017 『非常事態宣言』
★★★
セレステブルー湖周辺で、本格的に討伐作戦を開始してから一週間。
ローズは戦闘に参加をしつつ、炎の魔法と火属性魔石に関しての検証も行っていた。その結果は、目の前にずらりと並べられた赤い魔石。大小、色の濃淡は様ざまだが、何れも火属性の魔石だった。
公爵家という高位貴族家の令嬢であるローズは、冒険者登録はしていなかった。基本は騎士や兵士が前衛を務め、彼らはローズに魔石を渡してくる。
たまに、春の作戦時に戦友となった上級冒険者達が魔物を釣り出してくるが、彼らもローズに魔石を渡してくる。
ギルド職員は買取り交渉を申し込んできたが、リンデンが待ったを掛けた。
その場を立ち去った職員を見送った後、理由を問うたローレルの耳に、
「だって(ローズと二人きりで会いたいとかぬかす)男だから」
と、リンデンの声が届いた。
目の前が暗くなったのは、決して自分が瞼を閉じたせいだけは無い筈だと、ローレルは思った。
★★★
「大分溜まってきましたね」
今は、晴れの日の午前中で、休息の時間。
リンデンとローレルの執務室兼寝室として利用されている、『ガンバン』のスイートルーム。
寝室側のソファーに腰掛けるリンデンと、その膝の上に座らせられているローズ。
日々の戦闘はやはり負担が大きい。ローズはリンデンに治療を願い出たのだった。馬車でもないのに、リンデンの膝上着座なのは、
「こちらが、今私が使っているベッドです。休憩しますか? ローレルは何処かに使いに出しますので」
と、“いい笑顔”で提案してきたリンデンの目の色に、ローズは内心ガクブルしたからだ。
続き部屋との扉は大きく開け放たれており、ローレルの作業する音が、頻りに聞こえてくる。それだけがリンデンの理性を繋ぎ止める、頼みの綱だった。
ローズは、リリー、アイリス、デイジーと同室の為、部屋の広さにそれ程の余裕は無い。日々溜まっていく一方の火属性魔石の置場所や扱いに困り、リンデン達に預け、それらを今二人で眺めていた。
「貴重だから高価になるという話ですが、これだけ市場に出回ったら、少なからず混乱が起きそうですね」
「ええ、おそらくは。しかも……」
「この先も、私の魔法で倒せば、量産されるかもしれない」
「可能性は高いと思います。ただ、その為には、ローズ嬢が炎の魔法で魔物討伐を続ける必要がある。学生でいる間はそれでもいいでしょう。しかし、卒業後の事は、カーティス公爵とも話し合う必要があります」
リンデンはローズの治療を一旦止めて、背後から抱き締めて耳元に口を近付ける。
「結婚の事とか、ね?」
「――っんん!?」
囁いて、息を吹き掛けて、耳たぶを甘噛みする。
リリー達と合流してから今のように、息の掛かる距離で二人きりになる事はなかったからか、口も手も展開が早い。
「あー、兄上がそんなに縛り上げられたかったなんて知らなかったなー」
棒読みだが、呆れと怒気を纏ったローレルの声が響く。
(たっ、たすケテ……)
止まらなければならない筈の、リンデンのまさぐり。
ローズのカラダを這うように動かされていた、指先や掌や唇……。
ローレルの声を聞いて、却って勢いと力強さと本気度を増した。
「〜〜!」
堪らず、ローズは声にならない悲鳴を上げる。
椅子の倒れる音がした。
さすがに、ローレルも危険だと感じたのだろう。
「もう少し、ローレルが来るまで」
「やっ……ぁんぅう……っだめ……」
「〜〜兄上っ!!」
――コンコン。
三人の動きが止まる。
それ程大きくない音が聞こえてきた。おそらくは執務室側の扉がノックされたからであろう。
「どうした?」
怒気を孕み、半ば怒鳴り付けるように答えるローレル。
緊急事態には即座に対応する必要は分かっている為、大人しく耳を傾けるリンデン(もちろん、ローズのカラダに密着させている、全てを離す事はない)。
「マクローリン公爵家の令嬢が、領兵を伴ってお越しになりました。討伐に協力する旨を記した、公爵の親書をお持ちだそうです。また、道中魔物の襲撃を受けて負傷者多数。ぜひ……」
「すぐに兄上を治療に向かわせる!」
伝令の声を遮るように声を掛けるローレル。
リンデンはローズの体から手を離し、乱してしまった衣服を素早く整えてから、自身と共に立ち上がる。
「今行きます。オーキッド嬢の話を聞く必要があります」
「私は、皆と合流してから……」
「では大広間で落ち合いましょう」
顔を赤くしたローズは、潤んだ瞳で、どこか頼りなく立ち尽くす。
リンデンは必要事項を伝えて――ローズの額にキスを落としてから――足早に部屋を出ていく。
「兄上、後で説教ですから」
「わかっている」
「わかっているのかよ!?」
リンデンとローレルの応酬が遠ざかり、扉の閉まる音が聞こえると、ローズはその場にへたり込む。
身も心もorzだ。
暫くその姿勢でいると、腰の痛みを覚え始め、また“あの治療”を受ける事に脅威を感じた。
ヨロヨロと立ち上がったローズは、漸く歩き出すのだった。
★★★
「変異種です!」
『ガンバン』内の大広間――嘗てのダンジョンボスの部屋であり、今は舞踏会なども開催されている――に、リンデンやローレルをはじめとした隊長格の責任者、騎士や兵士の一部、各冒険者チームのリーダー等の面々が会議の為に集まった。ローズにも席が用意されて、リンデンやリリーの近くで控えていた。
『ガンバン』にはドラゴン達の協力により、館内放送の設備が整っていて、大広間に入りきらない者達も、各部屋で議事に耳を傾けている事だろう。
今回の緊急召集はもちろん、合流直前のマクローリン領の戦力に、手傷を負わせた魔物に関して、情報共有を行う為だ。
冒頭の声を上げたのは、ローズの友人でもあるオーキッド。彼女は、比較的軽傷で済んだ遠征隊の隊長と共に、会議に出席していた。
「接敵したのは、セレステブルー湖から馬車でおおよそ一日半の距離。道が『ジュカイの森』の内部を蛇行している箇所です」
「姿を見せたのはオーガの変異種です。赤い肌に黒い障気紋が浮かび上がっていて、身の丈は五メートルはありましたわ」
オーキッドの、当時を思い出したのか、目に涙を滲ませて告げた言葉に、場がザワリと揺れる。
そのオーガが実在するならば、ここから一番近い位置にある町程度なら、単身で半壊させる事も出来るだろう。実際には、他にも大型で強力な魔物が多数存在し、かつ変異種も一体だけとは限らない。退っ引きならない事態なのは確実だった。
「増援の要請は行うとして……」
リンデンはそこまで口にしつつも、その後に続く「間に合わないだろうな」の言葉は呑み込む。
隣に座るローレルも、無言で同意をする。
派兵されたら前線に出る事になるだろう、騎士や魔術師達には注意喚起を促してはいたが、国の上層部は魔物の動向に、目を向けてはいなかった。
今現在も、アコナイト達の後始末の余波の影響から、抜け切っていない事は容易に想像がついた。
先程、自らも治療を行いつつ聞き取りをした、マクローリン領の兵士達の言葉を思い浮かべ、リンデンはオーキッドに声を掛ける。
「ドラゴンに助けて頂いたとか?」
「はい。変異種オーガの頭上を飛び回り、その場は追い払って頂きました。それから、私達がセレステブルー湖に着くまでの警護を。『仲間の元まで案内する』と。私、幼い頃に滞在して、遊んで頂いた事があったのです」
ドラゴン達にとって『ご近所付き合い』の範囲なのだろうと、リリーの説明を受けていた面々は得心がいく。
ドラゴンが直接変異種を打ち倒す訳ではない。共同戦線の申し込みをした所でどうなるか。戦力としてアテにする事は、視野に入れるべきではない。
リンデンは、スカイブルードラゴンの青銀の“睨み”を思い浮かべて、これからを考える。
「――フォレスト王国第一王子、リンデン・フォレストの名に負いて『非常事態』を宣言します。セレステブルー湖周辺、特に変異種のオーガが潜伏している『ジュカイの森』の魔物討伐に全力で持って当たる事。マクローリン、フォーブス、両家の兵力はもちろん、冒険者の方々にもギルドを通じて協力を要請します」
「『非常事態宣言』を受けて、魔物討伐に、冒険者ギルドとしても協力をお約束致しましょう。今現在『ガンバン』にいる構成員には指名依頼を出します。周辺の冒険者達にも、召集を掛けましょうか?」
「そうしたいのは山々ですが……」
「王都から湖までの道中にも、通常より力が強い魔物が数多出没した。それぞれの町の防衛戦力は残すべきだ。その上で、こちらに駆け付けられる強力な戦力なら、歓迎しよう」
リンデンとローレルの言葉に頷いて、周辺の町の戦力等を頭に思い描くギルド職員。
「ローズ・カーティス」
「はい」
「魔術師団団長殿にも出兵を要請しますが、彼が到着するまで、現在の最大火力は貴女です。体調はもちろんの事、変異種オーガ討伐の為の魔力量は保持しておくように。これは命令です」
「畏まりました」
リンデンに礼で持って答えるローズ。
その後、様々な事が話し合われ、可能な限り『キボウが丘』で変異種オーガを迎撃出来るよう、斥候チームの編成・派遣などの準備が行われる事となった。




