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018 思惑の交錯する夜



 ★★★



 会議の後は、セレステブルー湖の規制も解除された為、魔物の討伐となった。

 これまでと違う所と言えば、『ジュカイの森』に戦力を集中するようになった事と、魔力を回復させる為に、ローズの休憩時間を、意識して設けるようになった事か。


 日没前に大部分の人員が『ガンバン』に撤収。喰える時に喰って休める時に休む。この先に控える大きな戦闘に備えて、夕食・入浴・就寝などを各々済ませている事だろう。

 また、【千里眼】系統や【魔力感知】系統のスキルを持つメンバーは、交代で展望室からの見張りを行っている。変異種への斥候に向かったチームからの合図を見逃さないように、目を光らせる為だ。


 ローズは入浴と夕食を済ませた後、リンデン達の部屋を訪れていた。魔力回復か魔力節約、もしくは魔法威力強化の魔道具に火属性魔石を利用出来ないか、検討する為に幾つか取りに来たのだった。

 リンデンとローレルは続き部屋で執務中。

 ローズは寝室側に並べられたままの赤い魔石の前で、腕を組んであれこれと考える。

 と、その時――


「――嘗めてんのか!!」


 ローズも思わずビクリと体を震わせてしまうような怒声が響く。


(……今の、リンデン王子?)


 “らしく”ない大声と口調に、慌てて立ち上がり、開け放たれたままの扉から、様子を伺うローズ。


 執務室には机に向かうリンデンとローレル。廊下へ続く扉の前に立って警護を行う、近衛騎士。それと、リンデンの前で平身低頭している、魔術師団のローブを身に付けた二十代半ば程の女性だった。


(彼女は【遠話】のスキル持ちの連絡要員。……王都で何かあったの?)


 リンデンは、いつになく表情を歪めて考え込んでいる。ローレルはローズの方をちらりと見てから、溜め息をついて、魔術師団の女性に向き直る。


「一先ずご苦労だった。再度、こちらの差し迫った窮状――国の一大事である事を正しく伝え、適切な対応をお願いしたい、と連絡して欲しい。魔力回復薬の使用は許可する。今晩中に、もう一度伝達してくれ」

「畏まりました」

「少し兄上達と話をする。そなたも外で待機をしていてくれ」

「はっ!」


 女性魔術師団員、続いて近衛騎士が部屋を去って行く。


「公爵令嬢にやらせる事じゃないが、出来れば兄上の為にお茶を淹れてくれないか? ローズ嬢」

「はい、喜んで」

「兄上、少し頭を冷やそう」

「……ああ。ローズ嬢も一緒に」


 部屋に備え付けられた道具類で、お茶の用意をするローズ。

 遠征には、非戦闘員となる侍女などは連れて歩かないので、お茶くらいは公爵令嬢だとしても淹れられる。

 『ガンバン』にも使用人はいるが、重要な書類や会議がある為に、清掃以外の入室は断っていた。


 リンデンは憮然としたまま立ち上がり、机の前に置かれているソファーへと、身を投げるように腰掛けた。ローレルも書類整理を切り上げて、リンデンの向かい側に座った。

 然程間を置かずに、ローズが三人分のお茶とお茶請けの用意を調える。

 手に盆を持ってソファーへと移動して、まずはリンデンとローレルの前にお茶を並べる。自分はどこへ座るべきか、思案しているローズの手からソーサーごとカップを取って、テーブルの上に置くリンデン。隣に座るように、という無言の指示だった。

 ローズはテーブルの中央にお茶請けの皿を置いて、リンデンの意図通りにソファーに座る。

 三人は、一先ずお茶を口にして、「ほっ」と息を吐く。


「何があったのか。私はお伺いしても宜しいのでしょうか?」

「ああ。というか聞いてもらわなきゃ困る。由々しき事態だ」


 ローズのおずおずとした問い掛けに、ローレルはそう答えてから、リンデンの顔を見た。

 ローレルに視線を向けられたリンデンは、もう一口、お茶を飲み込んだ後にカップを置いて、静かに告げた。


「魔術師団団長殿が、拘束されたそうです」

「……は? え? 何故?」


 ローズは思わず素で呟く。拘束されるような何かがあったのか、しかもこのタイミングで。全く以て寝耳に水だった。

 春からの魔物討伐で、ローズの魔法の実力は日毎に高まっている。火属性だけなら国で一番、いや、近隣諸国の中でも屈指と言えるだろう。だがしかし、いかにローズが優れているからと言って、この難局を乗り越えるには、やはり足りないものが幾つもある。今の状況では、全属性魔法を多彩に繰り出し、実戦経験も豊富な団長の存在は、是が非でもいて欲しい。


「昼の会議の後、騎士団、魔術師団、回復術師団、各団の派遣を要請しました。全ての団長は陛下の指示を受けて、団員の編制や、出立準備を進めていたそうです」

「だが、さる筋から横槍が入って、魔術師団内部で混乱が起きたらしい。団長は【転移】の魔法が使える。一人だけでもこちらへ来ようとしたらしいのだが」

「団長の座を狙っていた派閥が、息子の素行不良の件をしつこく持ち出して、『逃げるのか卑怯者! 逃亡を企てるとは反逆者だ!』とかなんとか、殊の外叫き立てたそうですよ」

「それで拘束されたのですか?」

「いや、その程度の言葉で素直に従ったり、言われっぱなしでいるような御仁じゃない」

「王城の敷地内で、言いがかりをつけてきた対立派閥と戦闘になり、これ幸いと横槍を入れてきた勢力によって、拘束されたそうです」

「その……『さる筋』とか『横槍を入れる勢力』というのは?」


 リンデンは、お茶請けの焼き菓子を一つ手に持って、ローズの口元へと運ぶ。


「あーん」

「? あーん?」


 リンデンはやや強引に、ローズの口に菓子を含ませる。ローズは面食らいながらも、焼き菓子を半分だけかじって、もぐもぐと噛み始める。

 そんなローズと顔を合わせながら、食べ掛けの菓子を、自らの口に入れるリンデン。


「!?」


 ビックリして目を見開くローズを後目に、菓子を食べた後、お茶を飲み干して横になるリンデン。


「……ちょっ、あの、リンデン王子!?」

「『さる筋』とは、王妃と王妃の実家の侯爵家です」


 ローズは、リンデンの言葉と、傷付いているような表情に、何も言えなくなってしまう。

 座るように指示した場所が『リンデンにしては離れているな』と、ローズもローレルも内心では思っていたが、この為だったのだろうと、妙に得心がいく。

 リンデンは誰に許可を得る事もなく、ローズの膝を枕にしてしまった。


「兄上、ローズ嬢の膝に手を這わせるのはお止め下さい」

「膝が駄目なら、太ももだったらいいかい?」

「触る事自体お止め下さい」

「なら膝枕そのものは見逃してくれ」

「いや、そもそもですねぇ、兄上」

「ローズ嬢、少しの間だけでいい。嫌なら寝室で抱き枕になるが、どうだろうか」

「……その、今だけですよ」


(なんだその二択は!? 「どうだろうか」じゃないだろう)

(アレ? 昼前にも、こんな事あったな……)

 ローズは遠い目をしながら、リンデンとしての最大の譲歩を受け入れるのだった。


「話の続きですが、相手は王妃と王妃の実家のグリム侯爵家で、アコナイトの処遇を受けて、アレコレ暗躍している、という感じです」


 リンデンの言葉を聞いて、面白く無さそうに、焼き菓子を食らうローレル。


「あの、気にはなっていたのですが……。非常に今更なのですが、お二方は今ここにいて良かったのですか? 変異種の件もあって、いて下さらなかったら、それこそ大惨事になっていたかもしれないので、今は良かったと思いますが」

「まあ、国宝である『女神の雫』を盗み出した事で、アコナイトの皇太子位の剥奪は免れぬ。そうなると、代わりが兄上か俺か、という話になるな」

「アコナイトと国宝の件は、まだ広く知られていません。私とローレルに“万が一の事”があれば、事件の方を闇に葬って、アコナイトの地位は安泰かもしれない」

「実際に暗殺の動きもあって、王都から離れると、兄上が言った」


 ローズは話を聞いて、思わず息を呑む。その拍子に身じろいでしまい、リンデンを僅かにだが、揺さぶってしまう。リンデンを心配して手を伸ばすが、その手はリンデンに取られて、強く握られる。


「面白いのは、意思の統一がなされていなかった事ですねぇ。私がローレルを伴って魔物討伐に行くと陛下に奏上した際に、“魔物に始末される事を望んで”行く事に賛成した王妃と、“そんな不確定要素に頼らず、手元の、王城で始末したいから”残るように主張した侯爵と」

「陛下は何と仰られたのですか?」

「? 何も?」

「兄上は全ての支度を整えてから、出立の挨拶をしただけだ。賛成も反対も意見なぞ求めていない事を、父上は誰よりも存じ上げている。城を出る直前に、近衛騎士団長を通じて『女神の雫』を託されたのが、答えと言えばそうか」

「我々が王都を発つタイミングで、アコナイトの病気療養が触れられました。国宝盗難の一大スキャンダルを伏せておきたいのは、王家としても総意なのですが、そうなると、アコナイト側にもチャンスの芽が残ってしまう」

「変異種の件を聞いて、“遠征の地で、不幸な出来事に見舞われる”事も可能だと踏んだのだろう。魔術師団団長を抑えられた。……正直キツイ」

「その……、一見すると、あちらの目的を達する可能性は高まりそうですが、こう、あまりにあからさまじゃないですか? 魔物討伐に失敗して、私達が壊滅したら、直ぐに駆け付けられる戦力はどこがあるというのです? 位置的に、討伐を理由に隣国から攻め入ってくる場合だってあるんじゃないですか」

「まあ、グリム侯爵は権力に対する欲は人一倍強いんだが、その程度でな。だから何代も大成しない。傀儡にする気満々で、軽い御輿になるように教育を施したアコナイトは……軽過ぎちゃったからなぁ」


 ローズは、ローレルの言葉に目を逸らす。

(いやアレは、ミョーなゲーム補正を拗らせたせいもあると思います)


「王妃も哀れな方なんですよねえ。元々本人には、行き過ぎた野心を抱く気概がなかったのに。陛下の寵愛が深いのは、私やローレルの母ですが、出身はヒューイット伯爵家なので、王妃としては賛同が得られなかったのです。『高位貴族家から王妃を』という声が上がった時に、相当な手を使って捩じ込んできたようですね、侯爵が。娘を王妃とした事を楯に、盛んに口出しをしてきました。アコナイトが産まれてからは、益々口幅ったくなってしまって」

「ああ……。『アコナイトに平身低頭仕えるのであれば、母親共々生かしてやらない事はない。私は寛大な心の持ち主なのだからな。感謝するとよいぞ』とか何とか、兄上と二人でいる時にわざわざ言いに来たからな」

「ありましたねぇ。あの時は侯爵が立ち去った後に、『結局、あの人何しに来たの?』とローレルが言うから、大笑いしてしまいましたね」

「そうだったっけ?」

「そうですよ。……結局、グリム侯爵の振舞いに、嫌気がさしたのでしょう。陛下は王妃と疎遠になりました。陛下に疎まれて、“皇太子の生母である”事に固執して、しがみついて、王妃も変質していきましたね。王妃には子供がアコナイト一人きりです。母には私とローレル、年の離れた妹。――ここだけの話ですが、もう一人増えそうなんですよね」

「まぁ!」


 ローズは思わず、驚きの声を上げる。

(嫁いだのが十六歳で、一年後にリンデン王子が産まれたのだから……まだ三十代。陛下も四十歳の筈だから、余裕か)


「産まれるのが弟なら、もしもの時も何とかなるでしょう。もしくは妹が婿を取るだろうし。その時は、ホーリーなんかは有力候補ですよ」

「……」


(リンデン王子、ローレル王子の妹姫は御年六歳。日本なら小学一年生。兄は二十歳越えてます。貴族社会スゲェな)

 何と言ったらいいのか困るローズは、押し黙るしかない。


 リンデンは身を起こし、立ち上がって伸びをする。


「それもこれも、変異種や、魔物次第です」

「ああ。それに援軍に関しては朗報を待とう。今出来る事を終わらせて、今晩はとっとと休むぞ、兄上」

「そうだね。ありがとう、ローズ嬢。お陰で落ち着きました」

「お役に立てて良かったです。私は魔石を幾つか選んでいきますので」


 リンデンとローレルは再び机に向かう。

 ローズは茶器の類を片付けた後、続き部屋の寝室に向かい、魔石を前に腕を組んで考え始める。



 ★★★



 魔石に視線を向けてはいるものの、思考は、討伐の事や王宮での事と、あちこち取留めもなくさ迷い続ける。

 遠くでノックの音がして、ローレルが誰かと言葉を交わしているのを、頭のどこかで把握はしつつも、ローズは大変にぼんやりしていた。

 だから、気が付く事が出来なかった。


「ローズ嬢」

「!?」


 いつの間にかリンデンが寝室に入ってきていて、魔石の前に立ち尽くしていたローズを、背後から抱き締めたのだ。


「王都で静養していて欲しいと伝えたのに、急に連れ出したのにも、理由があるのです」

「理由ですか?」

「ええ。侯爵は私とローレルを亡き者にして、アコナイトを復権させるつもりです。その際に宰相も仲間にしようと、弱味を握る計画を立てていたのです」

「弱味……お父様のですか?」

「そうです」


 リンデンは手を動かして、ローズの顎先を軽く持ち上げて、ベッドに視線を向ける。


「アコナイトとローズ嬢の間に、既成事実を作る」

「……!」


 ローズはリンデンから告げられた言葉に、悲鳴のように息を呑む。

 以前のローズの不快な思い出が不意に溢れ出て、目の前がぐらぐらする。


「もしそうなれば、ローズ嬢はアコナイトに嫁ぐより他なくなってしまう。娘可愛さに、アコナイトを王位に即けるように宰相が取り計らうだろうと、巫山戯た事を本気で考える阿呆なんですよ」


 リンデンはローズにより密着し――自らの顎をローズの頭に乗せたり、指先でローズの唇を愛撫するように触れる。


「“影”から、アコナイトがその話に乗り気で、『泣き叫んでも組み敷いて、壊れる程嬲ってやろう』なんて発言をしていたと報告を受けたとき――」


 リンデンの腕の中の、ローズの体が震えだした。


 リンデンは――言うべき事ではなかった。かの男爵令嬢を救う為なら「何だってヤル」とほざいた義弟や有象無象に、余程キレていたらしい――自分の失敗に、つい天を仰いでしまう。


 ローズは、緩んだリンデンの腕から離れて、リンデンの正面に向き直る。

 さ迷わせるように両手を伸ばし、リンデンの胸元の服を、きゅっと掴む。


「……」

(“たすけて”)


 目に涙をいっぱいに溜めて、言葉にならない声を発したのは、“かつてのローズ・カーティス”だったのかもしれない。


「もちろん」


 リンデンは、ローズの両肩にそっと手を置く。


「その為に連れ出したのですよ?」


 リンデンはローズを抱き締めて髪を梳く。


「報告を受けた時、私は決めました」


『譬え、泣き疲れるまで抱き潰すことになったとしても、ローズを私だけのものにする。決して、他の男にやらない、と』


 リンデンは自らの決意は口に出さず、ローズとの距離を詰めていく。

 二人の顔が、息の掛かる位置まで近付き、リンデンの唇がローズの鼻先を掠めた時。


――コン。


「兄上、いよいよ縛るぞ」


 開け放たれたままの扉に身を預けたローレルが、小さくノックをして声を掛ける。

 自分の焦りや苛立ちを自覚しているリンデンは、ローレルの言動に小さく笑みを零し、ローズから身を離す。


「ローズ嬢に負担を掛ける事になってしまい、申し訳なく思います。――魔石は決まりましたか」

「あ……えっと……」

「試しに、小さめの物で、色の濃い物と薄い物はどうでしょうか?」

「……はい。そうします」


 ローズはリンデンから、幾つかの魔石を手渡される。


「今宵はこれで。ゆっくり休んで下さい、ローズ嬢」

「はい。ありがとうございます。リンデン王子」

「廊下にいる女性に、部屋まで送るよう伝えてある」

「ありがとうございます、ローレル王子」


 ローズは一礼して、去って行く。

 リンデンは、ローズの後ろ姿を、やや苦味を帯びた微笑みを浮かべたまま、見詰め続けるのだった。


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