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021 ドラゴン達も見ていた



 ★★★



 ローズは真っ暗な中にいた。

 前後左右、上も下も、自分がどういう状況なのか全く分からない。


(……!?)


 不意に、冷やりとする感覚。それに意識を集中すると、左手首から満ちてくる涼やかな気。ゆっくりとだが暗闇の中から自分の輪郭を思い出していった。


 まだ重い瞼を上げていくと、目が、光を取り戻す。一番に飛び込んで映ったのは、空色の前髪。それから髪の間から覗くライムグリーンの瞳と、瞳の中にいる、どこかぼんやりとした様子の琥珀色。


(……顔が、近っ、い゛!?)


 乙女ゲームの攻略対象に相応しく、大変に麗しいご面相が至近……いやゼロ距離にあると思ったら、ごく一部はぴったりとくっつけられてしまった。直ぐに、本日何度目かの飲み慣れた液体が口内に注ぎ込まれ、溺れまいとローズは必死に嚥下する。飲んでみると、今日これまでに服用した薬よりも温かくて甘みが強い。


「リ、ンデ……ン、おうじ……?」


 自分を支えてくれているのが、リンデンだと分かったローズは、体内の熱さと左手首の涼やかさと両方から、徐々に魔力が回復していくのが感じられた。


(『女神の雫』と、上級の魔力回復薬か)

(あー、魔力枯渇久しぶりだとキツイわ〜)


「もう一本」


(あ?)


 声のした方を見ると、リンデンが上級魔力回復薬を自らの口に含み、ローズに近付いてきた。


(ん!? ん〜〜!)


 そこで漸く、先程のも今のも、“口移し”での服薬なのだと気が付いたローズ。少しだけ動くようになった腕で精一杯、リンデンの肩を押して退けようとする。

 ほんの少しリンデンが唇を離したタイミングで、薬を飲み込む。さっきの薬よりもひときわ甘く、体が熱い。

 ローズがリンデンに視線を向けると、彼は少しだけ艶然さを滲ませて、微笑んだ。


(ちょ!? リンデンおーじー!!)


 柔らかさを通じて再び感じる甘さと熱が、ローズの唇を包む。


「〜〜んっ!」


 時間にしてはちょっとだけだ。ローズの舌先と唇を舐め取った後、ローズが見ているのが分かった上で、まるで見せ付けるように自らの唇を舌先で舐めるリンデン。

 ローズは顔を赤く染めながらも、言い知れぬ恐怖を感じた。


(誰か助けて、このひと止めて)


 いつもなら口を挟んでくれるローレルを視線で探すと、“複雑な苦虫を目の当たりにした様”な表情でこちらを見ていた。ただ、優勢すべきは現場指揮なので、リンデンを止められそうもない。

 ローレルの背後には、落下してきた変異種オーガを集団でボコっていたり、他の魔物を相手に戦っている人々がいた。

 彼らの表情もどことなくローレルと似ていて、リンデンがローズを、『二人の世界(強制)』に引き摺り込む様を、チラ見なりなんなりで把握している風に窺えた。


 救いを求めて友人達の方を見ると、それぞれ戦闘中だった。

 オーキッドは、複数の石柱を魔法で作り出して操作。落下してきてもなお生きている変異種オーガの胴体に、餅つきの杵の様に石柱を連続で打ち込んでいる。“ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ……”と鳴る音は、まるで前世の工事現場だ。

 当のオーキッドは自らの魔法操作に背を向け、こちらの方を見て両腕を組み、慈愛溢れる優美な笑みを浮かべている。そんなオーキッドからはオーガに向けてではない、えも言われぬ大迫力のオーラが吹き出し、背後の効果音も組み合わせると【謎のヒトガタ】でも召喚出来そうな勢いだ。


 ローズがオーキッドから視線を逸らすと、なんとアイリスは一対一で、変異種のオークを相手取っていた。敵自体の影を操り、相手を拘束する魔法を用いている。


(……は、凄いんだけど、その影オークの動きは、『床ドン』?)

(アイリス様、その両手で作った握り拳と「ヤっちゃえー」の声はなんですか?)

(……の後ろで、影オークの『顎クイ』は誰に向けてのサービスですか)

(アイリス様、良い友人だと思っていますが、先日の『夢』の件といい、一度キチンとお話し合いをしましょうね?)


 更に視線を動かすと、リリーは騎士や兵士に混ざって愛用のハルバードを振るい、要所要所で、雷や氷属性の魔法を用いて味方のフォローをしている。ただ、いつも真面目で真剣なリリーとは違い、こちらの方をチラチラと見ては頬を赤く染め、頭を振って戦闘に戻っている。

 デイジーは、そこら辺に散乱している石柱の上を器用に移動しては、矢を射って味方の手助けをしていた。ただやはり、こちらの方を見ては頬を赤くして立ち止まり、敵に視線を向ける事なく、正確に眉間を射抜いたりしている。今も夜毎行っている特訓の成果だろう。

 余談だが、リリーとデイジーという年頃の娘が、頬を赤く染めながら、ピンチを救ってくれる。戦場という特殊な環境の中、リリーとデイジーの纏う微妙な空気が拡がり、彼女達を意識しつつある男性達の視線が次々と生まれていた。


(……答え。私の助けは誰も来ません)


 その結論を導き出したローズの耳に、「クスッ」という小さな笑い声が届いた。(いや、え、近くね?)と思う間もなく、ローズはリンデンに抱き締められていた。


「無事で良かった。ローズ」


 そして、再びの口づけ――。



 ★★★



(なんという事でしょう。『SFセクハラ・ファンタジーの回復術師』の異名を持つフラグ建築の匠が、命懸けで戦う人々を横目に、“桃色お話畑空間”を創ってしまったではありませんか)

(これなんてフラグ?)

(貴族令嬢的には、社会的に死んだも同然なんですケド!?)


 ローズがリンデンの腕の中で涙目になっていると、急激に気温が上昇したのを感じた。


「上だ!」


 誰かの叫び声に釣られて、皆が上空を見上げる。すると、割りと近い位置に赤の巨体――レッドドラゴンが飛んでいるのが分かった。


(……ああ、そりゃ騒がしかったですよね。打ち上げ花火は告知をしてからですよね〜)


 ドラコンは翼をはためかせ熱風を巻き起こす。リンデンはローズを庇い、自らの胸に強く抱き締めた。


「距離を取れ、全員陣まで下がれ!」


 ローレルが片腕で顔をガードしながら、声を張り上げる。

 魔物も、風に煽られたり吹き飛ばされたりして、戦闘どころではなかった為、皆、ローレルの指示に従って陣屋の近くへ下がる。

 十分な空間が確保出来たからか、ドラコンは熱風を出すのを止めて地面に下り立つ。

 前足の一本で変異種オーガを踏み潰すと、それで漸く止めになったようだ。


 ローズは、リンデンの体の陰からそっと様子を伺う。するとそこには、ウルフやオークを尻尾で軽くあしらいながら、変異種オーガを片手で握り、頭からマルカジリしているレッドドラゴンの姿があった。



 ★★★



 レッドドラゴンは変異種オーガの頭部を、まるで飴玉の如く気軽に咀嚼して飲み込んだ。それから人々を見回して口を開く。


『たーまーやー』

「「「!?」」」


 ドラゴンが【念話】を使えるとは聞いていたが、突然の『声』と話す内容の意味不明さに、殆どの人々は対応が出来ず、互いに顔を見合わせてザワついた雰囲気を醸し出すだけである。

 この場でレッドドラゴンの言葉の意味、いや言わんとしている事が理解出来たのは唯一人だけだろう。ローズは何とか動かせるようになった体で立ち上がり、レッドドラゴンに向き合った。

「……鍵屋?」


 ドラゴンはローズの言葉を聞くと、“ニイー”っと口角を吊り上げて前足の親指を“グッ!”と立てた。

 釣られるようにローズも、右手の親指を立てる。


(フラグ回収? いやもはやどのフラグかわからない件について)

(日本人ですわ、ドラゴンの中のヒト、前世日本人の記憶持ち。そう思うと、恐くもなんともないな)


 ドラゴンは変異種オーガの残りの体もまぐまぐと食べている。途中、何かを爪先でちょいと突いた。ローズの足元に転がって来たのはバレーボール大の紅い魔石。


『それはそっちんだから。ところで、さっきの花火打ち上げたの、お嬢ちゃんでいいの?』

「そうです」


(妙に軽いな、あんちゃんって感じ)

 ドラゴンの中のヒトの人物像を想像しつつ、答えるローズ。

 粗方食べ終わったドラゴンは、爪先をちょいちょいと動かす。何かの魔法だったのだろうか。ローズの目の前に光が集まり、形を作っていく。


『いいもん見してもらったから、やるよ』


 ローズが掌を上に向けると、その手の中に収まる。ローズの頭程の大きさで、向こうが透けて見える不思議な光沢のオレンジがかった赤色、適度な厚さと固さを持つ扇形の物体だった。


『ウチワじゃないぜぇ〜。ウチワとして使ってもいいけどよ。俺の生え変わったウロコで、火属性魔法に限って威力をアップするんだ。お嬢ちゃんほどの使い手なら、【ファイアーボール】の魔力量で【インフェルノ】くらい、よゆーよゆー』

「ナニソレ、コワイ!?」


 ドラゴンはローズの“お約束セリフ”を聞いて、またもや“ニイー”っと笑う。


『迷ったんだけどさぁ、ここ何日か見てたし。んー、こっちの“事情”と全く無関係じゃないから。協力してもらわないといけないんだよね。とゆーわけで、戦闘の真っ只中で“キャッキャッウフフ”おっぱじめようとしていた、おーじに話があんだけど』


 レッドドラゴンの『声』を聞いて、全員の視線がリンデンに集中する。

 リンデンは臆する事なく堂々と歩み出て、ローズの隣に立ち止まる。


「フォレスト王国第一王子、リンデン・フォレストと申します」

『……当たり前のように横に並ぶとかさー、恥ずかしがらないとか、違うねーお国柄。なんとゆーかもう、ごちそうさま?』


――グォアアァアアーー!


 突如として響き渡った雄叫びに、皆一様に固まってしまう。

 『ジュカイの森』から現れた巨大な影――


「オーガの……変異種!?」

「そんな、もう一体いたのか?」

『んにゃ。まだ他にもいるよ』

「「「!?」」」


 レッドドラゴンの話を聞いて、一同は絶句してしまう。春の魔物の大発生の件もある。国の、いや人類にとっての一大事なのではないか、という想像に皆は顔色を悪くする。

 そうこうしている間に、二体目の変異種オーガが動き出す。迎撃体制をとろうとした討伐隊。


『だいじょーぶ、だいじょーぶ。あ、ちょっとまって』


 レッドドラゴンは、森からの魔物と討伐隊の間に体を動かし、盾になるように魔力を発する。

 その直後に降り注いだ複数の閃光――。一拍おいた後に耳をつんざかんばかりの轟音。

 変異種オーガやその他の魔物達が、雷に打たれて倒れ臥すのが分かった。

 雷を放ち、変異種オーガの体を掴んで飛んで来るのはもう一体のドラゴン。昼間のセレステブルー湖で度々見掛けるスカイブルードラゴンだ。上空を飛びながら、持っていたオーガを落とす。

 魔力の放出を止めたレッドドラゴンはそれをしっかりとキャッチして、一体目と同じように頭からマルカジリを始める。


『俺のカミさん。ヨロシク。あ、守ったから、眩しいのとかビリビリとか平気? ……ヘーキね。まあ、詳しくは落ち着いたら話すわ。変異種とかミョーにガタイのいいのとか釣り出すから、夜明けまで共闘といこうぜ、リンちゃん』

「……ご助力頂けるのですね」

『後で対価を取り立てるけど? “事情”の件もあるし。まー、決して無理難題じゃないから。その辺は安心していーよ』

「感謝します」

『青の王子』


 女性の声音で【念話】が届く。リンデンの目の前に光が集まり、昼間の空を映したセレステブルー湖のような、青く美しい光沢を持つ物体が、リンデンの手に収まる。


『旦那のウロコと同じ。水属性魔法の助けになる。それを使って回復するといい』

「ありがとうございます」

『じゃあ、もうひと暴れすっかぁ』


 その後、二頭のドラゴンの助力を得た面々は、死者を出す事なく、太陽が昇り始めるまで魔物討伐を続けるのだった。



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