023 『ガンバン』を走った男達
★★★
リンデンとローレルは自分達の代行を、爵位を持つ二名の近衛騎士に任せ、数人を護衛として連れて、レッドドラゴンと王都へ向かった。
聞いていた通り、大型で強化された魔物は出没し続けたが、スカイブルードラゴンの協力を得て、討伐する事が出来た。
半月程が経過すると、魔物の動向に目に見えて変化が起こってきた。そして王都から連絡があり、『非常事態』の沈静化を伝えられ、領兵や冒険者達の大部分を解散とした。
そのまま、街道や町の防衛の為、魔物討伐をしながら移動していく人々。一部冒険者は『ジュカイの森』の先、隣国のダンジョンへと流れて行った。
オーキッドは隣国の魔物に関して対応する為、実家から連れて来た領兵達と共に、自らの領へと帰還して行った。
一時は全館を貸し切っていた『ガンバン』だが、今はスイートルームを含む二フロアで足りる人員が、魔物の討伐や戦後処理にあたっていた。
同室だったオーキッドが去った後、リリーや責任者代行の近衛騎士達の強い勧めがあり、公爵令嬢であるローズは、一人でスイートルームを利用している。一部ではすっかり“リンデンの嫁”扱いであり、大事なナニかがガリガリ削られているような錯覚をローズは覚えていた。
★★★
前世日本人の成人女性(大学生)だった頃。
十五分あったらシャワーより睡眠を選びたいのに、それすらも許されない、「寝たら落ちるだろ(原稿が)」「今夜は寝かさないぞ(新作乙女ゲームが)」、といった類いの修羅場は日常の一部。ルームメイトと二人、二十歳を越えても高校指定のジャージを着続けるという、女子力が低出力の生活が板についていた。暑い時期は、カップ付きキャミソールとやはり高校指定のハーフパンツだ。
そんな有り様だったのに、新たに始まったローズ・カーティスという人生のスタート地点は戦場だった。正直どうかと思う状況ではあったが、幸いな事に、ローズの記憶に問い合わせると以前の行動がマニュアルのように取り出せたので、乗り切る事が出来た。また、持ち前の順応能力を発揮して、厨二的なアレコレを花開かせるに至ったが。
貴族令嬢・ローズとしての出で立ちは、おはようからお休みまでメイプルにお任せで事足りた。記憶を思い出してからは実質1ヶ月もないのだけれど。ただ、追放エンド等は無さそうなので、侍女にお任せな、女子力を他者に依存する生活には変わりないだろう。
今、ローズは『ガンバン』のスイートルームに一人で居た。ローズとして、これ程一人の時間を確保出来たのは初めてだった。
魔物討伐はかなり落ち着き、夏期休暇直前に学生食堂で話をしたように、湖畔で避暑のご褒美タイムを満喫していた。今夜は特に誰とも会う約束をしていないので、お風呂上がりに羽織ったバスローブ姿のまま。ドラゴン達が取り入れたという瓶入りコーヒー牛乳を、腰に手を当てながらという正しいスタイルで堪能した後、今も増え続けている火属性魔石の一角に目を向けて思案……いや、ただボンヤリしていた。
(油断だったんです。貴族社会って良くも悪くもアポ重視だから)
(人の目がないからって、つい前世基準で行動してて)
(「逃げてぇぇ!」って言ってやりたい)
(最後にこれだけは言えます。“裸族”じゃなくて良かったって)
――ローズ・カーティスの中の人の脳内言い訳白書より、抜粋。
★★★
「こちらでしたか、ローズ嬢」
「――リンデン王子!」
ドラゴン達と共闘したあの日以来、おおよそ一ヶ月ぶりの再開だった。
ローズは立ち上がって礼を取り、リンデンを迎える。
「リンデン王子、お痩せになられましたか? お顔色も優れないようですが」
ローズの言葉に、リンデンは曖昧な笑みを浮かべながら答える。
「あちこち走り回りましたからね。『ダンソウの谷』で封印の儀式に立ち合ったり、隣国への事情説明の為に貴族達に根回しを依頼したり、救援の妨害をした面々を処罰したり。皇太子の位についても話を進めなくてはなりません。その件でグリム侯爵と……」
「リンデン王子!?」
目の前で倒れそうになったリンデンを、慌てて支えるローズ。
「すいません……少し……。どうか、ベッドへ……」
「しっかりして下さい。今……」
ローズはリンデンに肩を貸して、ずるずると引き摺るようにベッドの近くへ連れていく。どうにかベッドの傍らへと来て、リンデンを座らせる事が出来たローズは、改めてリンデンの顔を覗き込む。
「誰か、呼んで来ましょうか? 何か必要な物を」
「……貴女を、ローズ嬢」
「へ? きゃっ!?」
リンデンに片手を強く掴まれたと思ったら、ローズの視界は反転した。僅かに体が弾んだと思ったら、布に包まれるローズ。
(え! 何、天井!?)
自分の身に起こった事を確かめようと、必死に視線を動かすローズ。天井を視野に納めたと思ったら、直ぐにリンデンの顔によって遮られる。
リンデンは自らの体を肘で支え、片手はゆっくりと紅髪を梳き、もう片方の手で頬や首、顎を撫で摩り、ローズに艶然と微笑む。
(前もなんか……いや『床ドン』は初めてか)
「リンデン王子、実はお元気ですよね?」
「いえ、ローズ嬢が居なくて苦しかったのですよ。でもこんな、ご褒美のような姿で出迎えてもらえるなら、些事の疲れも癒されますよ」
「え? ……あ! ちょっと、これは、今、き、着替えますから」
「手伝いましょう。まず、脱がせますから」
リンデンはそう言って、ローズの額に口付けを落とす。そのまま、掠めるように鼻先、下唇、顎から首へと唇を沿わせ、鎖骨に「チュッ!」と音をたてると、ローズの首筋に吸い付いた。
「リンデン王子!?」
「今まで離れていた分、補充させて下さい。ローズ嬢を補充したら元気になります。元気になったら……鎮めて下さい」
リンデンは右手を、上衣の合わせからローズの素肌に滑り込ませる。露出した、鎖骨から下に盛んに口付けを落とし、左手では裾を手繰り寄せて太ももの内側を直接――
その時突然、ローズの体の上から重さと熱が遠ざかる。
視線だけを向けると、ローレルがリンデンを隣のベッドへと放り投げて、布団で包む形で縛り上げていた。暴れるリンデンの足元を押さえているのはローズの兄のホーリーだった。
「お兄様……」
「ローズ、無……無事とは言い難いな。メイプル、ローズの身嗜みを整えてやってくれ」
「はい」
ホーリーの言葉を受けて、メイプルが入室してくる。ベッドの上のしどけない姿のローズを目にして、眥を吊り上げて傍らに駆け寄る。
ローズの着衣は乱れ、豊かな胸の谷間と、白く眩しい太ももが人目に晒されている状態だった。
メイプルは自らの体を盾に、男性陣からローズの姿を隠し、服装を整えていく。
「見えない!」
「『見えない』じゃねぇよ!? 自分が何を為出かしたのか分かっているのか、兄上!」
「……歯止めが効かなくなりそうだったのは、分かる」
「ローズの兄として、リンデン王子に抗議を申し上げる」
「今後二人きりで会わせる事はないからな。後で説教だから」
「申し訳ございません。ローズ様のお召し替えをしたいのですが」
メイプルは男性陣に頭を下げる。ローレルは布団巻きのリンデンを肩に担いで、続き部屋の方へ移動していく。
「メイプル、ローズを頼む」
ホーリーは声を掛けて、ローレルに続いて寝室から出て扉を閉める。
「メイプル、久しぶり」
どこか惚けた状態のまま、腹心の侍女に再会の挨拶をするローズ。
「来るのが遅くなりまして申し訳ございません、お嬢様。『ホーリー様を展望室に案内する』とか何とかしている隙に姿を眩ませてしまいまして」
「……大体理解した」
「ですから、お風呂から上がりましたら早々にお着替えをと、申しておりましたでしょう」
「……はい。ごめんなさい」
「お召し替えを。お屋敷からも着替えをお持ちしております」
メイプルに促されて、ベッドから立ち上がるローズ。バスローブ一枚という姿で人を出迎えるとか、うっかりにも程がある。
(私が入浴していたとか誰かから聞いて、ローレル王子を撒いてこの部屋に来たのかしら?)
(……鍵は、どうした?)
(とうとう、警告無しで縛り上げられるようになった件について)
ローズはなんだかどっと疲れを覚えつつも、屋敷から持ってきたという装飾が華やかなワンピースに身を包み、薄化粧を施され、遠征の終わりのようなものを感じるのであった。




