第46話 誰も選ばない方法
爆破解体まで、残り二日を切った。
最初の実験は、失敗した。
王門を直接動かす前に、隣接する二つの無人検査室の間へ、皿ほどの小門を開く試験だった。
参加者は十二人。角人族、鱗人族、穴居族、そして地上人のヴァルター。全員に必要量、火傷と魔力酔いの危険、中止方法を説明し、治療師と記録係を置いた。
一人から取る量は、灯りを数分点ける程度。事前に定めた上限を超えれば、供給線が自動で切れる。
私は十二本の細い魔力線を、中央の空の蓄積石へ繋いだ。
「三つ数えたら、同時に流してください。一、二、三」
十二の光が走る。
総量は足りていた。
けれど、検査室の境界が開きかけた瞬間、光の輪が大きく歪んだ。
「手を離して!」
私が叫ぶ。参加者が供給具から手を離すと、それぞれの線は切れた。だが、蓄積石の中で重なり損ねた魔力が逆流し、乾いた破裂音を上げる。
小門は開かず、石が二つに割れた。
飛び散った欠片は防護布で止まったが、近くにいた技師一人が手の甲へ軽い火傷を負った。
私はすぐに実験中止を宣言した。
「続けられる」と言う参加者もいたが、失敗直後の興奮状態で同意を取り直してはいけない。治療と原因確認が終わるまで、同じ人から再度魔力を受け取らないと決めた。
記録を調べると、十二人は号令通り、ほぼ同時に魔力を出している。
問題は量でも、意思でもなかった。
「同時に出したのに、一つとして認識されていない」
バシュルが割れた蓄積石を覗き込む。
「人ごとに魔力の立ち上がり方が違うんです」
私は十二本の波形を紙へ写した。
鋭く一度で立ち上がる者。ゆっくり満ちる者。二段に分かれる者。同じ三つ目の号令で始めても、王門から見れば、異なる十二の生命紋が順番にぶつかっている。
緊急槽が求めているのは、一人分の総量ではなく、一個の途切れない波形だ。
別人の魔力を混ぜるだけでは、複数のままだった。
「波形を削って同じ形に揃えることは?」
技師が提案する。
「できます。でも、揃える側が全員の魔力を強制的に引くことになる。私が止めなければ、本人が手を離しても吸収が続く」
それでは、一人を燃やす代わりに、女王が多人数を少しずつ強制するだけだ。
ラウルの申し出を退けた意味がない。
私は水脈核の周期、記憶庫の時刻印、獣冠の通信環が使う信号を順に試した。どれも基準にはなるが、各人の波形が門へ届く時のずれを消せない。
時間だけが過ぎていく。
夕刻、実験区画の隅で待っていたフィアが、割れた蓄積石の前へ座り込んだ。
彼女は記録紙の波形を読むことはできない。代わりに、水路へ耳を当て、石を小さく鳴らした。
トン、トン、トン。
少し離れた管から、水滴の音が返る。
フィアは首を振り、今度は最初の一打をわずかに早くした。
トン、トン、トン。
二つの音が重なった。
「場所によって、届くまでの時間が違うと言っている」
ラウルの代わりに通訳へ入った獣守が教えた。
私は息を止めた。
全員へ同時に号令を送るのではない。
それぞれの場所から王門まで魔力が届く時間を測り、到着が同じ一拍になるよう、送り出す合図をずらせばよい。
しかも水脈核は、地下全域へ一定の圧力波を送り続けている。水音なら、遠い集落でも同じ源の周期を受け取れる。
「フィア。もう一度、その合わせ方を見せて」
彼女は得意げに石を構えた。
次の実験には別の参加者を募り、割れた蓄積石と負傷記録を先に見せた。供給具も、中央から吸い上げる方式ではなく、本人が手元の輪を閉じている間だけ線が開く構造へ作り直す。手を離すか輪を切れば、その人の接続だけが中央の命令より先に消える。
装置だけで、脅迫まで見抜くことはできない。各集落が選んだ監視役と撤回受付を置き、撤回で総量が足りなくなれば門は開かない。それを失敗として扱わないことも、実験条件へ加えた。
水脈核から第一の圧力波が送られた。
遠い位置の参加者から順に、それぞれ異なる拍で同意印を閉じる。フィアが中央で、水音を石音へ変えていく。
トン。
一本目の魔力が水脈へ入る。
トン。
五本が重なる。
トン。
最後の線が到着した時、十二人の異なる波形は消えていなかった。互いの形を保ったまま、同じ周期の内側へ規則正しく並んでいた。
王門から見れば、一つの拍が途切れず続いている。
「起動します」
私は二つの無人検査室の境界へ、その拍を流した。
空中に、指先ほどの青い穴が開く。
最初は揺れた。参加者の一人が恐怖で手を離すと、その線だけが消え、穴が小さくなる。
私は補充を求めなかった。残った十一人の量へ合わせ、門の幅をさらに絞る。
穴は閉じなかった。
技師が白い陶片を細い棒の先につけ、小門へ通す。隣室の観測窓から、陶片の先が現れた。
人も獣も通さない、ほんの小さな無人門。
それでも、一人の生命を燃やさず、複数の意思を一つの時間へ揃えて開いた門だった。
私は十を数えて接続を閉じた。
参加者全員の脈と魔力残量を調べ、撤回した一人にも、理由を問わず同じ謝礼を渡す。
最初の実験で火傷を負った技師も、治療を終えて見届けに来ていた。
「成功記録だけを公表すれば、参加者は増えるでしょう」
彼は包帯を巻いた手を上げた。
「だが、次の者にはこれも見せてください。俺は危険を知った上で参加したつもりだったが、同期失敗の形までは知らなかった」
「ええ。負傷記録と中止判断も、方法の一部として公開します」
誰も選ばない方法とは、誰も痛まない奇跡ではない。危険を隠さず、それでも参加するかを一人ずつ選べる方法だ。
技術的な方法は見つかった。
だが、王門を人が通れる大きさで開くには、十二人では足りない。地下各地から、はるかに多くの魔力を、同じ拍へ集める必要がある。
そして、方法があることと、地下の民が地上へ門を開くために力を出すことは、全く別の問題だった。




