第47話 隣にいるという契約
爆破解体まで、残り一日半。
王門を動かす方法が見つかっても、開閉の権限を私一人へ集めるわけにはいかなかった。
ガレスが獣冠を握った時、守護獣は拒否できなかった。国王が星脈炉の地上鍵を血統へ縛ったため、地下の水と生命は一方的に吸い上げられた。
装置が正しくても、一人の意思だけで動けば、いずれ同じことが起きる。
私は王門共同制御契約の草案を持って、治療所のラウルを訪ねた。
彼は寝台の上で身体を起こし、地下各地から届いた投票手順案を読んでいた。顔色は戻りつつあるが、脇腹の傷は深く、立ち歩くには支えが要る。
「休んでと言ったはずだけれど」
「横になっても字は読める」
「反論できるなら、少し安心したわ」
私は寝台脇の椅子へ座り、草案を広げた。
王門の起動には二つの操作鍵を置く。
第一鍵は、女王または評議会が任命した境界管理者。第二鍵は、異なる選出母体から選ばれた共同管理者。二人が同じ操作内容へ承認しなければ、門は開かない。
一方が拒否した場合、その理由と時刻を公開記録へ残す。秘密のまま拒否を無効化することはできない。
ただし、共同管理者が門を永久に人質に取るのを防ぐため、評議会の特別多数で罷免と再選任ができる。女王側の鍵も同じ手続きで停止できる。
任期、監査、事故時の閉門条件。私は考えられる限りの制限を書き込んだ。
ラウルは途中まで黙って読み、第五項で指を止めた。
「『地上軍による攻撃を受けた場合、女王は防衛上必要と判断すれば単独閉門できる』。必要の範囲は誰が決める」
「閉じなければ、地下へ兵が入るかもしれない」
「避難中の地上協力者が門の向こうに残っていても、あんた一人で閉じられる」
私は答えられなかった。
緊急時という言葉は、どんな権限拡大にも使える。レオナードも「時間がない」と言って、私の確認を退けた。
「削るわ」
「削るだけでは、実際の攻撃で間に合わない」
ラウルは代案を書いた。
攻撃検知時は、人の通過を止めるのではなく、門幅を物資孔まで自動縮小する。完全閉門には二鍵が必要。共同管理者と連絡が切れた場合は、現場の三人以上の安全責任者が一時代行し、その記録を後で審査する。
「一人の英雄が、その場で全部決める仕組みを作るな」
「英雄になるつもりはないわ」
「つもりがなくても、周りはあんたに決めさせたがる」
その言葉は痛かった。
水脈核でも、記憶庫でも、結果が出るほど人々は私を見て指示を待つようになった。私自身も、急ぐ時ほど自分で決めた方が早いと思い始めている。
私は修正文へ署名し、ラウルへ羽ペンを渡した。
「共同管理者の候補に、あなたを推薦したい」
「俺は代表権を失った男だ」
「だから私の指名だけでは決めません。評議会の審査と信任を受ける。任期も私とずらすわ」
「なぜ俺だ」
「王門を知っているから。地上と地下の両方に裏切られた後も、全員を報復対象にしなかったから。それから――」
制度上の理由はいくらでも挙げられる。
けれど、私はそこで言葉を止めた。
公職へ推薦する理由と、彼にここにいてほしい理由を混ぜてはいけない。
「共同管理者の件は、ここまで。次は、役職ではない話をしてもいい?」
ラウルは羽ペンを置いた。
「聞く」
心臓が、王門の実験よりうるさく鳴っている。
「あなたが傷ついた時、私は怖かった。旧調停王家の知識を失うからでも、女王の腕を失うからでもない。あなたを失いたくなかった」
私は逃げずに続けた。
「あなたが好きです、ラウル」
言ってしまえば、驚くほど短い言葉だった。
彼はすぐに答えなかった。
その沈黙を、拒絶だと決めつけるつもりはない。答える時間を、私が奪ってはいけない。
やがてラウルが口を開いた。
「俺は、女王へ無条件に従う男にはなれない」
「なってほしくないわ」
「あんたが間違えば反対する。地上への憎しみで地下を危険に晒せば、止める。逆に、地下の犠牲を軽く扱って地上を救おうとしても、反対する」
「ええ」
「それでも隣にいろと言うのか」
私は、肩書を使わずに頼んだ。
「女王として命じるのではなく、私から頼みます。隣にいて」
ラウルは片手を差し出した。
掴むのではなく、私が取るのを待つ手だった。
私は自分から、その手へ指を重ねた。
「俺も、あんたを選ぶ」
彼の親指が、私の手の甲へ静かに触れる。
「役職がなくても、リディアの隣にいたい」
それは服従でも、命を差し出す誓いでもない。
互いに反対でき、離れる自由さえ残した上で、今は共にいるという選択だった。
私は彼の傷へ触れないよう身を寄せ、額を肩へ預けた。ラウルも、確認するように一度名を呼んでから、空いている腕を私の背へ回した。
短い時間だった。
扉の外には、王門と戦争と、山ほどの未決事項が待っている。
私たちは手を離し、共同制御契約の残りを詰めた。相互拒否権、負傷時の代行、私的関係を罷免や審査から除外する条項。草案を送る際、私はラウルとの関係も利益相反として申告した。
代表の一人が強く反対した。
『女王が恋人を第二鍵へ指名し、二人で王門を握る。それを共同統治と呼ぶのか』
否定できない危険だった。
「候補はラウル一人にしません。水路管理者と記録守からも候補を出し、私は選任投票から外れます」
ラウルも、自分が選ばれなければ契約作成から退くと明言した。
『俺を選ぶ理由が、リディアへ従うからなら反対票を入れろ。俺は彼女に拒否権を使う』
審査の結果、王都座標が破壊されるまでの短い任期に限り、ラウルが共同管理者へ選ばれた。私的な信頼だけで同じ操作盤へ立ったのではない。
草案が完成した時、評議会から緊急の知らせが届いた。
王門開放の是非を問う住民投票の告知所が、外縁集落で襲撃された。ガレス残党が水場を壊し、「女王は投票を装って全員の魔力を奪う」と触れ回っている。
方法だけでなく、選ぶ権利そのものを守る戦いが始まっていた。




