020 セレステブルー湖の長い一日
★★★
斥候チームの一つから「変異種の痕跡を発見した」と、知らせが届いたのが朝食後。更にもう一つのチームが帰還し、徐々にだが、セレステブルー湖へ近付いている事が分かった。
昼頃には、森から逃げるようにして姿を現す、魔物の数が増えた。
受けた報告や状況から会議を行い、
『変異種との接敵は恐らく、夕刻から日没後』
と、結論付けた。
援軍が望めるのであれば、『ガンバン』での籠城戦もありなのだろうが、王都との距離と、【転移】魔法の使い手の少なさから、その考えは排除された。
冒険者達が、森から現れる魔物を討伐して作業の安全を確保。
フォーブス伯爵から、更に派遣をしてもらった兵士達と協力して、騎士達が柵や塹壕を魔法を用いて築き、『キボウが丘』に準備を進めていった。
夕暮れ時、森からウルフやゴブリン、ハーピーなどの中規模な群れと戦闘。幾人もの負傷者は出したが、全てを殲滅。
それからは、月が中天に掛かる頃まで、不気味な程静かだった。
怪我人は治療を受けて休憩。他の者達も交代で食事を摂り、チームごとに指定を受けた場所に待機。
森から離れた位置に陣屋を設け、救護責任者、兼、総大将としてリンデンが構え、警護に近衛騎士の数名が付いている。
また側には、様々な報告を受けている、ローレル。
彼が陣頭指揮を取る事になっていて、伝令役や、負傷者の搬送役を担う部下十数名に指示を出している。
ローズや友人達は、まだ学生だという事で、取り敢えず後方に控える事になっており、リンデンの目の届く位置に座って、森の方を睨み付けていた。
★★★
あちこちに焚かれた篝火。それらが一斉に火の粉を散らしたかと思うと、『ジュカイの森』の木々がザワザワと揺れる。
デイジーは風を読み、弓に矢を番えて口を開く。
「……来た」
篝火越しに見えた影は、木々から舞い散る落ち葉の様にも思えたが、地面に落下する事なく、夜空を埋め尽くすが如く舞い飛んでいる。
「シッ!」
デイジーが影の一つに矢を放つ。
前方の冒険者チームの足元に落ちたそれを、彼らが手に取って確かめる。
「大蝙蝠……か?」
「にしてもデケェよ」
「最近よく見るアレだろ。クソッ! 何でもかんでも大きくなりやがって」
【超音波】【体当り】【噛み付き】【毒】等の手段で襲ってくる大蝙蝠。夜間に飛び回る存在は平時でも厄介なのに、大型で強力。しかもこれからは変異種との死闘も控えている。
弓矢の得意な者、魔法で撃ち落とせる者が、次々と攻撃を繰り出す。この段階で躓く訳にはいかない為、冷静を心掛けて対処していく。
『ジュカイの森』から新たな音が聞こえてくる。
それがいよいよ、セレステブルー湖の長い夜の幕開けとなった。
「オークです! 通常より大型の個体が八! その内一体は瘴気紋のある変異種!!」
「変異種には六人の三チームで当たれ。その他は分断して、一チームで一体ずつだ! 他は引き続き大蝙蝠を」
――ウオォォォーーン!
「ウルフだ! 仲間を呼んでる。群れで来るぞ!」
「備えろ! 柵を上手く使え!」
「――伝令! 通常のオーガも現れました」
夜の『キボウが丘』は、直ぐ様、混乱の坩堝と化した。
★★★
(どうする?)
ローズは、腰に着けたポーチから魔力回復薬を取り出して、一気に呷る。
今宵、戦場となっている『キボウが丘』にいる者達の大多数は、春の討伐を潜り抜けた猛者達の為、今は何とか保っていた。ただ、一体一体が強化された個体の為、皆が全力を出さざろう得ない状況に陥っている。
出し惜しみなどしていられないのだが、今、ローズが魔力枯渇にでもなったら目も当てられない。オーク達が現れてからずっと、ローズは体内の魔力量を意識し続けている。
(来るのか来ないのか、ハッキリしてよ、変異種のオーガさんとやら。それによって……)
ローズは戦場に視線を回らせた後、森を見てギクリとした。
『ジュカイの森』は人の手の入らぬ森。元々の種類もそうだが、比較的真っ直ぐ伸びる木々で構成されていた。その中でも、頭一つ抜けているモノが見えた気がしたローズ。
全体を見回し、把握に務めていたローレルの目に、ローズの様子が奇異に映った。
「どうした、ローズ嬢?」
「あそこの……さっきまでなかった?」
二人の声が聞こえていた者達も、森の方を見る。
影が森の木々から切り離されるように現れて、こちらを向いて両手を振りかぶる。
――グオオォォオォーーオォ!
その姿、雄叫びを耳にして、対峙した事のあるオーキッドが、悲鳴のような声を上げる。
「あれです! オーガの変異種です!」
「……そう、現れたのね」
ローズは敵の姿を視認して、改めて魔力を練り始める。オーキッドは「五メートル位」と言っていたが、今が夜だからか、先程の雄叫びに【威圧】の効果でもあったのか、それよりも巨大に思えた。三階建ての建物より大きい筋骨隆々のオーガ。どのタイプの魔法をどのくらいの魔力量でぶつければいいのか、見当がつけられない。
(この辺りが魔術師団団長との差か)
(前世日本人の経験を……ねぇよ、鬼とか魔法とか相手にした事ねぇよ!)
(あるれぇ〜、乙女ゲーム、ドコー?)
と、つらつらと考えてしまうローズ。余裕といえば余裕であり、死の恐怖で固まって、動けないまま終わるよりはマシであろう。
春の魔物の大発生の主戦場は、広大な平原だった。ゴブリン、コボルト、ウルフというような、一体一体なら然程でもない魔物が、数万の数で視界全てを埋め尽くす。あの時は暴力的な迄の量であり、“面”で攻撃する魔法を生み出し、実戦を通じて磨いていった。
今、ローズの目の前には、敵味方が入り乱れる戦場が広がっている。変異種のオーガに対しては、“点”で集中した攻撃が必要だろう。
(『尺玉級の打ち上げ花火』。ゲームでの悪役令嬢、ローズ・カーティスは誰に習うでもなく使いこなしていた。だから今の私だって、もうすでに使えてもいいハズなのに!)
そうやってローズが目まぐるしく思考を働かせ、魔力を練り続けている間に、変異種オーガに動きがあった。手近に生えている大木を根元からへし折り、武器として振り回し始めたのだ。
変異種には、強化されリーダーとして同属を率いるタイプと、自分以外は全て敵だと見なし、のべつまくなしに攻撃するタイプがいる。今回の変異種オーガは後者であり、足元のウルフを踏み潰し、通常種のオーガを、振り抜いた木で吹き飛ばす有り様だ。
勿論、味方の人間だって直撃すれば只では済まない為に、大きく距離を取る。
拮抗状態だった戦場は、大きく崩れる事となった。
★★★
「――そこ!」
ローズは、取り敢えず今ある魔力の半分を注ぎ込み、変異種オーガが一歩踏み出した足元から火柱を発動して、その巨大な全身を炎で包む。
――オオォォオォー!
魔力量は半分でも何とかなったらしい。全身を苛み、消す事も振り切る事も出来ていない。ただし、即座に致命傷にもなっていない。耐性があるのか、炎に包まれた己自身を凶器に、全身を振り回して暴れだした。
ローズは味方への危機を察知して、炎を消し去るか一瞬迷う。そしてその瞬間を、変異種オーガが見逃さなかったらしい。
――ニヤリ。
炎の向こう。変異種オーガの口角が歪に上がるのを、ローズは確かに見た気がした。
(――っ!?)
ゾクリ……と、背筋に冷たいモノが走る。その刹那、ローズの視界が大きくブレた。僅かな浮遊感の後、地面を転がり、仰向けになったところで目を開く。
「ローズ様!」
友人達の声を耳で捉えながら、目と鼻の先を、炎が通過していったのがわかった。
「ローズ!」
ローズはぐいっと引き起こされた。
声を掛け、体を支えてくれたのが、リンデンだとわかる。髪も服も、全身がずぶ濡れである事を把握して徐々に、自分の身に起こった事を認識し始める。
(変異種オーガが、私に向けて、燃えた大木をぶん投げてきた)
(リンデン王子が直撃を避ける為に、【ウォーターボール】で私を吹っ飛ばしたのか……)
そこまで考えて、漸く、思考がクリアになってくる。ポーチから魔力回復薬を取り出して、再び呷る。
「ローズ、怪我は?」
「無いです。無事です」
リンデンの問いに、間髪容れずに答えるローズ。
(どうする? 魔力を更に注ぎ込んで、燃え尽きるまでこのままを維持するか?)
ローズは、転がった時に手放した杖を握ろうとして、まず濡れた両手を擦り合わせるようにして払った。その時、掌に張り付いた“土の粒”の感触が気になり、両手を広げて見る。
(……魔力? 土から?)
(ん? そう言えば今更ですが、ローズって“火”と“土”の属性、持ってた?)
(……前世の中学生の時、実験でガスバーナーに鉱物の粉を焼べて、炎の色の違いを見たな……)
(それが花火の色の素)
「――それだ」
「ローズ?」
ローズは杖へと伸ばしていた両手を地面に付けて、リンデンからの呼び掛けの代わりに、全体に声を掛けた。
「何とかする! だから、時間を稼いで!」
ローズの言葉に、即座に応えたのは友人達だった。
アイリスが闇属性魔法で変異種オーガの両足首を包み、機動力を奪う。オーキッドが土の壁を魔法で築き、暴れるオーガを抑え込もうとする。土の壁の上に立って、僅か数本だけ用意していた総金属製の矢を、正確にオーガの片目に撃ち込むデイジー。デイジーがそうするのを予め予想していたのか、矢に雷属性の魔法を放つリリー。
雷で麻痺したのか、動きが止まる変異種オーガ。
周囲の騎士や冒険者達からも攻撃魔法が撃ち込まれ、次々とオーガに直撃していく。
初めての魔法はどうしても、バランスも効率も一切無視して、豊富な魔力量にモノを言わせて無理矢理カタチにしてきたローズ。
(……目がっ、かすむ……)
ただ今回は、ほぼ初めてと言っていい“火”と“土”の二属性混合。よって、今ある全ての魔力を注ぎ込む事になった。
明滅する視界に、ぐらぐらと揺らぐ体。それでも歯を食い縛り、全身からかき集めて練り上げた魔力を、あるカタチに纏め上げる。
それは、キツネ色をした球体だった。
「……どい、てっ!」
「散開!」
ローズが掠れた声を上げて、ローレルが全体に指示を出す。
デイジーが土壁の上から飛び去り、オーキッドが直ぐ様、土壁を壊す。
人々がオーガから距離を取り終えたタイミングで、ローズは魔法を発動する。
変異種オーガの体を、“くの字”に曲げる勢いで腹に直撃した魔法の球体。
ローズはそれを確認して、もう一段、魔力を強く流す。
「――とんでっけーー!」
ローズの声に応えるよう、球体は進む勢いの角度を変えて、変異種オーガの全身ごと持ち上げて、夜空に向かって飛んでいく。
――ドオォォン!
変異種オーガに爆発の衝撃を与え、更にその巨体を上空に打ち上げて、夜空に咲いた大輪の華。
(……できた。おおローズ、まじ花火『職…人…』)
霞む目で必死に夜空を見上げる。ただ次第に、目の前が暗く、体が冷えていくのを感じる。
(あれ?)
「落下に備えろ! 確実に仕留めるぞ!」
『おおーー!!』
ローレルが声を上げて、応える騎士や兵士や冒険者達。
まだ、変異種オーガを完全に倒した訳ではないし、魔物は他にもまだ沢山いる。
ローズは立ち上がろうとして、その場に崩れる様に倒れ臥した。




