流す。
「フォレスト王国、当代の王・パーシモンの息子ローレルに、この冠を――」
叔父上が手に持った冠は、幅広で、何だかまるでハチマキみたい。輪の一部が切れていて、その部分が頭の後ろにくるよう、正面から額にはめる。鈍色の金属は、銀か、ひょっとしたらミスリル銀。細かな彫刻が施されていて、僕の目の大きさくらいの緑色の宝石が付いている。
僕は少しだけ頭を後ろに倒して額をさらし、叔父上が冠を授けるのを受け入れた。眉間に宝石のヒヤリとした固さが触れた時、「――ズクン!」とうずくような感覚に、僕は思いっきり顔をしかめる。
「ハハハッ! ローレルもか。俺も初めてこれを装備した時は、不快感に投げ捨てたくなったもんだ」
「……これは、何なのですか?」
僕は、つい、冠を取っぱらって髪やおでこを「うが〜!」とかきむしりたくなるけど、何とか前髪をちょいちょい触るだけに抑える。
「伝わっている説明だと、『第三の眼』を刺激する。らしい。本当かどうか、俺にはわからん。ただ、これを身に付けた後は、【危険察知】【気配察知】【魔力察知】このあたりの系統スキルを体得するって話だ。実際に俺もそうだったしな」
「そうですか。ムズムズと気になるけど、ガマンしてみます」
「すぐに治まるさ。俺の時はいつの間にか気にならなくなって、いざ外そうとしたら逆に寂しく感じたもんだ。――ではローレル。最後にこれを」
叔父上は一つ息を吸ってそう告げた後、騎士から手渡された儀礼用の細剣を差し出してきた。
柄も鞘も地色は茶色だけど、それを全ておおい隠すほどに金や宝石で飾られている。まだ子供の僕でも、問題なく扱う事のできるこの剣――これもまた、一種の魔道具だ。
フォレスト王家に流れる血と魔力に反応して、王城内のいくつかの結界を起動させる鍵となる。過去、戦争の際に軍を率いて不在となる王に代わり、留守を任された王子のために誂えた物が、今、僕の手に伝わったのだ。
僕は立ち上がって、受け取った剣を腰に佩く。叔父上やグラスが何ヵ所か身なりを整えてくれると、それぞれ一歩下がってから眼を細めてうなずいた。
「おう。丸きり見違えたぞ。凛々しくなったじゃないか」
「ええ。ご立派に成長なされて。私も嬉しく思います」
叔父上やグラスにそう褒められると、僕はちょっと照れ臭く感じてしまう。顔が赤くなったり、ニヤニヤしてしまうのをごまかすように、兄上の方に目を向けた。
今の兄上は、僕の服より明るい緑の、回復術師団の儀礼用のローブを着ている。正確には刺繍の種類や飾りが違ったりするんだけど、兄上の立場は見習い扱いとかなのかな? それからやはり僕と同じように、金や宝石で飾られた品々を手渡されて身に付けていた。
房の垂れ下がった飾り帯や、魔法補助用の腕輪やイヤリング。他にも、ピカピカに光っているミスリル銀のリング状の冠には、涙型の深い青の宝石が一粒輝いている。
冠は僕の物よりかなり華奢で、うかつに触れたら砕いてしまいそう。そんな繊細で美しい魔道具を身にまとった兄上は、本の挿し絵で見たエルフのように神秘的に見えた。
「では、最後にこちらを……。そろそろ宜しいでしょうか? ランドルフ団長」
回復術師団団長のアルトマン侯爵の言葉に、魔術師団団長のランドルフ公爵が「はっ!」となって、しげしげと観察していた物を名残惜しそうに手放す。
改めて、回復術師団団長から未来の正団員たる兄上に、杖に似た物が授与された。……何で、木の枝?
「いや、この国宝を見る為に、今日この部屋に同行したと言っても過言じゃない。貴重な経験ができた」
「これは一見すると只の木の枝のように見えますが、その正体は『世界樹の杖』です。初代国王の末の王子が優れた回復術師を目指し、『レイホウ山の蒼いドラゴン』に教えを乞うたと手記に残されておりました。厳しい指導にも怯まずに、数々の大魔法――リンデン王子が復活させようとしている、最上級の回復魔法などですね――それらを体得し、弟子として認められた記念に授けられた杖、と伝わっています。ちなみに、彼の王子がその後に作った組織が、今日の回復術師団へと繋がっているのです」
興奮した様子のランドルフ公爵に続いたアルトマン侯爵の言葉に、僕は「へー」っと声をもらす。
兄上は『世界樹の杖』を恭しく受け取ってから、おそらくは上、握りにあたる位置にピョコンと生えている双葉に、指先でそっと触れた。
「そう書いてある記録は読みましたが、本当に生きているのですね」
兄上の言葉に、魔術師団団長が授業の時のように説明をしてくれる。
「一説によると『世界樹』とは、天空から大地へと魔力を齎す導管であり、一般的な生き物とは違う理の存在であるらしい。だからその状態で、生きているとも枯れているとも表現がつかん。大本となる『世界樹』が健在である限り、その枝も存在し続けられるのかもしれんが、詳細は不明だ」
「ドラゴンより与えられた時、『フォレスト王家の血を引く者のみが扱う事』、『戦闘には用いずに、回復魔法の行使にのみ留める事』を、使用条件として申し渡されました。その内容自体は、特に異存はないのですが……」
「あー、フォレスト王家って俺やローレルみたいなのが多くて。リンデンのように魔法が得意なタイプが、圧倒的に少数なんだよな。おまけに回復魔法で縛られてしまうと、本当に使い手が少ない。かれこれ百年近く国庫に保管されっぱなしだったと、今回確認した記録にあったぞ」
回復術師団団長が、『世界樹の杖』の簡単な注意説明をしてくれる。
ガシガシと頭をかきながらしゃべるヘーゼル叔父上の言葉に、「そんなに多くない魔法の使い手も、確かに攻撃魔法寄りだったかも」と、禁書庫の本型魔道具を思い出してみた。
……いつの時代かわからないけど、
『フォレスト王家の男共は、後陣でじっと待つということが出来ない!』
こう書かれた当時の宰相の愚痴日記をやはり禁書庫で読んだな。
『脳筋王が才媛王妃を娶って喜んだのは束の間。生まれたのは、悉く脳筋王子。フォレスト王家の呪いが強力過ぎて今日も涙する。』
と、涙で結ばれた日が多かった。読みながらつい、僕は心の中で謝っちゃったよ。
ちなみに、兄上のスキル経由で教えてもらった『脳筋』の言葉のイミに、僕も涙したくなって頭を抱えたな。
僕は『世界樹の杖』の近くに行ってみる。そして、兄上がちょいちょいとつついている双葉を、覗きこんでじっくりと観察してみた。
「だから――百年近く国庫にあったから、この葉っぱは元気がないように見えるんですね」
僕はついポツリともらしてしまう。作り物の植物よりは生きている風だけど、窓から見える木々の葉よりは元気やツヤがなかった。百年近くも放って置かれて、寂しかったのかな?
僕の言葉に何か思うところがあったのか、兄上は右手にライムグリーンの色をした魔力をまとって、『世界樹の杖』に触れようとする。その時――
「わっ!?」
僕は思わず声を上げて飛び退いてしまった。「ワサワサッ!」って音がするほど、双葉が急激に成長して、兄上の右手に蔓のように巻き付いたのだ! 葉っぱも二枚どころじゃなく、たくさん生い茂っている。
「えっと……これは、言葉? ごめん。私にはわからないから通訳を頼むよ。少し待って……」
兄上は小声で呟いてから、集中するように目をつむる。僕は兄上に【閲覧資格】の事を教えられていたから、スキルに聞くんだってわかったけど、僕以外はその事を知らないらしく、みんなで顔を合わせたりするだけだった。
「『我を掲げよ』?」
少しして、兄上はそう疑問のままに口にした。それでもその意味で合っていたからか、巻き付いていた枝は兄上の右手から離れる。
兄上は両手で『世界樹の杖』を支えるように持ったまま、自身がその場に跪いて頭をさらに低くした。蔓のように伸びた元・双葉はウネウネと動いて、兄上がかぶっていた冠をヒョイと外してウロウロとさ迷う。僕が思わず両手の手のひらを差し出すと、元・双葉はポンと冠を置いてから、僕の手首をトントンと軽く叩いた。なんだかまるで「いい子いい子」と言われたみたい。
元・双葉は再び兄上の方へと向かい、兄上の頭の上まで伸びると、ちょっとだけ戸惑っている? みたいに動きが止まる。
「少々お待ちを」
パインがその意を察したのか一声かけると、冠を外した事で乱れてしまった兄上の髪を、クシでささっと整えた。
元・双葉はうなずくように上下に揺れると、兄上の頭上に今度こそ伸びていく。小さい頃に母上に作ってもらった花冠みたいに輪になると、「プツリ」と切れてしまった。冠から余ってしまった部分はスルスルと『世界樹の杖』に戻り、最初に見た双葉の状態――いや、色ツヤはとってもいい。なんだか「ゴキゲン」な感じ――になる。……なんだこれ、スゲー!
「……。えー、この『世界樹の冠』は樹・枝の一部――分身であり、『世界樹の杖』が国庫に保管されている場合でも、同等の力を私に貸して下さるそうです。それから【精霊言語】のスキル習得に協力をして下さると。……。『ビシバシいくから、カクゴしろよ』?」
兄上の言葉に、部屋の中がザワリと揺れた。魔術師・回復術師の両団長が、興奮したように言葉を交わしあう。
「こんな事は今まで記録にない! 前代未聞だ」
「王国史上、最高の使い手という事でしょうか? これはすぐに、陛下にご報告申し上げなければ」
父上への報告は当然必要だとわかるけど、兄上のプラスの面が広まる事になると、ハデなおじさんがどう思うのだろうか? また、何かしてくるんじゃない?
僕が不安を感じていると、兄上・グラス・パインはそれぞれ小声で一言二言交わしあう。兄上がヘーゼル叔父上の方を見ると、叔父上は「心得た」とばかりに力強くうなずいた。
「この件に関しては、私と両団長から陛下へご報告申し上げる。コトがコトだ。他言の一切を禁ずる」
王弟であり近衛騎士団団長という、この場で一番身分が上の叔父上の言葉に、みんな頭を下げて同意をする。
「どっちだろうなぁ。宝飾品でないことを馬鹿にしてくるか。それとも、建国王の戴冠が草冠だった故事を持ち出して、『王位簒奪だ!』と攻撃材料にしてくるか」
兄上が難しい顔をしながら言葉を吐き出した。すると、『世界樹の冠』の状態になってからはおとなしかった元・双葉は、またウネウネと動き始める。
「ああ、ごめんね。私はキミを大事にしていくつもりだけど、政治的な駆引きでイヤな思いをさせてしまうかもしれないんだ」
兄上は『世界樹の冠』に、申し訳なさそうに語りかける。兄上の言葉を聞きながら……うん、たぶん聞きながら。ユラユラと揺れていた元・双葉は、再び器用に動き出した。肩から少し伸びたくらいの兄上の髪を、まるで一つに結わえるようにくるくると巻き付く。この場合は『世界樹の髪飾り』かな? 何だかオシャレである。兄上にはキラキラの宝石よりも、ツヤツヤの『世界樹』の葉っぱの方が似合っているな。
「……。『首飾りや腕輪のようにもなれるけど、どちらがお好みか?』んー、このままがいいかな。できるだけ頭頂部に近い位置にいてもらった方が、いい気がするんだ。何となく、勘だけど」
兄上の言葉を聞いて、僕はさっきから手に持ったままの冠と、兄上の頭の部分を交互に見る。
「こちらはどうしますか? つけますか? 兄上」
「いや。『世界樹』に敬意を表して、私はこのままでいるよ」
兄上の考えは理解できたので、僕は一つうなずく。で、これどうしよう? 困ってキョロキョロ見回すと、叔父上が疲れたようにため息をついた。
「ハァ……。式典が始まる前に、国庫へ戻しに行くしかあるまい。紛失しました、みたいな事にでもなったら大問題だ」
「ヘーゼル様は、もう陛下の元へ向かわねばならないでしょう。国庫へは私とアルトマン団長と、警備の者達で行きますよ」
「助かります。どうかお願いします」
結局、魔術師団団長が僕の手から冠を取って、この控室まで運ぶのに使った箱に入れて蓋を閉じた。
『世界樹の杖』の件で、思わぬ時間をくってしまったらしい。ヘーゼル叔父上達はそれから慌ただしく去って行き、僕と兄上も、わりとすぐに移動のために声をかけられるのだった。……緊張とかするヒマもないから、いいのかもしれないけどね。
読んで下さって、ありがとうございます。
・パーシモン・フォレスト
フォレスト王国、当代の国王。この時、三十二歳。妻が二人に王子が三人。
名前の元ネタ:柿の木。
度重なる戦で混乱したフォレスト王国を先代より引き継ぎ、安定した治世を目指す。王妃を娶ったのは、貴族達の声を無視は出来ないから。早い段階でアコナイトを後継者指名するのは、王位争いを避ける為。
物心ついた頃から自身の髪と瞳の色に密かに苦悩し、最近それにリンデンの奇行が加算されていると自覚する苦労人。
(ローズが学食階段から落ちた時、四十一歳)
(髪と瞳の色はキャラデザ設定からのゲーム補正)




