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第50話 魔物軍、地上へ

屋上の砲台から、装填完了を告げる赤旗が上がった。


 王門と砲口の間には、逃げ場を失った市民がいる。旧聖堂区の門は王国兵によって閉ざされ、路地へ入ろうとする者は槍で広場へ押し戻されていた。


「王門を物資孔まで縮小する」


 地下側の制御盤から、ラウルの声が届く。


 砲撃検知時の自動縮小条件だ。ここで完全に閉じれば、地上へ出た救助班が取り残される。開いたままなら、砲弾が地下へ届く。


「縮小を承認。人の通過を停止して、救助班は地上側の遮蔽物へ!」


 私と先行班はすでに地上へ出ていた。


 王門が狭まり、荷車一台分の青い穴になる。地下から新しい兵を送り込む道は止まった。


 王家直属の砲兵隊長が、広場を見下ろして腕を振り上げる。


「撃て!」


 左右の王都守備兵は動かなかった。


「市民がいます!」


 一人が叫ぶ。


「奈落の侵入を止めるための必要な犠牲だ。王太子殿下の直命である!」


 中央の直属砲だけが火を噴いた。


 私は砲口に魔力が集まる瞬間を見ていた。境界を開いてからでは遅い。砲身の内側と、着弾先になる空間を、発射前に読み取る必要がある。


 けれど、無人の接続先がない。


 その時、旧聖堂の鐘楼から白い布が振られた。


 ネラと地方神殿の協力者が、王都西外れの軍用射場へ続く照準灯を点けている。平時に砲撃訓練へ使う場所で、避難確認済みを示す三つの灯りが並んだ。


 私は灯りを座標の錨にした。


 砲弾を空中で消すのではない。


 砲身の出口と、無人射場の防壁前。その二つを、発射の一瞬だけ繋ぐ。


 轟音が王都を揺らした。


 砲弾は広場へ現れず、西の城壁のさらに外で爆発した。遅れて、黒煙だけが空へ上がる。


 私は膝をつきかけた。巨大な王門を開いた直後の身体に、砲撃の接続は重い。


 二発目を同じように逸らす余力はない。


「いまです! 砲台を止めて!」


 撃たなかった王都守備兵たちが、直属砲兵へ飛びかかった。地下の防衛要員も屋上へ向かうが、剣を振り上げた一人を私は止めた。


「降伏した者を殺さないで! 砲の制圧が目的です!」


「こいつらは、地下の子どもごと撃った!」


 角の折れた兵が怒鳴る。


「その怒りをなかったことにはしません。けれど、捕らえた者をその場で殺せば、誰が命令したか証言させられない。軍規に従えないなら、前線から外れて」


 彼は荒い息を吐き、剣を下ろした。


 許したのではない。私のために納得したのでもない。いまは軍として、私刑をしない方を選んだだけだ。


 砲台の制圧と同時に、私は部隊を四つへ分けた。


 第一班は砲台と王家兵器の無力化。地上の守備兵を必ず混成させ、地下兵だけで武器庫を占領しない。


 第二班は市民の避難誘導。守護獣へ命令はせず、獣守を通じて開いている道と瓦礫の位置を伝える。


 第三班は証拠保全。ミハル、独立記録院、商人組合の立会人が、王太子府と星脈炉管理局の書庫を封印する。略奪と持ち出しは禁止。


 第四班は宮殿封鎖。攻め込まず、王族と直属軍の逃亡路だけを監視する。


 砲台が沈黙したことを確認し、私はラウルへ門幅の再拡大を申請した。


 攻撃検知による縮小は正しく働いた。再び人を通すには、砲台三か所の制圧、射線上の避難、地上側受入班の配置を、二鍵で改めて確認する必要がある。


 地下側に待機していた兵を一気に流し込まず、まず救護班、次に記録班、最後に人数を制限した防衛班の順で通した。黒鱗の守護獣についても、獣守が地上側の水場と退路を伝え、獣自身が門へ進んだ場合だけ通行させる。


 門を開けた成功に酔って、次の通過を自動化しない。


「民家、商店、神殿から物を取らない。王国兵の家族へ報復しない。捕虜を隠さない。違反は地下側の審理だけで処理せず、地上の記録官を入れます」


 命令を聞いた地下兵の一部には、不満が浮かんだ。


「俺たちの集落からは全部奪ったのに、地上の店一つ触るなと言うのか」


「奪われた分は、王家資産と責任者へ賠償を求めます。目の前の店主から取り返すのではありません」


 正しさだけで空腹や喪失が消えないことはわかっている。だから、兵站班には地下からの配給を増やし、王都の物資を使う時は受領票を出させた。


 王国兵の投降路は、旧聖堂の北通りへ作った。


 武器を置く場所、負傷者の治療所、身元確認後の一時拘束所を別々にし、投降した瞬間に地下軍へ組み込むことも、その場で帰宅させることもしない。


 最初に来たのは、砲撃を拒んだ守備兵十二人だった。


 その一人を見て、地下兵が「こいつは灰橋にいた」と声を上げた。守備兵は青ざめ、逃げようとする。


「止まって。灰橋で何をしたかは、これから調べます」


 私は両者の間に記録係を入れた。


「投降路は無罪を与える道ではありません。同時に、告発だけでここで殴る場所でもない。所属、命令、実行行為を分けて審理します」


 地下兵には被害申告札を、守備兵には供述記録を渡す。二人を握手させたり、許しを求めさせたりはしなかった。


 保護と裁きが同じ場所で混ざらないことを、最初の投降者から示す必要があった。


 市民を閉じ込めていた旧聖堂区の門が、内側から少しずつ開いた。


 若い王都守備兵が三人、門鎖を外している。直属隊の上官が一人へ斬りかかったが、地下の鱗人兵が盾で受け止めた。


「側門を開けた者を保護して!」


 私は避難班へ指示を送った。


 三人を英雄として前へ立たせるのではなく、顔を隠し、負傷者と同じ経路で地方神殿へ移す。家族の所在も確認し、王家が見せしめに使えないよう記録院の保護対象へ入れた。


 側門が開くと、市民が一斉に路地へ走り出した。


 地下兵を見て悲鳴を上げる者もいた。角や鱗を持つ姿を、幼い頃から『魔物』と教えられてきたのだ。


 その列の前で、黒鱗の守護獣が崩れた石梁へ肩を入れた。


 獣守が安全な瓦礫の方向を伝える。獣は自分で位置を選び、梁を持ち上げる。下敷きになっていた王都の親子が、地下兵の手で引き出された。


 母親は怯えたまま、それでも角人の兵へ何度も頭を下げた。


 魔物軍。


 王家が恐怖を煽るために使った名の軍が、王都で最初にしたことは、市民を砲口から逃がすことだった。


 砲台の大半は、二発目を撃たずに制圧された。


 ただし、王太子直属隊だけは宮殿方面へ退きながら、武器庫から油壺と火炎具を持ち出していた。


 夕暮れ、王都の南市街から黒煙が上がった。


 逃げてきた少年が、息を切らして叫ぶ。


「角の兜をつけた奴らが、家に火をつけてる! 奈落の軍が町を焼いたって叫びながら!」


 王太子軍は地下兵に似せた装備をまとい、自分たちの王都へ火を放ち始めていた。


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