034 ローレルの視点から
お久しぶりです。
お待たせしました。
034話以降、『ローレルの視点から』の番外編になります。
本当は章を分けた方がいいのでしょうが、ケータイ投稿は非対応の為、ご了承下さい。
個人的都合により、話数はそのまま通し番号とします。
また、『ローレルの視点から』編は過去回想があるのですが、回想パートは一人称に挑戦しております。
(本編主人公のローズでさえ、まだのにねぇ・笑)
ではどうぞ、引き続きお楽しみくださいませ!
(もう、こんな時間か……)
離宮の一角で警備に就いていたローレルは、王宮から微かに聞こえてきた演奏で、大体の時刻を把握する。
(いかんな、少しぼんやりしていたか。まあ、兄上の事だからそつなく為し遂げると思うが。早くこの時がくればいいとは思っていたが、いざとなると落ち着かぬものだな)
近付いて来る足音に、任務の交代の時を知る。ローレルの前に立った同僚と向かい合い、それぞれ右手の握り拳を左胸に当てて引き継ぎの挨拶を交わす。
ローレルと同時に休憩に入る近衛騎士と目配せを行い、その場を任せて歩き出そうとしたところ、離宮の男性使用人頭のモスが現れて、ローレルに恭しく頭を下げた。
「皇太子殿下、並びに妃殿下の御婚姻が恙無く取り交わされました事をご報告申し上げます。また、心よりお喜び申し上げます」
「そうか。陛下へは?」
「只今、ご報告申し上げに向かうところです。では、失礼致します」
去って行くモスを見送る騎士達。姿が完全に見えなくなると、ローレルに「おめでとうございます」と口々に声を掛けてくる。更にその内の一人は、感極まって涙ぐみながら言葉をつむぐ。
「やっと、やっとこの日が……。これで離宮にも真の平和が訪れますね。いや、めでたい。本当におめでとうございます」
「あ、ああ。脅威は大分減ると思うぞ」
昨年の夏からずっと、フォレスト王国の王宮や離宮は波乱続きだった。アコナイトや前王妃、グリム侯爵やその一派に警戒し続けた。
ただ、それらと比較にならない程厳しい闘いだったのは、リンデンの夜這い阻止だった。今涙を流している男は、返り討ちに遭って突破され「何であの方は騎士や兵士じゃないんですか!?」と叫び声を上げていたのだ。
適正があった為に回復術師をしているが、王家の一員として護身の為にも訓練を欠かしてはいないリンデンは、手の内を晒す事を厭い、ローレルや近衛騎士団団長、騎士団団長といったごく限られた少人数と稽古に励んでいた。
今まで披露する機会も特に無かったが、剣の腕前も実は相当なもので、一対一の一本勝負ならリンデンが勝つことも多い。ただ三本勝負ならリンデンは負ける。リンデンはあくまでも、救援が駆け付けるまでの一分一秒を生き延びる事を主眼に置いた訓練しかしていない。
しかし、実はそれも表向きの事だ。リンデンの本当の意味での師は“影”達で、暗器あり、【毒】魔法あり、相手の生死を問わないなら、また話は異なる。ローレルが知っている範囲で、五対一で賊の命全てを刈り取っていた事がある。
グリム侯爵を片付けた事で、本性の一部を晒す事にしたのだろう。
これまでは常に後衛に位置し、穏やかな物腰や麗しい見た目から深窓の令嬢の如く扱われていた節もあるが、ここ数ヶ月の間に、リンデンを見る目はありとあらゆる意味で変わっていった。
ローレルが同僚と共に離宮内の警備の詰所に顔を出していると、メイドのペトルが客の訪れを知らせて来た為、離宮内に割り当てられた私室へと移動する。
今日、この日のこの時間、ローレルを訪ねて来る人物の心当たりは一人しかいない。彼の人物と互いの労をねぎらおうと、自然と足取りは軽くなっていった。
★★★
「お疲れ」
ローレルの為に割り当てられた区画の応接室で、気安く声を掛けてきたのは十五年以上の付き合いになるホーリーだった。ローレルの予想通りである。
公の目がある場所ならともかく、今のような私的な場では飾らぬ言葉で接してくれる。ローレルとリンデンにとっては貴重な幼馴染みだ。
「今着替えるから、少しだけ待っててくれ」
「いいけど。こんな時に警備に就かなくても良かったんじゃないのか?」
ホーリーは肩をすくめながら、至極もっともな事を言う。
王家の婚姻の最初の夜は、不測の事態に備えて、双方の家から人を出して見届ける決まりになっている。大昔は本当に同室していたらしいが、今は年嵩の侍女が廊下で控えるくらいで、ローレルはホーリーと共に別室での滞在を求められていたのだった。
「それは重々承知していたが、控室で待機というのも落ち着かなくてな。いつもの癖で、つい止めに入りそうで」
「ハハッ……!」
「もし万が一そんな事を為出かしてみろ。俺でさえ兄上に血祭りに上げられるのは容易に想像が付く」
ローレルはそこで一旦言葉を切って私室に移動する。騎士として、特別な装備でない限りは人の手を借りずに身の回りの事を自力で行えはするが、今は友を待たせている為に、脱いだ服の手入れをペトルに任せて室内用の服に着替える。
先程の応接室に戻ったローレルは、ホーリーの向かい側のソファーに腰掛けると、テーブルの上に置かれていた数本のボトルに目を留めた。
「我がカーティス公爵家より、お祝いのワインをお持ちしました。どうぞお納め下さい」
「ローズ嬢の生まれ年……いや、今はもう義姉上か」
「そう。もう少し寝かせても良かっただろうけど、出来自体はいいよ」
ローレルとホーリーがワインについて話をしていると、四十代程の男性使用人のグラスがワゴンを押しながら入室してきた。ワゴンの上にはやはり複数のボトルが置かれている。
「こちらは陛下より下賜されましたワインでございます。お祝いにお二方でどうぞと」
「お、特別な晩餐会でしか振る舞われない王領特産の逸品じゃないか。しかもこちらは……リンデンの生まれ年のか」
「ええ。ここだけの話ですが、陛下が即位して以降、一番の当たり年の物と言われています」
「それは楽しみだ。先に陛下からのワインを頂くとしよう。その後でこちらのも頼む」
「畏まりました」
グラスがホーリーよりワインのボトルを預かり、僅かな時間“視て”いる間に、別のワゴンを押したペトルと弟のツリーが入室して来て、つまみとなる軽食をテーブルの上に並べ始める。
酒盛りの準備が整うまでの間、ホーリーは部屋の中を見回してから口を開く。
「結局、離宮に住み込む事にしたのかい?」
「ああ、急遽そうなった。兄上も結婚する事だし、いつまでも近くにいるのはどうかと思って、前と同じ王宮内に留まる予定ではあったんだが、我が婚約者殿がな……」
「スワン王女の口利きで離宮に引っ越したのかい? 一体何と言われたんだ?」「それは……」
ローレルが言い淀んでいると、ワインを注いだ銀製の杯を差し出したグラスが、代わって説明をする。
「ローレル様が女性からの人気が高いので、心配なのだそうですよ。スワン王女が成人されて嫁いでくる迄は、リンデン様の側で生活していてほしいのだと」
「その後に続けて何と言ったのだと思う? 『リンデン様に振り回されているうちは、他の女性に現を抜かしている余裕など到底生まれようも無いでしょうから』ときた」
「アハハハハハ……! いい、いいね、それ。最高だよ」
「全くだ。こちらの急所を確実に抉りにくる。我が婚約者ながら大したものだと思う」
「ローレル様、スワン王女は非常にお似合いの二人だと、リンデン様も手放しで認められておりました。勿論、私も同様に感じております」
「ああ、まあ、呑もう。めでたいから呑もう。では、我が友リンデンと妹ローズの婚姻を祝して。また、ローレルとスワン王女の婚約を祝して、乾杯!」
「乾杯」
二人は杯を掲げた後ワインを口に含み、馥郁たる香りを楽しみながら嚥下する。
「ああ……。当たり年だと言われるのも頷ける。美味いね」
「そうだな、美味いな。うん、本当に美味しいな。こんな美味しいワインで心地好く酔ってもいい日がくるなんて」
「それ程かい。味が分からなくなるから泣き止みなよ。まぁ、気持ちはわからなくはないけどね」
「もう、兄上に関しては一言で言い表せない程色々とあってね……。聞いてくれ、心の友よ」
「聞こうじゃないか、心の友よ」
ローレルとホーリーは互いに苦笑いを浮かべたまま、一杯目のワインを呑み干す。おかわりをグラスが注いでいる間につまみを口にして、それぞれ幼かった頃の事を脳裏に浮かべ始める。
受け取った杯に口を付けて唇を湿らせ、懐かしむように、ローレルは言葉をつむぐ。
「自分で口にするのもなんだが、小さい頃の……ホーリーと出会うより前の俺はアホの子だった。どのくらいアホかと言うと、自分のフルネームを『ローレル王子』だと思い込み、父上の名前を『陛下』だと信じて疑わない位のアホさ加減だった。……笑うなよ。いや、笑い飛ばしてくれた方がいいか」
ローレルの独白を受けて「ククク……」と声を出して笑うホーリー。
話が聞こえているグラス、ペトル、ツリーの使用人達も、声には出さないが、在りし日のローレルを思い浮かべて微笑ましいものを見る表情になっている。
「そんな俺の側にいて、王子としての自覚を持たせて守り導いてくれたのが兄上だった」
ローレルは手に持った杯を揺らしながら、目を閉じて、リンデンとの幼少時の思い出を語りだした。
★★★
僕はじっとしているのが大キライ。ヒマさえあれば木剣を振り回し、勉強の時間だと言われたら大人達を相手に鬼ごっこ。うまく振り切れたら、そのまま今度はかくれんぼ。登った木の上から、あちこち走り回る侍女や護衛達を見下ろしながら、一人勝ったつもりで笑みを浮かべていたりした。
「見つけたよ、ローレル。さあ、お兄ちゃんと一緒に本を読もうか」
後ろから声をかけられて、ビックリして落っこちそうになった僕を、受けとめて木から下ろしてくれたのは兄上の護衛。
「ちぇっ! また兄上に見つかっちゃった」
これはいつもなんだ。バルコニーのはじっこにいたって、ベッドの下にもぐりこんでいたって、一番最初に僕を見つけるのは兄上だ。
前に母上の衣装部屋のたくさんのドレスの中で息をひそめていた時も、兄上は僕の元へ、迷いのない足どりでまっすぐに歩いてきた。僕の隠れていたドレスの前に立って、兄上が声をかけてきた時は、心臓がバクバクしてちょっぴり怖かった。そんなにわかりやすいのだろうか? 自信なくしちゃうな、僕。
「ローレル、笑って」
不満気な表情を隠す事さえ知らない僕に、兄上はそう声をかけながら頭をなでる。これもいつもの事だ。何度か頭をなでられて、くすぐったくて笑顔になった僕は、兄上に手を引かれて城へと戻る。
僕はじっとしているのが大キライ。勉強をするのも大キライ。本を読むのも大キライ。なのに兄上のひざの上に座って、兄上が本を読み聞かせてくれる時だけは、不思議とおとなしくしていられるんだ。兄上が読んでくれた本の内容や単語はすんなり頭に入ってくるし、手を添えられて指でなぞったつづりは、それから間違える事なく書けるようになったんだ。自分の名前も家族の名前も、兄上のおかげで正しく覚える事ができた。
兄上がいなかったら、僕はもっとずっと長いこと、アホの子のままだったかもしれない。




