第59話 二つの国ではなく
新しい制度の交渉には、数か月かかった。
王家を倒した勢いのまま一つの国になればよい、という意見は地上側に多かった。
人口だけで代表数を決めれば、地下の集落は常に少数になる。星脈炉も水脈核も共同名義になりながら、実際の決定は地上の多数票で通るだろう。
逆に、地上と地下を完全に分離し、王門を閉じるべきだという意見も強かった。
だが、水脈は境界線で止まらない。星脈炉を分けても、片方の操作がもう片方の水圧と魔力へ影響する。記憶庫には地上と地下双方の記録があり、守護獣の通路は両域へ続いている。
完全な統合も、完全な分離も、生活の実態に合わなかった。
最終交渉の日、旧関税所の机に五つの装置模型を置いた。
「地上と地下は、それぞれ自治評議会を残します」
私は代表たちへ提案した。
「法律、税、教育、地域の水路は、それぞれが決める。どちらかがもう一方の政府を吸収しません」
地上代表が星脈炉の模型を指す。
「では、これらはどちらのものだ」
「どちらか一方の所有物にはしません。水脈核、記憶庫、獣冠の通信環、星脈炉、王門。この五装置だけを管理する『境界連合』を作ります」
管理会には地上と地下から同数の代表を出し、重要操作には双方の同意と、記録守、現場技師の確認を要する。単独の緊急停止は短時間で失効し、恒久変更には双方の住民投票が必要になった。
記憶庫は、王家の犯罪を隠さないことと、被害者の私生活を無制限に晒さないことを両立させた。原本は発生地側が保全し、公的判断に関わる箇所だけを来歴付きで共同記録院へ出す。被害者本人や遺族には、公開を拒む権利と求める権利の両方を認めた。
獣冠は『獣路通信環』へ改称し、獣守と生息域代表へ預けた。危険情報は送れても、守護獣を連合の戦力や財産として命令する機能は持たせない。
「女王の権限はどうなる」
地下代表が問う。
「私は地下自治評議会が定めた任期まで、対外交渉と境界防衛を担当します。五装置の単独操作権は持ちません。任期後に続けるかは、改めて選挙で決めてください」
王家を倒した功績を、終身の統治権へ替えない。
ラウルも、王門共同管理者の臨時任期を終えた後、ほかの候補と同じ審査を受ける。私との関係は推薦理由にも、罷免を妨げる理由にもならない。
条文がまとまりかけた時、現実の水不足が交渉を止めた。
地上北部で雨が降らず、農業用水が平年の半分まで落ちた。地上代表は、水脈核から一か月だけ供給を増やすよう要求した。
地下側は反対した。
「地上へ回せば、外縁集落の井戸圧が下がる。星脈炉の時と同じだ」
地上側も譲らない。
「作物が枯れれば、冬に何万人も飢える。地下の水位は現在、危険域ではない」
境界連合はまだ発足前だったが、作成中の手続きを試した。バシュルたち水路管理者が双方の水量、最低維持圧、降雨予測を同じ形式で示し、商人組合と農村代表も備蓄と必要量を提出した。
最初の地上案は、要求量が大きすぎた。
地下外縁の二集落が十日で警戒域へ入る。
地下案の全面拒否では、地上北部の冬作物の三割が失われる。
現場から出た代案は、地上の装飾庭園と一部作物への供給を先に止め、地下は最低圧を守れる夜間だけ余剰水を送るというものだった。商人組合は備蓄を放出し、受益する農村は翌年、地下の水路補修へ資材と技師を出す。
供給は一か月固定ではなく、七日ごとに再審査する。地下の井戸が警戒線へ達した時点で自動減量。地上の降雨が戻れば終了する。
地上、地下双方の管理者が鍵を置き、公開記録へ署名した。
地上農村には「地下に水を握られた」、地下外縁には「また地上を優先した」という反対が残った。それも次の再審査資料へ加えた。
七日後、地下の最低圧は守られ、地上の冬作物は全面枯死を免れた。二週目には雨が降り、供給量を減らせた。
華々しい和解ではない。数字と期限を出し、約束が守られたか確かめる、誰か一人の善意に頼らない小さな成功だった。
その実績を経て、地上自治評議会と地下自治評議会は境界連合憲章を批准した。
王門の往来には、本人の意思確認、危険物の申告、両側の案内人、取り残された場合の保護責任を定めた。出自だけで閉め出さず、危険がある場合は個別審査と異議手続きを置く。
最初の正式開門日は、一月後に決まった。
地上から地下へ渡りたい技師、地下から地上の空を見たい子ども、消された犠牲者の足跡を辿りたい遺族。
申請所には、両側から予想以上の列ができた。




