024 王宮での動き
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ローズが身仕度を整えてから続き部屋へ行くと、ソファーに、拘束を解かれたリンデンとローレルが隣り合って腰掛け、その向かいにホーリーが一人で着席していたのが見えた。
ホーリーが自分の隣に座るよう、ローズを促したので、勧めに従って腰掛ける。
メイプルは四人にお茶を出した後、ローズの荷物を纏める為に寝室の方へ下がって行った。
「すまないローズ嬢。弟として兄の悪行を詫びる。後で本人にもよく言って聞かせるから。この通りだ」
ローレルは席に着いたままではあったが、潔く頭を下げた。気心が知れたメンバーだという事はあるが、王族としては破格の行為に、ローズの表情には驚きがありありと浮かぶ。
「どうか頭をお上げ下さいませ。ローレル王子に謝罪して頂く事ではありません。その……リンデン王子、お元気でしたよね?」
「ローズ嬢に会えて、嬉しさの余り立ち眩みを起こしたようですね」
「本人が全く悪怯れていないのが、また何とも」
ホーリーは、胡散臭い程いい笑顔を浮かべるリンデンの顔を見て、やや大袈裟に頭を振る。
「兄上も謝罪をして下さい。何とか言ったらどうですか?」
「ローズ嬢は優しいので、悪い男に引っ掛からないか心配です」
「いや、やはり喋るな」
リンデンはローズの手を取る。
「私が守って差し上げますから。他の男と二人きりになって、言うことををほいほいと聞いてしまってはダメですよ。許されるのは私だっ!」
「喋るなって言っただろう!」
ローズの指先に口付けを落とそうとしたリンデンを、ローレルが頭を叩いて止める。ホーリーはローズの手を取って離さないリンデンを、苦労してひっぺがす。
リンデンは、叩かれた頭部と乱れた髪を多少撫でるくらいで、全くといっていい程堪えていない。ニコニコと笑みを浮かべながら、数枚の書類を差し出す。
首を傾げながら書類を受け取って、目を通すローズ。その間に、カップを動かして場所を作るローレルと、妹の利き手側に筆記具を用意するホーリー。
「遅くなってしまいましたが、目を通してサインをお願いします」
それはアコナイトとの婚約解消に関しての書類だった。ローズは――前世の記憶を思い出す前ではあるが――婚約した時にも同じように書面を交わしたな、などと考えながら、用意されたペンでサインを書き記す。
ローズが書類を手に取っている間、それを見詰めるリンデンは、大層イイ笑顔であった。
離宮の一室に軟禁状態のアコナイトは、未だに口を開けば「芳しく甘酸っぱい私のおいしいピーチ姫はどこだ」と世迷い言ばかり。世話をしている離宮の使用人や警備の者の【精神苦痛耐性】のスキル上昇が止まらない。騎士や兵士は訓練の一環として送り込まれている程だ。人の出入りを少々不自然にする目的もあって、推奨したが、彼等には同情を禁じ得ないと、リンデンは苦笑いを浮かべた。
薬物や魔法での洗脳の可能性も考えられ、あれこれと考えつく対処は行った。他ならぬリンデンも治療を試みてはみたが、全くと言っていい程に変化はなかった。
そういう不治の病だと見做し、廃嫡をして生涯軟禁という話ではあった。国宝盗難は公に出来ないし、今は無事に国庫に保管されている。元男爵令嬢の処遇も決まった為、取り敢えずは生かしておいてやろう――これが陛下の考えではあった。
ただ、件の侯爵が口に出すのもおぞましい計画を立てていると、“影”が知らせてきた。
王妃の寝室には寄り付きもしない陛下の代わりに、アコナイトとの間に子を儲けさせようと。その上で他の王族を始末し、王座に即ける。「陛下の血はひいているのだから何ら問題はあるまい」グリム侯爵はそう王妃を説き伏せようとしていた、と。
――看過出来ない。
“影”の報告を聞いてそう思ったのは、陛下も宰相も同じだろう。
「これで宜しいでしょうか?」
サインを書き終えたローズが、リンデンに書類を差し出してくる。受け取って確認をし、頷くリンデン。
「ええ、結構です。私の方で処理をしておきます」
この書類の受理が完了され次第、王都に訃報を告げる鐘が鳴らされる手筈は、着々と整いつつある。
アコナイトは治療の甲斐なく病死……。しかし、その死には不審な点が見受けられ、離宮内に不自然な程足を運んでいたグリム侯爵の派閥が、犯行を仄めかす。関与を取り沙汰されたグリム侯爵は、余罪が次々に発覚して家ごと断罪。王妃は、一連の出来事にショックを受けて失意のうちに亡くなるのだろう。
ローズのサインした書類は、あるイミで処刑執行の命令書の一ピースだ。その事をローズには一切触れず、リンデンはローズを真剣な表情で見詰める。
「リンデン王子?」
「良かったなと思って」
「え?」
「遅くなってしまいましたが、貴女をアレから解放出来て、良かったと思ったのですよ。ローズ嬢」
リンデンはローズへ向けて、ただ笑みを深めるのだった。
★★★
ホーリーはリンデンより書類を受け取って、執務に使っている机の上の文箱に仕舞う。
リンデンはその姿を視野に納めたたまま、仕切り直しのつもりで、やや微温くなったお茶に口をつける。
「ローズ嬢や皆さんに、危険な役割を任せきりになってしまい、申し訳なく思います。留守を守って頂いて、感謝していますよ」
「『非常事態』の沈静化が伝えられた前後からは、其程の危険はありませんでした。事態解決の目処がたった事を喜ばしく思います。その……『彼女』を?」
「ええ。ドラゴン達にも口添えを頂いて。表向きは“神殿にて生涯奉仕を行う”事になっています」
「抜け出て自由に動かれないかを危惧したが、その心配は無さそうだ。俺も兄上と直接見てきたから、間違い無い」
「アコナイトは現在、離宮の一室で療養中です」
「ヴァインとトランクは実家から縁を切られ、学園も退学している。学業を疎かにした事、魔物の討伐に非協力的であった事、件の女へ貢ぐ為に家に散財させた事、カーティス公爵の屋敷に許可なく押し入った事。貴族家の後取りには相応しくないと判断された。家を出る時に渡された一時金で、王都内に部屋を借りて生活しているのは把握している。リーフとかいう商会の息子は、親子共々現在も牢の中だ」
「……ウィロウは王都の屋敷の部屋で軟禁中。家財を当主の許可無く売り払ったのを罪に問うてもいいんだけど、ローズや私の結婚に障るからね。領地に戻しても、村一つまともに運営出来ないだろうし、身一つで叩き出しても生活力は皆無。魔法がヘタに使える分、唆されて悪用されても厄介。スラムなんかに迷い込んだ挙げ句に、身代金を要求されたりなんかしても傍迷惑だし。正直、頭を悩ませている。『ピーチ。ピーチ』五月蝿いんだよ」
「婚約に関してはどうですか?」
「皆解消されている」
「新しい婚約、婚姻に関しては、口添えをすると陛下も仰っています。ですから酷い事にはならないでしょう」
「問題はお隣、フェザー王国のダンジョンだったが、何とか間に合ったようだ。冒険者ギルドとも連携を取り、出入りを制限して上級冒険者に指名依頼を出し、攻略を進める事で対応出来ていると、報告を受けた」
「マクローリン公爵に、使者としてフェザー王国に赴いてもらい、上層部に説明はしています。同盟強化に関しては、水面下で交渉中ですね」
ここまで話をして、リンデンとローレルが同時にローズを見る。
「ローズ嬢。ドラゴン達が協力してくれた時に話をした、『対価を取り立てる』と言った言葉を覚えているか?」
「はい。確かに仰っていましたね」
「ドラゴン達はローズ嬢を指名してきた」
「……私を、ですか?」
「ローズ嬢。魔物討伐の慰労の意を込めて、セレステブルー湖で大規模なパーティーを行う事となりました。友好と感謝の証として、フェザー王国の使者と、ドラゴン達も招待します」
「ドラゴン達はその宴の席で『お嬢ちゃんプレゼンツ花火大会』? なるものを対価として望むそうだ。その……、言っている意味はわかるか?」
「あー、ドラゴン達が言わんとしている事は分かります。変異種オーガを上空に打ち上げた魔法を沢山披露すればいいんです。ただ……」
「魔力に関しては、特別なアイテムを貸し出して下さるそうです。詳しくは打ち合わせの場を設けたいと」
「わかりました」
その後も幾つかの事を話し合い、その場はお開きになった。
スイートルームは寝室が複数あるが、リンデンがローズに「先程の続きを……」と言い掛けた所をローレルに止められて、結局、ホーリーもリンデンの見張りと説教で同室となった。
男達の、熱き含み笑いの応酬を余所に、ローズはメイプルと共に別の部屋に移動していくのであった。




