第60話 開かれた扉 予約中
正式開門の日、王門の前に玉座は置かれなかった。
地上側と地下側に同じ高さの受付台があり、通行名簿、危険物の保管箱、異議申立ての窓口が並んでいる。
五装置の状態は、誰でも見られる公開盤へ表示された。
水脈核は安定。記憶庫の時刻印は正常。獣冠の通信環に強制信号なし。星脈炉は地上と地下の共同鍵で運転。王門の二重鍵も、両側の管理者が確認を終えている。
一人の生命も、開門槽へ繋がれていない。
それでも、祝う者ばかりではなかった。
地上側の柵外では、「奈落との門を閉じろ」という札が掲げられている。地下側でも、王国軍に家族を殺された者たちが、地上人を入れるなと抗議していた。
警備隊は、暴力や通行妨害へ移らない限り、札を下ろさせなかった。
反対が存在することを、開門式の景色から消さない。
私は門の中央ではなく、地下側受付の横に立っていた。
女王が先頭を歩き、全員へ後をついて来させる式にはしない。通る者が、自分で申請し、自分の足で境界を越える日だ。
最初の案内人は、フィアだった。
出会った頃には私の名しか地上語で言えなかった少女が、青い案内帯を肩へかけている。
「地上へ行く人は、白い線。地下へ行く人は、青い線です。荷物の札を、先に見せてください」
少し硬い地上語で説明し、次に流れるような地下語で繰り返す。
地上の老人が聞き取れず首を傾げると、言い直し、最後は身振りも使った。
完璧に二つの言葉を話す象徴ではない。伝わらなければ、別の言い方を探す案内人だ。
第一の通行者は、地上の水路技師三人だった。
地下外縁の井戸を修復する契約を結び、工具の番号と帰還予定を申告している。地下側の水路番が迎え、互いの図面をその場で確認した。
次に、地下の子どもたちが地上へ向かう。
保護者の同意だけでなく、子ども本人にも、途中で怖くなれば戻れると説明する。一人の少年が門の光を前に足を止めた。
「今日はやめる?」
フィアが地下語で尋ねる。
少年は長く迷い、首を横に振った。
列から外れ、次回の札を受け取る。後ろの者は急かさず、彼を置いていくのではなく、今日通らない選択をした者として見送った。
別の少女は、母親の手を自分から取り、光の向こうへ進んだ。
門を抜けた先で初めて空を見上げ、あまりの広さに座り込む。地上側の案内人が笑いそうになって口を押さえ、彼女が立つまで待った。
過去の犠牲者遺族も来ていた。
地上からは、エルナ・ヴァイスの孫。地下からは、置き去り後に生まれた者たちの記録を守ってきた家族。
彼らは門の中央で抱き合わなかった。初対面で、何を話せばよいかもわからない。
ただ、同じ記録番号の写しを見せ合い、共同碑へ供える花と、地下の記憶庫へ納める家族史を交換した。
六十年前に置き去りにされたローデンも、杖をついて王門まで来た。
地上側の光を見つめる彼へ、誰も「故郷へ帰るべきだ」と言わなかった。
「向こうへ行きますか」
フィアが尋ねる。
ローデンは首を振った。
「今日は、ここで見ている。六十年住んだ場所も、もう私の故郷だからな」
帰らない選択も、生還の失敗ではない。
彼は次回の通行申請書を一枚だけ受け取り、懐へ入れた。明日行くか、最後まで行かないかは、まだ決めないという。
ネラは、地下記憶庫と地上の独立記録院を往来する連絡記録員になっていた。
安全な経路と受入手続きが整った時、私はもう一度、地下へ移る意思を確認した。彼女は以前と同じ答えを、自分の職務と暮らしの計画を添えて選んだ。
今日は地上側から記録箱を運び、私の前で一礼する。
「行ってきます、リディア様」
「ええ。戻る日程は、自分で決めて」
主人の後ろを歩く侍女ではない。二つの記録機関を繋ぐ一人の専門職として、ネラは門を渡った。
黒鱗の守護獣は、地上側の水場で伏せていた。
地下へ戻る道も示されているが、今日は動かない。子どもが近づこうとすると、獣守が距離を取るよう止めた。人を助けた獣だから触れてよい、ということにはならない。
昼までに、予定した最初の往来が終わった。
通行者の数は、地上から三十七人。地下から四十一人。
申請を撤回した者が六人。審査で保留になった者が三人。危険物の申告漏れで次回へ回された者もいる。
全員が笑顔で通れたわけではない。
地上の技師へ罵声を浴びせた者も、地下の商人との取引を拒んだ店もあった。門を開けば憎しみが消えるわけではない。
それでも、問題が起きたからすぐ永遠に閉じるのではなく、記録し、審査し、次の通行条件を直す仕組みが動いている。
閉門予定の鐘が鳴った。
受付係は、地上側と地下側の名簿を一人ずつ照合する。
通過中の者はいないか。戻る予定の者が、片側へ取り残されていないか。保留者の保護先は決まっているか。
十四人のうち十三人が通った時点で、誰か一人を残して閉じた門とは違う。
最後の一人の所在と意思を確認するまで、王門は閉じない。
照合が終わり、門幅がゆっくり物資孔まで縮小した。完全に消すのではなく、夜間の緊急通信と救護のため細い光を残す。
私は一日の記録へ、女王として確認印を置いた。
成功件数だけでなく、撤回、保留、抗議、設備の遅れもそのまま残す。
「終わったか」
隣からラウルの声がした。
脇腹の傷はまだ天候が変わると痛むらしい。制御盤へ自分を繋いだ件では、今も時々言い争う。恋人になり、共同管理契約を結んだからといって、互いの考えが同じになったわけではない。
「最初の一日が、終わっただけよ」
「では、次は?」
「明日の苦情処理。その後、水路技師との会議。地下評議会では、地上の商人へどこまで許可を出すか再審査ね」
「華々しい女王の仕事には聞こえないな」
「気に入っているわ」
私は細く残った門の光を見た。
ラウルが、あの日の崩れた橋と同じように手を差し出す。
彼は掴まない。
急かさない。
私が決めるのを待っている。
私は自分から、その手を取った。
閉じた扉の前で、一人だけ残されるところから始まった。
いま、扉は開いている。
通る者も、通らない者も、差し出された手を取る者も取らない者も、自分で選べる。
私たちは誰かを置き去りにして先へ進むのではなく、次に通る人のための細い光を残したまま、並んで歩き出した。




