025 【???】 が 現れた!
★★★
ローズが二人の王子や兄と再会してから、更に半月後の十月初頭。セレステブルー湖の湖畔でパーティーが開催された。
国立シード学園の年間予定では夏期休暇はとっくの昔に終了し、すでに授業が始まっている。ただ、魔法実戦コース生として、セレステブルー湖での魔物討伐は実技扱いになること。今回のパーティーの参加と準備は隣国との友好式典の一環であるため、王宮からの口添えもあり、単位取得に関しては配慮されるかたちになっていた。
湖のほとりには、この日のために雇われた楽団が軽快な音楽を奏で、集まった人々が楽しい一時を過ごすのに一役買っている。
時刻は夕方となり、傾いた太陽が湖面や人々を赤く染めていく。『レイホウ山』の山頂付近に積もった雪も夕日に照らされて、セレステブルー湖に映り込んだ『逆さレイホウ』共々息をも漏らす美しさに、パーティーの参加者は感嘆の声を上げている。また視線を移せば、『ジュカイの森』の木々も種類によっては紅葉が見頃を迎えているために、やはり人々の目を楽しませてくれていた。
本来であれば、この季節の今の時刻の屋外は肌寒いくらいなのだが。今日だけは特別に、パーティー会場に結界を張った上でレッドドラゴンが暖めてくれている。
予定では、日が完全に沈んだ後にローズの魔法による花火の打ち上げ開始。その花火の終了と同時に、湖畔でのガーデンパーティーもお開きとなる。
王城から出向してきた料理人や、隣国からの使節団に伴われて来た料理人が、両国の友好のために互いに腕を奮う。またこの日のために集められた使用人達が、甲斐甲斐しく給仕に勤めていた。
慰労の催しであるため、変異種オーガ討伐の日に参戦していた者達は全て招待されている。
貴族の出である騎士や兵士達は慣れたもので、普段の戦闘服は脱いで礼服に身を包み、会場内で如才なく振舞っていた。また招待状を送る際に主宰者側が促したことにより、妻子や姉妹・婚約者をエスコートする者も多く、彼女達はパーティーの会場に艶やかな華を添る。
平民出の兵士や冒険者の中には、隣国の使節団に気後れしてしまった者達も。その中には防具を身に纏い、周辺の警備に進んでつく者もそれなりにいた。交代で珍しい美食を味わったり、湖畔でのパーティー終了後には別で酒宴が催されることが約束されているため、彼らに不満は無さそうである。
会場の一角に、ローズは友人達と共にいた。伯爵令嬢であるリリーとアイリスは勿論、どなたに贈られたのか、デイジーも盛装をしている。
この後ローブを羽織って花火を打ち上げねばならないローズは、皆よりもシンプルなワンピースではあったが、それなりには装っていた。
今は、リンデン・ローレル・ホーリー・オーキッドが使節団の代表――フェザー王国第三王子のファルコンと、第一王女のスワン――をエスコートし、合流するのをじっと待っているのである。
★★★
友人達と共に人を待っていたローズは、前方にあるテントを遠い目をして眺めていた。彼女の視線の先にあるのは、日本人ならそれなりに馴染みのある、所謂“本部”という奴だろう。
テント周辺では、フォレスト王国では比較的少数派である獣人達が忙しく出入りをしていた。狸と狐の獣耳を持ったおっちゃん二人が、責任者なのか。書類を捲りながら、『見た目トランシーバーな魔道具』で各所に檄を飛ばしている風である。そんな彼らの横では、晒しに法被に捩り鉢巻き姿のエルフが。ローズには心なしか、彼が目を『コイン』にして算盤をはじいているように見えた。
(おまいら、逆じゃね? お金を扱うのなら狐や狸ってイメージ……って、私の脳内で木の葉に変えられよった。ああ、逆の方がマズイのか。にしてもあの二人、ものすんごい「べらんめぃ口調」〜〜!)
(お祭り漢コスのエルフって、誰トクなんだよ!? しかも衣装のクオリティーたっかいな、オイ)
(テントの看板〜!? 『そこに祭りがある限り 俺ら登場 テキ屋隊!』って日本語! ツッコまないからな)
(お貴族様御用達ガーデンパーティーのすぐ隣で、日本式お祭り屋台とか。これなんてカオス?)
平民出の警備兵や冒険者達はちらほらと屋台を利用しているが、フォーマルな紳士淑女は遠巻きに伺うだけである。
実を言えば、ローズは焼きそばやたこ焼きのソース臭に突撃して行きたかった。友人達もいるし、貴族だし、接待もあるからガマンしているけど。
「おー、お待たせ。お嬢ちゃん以外は珍しいだろ。東の大陸から連れて来た連中なんだよ」
と、その時。ローズ達に声を掛けてきたのは、いつぞやぶり以来の人の姿をしたレッドドラゴン。赤い髪をオールバックにして、頭に乗せているのはひょっとこのお面。焔の模様のある藍染の浴衣に下駄を履いて、手にはリンゴ飴という、すでに祭りを楽しんでいる風情である。
「紹介するよ」
そう声をかけて、「ニイッ」と八重歯が覗く笑顔を浮かべるレッドドラゴン。ちなみに後ろを振り返った彼の背中には、『愛 カミさん』の日本語の染め抜きが。
レッドドラゴンは、「おーい! こっちだ、こっち」と近くにいた人々を呼び寄せる。
声に反応を示して、ローズ達のほうに歩み寄ってきたのは二人。
一人は、二十代中頃に見える女性。青い髪を結い上げて簪で留め、般若のお面を乗せている。太陽、雲、雷などの模様のある藍染の浴衣に黒塗りの下駄。背中にある『旦那 愛』の日本語の染め抜きと青銀の瞳から、人化したスカイブルードラゴンだと推察できる。
もう一人。女性の後に続いたのは、二十歳位の黒髪の男だった。一房だけある白髪を三つ編みにして、更に某ヴァーチャルアイドルのお面を乗せている。黒地に白で所々に市松模様のある浴衣に、足元は黒足袋と下駄という出立ち。男の『鼻眼鏡』の向こうに覗く金色の瞳は、まるで誰かを探しているかの様にさ迷っていた。
三人共かなりの長身ではあるが、どこか日本人的な要素を持った美男美女である。
「あ……」
黒白の髪と金眼のイケメンに覚えがあったローズは、思わず声を漏らした。
(出た! やっぱり! ゲームで度々ヒロインの前に現れる【???】)
(ファーストコンタクトでヒロインの「名前……教えて」に対して、「貴女の罪に聞いて下さい」と言って去って行く)
(「あのキャラ一体なんだったの? CVまでイケボなのに、攻略対象じゃないとかアリエナイ」の代表。『ビジュアル系謎モブ』――!)
「こっちが愛しのカミさん。で、そっちが『断層の谷の神殿』のブラックドラゴン。俺がドラコンとして生まれてからの、俺らの一番上の息子な」
(超シークレットな攻略対象! あ〜今すぐハードとソフトをくれ〜。自力でルート入りしてくれるわー。未攻略とかなんか悔しい)
そんなことを思いながらローズはゲームのプレイヤーとして、人化したブラックドラゴンに熱い視線を送ってしまう。と、そこへ。ローズの視線を遮るように、立ちはだかる人影が現れた。
「ローズ嬢?」
ローズの、ブラックドラゴンへの熱視線をどう捉えたのか。リンデンはローズを呼ぶ声音と視線に、咎めるものを含ませる。
ドラゴン達に続いて、リンデン・ローレル・ホーリーが。またファルコン王子とスワン王女を案内するオーキッドに、護衛やお供の集団が合流してきたのだった。
★
ローズ達の待ち人が出揃って、いよいよ親善交流を行おうというタイミングなのだが。リンデンを中心としたごく一部だけが不穏な空気を放ち、現場には妙な緊張感が漂い始める。
「ローズ?」
リンデンの「ローズ嬢?」の声に反応したのは、ブラックドラゴン。漸く探し人が判明したからか、『鼻眼鏡』を外してローズの人となりを一瞥し、声をかける。
「貴女が、私の作ったフィギュアを魔改造した方で宜しかったですね?」
「あ!?」
ローズは思わず(ヤっベェ! 怒られる!?)と慌てて、素のリアクションをしてしまう。人様の作品を無許可で魔改造は褒められたことではない。しかも相手は、人の力の及ばない至高の存在であるドラゴン。相手がどういうつもりでも、ブラックドラゴンがローズの手を取った時、ローズは生きた心地がしなかった。
「素晴らしい」
「……え?」
「あれは単なる人相書きのつもりでしたが、唯一無二の作品に昇華されました」
「……ご不興でないなら、良かったです」
ブラックドラゴンはフィギュアの改造っぷりを盛んに褒めながら、ローズの両手を腕ごとぶんぶんと振る。ローズは抗議でないことにほっと安堵しながら、されるがままに振り回され続けた。
「あまり彼女を乱暴に扱わないで下さい」
ローズを庇いつつ、しっかりと二人を引き離すリンデン。牽制の意味を込めて、ブラックドラゴンを睨み付けるのも忘れない。
ブラックドラゴンは、それに構わないのか気が付かないのか。今度は間に入ったリンデンの肩を掴む。
「聞いて下さい。笑いの神に見せびらかしに行ったら、大好評・大草原でした」
(マジでいんの笑いの神!?)
(『大草原』で通じる人、ほとんどいないから)
(……というか)
「あまりのお気に入りっぷりに献上してきました。リンちゃんさんは、素晴らしい『職人』を庇護していますね。いいことです。リンちゃんさんとは気が合いそうだ」
そう言いながら、ぱしぱしとリンデンの肩を叩くブラックドラゴン。
「はあ、どうも……」
対してリンデンは、毒気を抜かれて困惑している。
(というか……。人の話を聞かない、天然さんか?)
(あー、ゲームでも、そうだと言えばそうだったかな)
自分の都合を言うだけ言って去って行く『ビジュアル系謎モブ』。攻略の取っ掛かりが判明しないから、超シークレットキャラのままだったのだ。
「東の大陸には、あの様な不思議な商人がいるのですね」
ここで声をかけてきたのは、興味深そうに辺りを見回すファルコン。隣に立っているスワンも、目をキラキラとさせながら食い入るように見つめている。
ローレルと同い年だというファルコンは、黒に近い茶髪に明るい茶色の瞳。高めの身長に鋭い目付きをしているが、話し方や接し方はとても穏やかだ。
ファルコンの同腹の妹だというスワンは、白に近い金髪に澄んだ水面のような碧眼。体格は小柄で、年齢よりも幼い印象を受ける。
二人共ゲームには出て来なかったが、いずれ劣らぬ美男に美少女だ。
「あー、俺の父親が元々ソッチ系で。テキ屋の元締めつってもわかんねーよな。ドラゴンとして生まれた後に、東の大陸で文化ハザードを、ちょっとな」
「あれは祭りの時に、神殿前にずらりと並ぶ屋台です。食べ物や飲み物、デザートに娯楽。こちらの大陸には入ってきていない、珍しい物ばかりです。安全に関しては、我々ドラゴンで保証しますので。是非利用して下さい」
スカイブルードラゴンのこのセリフが皆に響いたのか。遠巻きにしていた貴族達も、少しずつではあるがお祭り屋台へと近付いて行く。
「おーし、俺らも繰り出そうぜ」
「お待ちを」
「どったの、お嬢ちゃん?」
「あの、今更ですが。皆様をなんとお呼びすれば良いのかと、お伺いしたくて」
「あー、確かに。いちいちドラゴンとか言うのメンドイよな」
「私のことは『ハレ』とお呼び下さい」
「前世でのアダ名は、『晴子』ちゃんだったんだって。カミさん、ものスゲー『晴れ女』だったらしくてよ」
「ふむ。では私のことは役割のまま、『シール(封印)』と呼んで下さい」
「俺はどーすっかなー。役割だと障りがあるし、『アニキ』でいいや。さ、楽しもうぜ」
こうして、レッドドラゴンことアニキの案内で、一団はパーティー会場へと歩みを進めるのであった。




