第49話 王都に開く奈落
爆破解体の予定時刻まで、残り数刻。
王家の攻撃杭が水脈へ触れた瞬間、同意印が次々と消え始めた。
外縁第四集落、十二人撤回。
灰岩村、二十一人撤回。
北水場、通信断。提供を続けているか確認できないため、全員を未同意として切り離す。
集計盤の光が、目に見えて減っていく。
「必要量を下回ります!」
技師が叫んだ。
王門の円環はすでに起動を始めている。ここで止めれば、次に四装置を揃えるまで半刻以上かかる。地上の爆破隊は、旧聖堂区の座標へ最後の火薬を設置している。
私は各同意印の状態を読み上げさせた。
「撤回した理由は問わないで。消えた線を再接続しない。通信が切れた人も使いません」
「だが、このままでは開かない」
星脈炉担当の技師が、地下側制御盤を示した。
盤の奥には、王家が長年使ってきた吸収路が残っている。星脈炉へ接続された集落から、同意印を通さず少量ずつ引けば、足りない分を埋められる。
一人あたりの損失は小さい。誰が取られたか、気づかない者さえいるだろう。
成功だけを考えれば、簡単だった。
「使いません」
私は即答した。
「では、王門を諦めるのか」
「同意している人の量で、門の条件を組み直します」
反対票を消さないと約束した直後に、身体から勝手に力を取れば、投票そのものが偽りになる。
一度同意した人が、恐怖の中で撤回することもある。同意は、最初に一度だけ奪って保管する許可証ではない。
ラウルが共同制御盤の反対側へ立っていた。まだ脇腹に固定帯を巻き、片手を盤へついて身体を支えている。
「門幅を落とせ」
彼が言った。
「軍列を通す大きさを捨てれば、必要量を減らせる」
「救助隊と記録搬送班しか通れないわ」
「最初から、征服軍を送る投票ではない」
その通りだった。
私は王都へ大軍を突入させる絵を、いつの間にか成功の形として考えていた。
必要なのは王宮の占領ではない。証人を守り、星脈炉の地上鍵へ到達し、王家が閉じた情報の道を開くことだ。
「門幅を三分の一へ。荷車は一列、人は四人ずつ。武器搬入は防護具と救助器具だけに制限します」
必要量が下がる。
それでも、まだ足りない。
水脈核の非常槽には、地震や火災に備えた共同魔力が残っている。評議会の緊急承認を取れば、足りない量を埋め、当初の門幅を維持できるかもしれない。
「非常槽を一時的に――」
「拒否する」
私が言い終える前に、ラウルが第二鍵へ拒否印を置いた。
共同制御盤に、赤い線が走る。
「あれは地下の避難と消火のための備蓄だ。王門へ使う可能性を投票資料へ書いていない。いま承認を取り直す時間もない」
「このまま座標を失えば、次はないかもしれない」
「だからといって、決議にない資源を女王判断で足してよいことにはならない」
痛いほど正しかった。
契約を作った直後に、期限を理由に例外を求めたのは私だ。
私は反射的に反論しかけ、やめた。拒否印の理由と私の提案を、操作記録へそのまま残す。
「拒否を受理します。非常槽は使いません」
制度は、私が正しい時に従わせるためのものではない。私が急いで線を越えそうな時にも、止めるためにある。
私は五装置の役割を見直した。
水脈核は、各地の魔力を同じ拍へ運ぶ。
記憶庫は、誰がいつ同意し、撤回したかという時間順序を保証する。
獣冠から残した銀の通信環は、離れた水場へ次の拍を伝える。
星脈炉の地下半分は、届いた魔力を地上側へ奪わせず、王門へ分配する。
これまでは四つから同じ量を出そうとしていた。だが、同じである必要はない。それぞれが得意な役割だけを担い、最後の円環で一つの連続した信号へすればよい。
「記憶庫から魔力を取るのではなく、時刻印だけを送って。獣冠も通信だけ。主な力は水脈核と、提供者の同意魔力を保持する星脈炉地下鍵へ集めます」
負荷の配分を変えると、必要量がさらに下がった。
残る同意者だけで、計算上は届く。
ただし余裕はほとんどない。
外縁第四集落から、途切れ途切れの通信が戻った。
『杭が、投票所の天井を崩している。避難するため、あと九人が解除する』
「受理します。避難を優先して」
同意印が九つ消える。
門の予測幅が、また狭くなった。
同じ集落から、別の声が入る。
『残る者は、避難路の外から魔力を出す。女王のためではない。地上へ連れ去られた者へ道を作るためだ』
「理由は、あなたたちのものです。上限を超えたら自動で切ります」
私は感謝を強制する言葉を飲み込んだ。
中央制御盤に、最終確認が浮かぶ。
開門目的。通過人数。武器制限。閉門条件。現在の同意者数。
第一鍵の前で、私は自分の印を置いた。
「境界管理者リディア・フェルゼン。住民決議と現在有効な同意の範囲内で、王門の開放を承認します」
反対側で、ラウルも印を置く。
「共同管理者ラウル。条件を照合した。承認する」
フィアの石音が、水脈核の最初の拍を告げた。
トン。
遠い集落から、魔力が流れ始める。
トン。
攻撃を受けている水場の線が揺れ、三人が撤回する。その分だけ、円環の幅を狭める。
トン。
記憶庫の時刻印が、ばらばらの光を一つの順序へ並べる。
トン。
星脈炉の地下鍵が、王家の吸収路を閉じたまま、同意魔力だけを王門へ送り出した。
巨大な円環の内側に、青白い線が走る。
一人の生命紋ではない。
途中で去った者の空白も含め、残ると選び続けている無数の細い線が、同じ拍の中で門を支えている。
「開いて!」
空洞全体を揺らす轟音と共に、王門の中央へ地上の光が差し込んだ。
王都の石畳。旧聖堂区の白い壁。爆破のため積まれた火薬箱。
地下と王都が、初めて巨大な一つの通路で繋がった。
先頭の救助班が、防護盾と消火具を持って進む。記録搬送班が続き、地方神殿の協力者が地上側から手を振る。
王門の出現に、地上側の市民は一斉に逃げたわけではなかった。
旧聖堂区で爆破解体の作業へ動員されていた石工が、火薬箱から導火具を抜いて救助班へ渡す。地方神殿の救護人は、地下から来た者へ白布の腕章を配り、誰が治療班かわかるようにした。
一方で、「奈落の軍が来た」と子どもを抱えて後ずさる者もいる。地下側の兵は追わず、武器を下げたまま避難方向だけを示した。
門が開いた一瞬で、地上の全員が真実を信じたわけではない。それでも、王家の命令に従わない者が、自分の目で選び始めていた。
だが、歓声は上がらなかった。
門の向こう、旧聖堂区を囲む建物の屋上に、王国軍の砲台が並んでいた。
砲口は王門へ向いている。
その射線上には、避難を許されず広場へ押し込められた王都の市民たちがいた。
王家は、奈落から来る者だけでなく、自国の民ごと門を撃つつもりだった。




